表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

明けないよるのまち

作者:

 

 ホウシュは空を見上げる。決して朝の訪れない暗い空を。数々の星が瞬く空を。


 明けないよるのまち、クルシエ。


 ホウシュはクルシエが嫌いではなかった。生まれたときからずっと己と共にある夜空が大好きだった。一等好きで、静かさと闇がホウシュにとっては安寧だった。クルシエに住む者のほとんどはそうである。


 夜が優しいことを、彼らだけが知っているのだ。




 そんなある日、ひとりの旅人がクルシエにやって来た。

 旅人はクルシエの街をみて、悲しそうな顔をした。ホウシュは旅人のもとへ近寄っていって、尋ねた。


「どうして旅人さんは悲しそうな顔をするのですか?」


 旅人はホウシュを見やり、目線を合わせて答えた。


「それはね、お嬢さん。この街には朝が来ないからですよ」


 ホウシュは首を傾ぐ。


「旅人さん、旅人さん。どうかこの他の地を知らぬ我が身にお教えくださいな。朝とは、そない良いものでしょうか」


「ええ、まだまだ若輩者でありますが、愛らしい稚児へ、お教えしましょう。朝とはね、希望なのですよ。暗い夜のあとには必ず日が昇ることを、人は希望と呼ぶのです」


「成る程、成る程。希望、ですか。確かにクルシエには希望は、ないでしょう」


 旅人は満足そうに頷き、悲しそうな顔に戻った。思考に耽るホウシュをどこか憐みの眼差しで見つめて、そうしてクルシエを見た。


 ホウシュもクルシエを見た。

 クルシエは良い街だ。ホウシュの生まれ育った大切な街だ。家家には灯りが揺れ、市には果物や魚がたくさん並び、この地方に伝わる特殊な柄の布があちらこちらに垂れている。

 人々は明けぬ夜に踊り、騒ぎ、時に沈みながら日々を懸命に生きている。美しい空を見上げ、闇に安寧を抱き、笑い、泣き、いつだって全力。それがクルシエの民である。


 ホウシュは、希望とは何だろう、と思った。


 クルシエの街にはないものなのだろう。だって朝が来ない。朝という概念が存在しない。ということは、クルシエに足りないものであるはずなのだ。

 けれどホウシュは生きていてこの方、クルシエに足りないものがあるとは欠片も思ったことがない。

 その、希望、とやらを必要と感じたことがないのだ。


 ホウシュは旅人を見上げた。


「もうし、もうし、旅人さん。希望とは、必要なものなのですか」


 旅人は驚いてホウシュを見た。その表情は真剣で、旅人はまた驚いた。そんなこと、と言ってしまうのは楽だったが、少女の目がそうさせようとはしなかった。


「愚考します。ホウシュは十年生きてきた中で、その、希望、とやらを必要に感じたことがござりませぬ故。

 ホウシュは朝を知りません。ホウシュは希望を知りません。ですがホウシュは不幸ではない。ホウシュは親の亡き子ではありますが、大層幸せにございます」


「……」


「旅人さん、旅人さん。貴方様の目には、クルシエはどう映りますか。朝が来ない街です。希望のない街です。ですがこの通り、民はそのことを疑問にすら思いません。

 クルシエは満たされています」


「……ええ、そうですね」


「先程旅人さんは、わたくしのことを憐みなさいました。悲しそうな顔をなさいました。わたくしには分かりません。そのようなことをされる理由は一つだってない、そう存じます」


「ええ、はい」


「……恐れながら、再度お尋ねします。


 希望とは、必要なものなのでしょうか」



 旅人はなにも答えなかった。代わりにまた、クルシエを見た。人々の笑顔を、街の明かりを。

 答えはもう分かりきっていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