新しく記録する。
「何よ!全然、状況、変わらないじゃない!むしろ悪化よ!悪化!」きぃっ!乙女の声。乙女の声!
冷蔵庫に入ってから、また落ちる感覚がするのかな?と待っている間に銀河はうとうととして眠ってしまっていた。「お、落ち着いて、不破さん」亀丸の声もする。
「落ち着いたら、何とかなる訳!?」扉を開ける。明るい。科学準備室とは違う、普通の教室。黒板前、教卓の後ろ。お、乙女ー!亀丸ー!ぎゃぶっ。飛び出そうとして、床にダイブした。痛い。銀河には学習能力が無い。という事を学習しないことがもっとも致命的。眠っていたからと言って、その時間が無かった訳ではない。トウモロコシ畑に着いた時と同じで身体はばっきばきだった。起き上がると、おかしな顔をして、二人がこちらを見ている。「何?何で出てくるのよ。あんたはお呼びじゃないの」え、冷たい。
「あれ?何で前髪降ろしてんの?」亀丸に言われて気付く。そういえば藤咲さんとお風呂に入った時に外されて、そのまんまだった。そうか、服を着た時にしっくりこなかったのはそれでか。亀丸、乙女といて、その奥には藤咲さん…、ではなく藤咲先輩がいた。何だか複雑な気分だ。藤咲さんが言っていた事が本当なら、この人の脳は動いてない。いや、動いてはいるんだろうけど、意識は無く、代わりにCPUが考えている。それも亀丸の事ばっかりを。デジタルゾンビだ。デジタルゾンビ・きゅーぶ。…亀丸には教えないでおいてやろう。
「あ、忘れてましたけど、目的物、見つかったんですね」当の藤咲先輩は呑気な顔をして言う。
「え?嘘。…いつの間に?」亀丸が目を丸くする。ちょっとおかしい。あれ、もしかして、全然、時間経ってない?
「冷蔵庫の奥にあった…。亀丸がちゃんと探してなかった」どういうこと?あれは夢である訳が無い。綺麗になった制服や、手に持った薬という証拠を持ち出すまでもない。しかし、スレートを取りだして時間を見てみると、確かに時間はほとんど経っていないようだった。…藤咲さんにはまだまだ聞いていないことがありそうだ。
「嘘だろぉ…。おかしいな…。絶対、何も無かったと思うんだけど…」亀丸がぽりぽりと頭を掻く。
「そんなことはいいから、早く、戻りなさいよ!」何だかよくわからないけど、乙女はヒステリー状態だ。…げ。銀河が視線を教室全体へ向けると、本来以上に広い教室には所狭しと斎藤さんジュニア達が並んで、こちらを威嚇していた。シャー、タベチャウゾー!イモ洗い状態。
「な、何これ」全然、助かってない。…冷蔵庫に戻ろうかな。藤咲さんとこ、戻ろうかな…。死ぬよりはマシだろう。机の上に乗った一匹の斎藤さんジュニアが勢いよく銀河に飛びかかる。弱い所から的確に責めてくるとはえげつない。乙女がぶんと日傘を横に振るう。斎藤さんジュニアは打ち返されたというより、破裂するのに近い感じだった。元から黒い日傘は更にドス黒くなっている気がする。
「だから、冷蔵庫ん中、入ってなさいって言ってんの!」乙女が怒鳴る。そ、そんなこと言われたって、あの中、入ると…。別に、今度も藤咲さんの所にいけるという保証は無い訳ではあるが。
「不破さん!」亀丸が叫んだ。
一斉に斎藤さんジュニア達がこちらに飛びかかってきている。乙女がそれらをまとめて日傘で跳ね返そうとして、「ショータイムっ!」聞き覚えのあるステレオボイス。乙女が日傘をバンっと開き、銀河の視界がレース模様に覆われる。ババババババという激しい雨音の様な物が辺りを包み、それを受けて、レース模様の布地が形状を波打って、全体を震わせた。布地が発する音にドドドドドドという規則的な音と斎藤さんジュニア達の悲鳴が混じる。何が何だかわからぬ内に全ての音が止む。耳が残響音でキンキンする。乙女がぺっと唾を吐く。地べたに伏せている亀丸の頭にべちゃっとかかる。乙女が日傘をくるんと一回転させると辺りに金属の弾が散らばった。きゅっと畳む。視界が開ける。教室の床にははペースト状になった斎藤さんジュニア達が溜まっている。脚が折れ、傾いだ机や、ばらばらになった椅子、その先。教室の遥か向こう、後方。「そういえば昔、兎を飼おうなんて話をしたことがあったわね。銀河」そこには何故か黒のバニースーツに身を包んだ舞と蝶々が大きなマシンガン?を持ち、立っていた。肩から胸の上部、更には谷間まで露出させ…、お前ら、そんなに谷間ができるほど、胸無いだろ。何か仕込んでやがるな。「あの兎はどうしたのかしらね?」くすくす。…どっと疲れが。溜息も出ない。藤咲さんの後に双子の相手はハード過ぎる…。
「あの兎、女の子でしたね」
