1話
ギリギリ駆け込みダッシュ
僕の家系は、代々桜守りだ。ただ最近ではそれだけで食っていけないので、祖父母の代から探偵業を営んでいる。どうして探偵なのかというと、金稼ぎもあるんだけど1番は桜の肥料調達の為らしい。依頼人は結構全国津々浦々からやってくるので、彼らに依頼の礼的な感じで良い材料に心当たりがないか聞くのだ。僕は将来的にはこの二つの家業を継ぐことになる。
「行方不明事件かぁ、取り敢えず花占いするか」
探偵業はこんな感じに適当だ。父曰く、花占いは最終確認でちゃんと推理はやってるらしいが、その時母は首を振っていたので父はポンコツなのだろう。僕も父に似て向いてないと思うので、正味桜守りだけやっていたい。なにせ、僕の桜はすごいのだ。家のある書物に嘘偽りが無いとすると、樹齢千年は超える桜の世話を焼いていることになる。その上長く生きているためか、他の桜にはない特殊な能力がある。例えば、特別な手順を踏み桜の木の下で眠れば、大抵の病を治すことができるのだ。流石にもう寿命のヨボヨボの老人を勢力溢れる若者にするのは無理だ。けどある程度若く、元の体がある程度強ければ何とかなることが多い。実際少し喘息気味だった僕は発作が起こるたびに桜の木の下で眠っていた。おかげで今は元気いっぱいの高校二年生だ。
最近は桜の下で眠ることはなかっただけど、どういうわけか僕は久しぶりの眠りについていたらしい。眠った記憶が全くなくて、気が付いたらあたたかな桜の木の下だった。取り合えず起き上がって全身に付いた土をはたいて落とす。
「ぷはぁー」
長く目をつむっていたせいか、日差しが非常に眩しく感じられる。眠気覚ましに大きく息を吸ってをして伸びをする。僕は、この目覚め一番の緑の香りがお気に入りだ。両親は青臭いとやや嫌いらしいけど。
「あの、桜屋敷くん……」
「は? 」
僕の家の桜の能力はがめつい人間に知られると、恐らく碌な使い方をされないので誰かが眠るときは必ず親族の見張りが付く。いくら親しかろうと親族以外は決して呼ばない。だから、基本この場にいるのは桜屋敷さんばっかりの筈なので苗字呼びはまずしない。だから、僕が今桜屋敷呼びされるのはあり得ないことなのだ。そもそも苗字長すぎてまともに呼ばれること日常的に皆無なんだけど。
「木ノ内さん? 」
僕を恐る恐る呼んだのは、クラスメイトの木ノ内凛さんだった。ものすごくきれいな顔で男子的にポイントの高いナイスバディ。なのだが非常におとなしい人、悪く言えば付き合いが良くない人で、休み時間は基本机に突っ伏して寝ている。友達も多分いないんじゃないかと言われていて、クラスメイトの誰も遊んだことがないらしい。そんな人と僕が実は特別な関係、なんて筈もなくほぼ喋ったことがない。辛うじて同じ図書委員にこの春から就任したため、事務連絡をしたくらいだ。それも無駄口は一切なかった。
「元気?」
怖い。怖すぎる。いる筈の人がおらず、いる筈のない人がいるという非日常。自分がじわじわとパニックに陥るのが分かってしまう。見張りしていたはずの爺ちゃんと婆ちゃんはどうしたんだ。父さんと母さん何してんだ。昔、この桜の能力に感づいた人が強盗に入ったことがあったらしく、祖父母だって高齢ながらも対策として簡単な防犯グッズを携帯しているはずなのに。まぁよく考えたら、両親は現在新たな桜の肥料を求めて比較的近場のオーストラリアに自主出張中だからいなくて当たり前なんだけど。
「オージービーフとかどうかな」
「いや牛は食べないだろ!! 」
ピンチな時に限って、走馬灯のようにしょうもないことを思い出すのは人類共通の悪癖か。父さんのしょうもないジョークが頭に浮かんだ。
「あの、まだ気分悪かったりする? 顔が真っ青だよ……」
「えっと」
木ノ内さんは眉を下げてこちらを心配げに見つめている。彼女の顔に表情が浮かぶのに驚きつつ、僕の具合を確かめようとしているのかこちらに徐々に近づいてくる様子に悲鳴を上げそうになる。落ち着け。刺激するな。
「大丈夫だから! ! その、帰ったらどうかなっ!! 」
彼女がぴたりと止まり、表情が消える。墓穴を掘った気がしてならない。
「……そうだよね。混乱するよね」
彼女は激昂するわけでもなく、無表情で返事をしてきた。余計怖い。
「私、桜屋敷君が倒れた場面にいたから、特例でここに来たの。その、人を回復させる力があるんだよね。だから人は呼べないんだよね。実は、桜屋敷君が倒れた事情がちょっと特殊で……桜屋敷君のおじいさんとおばあさんはその処理に行ってるの。桜屋敷君のスマホにもメール来てると思う」
「あ、あー、そう……」
