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運命じゃない恋  作者: 史音
4/4

全力で掴んだ運命の恋


社会人になった。

働き出しても、西野の事はいつも心に引っかかっていた。


卒業して、俺は何とか西野に連絡を取ろうとして、友達の伝手を駆使して連絡先を教えてもらった。だけど、それにはとても時間がかかった。みんな仕事を始めて慣れない仕事に追われていたせいもある。ようやく連絡先を聞いたときは、もう、夏が終わろうとしていた。


「いまさら」


一応登録したその番号に、俺は何度電話してみようとして、やめただろう。

新しい恋を探すために、動いたこともあるし、実際この人なら、と思えた人と付き合ってみようとしたこともあったけれど、なんだかうまくいかなかった。

気持ちが西野のところにとどまっている気がした。

その度に、やっぱりかけようとして、今更だと思う。時が立つほど、今更という気持ちが強くなってしまう。


もう会えないのかと思っていた時に、仲の良い同期が合コンに誘ってきた。その日、俺は外に出る用事が入っている日で、間に合いそうもなかった。

「俺、パス」

そう断ると、同期は他を当たるか、といった。

「でも、いいのかよ、せっかくいいところとうまくつながったのに」

そう言って続いた会社の名前に、俺は目を見張った。

そこは西野が就職したところだった。俺はこれ以上ない早い反応で、返した。

「やっぱり行く」

「え?本気?」

「遅れるけど、絶対行く。必ず行く」

なんだよ、それ、と同期は笑ったけれど、代わりを探さなくていいのは手間が省けるからか、簡単に了解してくれた。


その待ちに待った今日は、本当に忙しくて。よりによって出張だった。行き先は、明日が休みだから、本当なら出張先に一泊してもいいくらいの距離だった。だけど俺はどうしても帰りたかったから、仕事もかなりの速度でこなしたし、間に合いたい一心で、走って電車に飛び乗ったりもした。久しぶりの全力疾走に、俺は肩を上下させて、どうしてこんなに必死になっているのか、自問自答した。


西野はいないかもしれない。ただ同じ会社の人と会うだけで、そこに彼女がいる可能性なんてない。でも、何だか西野がいる気がした。そんな俺の勘が、当てにならない勘だけども、そう告げていた。

もし、いなくても、その中の一人に西野に会わせてほしいと頼むつもりでいた。

俺は必死だった。

どうしてこんなに必死になっているかなんて答えは簡単だった。

俺はただ、西野に会いたかった。

もう一度運命を捕まえたかった。


東京駅について、走ってタクシーに乗って、店の近くは一方通行だからとかなんとか言うタクシー運転手に無理を言っておろして貰って、走って店に向かう。もう時間的にも会は始まっていて、俺は遅刻だった。でも、会が終わる前につきそうだったから、それだけでよかった。


ただずっと思っていた。

西野にいてほしい。いてくれるだけでいい。

でも、できれば、俺のことを覚えていてほしい。

できれば、今は誰とも付き合っていないでいて欲しい。

そして、できるなら、今日の他のメンバーに一目惚れしたりしていないでほしい。


俺は祈るような気持ちでドアを開けた。


そこには西野がいた。

髪が伸びて、着ている物も昔からは想像も付かないような女性っぽい物だったから、間違える人もいるかもしれない。だけど。俺にはすぐにわかった。

それを見て、俺は本当に力が抜けて、入り口に座り込んでしまうところだった。あんなに必死に働いたのも、走って電車に飛び乗ったのも、報われた気がした。俺が立ち尽くしていると、幹事でもある俺の同期が、目線でとりあえず座れ、と指示してきたから、入り口のすぐ脇の空いているところに座った。

「お疲れ様です」

隣の女性がビールを注いでくれた。俺はそれを一息に飲み干した。

「すごい、お酒強いんですね」

隣の女性が笑っておかわりを注いでくれた。でもそこから先、俺は彼女と何を話したか覚えていない。俺は少し離れた西野のことしか見えていなかった。


席替えの時、俺はかなり強引に西野の隣に座った。

「ねえ、西野だろ?」

そう言うと、西野は恥ずかしそうに俯いた。視界のはじで、幹事の同期が俺に少し訝しげな視線を向けているのが見えた。今度説明しないといけないな。そう思ったけれど、今はそんなのどうでもよかった。

「うん、斉藤くんだよね」

西野はそう言って恥ずかしそうに俯いた。わかっているのに、どうして最初に大学の同級生だと言ってくれなかったのかと、急に腹立たしくなった。思わずそう言ってしまうと、彼女は少し戸惑いながら返事する。

