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不破乙女についての情報を過去ログから検索

 自分より好き嫌いがある子を見るのはそれが初めてだった。その日、銀河は茄子と玉ねぎと牛乳を残した。茄子はふかふかした感触が気持ち悪いし、紫色なのが毒っぽくって恐かった。たまねぎは辛くて臭くて嫌だし、牛乳は好き嫌い以前に必ずお腹を下した。目の前のその子は肉と牛乳以外全てを残していた。

 小食なのかな?それにしては肉付きがいい。でも、ブスじゃない。顔は恐い。真っ黒い服。なぜか朝から睨みつけられている。

 「ねぇ、牛乳飲むの?飲まないの?」苛立たしげに言われた。銀河は思わず首を横にぷるぷる振る。「それ、どっちの意味?」自分でもよくわからない。多分、質問に答えたかったのではなく、貴方の事を不快にさせるつもりはありません、という意思表示で首を振ったのだと思う。

 「の、飲みません」牛乳の味は好きだけど、飲めないんだもん…。

 「そう」さっと、掌が閃いて銀河のお盆の上にあった牛乳パックがその子に掠め取られた。当然、と言うようにためらいなく、その子は銀河の牛乳を飲みほす。ゲフっ。憎たらしいゲップ。

 不破乙女。5年2組の転校生。同じく銀河が転入してきてから三カ月後の事だった。

 いつも通り、銀河の机の隣に担任教師が現れる。「桐生さん、また残してるの?」昼休みが始まり、食器を片づけた他の子達はみんな遊び始めている。いつもこうだ。一人、取り残される。転入してから挟んだ冬休みを除いても、そのクラスに入って一カ月半。まだ友達が一人もできていない。きっと給食を残す子だからだろう。ダンシ達が馬鹿にする。前の学校にはいなかった生き物だ。苦手な生き物だった。何でこんな生き物と一緒にされるのか不条理だった。今もクラスの隅からダンシ達が指を指している。「あら、今日は牛乳飲めたの?偉いわね」飲んでません、と顔を伏せる。どうして御爺様…、じゃなくて御父様は先生に私が牛乳飲めないんだって説明してくれないんだろう。「不破さんはどうしたの?体調でも悪かったの?」銀河がいつも通りのだんまりなので、先生の話は乙女に及んだ。銀河はほっとする。今日は怒られるの私だけじゃない。先生はいつもアフリカの子供達の話をするので恐かった。別に先生は恐くはないが、その話は恐い。アフリカの子供達が怒りに来たらどうしようと考え、夢にまで見るから恐かった。

 「別に体調に問題ありません」腕をぶんぶん振るいながら乙女は言う。

 「なら、何でこんなに残しちゃったのかな?今日は緊張しちゃった?」

 「全部食べました」え?

 先生も困った顔をした。「でも、ごはんもスープも残ってるでしょ?」

 「先生は知らないの?肉食動物は肉しか食べない」肉食動物?ライオンとかトラとか?動物園でごろごろしているのを見たことがある。カメラが無いとやる気が出ないんだろうな、と思っていた。肉食動物は植物を栄養に変える酵素を持っていない。

 「そうね。でも、人間はちゃんとお肉以外も食べるわ」

 「じゃあ、私、肉食人間」

 「おもしろいこと言うわね」

 「別におもしろくないわ。寧ろ、不愉快な事実」乙女の口が不機嫌そうに三角形に開かれる。この子、先生と喧嘩する気なのかな?銀河は心配になってきていた。でも、そうなったらこの子を応援しようと心に誓う。

 「うーん。わかったわ。明日はきちんと食べるようにしましょうね。さぁ、食器を片づけて。ほら、桐生さんも」心配したような事にはならなかった。良かったとも期待外れとも言い難い気分。どきどきしていた。お盆を持って立ち上がる。先生が背を向ける。乙女が爪を立て、飛びかかっていた。

 