彼女の言い訳、のようなものは納得できないわけでもない。確かに、突然倒れた僕を助けるのに協力を頼まざるを得ないなら呼ぶ、と考えられなくもない。けど、それにしても違和感は拭えない。なんで面識のないはずの彼女が僕が倒れた時にその場にいたのか? そもそも、どういった用事なんだ。
「私がここにいるのはおかしくないんだよ。だから安心して」
「それは、メールを確認してから」
「桜屋敷君のスマホはおばあさんの部屋にあるよ。鍵かかってる方の」
「あ、分かった。けど、桜に何かされたら困るから、付いてきてほしい」
僕は小さな頃から武術を習っている。それも実践目的の殺傷能力重視のものだ。木ノ内さんが銃でも持ってない限り、僕はタイマンなら彼女に勝てる……はず。
「うん」
僕の家は、桜を囲むように建っている。具体的に言うと純和風建築の戸建てが桜の四方にあり、それを廊下で無理やりつないでいる。廊下は外から見えないように窓は無い。さらに庭はそれなりに広く蔵が二つ、井戸が一つある。人の背丈を越える木々を多めに生やし、幾つかワナを張っているし。裏は山になっていて基本的な入り口は正面玄関のみ。忍者屋敷みたいだと思う。
「じゃ、こっち」
僕は彼女を連れて中庭を出て、廊下を進む。第一家屋には玄関があって、お客さんのもてなし兼探偵事務所だ。第二は僕ら親子の本住まい、第三が祖父母の本住まい、第四は親戚が泊まる場所だ。祖母は部屋を二つ持っていて、鍵付きは第四の一階にある。鍵は基本祖母が持っているが、スペアが第二の金庫にあるのでそこに向かう。
「その、後でいいんだけど桜屋敷君の部屋を見てみたいんだけど、いいかな」
後ろからぐっさり、という展開を防ぐため彼女を前に歩かせていたのだけど、唐突に振り返って言われて死ぬかと思った。薄暗いギシギシと鳴る廊下の真ん中で言われても困る。意図が分からない。もしかして、狙いは僕なのか? 一族で一番経験が浅いから桜の情報を色仕掛けで取ろうとでも思っているのか。それで、個室という諸々タガが外れやすい状況の持っていこうとしている、とか。
「部屋の鍵、取りに行くついでに行こうか」
断るのも恐ろしいし、もしかしたら彼女の目的を知る手掛かりがあるかもしれない。僕の部屋には重要資料はない。武器はあるけど。武器はもし勝手に侵入されていてもまず分からない位置かつ、よほど力がない限り取り出せない場所に保管してある。彼女を後ろから観察するに、肩幅や、ブレザー越しの腰の細さ、四肢の筋肉の付き方的に出せる力の絶対量は確実に低いはず。
「嬉しい」
「えっ」
僕の返答に彼女は頬を染めていた。とろんとした瞳は夢見る少女そのもので、学校での様子からは全く想像できない。心配げな顔、無表情から乙女まで目まぐるしい。彼女は本来、こんなに表情豊かな人なのだろうか?というか、想定外だ。まさか本当に僕の部屋に来たいだけなのか。それは僕のことが好きな人の思考なんだけど……。そんな関わりあったっけ?
「約束だよ」
「う、うん」
鼻歌でも歌いそうなくらい上機嫌だ。大したことは知らないけど、それにしても僕のクラスメイトの彼女とは思えないほどかけ離れている。もしかして僕の記憶にズレがあるのか。さっきまでは僕の記憶で欠けているのは倒れる前後までかと思っていた。けど、もしかして忘れた範囲はそれよりも広いのか?そんなことを悶々と考えていると、鍵のある第二家屋に入ってしまった。まず僕の部屋に行くか、まず金庫に行くか迷う。僕の部屋に行けば頑張れば武器の調達ができる。まず鍵を取りに行けば…………あれ、先に鍵取るメリットがないな。
「じゃ、僕の部屋行こっか」
僕はまず部屋に行くことにした。家には一階にリビング、浴室、客間があって、両親や僕の部屋は二階にある。物置は主に屋根裏を使用している。両親の出張のせいで僕が父母宅に住んでいるため、長期間使用しておらずに生活感がない。リビングに入ると、やや埃を被った食卓が物寂しい。
「ここ、桜屋敷君のおうち?」
「そうだね。最近祖父母と住んでいるから使ってなくて埃被っているけど」
僕の家について木ノ内さんの比較的当たり障りのない質問をされながらリビングを通り抜け、階段を上る。流石に得体の知らない人とは言え、ハウスダストが舞う家を歩かせるのは気が引けると思いながらも僕の部屋の前に着いた。扉を開けるように指示する。彼女が緊張してるような声で「お邪魔します」といって入った後、僕は後ろから突き飛ばす。彼女は悲鳴を上げて床に倒れこんだ。その背中に圧し掛かり、手首をひねり上げて素早く腕を動かせないように固定する。
「今日って、何月何日? 」
捕縛はうまくいったはず、ここからが確認作業だ。