「覚えてないと思ったから」

「覚えてるし、見ればすぐにわかるよ」

そう、被せ気味に言ってしまった。怒っているよう聞こえてしまったかもしれないと、反省しながらビールを煽った。


そのあとはポツポツと会話を続ける。なんとか彼氏がいないことを聞き出して、素っ気ない風を装いながら、心の中では安堵した。二人で話す会話はそこまで盛り上がっているわけではなかったけれど、逆に言えば昔もこんな感じだった気がする。髪が伸びて、雰囲気も変わったことを褒めると、嬉しそうに目元を赤くした。それがとても可愛らしくて、思わず彼女に触れたいと思ってしまった。

「なんか、今思うと昔は髪も短くて、いつもジーンズで男の子みたいだったなって」

そう言った西野に、俺はまた被せ気味に答えてしまう。

「俺はあの時の西野もいいと思ってたよ」

西野は俺の方へ顔を向けて目を見張ると、また恥ずかしそうに俯いた。


その後も俺はずっと西野の傍にいた。そこから動きたくなかったからそうしていたのに、幹事からは少し面倒そうな顔をむけられた。だけど、俺は無視した。

なのに、西野は相変わらずわかっていない。

「他の人と話さなくていいの?」

無邪気にそう俺に聞いてくる。


俺は西野と話したい、なんのために今日必死に仕事をしたのかと、心の中で返事した。でもそうは言えないから、返した返事は、我ながらぶっきらぼうで俺は少し反省した。

でも、このことに関して、俺は悪くない。

西野が鈍感すぎるのが、悪い。


西野が席を外しているうちに、会は終わりになった。幹事が俺のところにニヤニヤしながらやってくる。

「お前、どういうことだよ」

俺はできるだけ、いつもと同じように返事した。

「大学の同級生だよ」

本当にそれだけ?と探るように見てきたそいつに、俺はうるさい、と返した。

「まあ、じゃあとりあえず先に行くわ。一応二次会の店は決まったら連絡するけど、でも、どうせ二次会はこないだろ?」

俺は黙って、だけどしっかり頷いた。幹事はそんな俺を見て、さらに笑って帰って行った。

頑張れよ、と言い残して。


西野と話したいことがたくさんある。伝えたいこともたくさんある。だから、絶対に話すまでは帰るつもりはない。送ると強引に言った言葉は、戸惑ったような顔で受け入れられた。