 その男の先生は全治ナントカヵ月の怪我を負い、それ以来、学校に来なくなった。新しく来た担任の先生は女の先生で、アフリカの子供達の話をしない人だったから良かった。困ったのは乙女だった。転校生同士、一番後ろで銀河と席が隣り合っていたから何をするにも乙女と一緒になった。だから仲良くなったという訳ではなく、寧ろ、肉食人間とは仲良くなりたくなかった。のにも関わらず、乙女は銀河の牛乳を必ず飲む。それからカレーや肉じゃがの肉も取っていった。恐いけど銀河は乙女と仲良くなるしかなかった。

 クラスで一番、背の低かった問題児・乙女と二番目に低かった銀河はいつの間にかセットになっていて、クラスで益々、孤立していた。


***


 気を失った乙女を廊下のソファに寝かせ、銀河も一応、呼吸を確認した。すーすー、穏やかそうな寝息を立てている。ほっとする。ややロリータ風に改造されている乙女の制服の襟元を緩めて、首筋を見ると双子の掌の痕がくっきりと赤く残っていた。何だか首輪みたい。あの双子のそういう、人を、というか、自分達と京子ちゃん(様)と桐花ちゃん(様)と久留美ちゃん以外の存在全てを見下すの、本当に止めさせなきゃ。何となく、正義感。ていうか京子ちゃん(様)か桐花ちゃん(様)か久留美ちゃんが怒れば済むことなのに…。今は、遠く、世界各地、主に日本に散らばった姉達の事を銀河は思う。双子はあの方たちの前では完璧な妹を演じやがるから、無理な話なのもわかってはいる。銀河が言いつけたって、京子ちゃん(様)は鬱陶しそうにするだけだし、桐花ちゃん(様)は興味なさげだし、姉妹唯一の良心である大甘の久留美ちゃんはコロっと双子に騙されていつのまにやら銀河が悪い事になる。思えばあのときだって、そうだ。ドカベンを銀河が集めだしたときだって、あの双子は普段、まんがなんか見向きもしないのに取り上げて。久留美ちゃんに言いつけに言ったら、「姉妹仲良く読みましょう。舞も蝶々もきっと、銀河と同じものが読みたいのよ。一緒に読んだ方が楽しいよ」だなんて。銀河がドカベンを全巻集めることを諦めたら、思っていた通り、あの双子はすぐに興味を失って、ゴミ箱行き。双子は多分、今でもドカベンの事を野球まんがとは知らず、異種格闘まんがだと思い込んでいるだろう。いい気味だ。ざまーみろ。「不破さん…、大丈夫そう?」亀丸の声。

 「何で止めてくれなかったし」男のくせに。

 「いや…。どっちを?不破さん?銀河の姉ちゃん達?」

 「どっちもだよ。馬鹿」

 「…ごめん」ごめんじゃねーよ。

 「いいよ。わかってるし。亀丸にも立場があるし、乙女とか誰も止めらんないし」とか言えばいいのかよ、このやろー。くその役立たずが。くそう。くそう。てゆーか、私が止めれば良かったんだよ、でも、止められませんよ。とか銀河は思ったかもしれない。くやしくて涙とか溢していたとしたら、マジ笑える。「それと、あのきゅーぶって人、本当、気持ち悪い」今まで見た人間の中で断トツで気持ち悪いかも。亀丸が逃げたい気持ちもちょっとわかった。何であんなに周りに無頓着でにこにこしていられるんだろう。

 「えーと…。それはどうしようもないな。いや、俺も付き合いが長いってだけできゅーちゃんの事は本当にわからないし。さっきも言ったけど、昔はもう少しまともだったんだぜ。多分、きゅーちゃんにも何か、色々あったんだと思う」