「え?」完全にシンメトリカルな動作で銃口を上げ、双子が間抜けな声を出す。「そうだったの?」「悪い事したわね」やっぱり適当な事を言ってやがったんだな。
「御姉様方、あのときの兎にちなんでわざわざバニーガールの格好をなさってここまでいらした様ですけれど、その件に関しては先ほど、個人的な解決をみましたので」あの子は元気にやってます。すくすく巨大に育って、今ではかわいい息子もいます。
双子が顔を見合わせる。「あら…」「私達、ちょっと、外しちゃったかしら」やった。完全勝利!苦節16年、今まで何度も双子の苛めに苦渋を舐めさせられてきたが、ここで銀河の大金星だ。滑っています!御姉様方!「…じゃあ、ちょっとお色直しさせてもらうわね」双子ががちゃんと機関銃?を床に降ろし、足元にあった赤い布の端をそれぞれ掴んで、ばっと上へ放り投げた。それはどういう原理か知らないが、がっと天井に突き刺さり、簡易のカーテンができた。…ああ、第二形態があるのかぁ。ですよねー。御姉様方がちょっと出鼻を挫かれたぐらいで凹む様なタマしている訳ないですよねー。こっちが凹みそうだ。乙女は明らかにぴりぴりして簡易カーテンの向こうを睨みつけている。
「今の…何の話?」と亀丸が顔を上げる。…色々あったんだよ。色々。「助けに来てくれたのか?」
「…いえ、調査会の規約では救助が出るのは探索申請期間を外部時間で6時間超過した場合となっています」亀丸と同じ様に伏せていた藤咲先輩が身体を起こして言う。
「いや、プライベートで…。銀河もいるんだし」
藤咲先輩は理解できないように口元に手をやった。「なぜですか?」
「え…。いや。ほら、舞さんと蝶々さんは銀河の姉ちゃんだろ?」ええ、まぁ、確かに。会話が噛み合っていない。亀丸の歯切れは悪い。
「うーん…。舞さんと蝶々さんにはとても多くの敵がいるんですよ。銀河さんを守るということは銀河さんが二人にとって失ってはならない物ということですよね?それはつまりに弱点です。あの二人がそんな弱点を放っておく訳がないと思います。必ず何らかの形で克服している筈です。でなければ今の二人はないでしょう。私は舞さん、蝶々さんは銀河さんを助けに来たのではないと思います。少なくとも内発的な理由でそういった行為をする人達ではないでしょう」…まるで、銀河が剥き出しの臓器であるみたいな言い草だ。銀河にも一応、自己防衛機能はある筈なのだが…。しかし、双子が銀河を助けに来たのではないということに関しては銀河も藤咲先輩と同意見だった。双子が銀河を助けた事など、過去に一度もありやしない。いや、あった。まだ銀河が東京に住んでいた頃。過去、三度、銀河が変質者に浚われた内の、一番、最初。でも、そのときは銀河と双子がその上の姉三人の力の及ぶ範囲にいたからだ。そこでは双子は京子ちゃん(様)と桐花ちゃん(様)と久留美ちゃんの完璧な妹であって、銀河の完璧な姉をやるということもその妹としての業務に含まれていた。今は違う。今は銀河も双子も姉三人から独立してしまっている。
「そ、そういうもんかなぁ…?」亀丸は尚も納得しかねているようだった。
ぱさりと簡易カーテンが落ちる。カーテンとして機能していた赤い布はくるくると自発的に巻かれ、長い棒状となり、右側に立っていた舞か蝶々の右手に握られた。「ザッツライト」「その通り。藤咲さん」「流石、私達のお友達ね」「私達、銀河を助けに来たんじゃないわ」そうだろう。どうせ、そうだ。双子が呼ぶのはいつも銀河のピンチだ。双子は不思議な格好をしていた。さっきのバニースーツと比べても十分に不思議だ。全身をぴっちりとした黒いラバー状の物で覆っている。胸部はラバーの下に何か入っている様だが、下半身に関しては完全にボディラインが見えていた。扇情的で趣味が悪い。頭部に艶の無い黒の金属質で複雑なメットを被り、顔が全く見えないのは悪くない。目と口の部分に三つの丸い突起があり、ちょっと愛嬌がある。髪は収まりきらないのか、アップのツーテール状になってメットの裏から流れ落ちていた。更に左の舞か蝶々は腕の側面に太陽を象ったような円盤を着けている。フレアの様にキラキラ光る刃が円盤を縁取り、円盤上にも尖ったスパイクが並んでいる。…全体的な評価として攻撃的。
「何しに来たのか知らないけど、次、会ったときは狩ると言っておいたはずよね」乙女が喰ってかかる。
「お、乙女…」止めて。双子が自ら姿を現した以上、何も起こらない筈なんて無いけど、お願いだから、余計な挑発しないで。銀河が乙女のスカートの裾を指先で掴む。布地が乙女の感情に反応して、固くなったような気がした。いや、気のせいじゃない?網目が蠢いて密を強めている。本当に固くなっている。何これ。そういえば乙女の日傘は双子の銃弾を弾いていた。銀河は双子の登場ですっかり動転していて、そんな点も見逃していた。あれは何だったんだ。
