3話
ギリギリ投稿ラッシュ
充電も100%。充電切れの心配もしばらくはない。どうせないからと思いながらも、メールを確認すると祖父からのものがあった。ラッキー、メールする手間減ったな。
件名は、木ノ内について。内容は、
徹は●。叔父の充が〇。凛は任す。
「いや分からん」
内容自体は分かる。いつもの記号だ。徹、は木ノ内さんのお父さんの事だろうか。それとも兄弟とか。まぁ、●なら捕まえられてるんだし、今はいい。きっと蔵の中にいる筈だ。問題は充だ。〇だから、恐らく祖父母の用事は彼だろう。けど、
「だから僕に何があったんだよ! 」
せめて祖母がメールしてくれていれば。彼女は携帯をしっかり使いこなすハイカラ老人だ。おしゃべりな人なのでこんな最低限のメールはしないから推理する材料はまだいくらかあったはずだ。しょうがない、これで考えるしかない。
まず、僕の状態から整理しよう。とりあえず、記憶喪失は桜のせい、そうなると怪我のせいなんだけど、ここで疑問点が一つ。そのレベルの怪我なら祖父母たちが記憶喪失の可能性に気が付かない訳がないのだ。
「もしかしたら、僕の怪我、大したことなかった? 」
僕の外傷は大したことなくて、記憶喪失するほどの脳へのダメージは別にあったのかも。祖父母がぱっと見で分からないような。
「違法ドラッグ」
脳へのダメージを外傷以外で手っ取り早く負わせるのは薬物。そのうち、一般的な薬なら必要量が多いし、気絶している人間に飲ませるのは至難の業だ。僕が自発的に飲むとは思えないし、注射でも大量に跡が残る。となると、少量でダメージを負わせられる違法ドラッグ。それも匂いの残る吸引式じゃない、静脈注射式。それを、服の下の分かりにくいところに高濃度で一刺しすればいい。
この推理は間違っていないんじゃないかな。割と飛躍してる気もするけどこれが一番合理的だと思う。
「まずい」
僕の記憶喪失に気づいていないなら、ドラッグの存在にも気づいていないはず。ドラッグを使用するなら何らかの反社とつながりがある。なら、木ノ内家に手を出すのはそれなりの準備がいる。僕は急いで祖父母に連絡することにした。行動中は基本電話は厳禁。尾行中の場合があるから。仕方がないのでメールで済ませた。
「僕の記憶の謎は解けたとして、凛は任す、はどういう意味だろう。それに、当時の状況とそれに至った経緯は何なんだ」
凛の始末を任す、なのか、それとも保護的な意味なのか。今のところ判断できない。とりあえず、彼女との関係を確認しようと写真フォルダやライン、メールで彼女とのやり取りや写真がないか見てみたけど、全くない。
「どういうこと? 」
じゃあ、木ノ内凛のさっきの態度は何だったのか。彼女だって連絡手段があるのだ。それなのにやり取りが全くない。それで仲良しです、何てことこのご時世であり得るか? 彼女が敵なのか、味方なのかは分からない。僕ではこれ以上の推理はもうできないので、木ノ内さんにいる部屋に戻ることにした。
取り敢えず、来たルートを通ろう。再び屋根を通り、第二に侵入する。僕の部屋の扉を開けると、
「逃げた!! 」
木ノ内さんの姿はなかった。かなり演技派だったようだ。一応、クローゼットの中を見たりしたものやはりいない。第四と蔵には確実に鍵がかかっているからナシ。僕がこの家に帰ってくるのはわかっているから第二にも多分ナシ。第二、第三に関しては潜伏されたり家探しされたりしても、プライバシー以外に問題はない。それぞれの金庫だけ取り出せないよう鎖で縛っておけばいっか。何よりまずいのは庭に出て罠にかかって死んでしまうこと、家から逃げ出されることだ。金庫縛りと門の施錠を終えたら庭の巡回をしよう。とりあえず部屋を出る。