 「だとしても理解できない」

 「そんなこと言ったら、俺だってお前の姉ちゃん達、理解できねーよ」ま、まあね。

 「きゅーちゃんな。ここの旧校舎が今みたいになった時も、ここの生徒だったんだ」え、と銀河、顔を上げる。何?何か語り始めんの?と身構えていると亀丸、本当に語り始める。「多分、その瞬間も旧校舎の中にいたんだと思う」へー…。あれ?じゃあ、何で今、外にいるの?とか言う疑問は当然、聞きだすまでもなく「当時の行方不明者リストの中に入ってた。それで俺、中に探しに行ったんだ」はい?そんなの初耳。銀河以外にも当時の旧校舎に入った子供がいたなんて。「旧校舎で起こってたこと、俺、理解してなかったし。というか、誰も今も理解してないんだろうけど。とにかく、軍人達の目をすり抜けて中に入ったんだ。多分、ちょっとした冒険心とか入ってたかもしれない。けど、きゅーちゃんの事、嫌いじゃなかったし」ああ、好きだったのね。茶化したい気持ちが銀河の内に湧くが、話が長くなったらだるいなぁと思い、控えておく。「頭ん中ぐわんぐわんするような校舎の中を最初は必死で探しまわって、その内、そうじゃなくって、もし、うちに帰れなくなったらどうしようって恐くなって…。それで泣いたりしてたら、きゅーちゃんに会えたんだ」ふーん。めでたしめでたし、…じゃなさそうだな。「そんとき既に、前のきゅーちゃんじゃなかった。あの中、長くいると頭おかしくなるらしいし、多分、それでだと思うけど。全然、俺の話聞いてくれなくて。訳わからないこと言って。それで、俺だけ返してくれた」

 「…」それで?「え?終わり?」

 「いや。それから何ヶ月かぐらい経ったある日、いつの間にか、当たり前のように外にきゅーちゃんがいた。やっぱり訳わかんない感じだったけど」

 「ふーん。で、オチは?」

 「……すげームカつく。それ」いや、何かその小話聞かされてる身にもなれよ。「いやさ。俺、そのとき以来、旧校舎の中、入ってないけどよ。何か、銀河が言いだして、いい機会かなって。丁度、きゅーちゃんも呼ぶことになったし」

 「いや、あんたが呼んだんだけど」

 「うん。まぁ、そうなんだけど。とにかくさ。また旧校舎に入ったら何かわかるかもしれないかなー、なんて。きゅーちゃん、何であーなったのか、とか。あわよくば元に戻す方法とか」…人は変わり続ける物なんだよ。元には戻らない物なんだ。とか訳知り顔で銀河は言いたくなったけど、思ってみれば、自分が遥か昔から変わっていないので、言えやしない。小学生の頃から背さえ伸びていない。

 「ま、まぁ、そうだね。うん。何かわかるといいね!」わかりやしないよ、そんなもん。

 「…銀河って、俺にすごくやさしくないよな」

 「あ?」何、突然。「私、下僕にやさしくなんてしないもん」

 「あの姉ちゃん達が銀河の姉ちゃんだってのわかるなー。それ」いや、あれらと一緒にしないで。「でも、銀河の方は何かかわいいんだよな」

 「黙れよ。本当。何が言いたいんだよぉ」いや、これじゃあ、黙らせたいのか、喋らせたいのかわからないな。

 「まぁ、何て言うか。きゅーちゃんがちょっとおかしい人なのは仕方ない事だから、そんなに気味悪がらないでやって欲しいかなー。みたいな」

 「あー…。まぁ、何というか、役に立ってくれるんだったら、別に、私だって少しくらい我慢できなくもないし」

 「頼むぜ」お、おう。頼まれなくもない。そもそも、旧校舎に行く事自体、自分が言い出したことで、そこからきゅーぶが飛び出してきたという自覚は銀河にもある。よって、あのキャラクターをとりあえず許容することにする。

 そんなこんなしている間に部屋からとうのきゅーぶが顔を出す。「亀丸君、銀河さん、書類の記入、終わりましたよー」


 「さっきは本当にごめんなさいね、銀河」「悪気はなかったの」「本当よ」「ただ、久しぶりに銀河で遊べると思ったら、少し力が入り過ぎちゃって」くすくす「ね、ごめんなさい」どう考えても悪気しかないじゃん。あやまる気なんてこれっぽっちもないじゃん。もちろん、あやまったって許しなんかしないけど。