「威勢がいいのね子猫ちゃん」「そんなおめかししちゃって」「餌をもらって喜んでいる飼い猫の癖にね」くすくす。メットにはスピーカーが着いているのか、双子の声はやや機械的だった。
乙女はスカートの裾を掴む銀河を無視して双子を睨み続けている。「言いたい事はそれだけ?」すうっと軽く息を吸い込む音。指先に痛み。乙女は身を屈めて走り出している。ちょっと不破さん!とワンテンポ遅れて、制止を請う叫びを亀丸があげる。乙女は机の間を縫い、そのままの勢いを保ったまま、双子に飛び込んだ。
「せっかちね」乙女の突進をかわし、右の舞か蝶々が手にしていた布をばっと開く。布が自在に動いて乙女の左足を掬う。乙女はつんのめって、両手を床に着き、そこで、布が足から離れ、一回転して教室後方の壁際に並んでいたロッカーに突っ込む。ひしゃげたロッカー群から、水泳のターンのような素早さで乙女は再び、双子に飛びかかる。日傘を振るう。布を持った舞か蝶々がそれを避け、その後ろには円盤を着けた舞か蝶々が控えていた。円盤は腕の側面から、いつの間にか移動し、拳の前を覆っている。舞か蝶々がその拳を突き出し、日傘の進行方向を逸らす。反対側、右の拳はそのとき深く引かれていて、左の拳が引かれると同時にピストンのようにして突き出され、乙女の頬を殴った。スパイク付きの円盤で。酷い。殺してやる。乙女は後方へ大きく吹き飛び、それは自発的な動きに見えたが、後ろにはもう一方の舞か蝶々の赤い布が大きく開かれていた。それに気付いて、乙女が身を捻る。布を掃おうと日傘を横に振るう。円盤を持った舞か蝶々が日傘が布を薙ぎ払う前に乙女を背中から蹴り倒す。乙女は一瞬、バランスを崩し、そこに布が襲いかかる。またたく間に乙女のラッピングが終わる。乙女は布に巻き取られ、巨大な赤い芋虫のようになり、床に転がされた。苦しいのか、乙女は身を折り曲げたりしながら布の中でもがいている。布を持っていた方の舞か蝶々がメットの前面を外し、上へスライドさせ、顔を出し、芋虫乙女を見下ろした。「まだ何にも話してないじゃない」そこに円盤を持つ舞か蝶々が寄り添っていく。「もう終わり?だらしないわね」
「で、何しに来たの?」と銀河が言う。何でもあげるし、してあげるからさっさと帰ってくれ。乙女を返してくれ。
「そんなに怒らないで銀河」「大した事じゃないのよ」くすくす。片方は地声。片方はスピーカー。不愉快なのは変わらない。「そうね、まずはやっぱりこの子の事からかしら」顔を見せている方の舞か蝶々がゆっくりともがく乙女の上に足を置く。底が堅そうなブーツを履いている。自らの右手の甲を左手でやさしく撫でた。「本当、この間は痛かった」「蚯蚓腫れができてね」「ケアするのも大変なんだから」むがむがとくぐもった叫びを上げる乙女の横腹に靴底が徐々にめり込んでいく。今すぐ、駈け出して行って、喚き散らして、その足を退かし、そのまま双子を蹂躙したい。別に銀河がそうしようと動くことを誰も止めやしないだろうが、どうせ、それは成功しないので、銀河は動かない。賢明でありひどくみじめだ。「銀河、別にこの子に同情なんてしなくていいのよ」同情してる訳じゃない。敵う敵か敵わぬ敵か見極められない乙女が悪い。乙女は少しは我慢を覚えた方がいいんだ。でも、だからといって、双子が乙女を痛めつけるのは許せない。「飼い主に歯向かった罰なんだから」…乙女はあんた達の物じゃないぞ、こら。
「ふざけないで。私はあんた達に飼われてる訳じゃないわ」絡みつく布から、何とか顔だけ脱出させ、銀河が思った通りの事を乙女が繰り返す。
「似たようなものでしょ?」と涼しげで嫌味な笑顔を乙女を踏んでいる舞か蝶々が返す。
「…むしろ、あんた達は私の敵よ」ぐっと更に強く靴底が押し込まれ、乙女が咳き込む。
「ああ。やっぱり、そうだったのね」「嫌だわ、御爺様ったら」顔を見合わせ、くすくす。
「な、何の話?」もしかして、銀河はさっきから会話に置いていかれているのか?御爺様…、善四郎。またか…。藤咲さんの所で不意に出てきた善四郎の名。もうそのパターン、いいんですけど。
「銀河、御爺様の使用人達の偽名。思い出せる?」双子が聞く。使用人の偽名…、えっと、桐壺(偽名)、胡蝶ちゃん(偽名)、須磨ちゃん(偽名)、常夏(偽名)、幻(偽名)、橋姫(偽名)、花散里(偽名)、夕顔(偽名)、松風(偽名)…かな?だから、どうした…。「スレートのアプリに百科事典があるでしょ?それで、源氏物語の項を調べてみなさい」え?