「……あ、クローゼット閉めるの忘れるとこだった」
部屋を出る直前に思い出せてよかった。ギリギリ届きそうなので腕を伸ばして閉めた。我ながらうっかりしてる。
「よいしょ」
まず門を閉めた。門の前の石畳の落ち葉に踏みしめられた跡がなかったので、多分だけどまだ外には出ていないだろう。安心してそれぞれの家屋の金庫を鎖でグルグルに縛る。これで木ノ内さんが人外の生き物でない限りは、たとえ開錠番号を知っていたとしても開けられないし、我が家の塀と門は結構高いので逃げられないだろう。台になるようなものとかあんまないし。あったとしても地面に刺さっている庭石くらいだ。とりあえず、本当に時間がないので窓から外に出る。親に見られると「男の子でもさすがにはしたない」と叱られるのだが緊急事態だ。ドンっと地面に足が付いた衝撃にやや震えていると、スマホからメールの着信音が届いた。祖母からのメールを期待して確認すると、祖父。正直がっかりだ。内容は、やはり簡潔だった。件名はなく、本文はシンプル。
了解。木ノ内の件は全てお前に任せる。
充は早く〇しろ。
分かっていること
木ノ内凛は親と不仲
金がない
木ノ内宅でカッターナイフを握りしめて倒れていた
お前は木ノ内家で椅子か何かで殴られて気絶したらしく後頭部に打撲痕。凛はその場で心神喪失状態で意思疎通が図れなかったため徹と共に連れ帰った。他は思い出せ。由紀子さんと飯を食って帰る。
「はいぃ?! 」
爺ちゃん、薬物が絡むヤクザか半グレ親子の処分を孫にぶん投げって正気か? しかも全部自分でやるのとか初めてだぞ、僕。しかも、二人とも全然なんも分かってなかった。しかも婆ちゃんとしれっとデートすな。帰ったら流石に一発しばくしぞ。
「はぁぁぁ……」
腐っても僕に完全委任宣言されたんだ。これ以上助言を求めても答えてくれないだろう。多分二人なりの試練なのだから。僕は自力で記憶を思い出して、この件の片を付けねばならない。
「心神喪失してた割に僕が起きた時はハキハキ喋ってたな。もしかして、まだ心が不安定で、ちょっとしたことで正気と錯乱状態行き来してるのかな?」
もしそうなら、彼女が僕の記憶喪失ですぐに発狂したのも納得できるし、部屋を出たのも錯乱状態での暴走と説明できる。彼女に敵意はないのかもしれない。
「けど、それすら演技だったら怖いよなぁ」
僕は判断に迷いながら庭を歩く。あえて気配は消さずに行動し、僕を察知して動揺してもらって尻尾を出してもらう作戦だ。これなら隠れられてても、身じろぎや息遣いで居場所を特定しやすいだろう。松や柊など人よりは大きめの庭木が多い僕の家の庭は日当たりが悪いため、中々恐ろしい雰囲気がある。ビビッて出てきてくれはしないだろうか。比較的周りを見渡せる木に登ったりして探索したが、30分経っても見つからなかった。少し休もうと苔が生えた庭石に腰かけた。全然見つからなくてため息が出る。
「よし、とりあえず木ノ内さん探すの一旦諦めよう」
家に侵入してるのかもしれないが、それこそ隠れ場所なんていくらでもあるんだから探すのめんどい。これ以上闇雲に探しても彼女は見つからない気がする。そもそも目的が分からない以上、見つけられたとしても対処のしようがない。気が狂っていても、何か目的があったとしても彼女から聞き出すのは無理だろう。なら、いっそ今回の事件の真相解明に勤しむのが賢明な気がする。
「本格的に事件について推理しよう」
僕がその場にいたということは、恐らく暴れ出した木ノ内徹にカッターナイフで応戦したことになるんだろう。しかし、我ながら軽率だな。そもそもなんで木ノ内さん家に行ったんだろう?