 部屋に入ると、再びカーテンは閉じていて、双子は槻城高校の制服に着替え、アーサー少年を挟むように長テーブルの上で足を組んでいた。あのカーテンの後ろには皮パンマッチョが二人きりでいるのかな、と思うと、何だか可哀そうに思えてくる。「旧校舎への探索。チーム銀河ちゃんズ。代表者名、桐生銀河。メンバー、ビギナー桐生銀河、ビギナー時田亀丸、ビギナー不破乙女、エキスパート藤咲きゅーぶ以上四名。探索目的物は医療関係物A1。探索予定期間は2016年9月20日から同年同月25日まで。はい、確かに受理しました」何だよ、チーム銀河ちゃんズって。やっぱり、藤咲先輩のキャラクター許容しかねる。それにしても、アーサー少年の日本語の流調な事。本当は日本人なんじゃないだろうか。「ビギナーの方にはこの他に同意書等の記入が必要になりますから、隣の部屋へどうぞ。不破さんに関しては特例ですが、書式を槻城高校のサーバー内にアップしますので、記入したものを添付して、探索当日までに調査会のアドレスに送ってください」

 「しっかり言えたわね」「えらいわ、アーサー」事務的説明を言い終えたアーサーの喉を双子がくすぐる。や、やめてください、と満更ではないアーサーの悶える声。ここではこんな事が日常茶飯事なのだろうか。気が狂ってる。「さぁ、行きましょう」「着いてきて」不服ながら、双子に着いて、銀河達は隣の部屋へ移動する。廊下を介してではなく、部屋と部屋が直接繋がっていて、そっちの部屋も規格は教室と変わらなかった。たださっきの部屋と共通して窓が無い。そういえば外から見ても、この棟の五階には窓が無かったなと銀河は思い出す。セキュリティのためだろう。

 部屋の中にはまず手前に三台、教室で授業に使うのと同型のデュアルディスプレイのデスクが並べられていて、その奥に巨大な金庫のような物があった。金庫状の物体の後ろは上半分が半透明のプラスチック窓になっているパーテーションが立ててあり、向こうでは幾人かが、何かの作業をしているようだ。「さぁ、座って」舞か蝶々のどちらかが言い、亀丸が右端のデスクの前に、銀河が真中のデスクの前に座る。椅子は教室のデスクとセットになっている物とは違いクッションがふわふわだ。デスクの電源はもう既に入れられていて、机上のタッチディスプレイの方には学習チャートとは違ったチャートが用意されている。「チャート通りに記入していけばすぐ済むわ」メインディスプレイの向こうから顔を出した舞か蝶々が言う。銀河はチャートのステップ1をタッチして最初の書式を呼びだす。「あ、駄目よ。書類だから、キーボードは使わないで」ファンクションキーからソフトキーボードを出そうとした亀丸が舞か蝶々に注意される。調査会にもお役所的な煩わしさがあって、この双子にもそういうことをさせるのかと思うと、銀河はちょっと嬉しかった。デスクから角頭のタッチペンをほじくり出し、しばらく集中して書類に記入していく。フリータッチで描かれる自分の字の汚さに絶望する。しかも、それを双子に覗かれている。最低だ。「家にいる間に、もう少し字の書き方を教えてあげれば良かったわね」余計なお世話だ。こんちくしょー。

 書類の内容は、そう大したものではなかった。調査会の会員になり調査に協力する旨の同意書に、探索時、調査会の定めたルールに従い、それに違反した場合は会員としての権利を剥奪され罰則を受ける事に対する同意書。調査会に帰属することにより触れた技術、知りえた情報を外部に漏らさない誓約書。それから保険の契約書。これは任意になる。銀河が黙々と項目を埋めていく間、隣ではきゅーぶが亀丸の椅子の背にしな垂れかかり、舞と蝶々が「ねぇ、銀河とはどこまで進んでるの?」とかちょっかいをかけ、それに対して亀丸はへらへら笑いをしながら、「きゅーちゃん止めて」とか「はぁ、まぁ」とか曖昧な返事を繰り返していた。こういう手合いが絡め捕られて双子の奴隷になるのだろう。あぶねえなー。

 「うん」「できたわね」満足そうに双子が言うと、デスクがリモートコントロールされたのか、送信などの処理が勝手に始まる。多分、パーテーションの向こうで処理してるのだろう。「それじゃあ、次は装備ね」今度はまた別のチャートがリモートコントロールで現れる。よく躾が行き届いていることで。「これは藤咲さんに見てもらった方がいいわね」