「な、何で?」面倒くさい。
「いいから」と、顔を見せた方の双子にせがまれる。乙女が顔を逸らしている。双子の言う通りにするのは癪に障るが、そうしないと双子が話を続けそうにないので、仕方なくスレートを取りだし、言われた通りのアプリを開いた。横から亀丸と藤咲先輩が覗きこんでくる。うざい。…源氏物語の項目。源氏物語とは平安時代に紫式部によって書かれた長編小説。適当にスクロールしていく。えっと…、あ。画面上に桐壺という文字が現れる。それは源氏物語の一番最初の巻のタイトルだった。更にスクロールしていく。夕顔…、花散里…、須磨…、次々、桐生邸の使用人達の偽名が現れる。今は、屋敷からいなくなった懐かしい使用人の偽名まであった。
「わかった?」にっこり。
「…桐生邸の使用人の偽名って、適当じゃなかったんだ」へー。桐壺が適当に考えてるんだと思ってたー。
「…ん?え?それだけ?」困った顔して双子に首を傾げられる。え?まだ、何かあるの?
「え?何?」亀丸が勝手に画面をスクロールしだす。それから、指先でこんこんと画面を叩く。そこには『少女』と書いてあり、ルビには…『おとめ』とある。乙女?「ん?」
額に拳をやり、溜息。「我が妹ながら、情けなくなるわね」「貴方、本当に、今まで気付いてなかったのね…」何故か、亀丸と藤咲先輩まで呆れた顔をしている。
「え?え?」何?何?
「やめて」乙女が静かに言う。「…やめて」もう一度。みしみしと布が音を立てる。
「無駄よ」「それは貴方のドレスより、いい仕立ての物なんだから」布が伸び始める。乙女の指先が布の下で蠢いているのがわかる。「やだ、本気?」布が更に乙女を押さえつける。乙女が低い悲鳴を上げる。「そのまま絞め殺すわよ?」それでも乙女は止めない。双子が足を退ける。乙女の両腕が天井に向かって伸びきる。指先が奇妙に鋭く尖っている。それが布を引き裂こうと左右にゆっくりと動き出す。「…流石ね」「確かに処分するには勿体ないできそこない」顔を出した舞か蝶々が身体を屈めて、布を掴む。布が激しく蠢き、乙女を吐き出した。乙女は布から解放され、床に突っ伏し、ぜぇぜぇと荒い息をしている。「でも、体力に難ありね」「このまま止めを刺して欲しい?」
「…やめて。自分で話すわ。別に隠していた訳じゃないし」双子の両方を少しずつ睨みつけながら、乙女が上半身を起こす。銀河と一瞬、目が合い、すぐに逸らした。ぼさぼさになった長い黒髪を掻きあげる。大きな胸が息に合わせて上下している。
顔出ししている舞か蝶々が、再び筒状にした布の先を乙女に向けた。「そう」「いいわ」「私達の可愛い妹ちゃんに話してあげて」「貴方の事」
「…大した話じゃないじゃない。何よ。…私はね、桐生善四郎に雇われた銀河のボディーガードなの。…それだけ」そっけなく言って、乙女はぷいっと斜め下を見続ける。ぼ、ぼでーがーど?
