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運命じゃない恋  作者: 史音
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運命じゃない恋

大学生の時、私は恋をしていた。

大学生活のほとんどの時間、私は同じサークルの同級生に恋をしていた。


どちらかというと派手な人の多いテニス部で、私は少数派の地味な人の部類に入り、彼は多数派の目立つ人の部類に入った。テニスがうまかったから、と言うこともあったけど、目鼻立ちのはっきりしたその人は、見た目も目立ったし、明るい性格から男女問わず人気があった。私は、彼の隣で笑う派手な女の子達とは対極の存在だったから、気安く彼に声をかけることなんてできなかった。

だから、いつも、彼のことを遠巻きに見ていることが多かった。

ただの同級生だった彼が、「好きな人」に変わったのは、入学して間もない4月のことだった。サークルに入って最初の、4月の対外試合で、初めて彼のテニスを見た。ラケットを振ってスマッシュを決める姿も、走る姿も、彼の全てが私を引き付けた。長い試合が終わるまで、私は彼の試合から、彼から目が離せなかった。

それが始まりだった。

その日、私は彼に恋をした。


彼のことを遠くから見るだけだったけれど、時々話すこともあった。家が同じ路線だったから、例えば練習の帰り、試合の後、みんなと一緒に電車に乗って帰ると、大きな乗換駅でみんなが降りてしまうから、いつも最後は私と彼になった。二人になるとどうしていいかわからなくて、ちゃんと話せなかった思い出しかない。

たまに彼と仲のいい人たちが、電車を降りる時に彼を誘うこともあった。一緒に遊びに行こうとか、飲んで帰ろう、とか。でも彼はいつもそれを断っていた。疲れた、とか、眠い、とかとても素っ気ない理由だった気がする。いけば良いのにと思うこともあったけれど、彼はいつも最後まで私と一緒に電車に乗っていた。

ただ二人で並んで座って、思い出したように話をする。それだけだった。

二人でいられる時間は嬉しいけれど、何を話して良いのか緊張するから、困ってしまう。でも、なくなってしまうと寂しい。私にとっては、二人きりの時間は、心配の種でもあるし、同時に、とても大切な時間だった。


電車で彼と過ごした時間の中で、記憶に残っている事がある。

サークルとは名ばかりで、バリバリ体育会系だった我がサークルは、日曜日といえば対外試合か練習だった。その日も日曜日の試合の帰りで、いつものようにみんなで電車に乗って帰るところだった。いつものように、最後は私と彼の二人になった。

それは私たちの引退前の最後の対外試合で、その日の試合で、最後は彼がシングルスの試合で、大接戦を制して勝った。とても白熱した試合を、私はドキドキしながら見ていた。


私は彼の試合を見るのが好きだった。


彼の試合が好きだったのか、彼が好きだったのか、両方なのか、はっきりさせることはできないけれど、私は彼も、彼のテニスも好きだった。


だから試合の時はいつも、他の誰でもない、彼の試合を見ていた。今日は引退前の最後の試合だったからか、彼はとても気合が入っていて、いつもよりも動きにキレがあった。とても鋭い目をしてボールを追っていた。なんと言うか、物凄い気迫が感じられる試合だった。フルセットの末に勝った時、彼は対戦相手に握手してから、満面の笑みでこっちを振り返った。

その時、私と視線があって、それから彼は笑って大きくガッツポーズをした。

思わず、自分に向かってガッツポーズをしてくれたのかと勘違いしてしまった。

すぐにそれは間違いで、応援していたみんなに向けたものだと理解したけれど、思わず、大きく心臓が打ったのを覚えている。

試合に勝った彼を見て、嬉しそうな彼の姿を見て、私はとても嬉しかった。


帰り道にいつも通り二人になる。二人並んで電車に乗っていても、普段から仲がいいわけでもない私たちに、別に盛り上がる共通の話題もなく、私たちはただ黙って並んでいた。

「いい試合だったね」

そういうと、彼は視線を少し目を見開いて私を見て、それから視線を前に戻して、小さく頷いた。

「いつも応援してくれて、ありがとう」

驚くほど、小さな声だった。そのまま会話も途絶えてしまい、あんな試合の後だから、きっと疲れているだろうな、と思っていると、急に肩が重くなった。急いで振り返ると、彼の頭が私の肩に乗っかっていた。