戸惑いながらも、素直に俺の後についてきて、隣あって電車に乗る。


学生の時と同じところに今も住んでいると言うのに、驚いた。

「まだ同じところに住んでるんだ」

そう言うと、西野は照れ臭そうに笑った。横に並んで話しながら電車に乗る。


今は夜で、俺たちは社会人で、

昔みたいに一緒の電車に乗っているのは昼間でもないし、学生の時のように毎日が夏休みみたいなことはないし、明日も仕事がある。

変わったことはたくさんあって、見た目も、背負う物も、変わってきた。


だけど、こうして話していると、西野といると、昔のことを思い出す。あの時のいろんな気持ちを思い出す。あの頃の俺は、西野が好きだった。

だけど、時も場所も変わった中で、それでも今も西野が好きだと思っている。


変わるものと変わらないもの。

変わったものの中でも、変わらないもの。


彼女と話しながら、俺はそんなことを考えていた。

今日は俺が苦労して、必死になって掴んだ運命の日だから、このチャンスは逃してはいけないし、そのつもりもない。絶対に西野に思いを伝えるつもりだった。


「あの」

突然西野が俺を呼んだ。俺が西野を見返すと、驚くほど顔を赤くした西野がいた。

「なに?」

「ずっと言いたかったことがあるんだ」

西野はそう言って、俯いていた顔をあげた。あげられた顔は真剣で、俺の目を覗き込んできた。

「私、ずっと、斉藤くんのこと好きだったんだ」


俺は正直、とても驚いた。

目を丸くして、俺は西野を見た。返す言葉が見当たらなかった。


とても、驚いた。

言われた言葉の意味が、とっさに理解できなかった。


「ずっと好きで、本当は卒業式の日に告白しようと思ってたの。できなかったけど。もう会えないと思ってたから、だから、今日は会えて嬉しかった」


そう言って笑った西野は、とても可愛かった。

髪が伸びて、大人になった西野には今日初めて会ったけれど、笑顔は昔のままだった。

俺には、空振りばかりの一方通行のテニスが楽しかったと笑った大学一年生の西野が重なって見えた。


西野は驚いている俺をそのままに、勝手に話をしていく。

本当は卒業式の日に告白しようとした、なんて。

会いたいと思っていたけど、会えなかった、なんて。


「こんなところであえるなんて、私には幸運な偶然だったけど嬉しかった。ありがとう」

そう言って、西野は頭を下げた。

反対に俺は呆然と彼女を見ていた。しばらくして顔をあげた西野は清々しい顔で笑った。


何か返事をしようと思った時、西野が降りる駅が近づいたアナウンスが流れる。西野はそれを聞いて立ち上がると、俺にお礼を言った。


俺は正直舌打ちしそうになる。

どうしてこういつもタイミングが悪いのだろう。

最後の試合の日も、卒業式の日も、思い出せば、それだけじゃない、たくさんのいろんな機会に、いつも西野は俺の手をすり抜けていなくなってしまっていた。


だけど、今日はもう絶対に、最後だ。


俺は手を伸ばすと、西野の手を掴んだ。予想していなかったことに、西野は驚いたような顔をする。そのまま俺は立ち上がって、西野の手を掴んだまま、ドアへと向かった。

「斉藤くん?」

後ろから戸惑ったような声がした。


俺は強引に西野を連れて電車を降りる。俺たちが降りると、電車のドアはしまって、ゆっくりと電車は走り出した。

「斉藤くん?」

背後からは戸惑ったような声がする。俺は電車がホームからいなくなるのを見送って、ゆっくり振り返った。西野は困ったような顔をして、なんと言うか小さくなりながらこっちを見ていた。

「困らせて、ごめんね」

そう言って、視線を下げた。俺の行動に困っているのがわかるけれど、困っているその姿も、とても可愛らしく感じてしまった。


俺は西野の手を掴む手に力を込めた。

「違う」

その言葉に西野は顔をあげる。顔をあげた西野と視線が合うと、俺は笑った。

「俺が先に言おうと思ってたのに」

そう言うと、西野は驚いたように俺を見た。その目が丸くなっていて、大きく見開かれている。多分聞こえているくせに理解できなかったんだろう。え?と言って慌てたように聞き返してきた。


俺は苦笑いした。西野は本当に俺のことなんとも思っていなかったんだと今更ながらに実感する。

「告白しようと思ったのは俺が先なんだけど」

「え?」

今度こそ西野ははっきりと聞き返した。俺は苦笑いしながら、告白しようとした時のことを話す。

最後の試合のこと。卒業式のこと。

西野が俺の目の前から、綺麗に逃げてしまった時のこと。西野は本当に思いも寄らない、という顔をしている。俺はため息をついて、それから笑った。ここまでくると笑えるくらいだった。


「そんな感じだったかも」

いろいろ思い出した、という顔をして呟いた西野の返事に、俺はもう一度ため息をついた。

「俺、西野の連絡先、知らなかったから。それは俺が悪いんだけど」

連絡はしなかったけれど、なんとか連絡しようとしたことは伝える。それも驚いたように西野は困った顔をする。


「ごめんなさい」

俺は笑いながら続けた。

「今日だって、本当は今度こそ俺から言おうと思っていたのに」

西野は本当に済まなそうな顔をする。

「なんと言うか、ごめんなさい」

俺はため息をついて、そして口を開く。

「告白しようと思ったのは、多分、俺の方が先」

そのまま驚いたような顔の西野に向かって俺は笑う。

「好きになったのは、俺の方が先なんだけど」


できるだけ、さりげないようにサラリと口に出した。

本当は、今日ここに来るまで、俺は必死だった。

でも、西野はそんなことは知らなくていい。わからなくていいことだ。だからこそ、俺は必死さのかけらも感じさせないように、口に出した。


視線をあげた西野と目があった。顔を見合わせて、黙ったままお互いの顔を見る。

その時間はとても長く感じた。俺は西野がどんな表情をするか、少し怖かった。


だけど、そう思った次の瞬間、西野は笑った。

それを見て、俺はほっとして、俺も笑った。

多分、俺たちは長い長い両思いを、かなり長い間一歩通行だと思い込んでいた。

だけど、ようやく、お互いの気持ちが通じたのだ。


西野は笑った後で、少しだけ不満そうな顔をした。

「好きになったのは、私の方が先だよ」

俺は驚いた。まさかそんなことを言われるなんて思わなかった。

やっぱり西野はいつでも俺の予想を裏切る。


俺は首をふった。

「俺の方が絶対に先」

「嘘だ」

二人で言い合って、また笑った。


西野は知らない。

俺は、大学に入学する前から、西野が好きだったこと。

同級生になる、ほんの少し前から、西野が好きだったこと。

あれは一目惚れだったんだって。


俺は西野の顔を覗き込んだ。

「俺からも、いい?」

俺は笑った。どうしても、これだけは自分から伝えたかった。西野が頷くと、俺は少し背をかがめて西野の目を見た。

「ずっと、好きだった。俺と付き合ってください」

西野は首を縦に振った。とびきりの笑顔で。


こんなことを男の俺が言うのはおかしいけれど、

これは運命だと思う。

そして、俺はなんとか運命を捕まえた。


俺は彼女の腕から手を離すと、今度はしっかりと彼女の手を握った。

もう絶対に離さない、と思いながら。


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