布の先が乙女の頬を突く。「駄目駄目」「私達の妹ちゃんはね、頭の血の巡りが悪いの」「もっと詳しく話してくれなきゃ」
乙女の息が更に荒くなる。今にも、再びらんちき騒ぎを始めそうな様子だ。しばらく間があって乙女は顔を上げた。「どこから話せば、気が済むかしら」
双子が答える。「最初から」「そもそも貴方が何者なのか」
「…いい趣味ね」
「ありがとう」
「人遺伝子の研究をしている所があって、私はそこで生まれた。どういう訳だか研究は中止。研究に関する物は全て廃棄と決定して、そこの研究助手だったパパが私を連れて逃げた…」淡々と乙女が話し出す。
「ざっくりしすぎ…」双子はあまり気に入らない様子で口を挟む。
「仕方ないでしょ。子供の頃の事だもの。ほとんど記憶にないわ」
「補足するわ。…この子はね、御爺様が出資していた研究の中で実験体の一つとして生まれたの。違法な研究よ。強化された人種を作ろうとしていたの。健康的な意味ではなく、パーフェクトソルジャー。人類の外側に属す、ゼノ・サピエンス。…恐らく、高度に制御された人類の敵を作りだす事が御爺様の目的だったのでしょう。若気の至りね。おかしい。…しかし、それは失敗続き。制御不能で、むしろ好戦的で野蛮なできそこないばかりができあがっていった」
「ただ過程だっただけよ」不服そうに乙女が言う。
「そうね。でも、そのままいけば望まぬ物ができてしまう可能性もあった。御爺様は制御できない物が御嫌いですから。それで、あるとき、研究は中止となった。…何かきっかけがあったのだと思うけど、機械的な物へ資金をシフトすることにしたのね。それで、それまでの研究成果も全て廃棄することになった。この子もそう。野蛮で好戦的で力ばかり強いできそこない。でも、それを哀れを思ったトンチキがいて、その男はこの子を、この子だけを連れて逃亡した」
「パパは私だけしか連れて行けなかったのよ。私以外はそもそも手も付けられないような子だったから…」
「そう」「いいわ、続けて」
「私達は五年間、逃亡を続けたわ。パパは素性を隠して働いて、…二人なら何とかなるって思ってたんでしょうけど、でも体力のある人じゃなかったし、私は限られた物しか消化できなかったから、元々、無理があった。植物性の物が駄目なのよ。…できそこないだから。でも、人間が生きるのには食物繊維もいるし、色々、動物性の物からは摂取できない栄養素がいる。とても手間がかかる。…それで苦労が祟ってパパが病気になって、何か知らないけど、弱気で、一緒に死のうとか言いだして、…そういうときに丁度、私達は見つかって」
「実際にはずっとどこにいるのか知っていたの」「問題が起こるまで放っておいてあげただけ」
「…で、桐生善四郎」乙女が銀河と目を合わす。恐い。ごめんなさい。「あの糞爺が命は助けてやるから、自分の娘の護衛をしろって強制したの。…わかった?」
「ふ、ふうん」そ、そうだったんだー。へ、へー。
「あんたに初めて会った時は、本当にむかついたわよ。おどおどしたへなちょこで、頭悪そうだし。何で、私がこんな弱そうなやつ、守らなきゃならないのって」
「べ、別に守ってもらった覚えとかないし…」むしろ、いつも騒ぎに巻き込まれていたような…。
「あんた、それ、本気で言ってる訳?っていうか、今まで本当に気付いてなかったの?」
「…う、うん」全く…。これっぽっちも…。
「トラックに轢かれそうになったときとか、変質者に誘拐されて悪戯されそうになったときとか、鰐に噛まれたときとか、謎の美少女仮面に助けてもらった事、あったでしょ…?」
「え?」あ、あれ、美少女仮面だったの?謎の覆面女子プロレスラーだと思ってた…、ていうか、あれ、乙女だったの?「ご、ごめん」
「ごめん!?」お、乙女は怒ってる。何かよくわからないけど銀河は怒られている。「あんた、ごめんで済むと思ってるの?」
「だ、だって気付き様がないじゃん…。変装してたんだし…」
「変装してないときだって、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、助けてるわよ!あー、守られてるなー、ぐらい感じなかったの?」
「だ、だって…」だって何だよ。言葉が出ない。気付いてみると、亀丸も藤咲先輩も大して驚いている様子を見せていない。「も、もしかして亀丸は知ってたの?」
亀丸が眉をしかめる「いや…、何ていうか…。むしろ、銀河が知らないとは知らなかったっていうか。傍から見てれば、明らかだったし、不破さんって、普通の人じゃなさそうだったし、俺には色々、秘密なのかなって…」ま、マジかよ。