 「そうですね」きゅーぶがさも当然というように、亀丸の膝の上に座ろうとするので、いや、席開いてるから、と亀丸が拒否する。渋々、きゅーぶは左端のデスクの席へ。銀河はそのディスプレイを覗きこみ、亀丸も椅子を引いてやってきた。不意を突かれて慌てたように左端のデスクもリモートコントロールされ、銀河が使っているデスクに表示されたものと同じチャートが表示される。きゅーぶは手慣れた様子でチャートを始め、認証を済ませる。メインディスプレイに藤咲きゅーぶの評価表が現れ、タッチディスプレイには良く知らない人達の名前や顔写真が並んでいる。半分ぐらいが外国人で、変な名前だ。旧校舎の探索に行くのは、大半が偽名を使う訳ありの外国人労働者だし、そういう人達で、過去にきゅーぶがチームを組んだ人物達なのだろう。リストの一番上に、顔写真付きで、銀河と亀丸の名前が出る。写真は市民登録で撮った物。写りが悪く、銀河の顔は泣きそうな顔だった。きゅーぶが無造作にその二つをリストの横のスペースにスライドさせていく。リストから銀河達の名前がそちらへ移動する。「あの、乙女さんはどうしましょう?」きゅーぶが顔を上げる。

 「あの子はいいわ」「あの調子なら裸でだってそこそこやるわよ」双子が勝手な事を言う。

 「うーん。そうですね。どうせ、枠内に収まりますし」きゅーぶがチャートを次へ進める。今度は人ではなく銃火器のカタログの様なページ。ここに入る時に見た兵隊達の持っていたような物がずらずら並ぶ。そういう野蛮な物に疎い銀河にはちんぷんかんぷんだったがそれでもわかることはある。

 「ね、ねえ、お姉様方…」ディスプレイに触れないように指を伸ばして、銃火器の横に書かれている数字を指す。「ここに書いてある数字って何かしら?」

 「リース代金。銃器類は基本、リースよ」「他の装備類と一緒に探索前にゲートで渡して、出てきた時に返してもらうの」「弾薬類などの消耗品は購入になるけど、余れば、調査会で買い取るわ」「ナイフも消耗品扱いだから気をつけてね」は、はぁ。御親切にどうも。でも、そうじゃなくてさ。

 「くそ高くね?」どれもこれも円マークの後に万単位の数字が並んでいる。そもそも金欠を理由にした探索であるはずなのに。先立つ物がない。

 「銀河、その言葉遣い止めなさい」双子が眉を顰める。つい地が出てしまった。

 「別に無理に借りる必要はありませんよ。持ち込みも可ですから。えっと、持ってるならって前提ですけど」ときゅーぶが銀河に説明する。「私、購入して調査会にキープしてる装備がありますから、後は消耗品類だけです。それにビギナーの方はリースできるものが元から限られますので、多分、私のキープだけで間に合いますよ」

 「ほ、本当ですか?」やばい。この人、超いい人。亀丸、よくぞ連れてきた。きゅーぶが設定済みのプリセットを選択する。登録された装備の内容から必要な弾の種類がリストアップされ、そこにきゅーぶが必要弾数を入力していく。

 更にチャートは進み、完全にきゅーぶ任せになった。レーションはいりますか?と聞かれ、いらないと銀河が答えたぐらいだ。食い物ぐらい用意してやる。

 料金が計上される。2万と跳んで4百円。うぐ。それでも高い。「ここ、ツケはきかないから」舞か蝶々。

 「私、立て替えておきましょうか?」ときゅーぶは言ってくれるが、流石にそこまでしてもらうのは気が引けた。

 銀河、亀丸に耳打ちする。「金、貸して」

 「えー」

 「いいじゃん。バイトしてるから少しくらいあるでしょ?」

 「実家のコンビニだぜ。最低賃金ももらってねえよ…」ううう。亀丸、ちょっと思案。何か閃いている。銀河、嫌な予感しかしない。「デートの時、スカート穿いてくる約束」学校じゃ、いつもスカートじゃん…。まぁ、私服でスカート穿いていく気は確かに無かったけど…。