「疲れたから、ちょっと肩貸して」

私の驚きを先回りするように、彼の声が聞こえた。

「う、うん」

驚いているのを誤魔化すように返事した。彼は寝ているのか寝ていないのか、俯いて私の肩に頭を預けていた。私は彼の頭がずれないように、万が一にも体をうごかしてしまって、彼を起こさないように緊張して過ごした。視線を向けると、彼の表情はよく見えなかったけど、伏せられた目を縁取るまつげがとても長かったのを覚えている。心臓が嘘みたいにはやく打っていて、窓から入る夕日のせいだけでなく、私の顔は赤かった。日差しが暖かくて、単調に揺れる電車は心地よかった。何だか、幸せだった。


多分、あれが彼との最後の思い出だ。あの後、私たちは部活を引退したから、私と彼の間にあった唯一の共通点がなくなった。そうすると、もう話すことも、一緒に電車に乗ることもなくなった。そんな中、お互い就職が決まり、大学生活を終えた。


卒業式の日、私は彼に告白しようと思った。


サークルを引退してからも、何かの折に思い出すのは、彼の笑顔とか、試合の時の真剣な顔とか、いろんな表情の彼のことばかりで。

それらを思い出すたびに、ああ、実は私はこんなに彼を見ていたのだと実感した。こんなにたくさんの彼を覚えているくらい、好きだったのだと思って、泣きそうになった。


だから、最後くらい、好きだと言いたかったのだ。

彼は結構いいところに就職が決まっていて、働いたらきっと忙しくなる。そもそも友達でもないただの同級生の私と彼が、卒業してから会うことなんてないだろう。

私はただ、この気持ちを伝えたかった。うまくいかなくても、このままにしていたら、私はきっとずるずるこの気持ちを引きずってしまう気がしたから、しっかりピリオドを打ちたかったのだ。


だけど、現実はそうはいかなくて。

卒業式なんて一大イベントの時、やっぱり彼みたいな目立つ人はみんなに囲まれてしまって、話すことはおろか、私が声をかける時間なんてなかった。みんなに囲まれている彼は、私からずっと遠い、手の届かない、とても遠くにいた。

同じサークルのみんなで写真撮影をして、少し、距離が近くなる。いまだ、と私は声をかける。

「おい!斉藤!こっちこいよ」

私の声は、遠くからかけられた他の同級生の声にかき消されてしまう。

彼はそちらへ体を動かしながら、振り返る。視線が、かちりとあった。

口を開いた時だった。

「沙耶!こっちこっち!」

今度は私に声がかかった。声のかかった方へ視線を向けると、仲良くしていたゼミの子が声をかけてきていた。そっちに手を振ってから、もう一度振り返る。


もう、彼の姿は遥か遠くなっていた。


「運命じゃないのか」


私はそう、ぼそりと呟いた。


運命を信じるわけではないけれど、うまく行く時なんてきっと物事はスルスル進むし、うまくいかない時は何をしてもうまくいかないものだろう。

こんなに遠くにいるなんて、タイミングが合わないなんて、それはつまり、私は彼の運命の人じゃないんだ。


私は彼の後ろ姿をひっそりと見送って、その姿が見えなくなってから歩き出した。

こうして私の淡い恋は終わった。

最後の共通点である、同級生という項目も今日でおしまいになってしまった。運命じゃない人に、もう会うこともないだろうな。そう思ったら寂しいけれど、逆に諦めもついた。

だって、運命じゃないのだから。




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