「私も、そうなのかなー…って思ってましたけど」藤咲先輩などは平然として言う。藤咲先輩なんて、つい数週間前に会ったばかりなのに。…こ、これじゃあ、銀河の立場が無い。乙女とはもう五年近い付き合いがあるんだぞ。小学校で同じクラスになって以来、ずーっと一緒だったんだぞ。って、それも、もしかして、偶然じゃなかったの?え?嘘。…やだ。私、馬鹿じゃん。
「さぁ、それじゃあ、そろそろ貴方はクライマックスね」筒状にした不思議な布を持った舞か蝶々が乙女に言う。「貴方がいるせいで、銀河で中々、遊べなくってつらかったわ」くすくす。「でも、これも遊びの一環ね」「私達、貴方をうんと甚振ってあげるために隠れて鍛えてたのよ」「このスーツのおかげもあるけど」「ボディラインを維持しながら鍛えるのって大変なんだから」くすくす。
「そもそも、私はあんた達から銀河を守る様に言われてるのよ。…だから、あんた達から吹っかけてきた以上、私があんた達を殺すのは飼い主のお墨付きなの」そういえば、乙女が転校してきたのは、街が閉鎖してからだったし、銀河が旧校舎から戻ってすぐだった。
「あ、あの、乙女の事はわかったから、もう止めて」何故か脱力してしまいか細い声しか出ない。もう、いいよ。よくわかんないけど、もういいよ。勘弁して。私が全部、悪いから。ごめんなさい。お願いだから、喧嘩しないで。
さっき、まともな相手にもならなかったのに、乙女はとっと、両腕を使い、後方へ飛び上がる。据え付けられたロッカーを飛び越え、壁を蹴り、布を持った舞か蝶々に飛びかかる。乙女の手袋の指先が形状を変え、鋭く伸び、尖っている。乙女のドレスは双子の持っている布と同様、何か特殊な物なのかもしれない。だから、ああも、あの格好で学校に通うと言いだしたのだ。乙女の爪が、虚しく、広げられた布へと突っ込む。しかし、布が乙女を捕える前に乙女は爪を後ろに引いていた。机に足をつき、それを後ろにいた円盤を付けた舞か蝶々へ向けて跳ね飛ばしながら、乙女は床へ着地し、身を低くして、布の向こう側へと滑り込む。布を掴んでいた舞か蝶々はその右腕を引き、左腕で、乙女の攻撃から身を守ろうとする。乙女は屈伸運動をして、飛び上がり、開いた掌が舞か蝶々の左腕に当たる。後ろに吹き飛び、背から床に落ちる。「…いいわね」かしゃんと仮面が閉じる。乙女が追撃をかけようと再び飛び上がる。机が飛び、浮かんでいた乙女をロッカーに叩きつけた。机の足には赤い布が結ばれていて、それがしゅるっと音を立て、解ける。布を棒状にして舞か蝶々は立ち上がり、その先をロッカーに叩きつけられた乙女へ向かって突き出した。ロッカーに深々と布が刺さる。乙女はもうそこにはいなくて、布から逃げた乙女を今度は円盤を着けた舞か蝶々が阻んだ。「そうね、その調子よ」くすくすと乙女を挑発しながら、円盤を着けた拳を乙女に向かって何度も振るう。上段を狙い、乙女がそれをかわすと、クリティカルに腹を殴りつけた。乙女はそれによろめきもせず、爪を向ける。カンと甲高い音を立て、腕の側面に戻された円盤がそれを阻む。乙女が髪を振り乱して、怪獣みたいな叫びを上げる。赤い布が乙女の腕に巻きつき、乙女はぶんと振り回され、机を吹き飛ばしながら、床に激しく叩きつけられた。呻き声。乙女は半身を返して、ぐっと、布の巻きついた腕を引く。しかし布はするっと解けてしまい、勢い余った拳で乙女は自分の頬を叩く。斎藤さんジュニアの物では無い、赤い液体が乙女のどこかから流れている。ふらふらと立ち上がろうとする乙女に、ゆっくり円盤を着けた舞か蝶々が近づいていく。
「あれ…?亀丸君?」藤咲先輩が声をあげた。視線をうろつかせている。気付くと、亀丸の姿が無かった。亀丸に預けてあった銀河のリュックだけが教卓の裏に隠される様にしてある。
円盤を着けた舞か蝶々が勢いよく、振りかえりざまに、腕の側面で見えない何かを弾き飛ばした。「すごいわね。音も無い。わかっていたのに今まで気付かなかった」ああ、もう、訳わかんない。どうしていいか、わかんない。見えない何か…、恐らく姿を消した亀丸に向けて円盤を着けた舞か蝶々が構えをとり、布を持った舞か蝶々が乙女へ向かう。円盤が再び、見えない亀丸を殴り、辺りの机が飛ぶ。「透明人間の才能あるわ、亀丸君」円盤を着けた舞か蝶々が右足を上げ、それを勢いつけて、下へ落とした。がぁっとくぐもった声がする。「でも、格闘の方はからきしね。合わないわよ。優しいから」
「い、今の、亀丸君の声ですよね」亀丸を探していた藤咲先輩が飛び出して行こうとして、床にばたんと倒れた。転んだ訳ではない。教室の扉が薄く開いていてそこから銃口が覗いていた。パンツブラザーズのもみ顎と童顔が隠れていて、メンゴ、メンゴと掌を縦にしてジェスチャーをしている。