 「飲んだ」

 「よし」亀丸が市民章をデスクに読み取らせ、静脈認証し、サインを済ませ、清算する。「言っとくけど、貸しだかんな」わかっとるわ。本当、器の小さい男。

 「それじゃあ、次ね」双子が言う。

 「え?まだあるの?」流石に終わりだと思っていた。こうちまちましたことを続けていると脳が疲れてくる。今ならすぐに催眠術にかかる自信がある。

 「これで終わりよ」ほっ。「一番、重要な装備だから」双子が部屋中央の金庫状の物に同時に両掌を合わせる。一人では開けられないよう設定されているのだろう。観音開きに扉が開く。中身も金庫状だった。金庫状のブロックがびっしりと詰まっている。「これ、間違ったら爆発するのよ」「いつもドキドキしちゃう」くすくすしながら、また認証し、何かパスをうちこむ。どかん。とはこなかった。いっそ、爆発すればいい。金庫の中の金庫の中はまた金庫という虚しい事は無く、中にあった物を取りだし、双子は金庫と金庫の金庫を閉めた。「はい」双子が取りだした物を銀河と亀丸に手渡す。四角い板。画面がついて、ボタンもついてる。こ、これは…。

 「お、お姉様方。こ、これってもしかして、もしかしなくとも携帯電話?」

 双子が困った顔をする。「うーん。そうね。それより、もっとすごい物ね」とか言っているが銀河はあまり聞いていない。何を隠すも、生まれてこの方、銀河は携帯電話を所持したことが無かった。実家ではまだ早いと言われ、桐生邸では、糞爺に、お前に携帯なんて必要ねーだろと言われ。必要だろうとなかろうとみんな持ってるもん。私だって欲しいもん。その憧れの携帯電話である。いや、もっとすごい物ね。聞いてる、銀河?ううん。聞いてない。「旧校舎内で発見された量子ビット式カオスコンピュータスレート」「のコピー」「社会に影響を与え過ぎるから、あと20年は存在を秘匿しなきゃならない、うち一番の危険物」「セキュリティ上、カオスコンピュータのOS、ゼブラは、旧校舎外では起動しない設計だから、ここではサブCPUの性能しかないけど」「どっちにしても携帯電話なんかと比べたら罰が当たるんだから」へー。何かすごい!すごい携帯電話だ!

 「これ、くれるの?」

 「馬鹿」「本当に、何も聞いてなかったのね…」…。双子に呆れられた。「探索が終わるまで貸してあげるだけよ」「これがあるだけで、旧校舎内からの帰還率が跳ね上がるんだから」なんだ、と露骨にがっかりする銀河。「うちの評価がAAAの+++になったら、長期貸与してあげるわ」「藤咲さんみたいに」と憐れみを込めて双子。そういえば藤咲きゅーぶが持っていた携帯電話もこれと似たようなものだった。いいなー。それからパーテーション裏に隠れていた一人が現れる。ピンクのサマーセーターを着た妙におどおどした女性。銀河はどこかで見たことがあった気がして、ニューロンの発火を待つ。あ。ぴん!昔見た時とは違い化粧をしている。女は前に乙女がとっちめたアーサー派最後の女学生だった。もう槻城高校は卒業しているだろう。本当にまだ調査会にいたのだ。銀河には気付かない。まぁ、いいけど。怯えた手つきで三枚のシートを双子に渡し、再び、引っ込んでいく。「さて、これが重要」「銀河、来なさい」

 「な、何?」

 「電子パッチ」「おでこに張ると脳の活動をスキャンして、その情報をスレートに送信してくれるの」舞か蝶々が爪先でシートを擦ると、指先に小さな透明のシールが着いていた。とてもそんな機能があるようには見えない。「疑ってるわね」「これはそんな怪しい技術じゃないのよ」「旧校舎からのじゃないの」「元から外にあった研究の応用」「ネットで調べたってオープンソースで載ってるわ」「さ」シールを持った指先が伸びる。

 「じ、自分でやるし…」

 「駄目」「ちゃんと張らなきゃ」シートの一枚がきゅーぶへ「亀丸君には藤咲さんね」

 「はい」渋い顔して、亀丸がおでこを隠す。「駄目ですよー。ほらー、やさしくしてあげますからー」無駄な抵抗を諦め、でこを差し出す亀丸。双子と同じように指先でシートからシールを剥がし、亀丸のおでこに乗っける。それから二、三度擦る。それに合わせて目を細めた亀丸の頭がゆらゆら揺れた。