「やっぱスマホの履歴にはなんもないし」
彼女が学校を休んでそこにプリントを届けに来たとかかな。それなら納得できる。
「うーん、彼女の荷物探すか」
やっぱり今は情報が少なすぎる。彼女の持ち物からそれを探るのがいいかなと思う……けど敷地内に持ってきてても、普通は回収しているよな……。隠すとしても、地面に埋めるとかは無理だし。
「あ、メール」
唸っていると、再び祖父からメール。件名はなし。
頑張ってね。と由紀子さんが言っていた。
「あっそっ!! 」
婆ちゃん、孫はオーバーワークでグレそうですよ。歩き回ってもなんにもならない。何かしてた方が思考は捗ると聞いたことがあるから、桜の確認でもしながら推理しよう。常人にはできないが、パルクール的なノリで僕は渡り廊下部分の屋根を乗り越え桜のある中庭に飛び込む。
「ナイス着地~」
じん、と足が痺れるが許容範囲だ。流石に桜回復の後とはいえ無茶だったか。相変わらず桜はきれいに咲いている。ぐるりと一周すると、木の根元に小さな掘り返し跡が見つかった。妙だな、と思って掘り返すと出てきたのはリュック。めっちゃラッキーだ。家族の物ではない。へんなものだったら怖いと思いつつ開けると、中から出てきたのは数学や国語、歴史の教科書、筆箱、財布、そして携帯式充電器に繋がれたスマホ。
「これ、もしかして」
試しにスマホの電源を入れてみるとついた。パスワード等はなぜか設定されておらず、ホーム画面にいきなりとんだ。ホーム画面は恐らく、背景的に学校近くのファミレスで撮ったパフェの写真だ。写真ホルダはほとんど0で、テスト情報や特売チラシ、ごみ処理のスケジュール表など色気のないものばかり。一枚だけ女の子が集団で撮った写真があった。そこに木ノ内さんがいたので、多分木ノ内さんのスマホでいい気がする。電源を確認するとギリギリ10%。多分だけど秒で電源切れるだろうな。スマホの電源は10%切ると妙に電力消費が激しくなるのが定石だ。
「ラインは……」
これもパスコードはなかった。友達は4人。委員長と副委員長、木ノ内充と、木ノ内徹。所属グループは、クラスライン、図書委員連絡用のみ。これは間違いなく木ノ内さんのだ。徹とのラインは、家事の催促と早く帰って来いと怒っているものがほとんど。充は尋ねる時間を徹に連絡してほしいということと、何月何日暇じゃないかという遠回しのナンパの誘い。叔父なのに気持ち悪いな。
「メールも、空」
他にめぼしいアプリはない。追加してるのはせいぜい位置情報くらいだ。あまり使ってないことが分かるほぼ初期状態のスマホだ。試しにSNSはしていないのかと一通りチェックする。すると、Twitterにアカウントがあった。そこには、ホーム画面と同じパフェのアイコンと、本が数冊重ねられたヘッダーだった。フォローは1人、フォロワーは相互1人のみの鍵アカウントだった。その相互フォロワーも同じような状況だった。投稿頻度はほぼ毎日で唯一のフォロワーとリプライを通して話しているらしい。まるでツイッターを連絡手段のように使っている。
さーちゃん、今日楽しかったね! 私また行きたいな
こっちこそ! 夏休みとかこっそり出かけちゃおうよ。2泊三日くらい。
お父さんがまずいかも……
じゃ、近場のプール行く?
うん!
なかなか楽しそうだ。けどこのさーちゃんって誰だ? ワンチャン、苗字の桜から取った僕のあだ名だったりするのか。けど上の名前ならともかく、下の名前はさで始まらないんだけど。さーちゃんの口調を見ると、テンション高めでキショいんだけど、僕でもおかしくは……キショいから認めたくないな。そもそもなんでこんなことしてんのか? カモフラージュ?関係隠したいんだろうか。
「お父さんが反対してるから……?」
仮説として、図書委員となり、そこでの交流がきっかけで僕と交際することになった。だが、元々折り合いが悪かった父親が猛反対。毎日スマホを監視するようになり、半グレかヤクザの父親に怖くて逆らえない彼女は僕と表立って連絡が取れないため、このような手段をとった。そんなに苦労して付き合った恋人に忘れられたため発狂。
「筋、通るかも」
僕が妙な正義感で交際を認めてもらおうと木ノ内宅を訪ねた際に、僕と木ノ内徹が口論となり僕が負傷。この時の傷はまだ軽度であったが、警察に行かれると困るため強制的にドラッグの摂取を強要した。それを間近で見ていた木ノ内さんはショックで心神喪失。いつまでたっても帰ってこない僕を迎えにスマホの位置情報から祖父母が木ノ内宅を訪れ僕は桜での回復をすることになった。
「と、すると。これはドラッグを渡した人間と連絡がつかなくなった充がワンチャン家に来る? 」
それを〇にしろ、と。徹と一緒に木ノ内さんもいなくなったので、徹のスマホが無理だった場合、木ノ内さんのスマホを位置情報アプリで探しそうだな。もしかしてそれから木ノ内さんを守れってことか。任せるとか、頼んだとかって。まぁ、さーちゃんが僕でないにしても、ぼくの友人にさ、で始まる名前や苗字の奴いるし、そいつと付き合ってて、説得は図書委員で友人になった背の高い僕に戦力要因でついてもらってたとかでもいける。泣いたのも、親への説得についてきてくれるぐらい仲良くなった友達に忘れられたからとかでも大丈夫だ。
「ま、応戦準備するか」
多分だけど、〇にしろ、の指令がこの状況で下っている以上、祖父母には充が僕の家に来る確信があるのだろう。細かいことを考えるのはやめだ。とりあえず、迎撃準備だ。