「大丈夫、眠らせてるだけだから。舞さん、蝶々さんは、藤咲さんを傷つけたくないみたいなんだ」扉がそっと閉まる。「もう、じきに終わるよ…」
「時田君!?」乙女が叫ぶ。亀丸は姿を現していた。乙女はそれに驚いている。亀丸が透明だった事にか、亀丸に一時的にでも助けられた事にか、それとも亀丸が倒れている事にか。
「貴方はこっちでしょ」一時、人間らしくなった乙女を赤い布が襲う。乙女はまた獣らしくなってしまい、机をまき散らしながらそれを避ける。
亀丸は床に倒れ、右の脛を押さえて丸くなっている。あのサングラスが床に落ちている。「も、もしかして見えてました?」
「それ、元々、私達が回収した物よ。知らない訳ないでしょ?偏光機。可視光線を曲げて姿を消す」メットに指先を当てる。「全ての周波数を曲げてしまえば、消えている本人もフィールドの内側から何も見えない。だから全ての周波数帯は曲げられないわ。どの周波数帯に当たるかわからなかったけど。偏光機、今、全部あるの?」
「さ、さぁ…」丸くなりながら亀丸は強がっている。銀河はただ見ているだけ。
「旧校舎から12個回収され、調査会から大学の研究室へ送った物。去年、何者かによって盗み出され、それ以降、同様の事件が続く。実行犯は槻城高校生徒、二年、時田亀丸。商工会会長、時田亀介の息子」何それ。
「勘弁してください…。親父は関係ないんで」
「いいわよ。それで、私達が知りたいのわね、貴方のバックに誰がいるのかって事」
「も、もしかして、舞さん、蝶々さんがここに来たのってそれが本題ですか…?」
「さぁ?どうかしら」
「本当、勘弁してください。盗った物はほとんど壊しちゃったんで返せないんですけど、俺の事はどうにでもしていいんで、不破さんは助けてやってください」
「それで帳尻が合うと思ってるの?」
「いや…」言い淀む。
「さぁ、誰に唆されて、そんな悪い子ちゃんになったのか教えて」円盤を持った舞か蝶々が仮面を外して亀丸に覆いかぶさる。髪の房が亀丸の顔を銀河から隠してしまう。
「…残念ながら、俺はフリーですよ」
「嘘おっしゃい。貴方も飼われてるんでしょ?」
「お、俺の主人は銀河だけです」
「私達の妹ちゃんを隠れ蓑にするのは止して。それが貴方の事で一番、腹立たしい事なの」
「それとこれとは別ですよ…。本当に。銀河との事はプライベートで…」
「そう。信じてあげるわ。…それで誰が、そこまで偏光装置を調整したの?一筋縄じゃいかない筈よ。うちでもやらせてたの。できればほぼ完璧なステルスができるんだものね。でも、床との接地面が上手く行かないのよ。不自然になっちゃう。貴方のは完璧だったわね。プログラミングするのに膨大な量の試験データが必要だと思うわ。それか、その過程を飛ばす、何らかの刺激的なエポック」
「そ、それ、舞さん、蝶々さん、わかってるんじゃないですかね…?」
「さぁ?確信は持てないわ。あの子、ちゃんと忠実でいるし」
「なら、俺も同じですよ…。俺は下請けで、…直接、雇い主に会った事は無い」
「本当に?」
「……本当です。神に誓って」
「駄目。貴方、神様、信じてないって顔だもの。銀河を主人と言うのなら銀河に誓って」
「…ごめんなさい。でも、確信が無いってのは本当です」
「どんどん、襤褸が出るわね。わかったわ。…なら、私達のペットになりなさい」
「は?」
「貴方に関してなら、それが本題よ。今までの事、全部、チャラにしてあげるわ。偏光装置のノウハウはあるんでしょ?それもひっくるめて欲しいの。私達のペットになったらいっぱいいい事してあげるわ。銀河がしてくれないような事」舞か蝶々の頭が低くなる。
「いや…、俺、草食系なんで…。俺には銀河で十分なんで…」何だその言い草。死ね。
「初心なだけでしょ?」頭が更に低くなり、何かに当たった様に止まる。藤咲先輩には見せられない。がつんと、舞か蝶々の頭が弾かれる。
「えっと…、ごめんなさい」亀丸の腕と脚が不器用に円盤を着けた舞か蝶々の身体に絡みついた。右手には艶の無い黒いナイフを持ち、その刃先を舞か蝶々の首筋に当てている。
「やれる?」何気ない調子で舞か蝶々が聞く。
「不破さん、苛めてる方の舞さんか蝶々さん、止めてください」
「駄目よ。やるか、やらないか」
「お願いします」
「やっぱり、貴方、銀河にぴったりのボーイフレンドね」舞か蝶々の頭が大きく振られメットががつんと大きな音を立てる。それからだらりとなった亀丸の腕や足を振り払い、馬乗りになった。亀丸の手に握られていたナイフを奪う。指先が亀丸の胸をしばらく這い、それが止まると、ナイフが高々と持ち上げられ、亀丸の胸を突き刺した。血がどくどくと流れる。「そっちはどう?」視線を上げる。その先には乙女と布を持った舞か蝶々。乙女は愕然として亀丸の倒れた姿を見ていた。