 「ほら、銀河も」うう…。もう為すがままだ。舞か蝶々の指先がおでこに触れる。おでこに触れていない方の舞か蝶々が後ろから銀河の頭を押さえる。「…銀河、背、縮んだんじゃない?」

 「…そんなことないし」んな訳あるか。言ってる間におでこのシールがくっついた。指先が離れる。自分で擦ってみても、剥がれそうにない。違和感もないし、皮膚の一部になったようだ。隣を見ると亀丸も同じ動作をしていた。恥ずかしい。

 「後、三枚張るわ」「左右のこめかみと、声認識のための喉の裏」「じっとしててね」はいはい…。そんなことをしている間に、頭を押さえていた方の舞か蝶々が巻尺を持ってきて、勝手に銀河の身長を図る。「前髪降ろしていい?」

 「や、やだ!」降ろすと、昔、柱に打ち付けたときの傷があるから!

 「ほら、銀河、動かないで!」り、理不尽だ。勝手にヘアゴムとピンを取られ、前髪がだばっと垂れてくる。くそー、人形扱いしやがって。伸ばした掌が頭に乗って、その水平を取り、巻尺の数字を双子が見る。「134…」

 「嘘!」縮んでる…。1cmだけど縮んでる…。四捨五入したら130…。

 「…一度、ちゃんとした所で診てもらいましょうよ」「やっぱり130台は異常よ…」別に気にしてないけど、そんな風に深刻そうに言うの止めて。ちょっと落ち込むから。


 パッチを着けて、市民章を裏のスロットに差し込むと、スレートが起動した。やっぱりよくあるタッチパネル式の携帯電話。「パッチが頭部全体に広がるまでは不安定だから、今日はお風呂に入らないでね」「入っても頭と顔は洗っちゃ駄目よ」「一日すれば根を張って、皮膚に同化するから」ふうん。ついついおでこに手が伸びる。「ほら、擦らない」わ、わかってる。わかってはいる。「で、不破さんの分」「銀河が渡して」余っていたスレートとシートを預かる。「そうそう、それと、1台につき保証金10万円ね」

 「え!」

 「なんだけど…。まぁ、これは特別に許してあげるわ」「10万ぽっちじゃ元から保障になんかならないんだから」「御爺様のお薬を探しに行くんでしょ?」「なら、私達も協力するわ」

 「まぁ、そうだけど…」やっぱり、知ってたか。

 「それじゃあ、銀河」「がんばってね」掌、ひらひら。


 廊下に戻ると、どっと疲れを自覚。あの双子の相手をするとすごく消耗する。銀河の背が低いのは多分、幼い頃から双子の相手をして栄養が成長に回らないせいなのだろう。きっとそうだ。そうに決まっている。銀河に降りかかる災厄というのは須らく根源として双子の形をとるのだ。「はぁ…」溜息一つ。「乙女ー。起きろー」ソファに倒れる乙女を揺さぶる。起きないかな?

 やっぱり死んでいるんじゃないか、と銀河が不安になりかけると「起きてるわよ…」と乙女は不機嫌そうに三回、唸った。ちょっと背けて目を開く。「あの双子は?」

 「え、えーと…、帰った」これ以上、騒ぎとか御勘弁と、銀河は目を泳がせながら嘘を吐いた。

 「そう」体を起こしながら首をぽきぽき鳴らす。あまりやらない方がいい。脳卒中になるらしい。

 「大丈夫?不破さん?」亀丸が聞く。

 「別に…。どうってことないけど」立ち上がり、観葉植物の鉢を思い切り蹴飛ばした。プラスチックの鉢から土がカーペットピースの上に零れる。「銀河。あの双子、あんたのお姉さん達ね、次会った時、絶対、狩るから」そう宣言する乙女は部屋の方へと目を向けていた。くすくすと双子の声が部屋から聞こえてくる。

 「う、うん。まぁ、好きにして。できるもんなら」乙女、それ、負け惜しみって言うんだよ。


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