「流石に一対一だとちょっと重いわ」「そう」「でも技術がないの、エレガントさに欠ける」「つまらなかった?」「そうね、そうでもないけれど。それより、そろそろシャワーが浴びたいわ」「うん。いいわね」布がばっと広がり、片方の裾が円盤を持った舞か蝶々の手に握られる。ぴっと布の真中に裂け目ができ、布は簡単に二つに分かれた。乙女は抵抗する。いつの間にか、俊敏性は失われていて、ほとんど逃げのびようとするような緩慢な動き。双子の布がそれぞれ乙女の右と左の腕に絡みつく。乙女の身体が解剖台の上のカエルのように広げられ、腕に絡みついた布の内、左腕の方は廊下側の壁に突きたてられた。空手になった舞か蝶々が右手を乙女の首に添え、力を込めた。乙女が牙を剥いて吠える。ぶしっと、音がして、乙女の喉が削ぎとられていた。ぶしゃあっと噴き出した血が双子を赤く染める。「それじゃあね、銀河」「また遊びましょ」乙女の腕から布がゆっくりと引いていき、乙女の身体がばたんと床に降ろさされた。
銀河はどうしたらいいのだろう。
銀河の周りには三つの横たわる身体がある。一つは藤咲先輩の物。これはいい。元からゾンビだ。機械だ。それに眠っているだけ。穏やかな吐息。二つ目は亀丸の物。胸にナイフが刺さり、今も血をゆっくり流している。自業自得。よくわからないけど、銀河に見えない所で危ない橋を渡っていたのが悪い。三つ目は乙女の物。銀河に内緒で友達面して善四郎の言いなりで銀河を今まで勝手に陰で守っていた。真っ赤な喉が開いている。銀河の手には不思議な薬が握られていて、それは藤咲さんの作ったすごい薬。効用・効能を読むと『大体、大丈夫』とかなりアバウトな事が書いてある。大体って何だ。怪我にも効くのか?驚くべき事に亀丸も乙女もまだ死んじゃいない。意識は無いし、息もほとんどしていないが、生きている。多分。だって、まだ温かいし。しかし、困った事がある。薬は一つしかない。ちゃんと但し書きに、一人用一人分と書いてあった。
銀河は、乙女と亀丸、横たわる二人のどちらを…
…違う。
私は。
私は、二人を両天秤にかけようとしている。
そんな権利は私にはない。何だかすごく寒くなってくる。震えが止まらなくなった。
だって乙女は…ずっと私を守ってくれていた。銀河はそれを知らなかったかもしれない。でも、私はそれを知っていた。感じていた。そして、能天気にそれは好意からくるものなのだと思っていた…、それは、うん、今も変わらない。それに乙女がどう思っていようと私の気持ちも変わらない。まだまだ一緒にいたい。これからも一緒にいたい。別に守ってくれなくたっていい。ただ一緒にいて欲しい。
亀丸だってそうだ。亀丸は馬鹿だし、カッコ良くないし、生意気だし、ムカつくし、スケベだし、だけど優しい。いつも優しい。それは嘘だったのかもしれない。舞と蝶々が言っていたように私を隠れ蓑にするためだったのかもしれない。…だけど、やっぱりそうじゃないと思っている私がいるし、そうだったとしても構わない私がいる。亀丸といるのは楽しい。男としての魅力はあまり感じないけど、たまにドキドキさせてくれたりもする。
私はその二人は天秤にかけようとしている。
そもそもの原因は私。
助ける力が無かったのも私。
何もできなかったのも私。
…何でこんな時に頭が冴えてしまうのだろう。嫌だ。本当に嫌だ。
私は善人ぶって、ちょっと冒険がしたかった。
それが全てだ。それで二人をこんな目に合わせた。
いや…、そうじゃない。それだけじゃない。恥ずかしさで顔が熱くなる。天秤にかけられようとしている、もう一人の人物を思い出す。それはすごく重たい。二人より…、重たい。恥ずかしい。死にたい。嫌だ。全部、無かった事にしてしまいたい。
藤咲さんとの会話を思い出す。
何かがずっと嫌だった。嫌なことばかりだ。嫌だ。気持ち悪い。嫉妬してた。
私は善四郎が好きだったのだ。
そんなことわかりたくなかったのに、今、わかりたくなかったのに、わかってしまう。
その感情は家族としてじゃない。
恋だ。
なんて破廉恥なんだ。
改めて、乙女に、亀丸に謝罪したくなる。
こんなどうしようもなく馬鹿な私の側にいてくれた二人に謝罪したい。
私は今、私をずっと守ってくれていた友人、支えてくれていた友人と…、善四郎を、いや、無節操で独りよがりで、とてつもなく幼稚な恋心を天秤にかけようとしている。
そしてその恋心は無節操で、独りよがりで、とてつもなく幼稚であるからこそ、…甘く、重たい。