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二日間の休日が明け、私は初登校日を迎えていた。今日から学園での生活が始まるのだ。グレイと車に乗り込むと、グレイは嬉しそうに私の顔を覗き込んだ。今にもお花を飛ばしそうなほどにルンルンだ。
「いやぁ、ルーナと一緒に通えるなんて嬉しいな。お昼は僕たちと一緒に食べようね」
「私も嬉しいです。はい、ダンとハンナも連れていきますね」
聖セントラル学園では、前世の高校や大学と同じように食堂が存在する。
と言っても、食券をその場で買い順番に並んで「おばちゃん大盛りでー!」なんて金持ちがするわけもなく、ここでの食堂はレストランみたいなものだ。適当な席でメニューを選んで、ウェイターを呼び、運ばれてくるのを待つ。代金は入学の際に支払われている為に払う必要はない。
初めてそれを聞いた時は、事前にその制度を聞いていて良かったと思った。でないと、私は絶対「食券は?」と聞く自信がある。恥をかく前で良かった。
暫く車に揺られながら二人で話していると、あっという間に学園に着いた。
学園前の大通りに停車した車から降りると、うちの車の前後にもずらりと車が停まっていて、次々に生徒が降りてくる。
「行こうか」
知らぬ間に隣に立っていたグレイが手を差し出している。
……ん?
「あの、これは?」
「……? 手、繋がないの?」
「え?」
手を、繋ぐの? なんで?
お互いに首を傾げて見つめ合う。
「……手を繋ぐんですか?」
「うん。嫌?」
少し眉を下げたグレイに、うっと呻き声が漏れる。
その子犬のような顔に私が弱いのを知っているのかいないのか。くそ、あざとい、あざといぞグレイ・ヒュート!
「や、じゃないです」
食いしばった歯の隙間から吐き出した言葉に、グレイはにこにこと笑って私の手を取った。
彼は手を繋ぐことくらい、ほんのスキンシップ程度にしか思っていないのかもしれない。だが私からしたら、例え兄妹であってもイケメンと手を繋ぐことはかなりハードルの高いことだ。
……もしかして、これから毎日手を繋ぐことになるのだろうか。
浮かび上がった嫌な予想に、私はぶんぶんと頭を振った。
「あ、グレイ! ルーナ!」
高い城壁のように聳え立つ学園を囲っている壁に沿う通りを歩いていると、前方からダンが声を張り上げている。隣にはアルグレードが並び立っていて、嬉しそうにしているダンを微笑ましそうに見つめている。
「おはよう、ダン」
「おはよう」
「はよー! ルーナも元気そうだな! 風邪ひいてなくて良かったぜー」
アルグレードを置いてきたダンが私の頭をわしゃわしゃと撫でた。今日は何もセットしていないからいいけど、髪が崩れるからやめてくれ。
「休日中、ダンはずっとルーナのことばかりだったんだよ。用事さえなければ、ヒュート家に突撃していただろうね」
駆けてきたダンの後ろをゆっくり歩いてきたアルグレードが私の乱れた髪を直してくれた。
「随分心配をかけてしまったみたいで、ごめんなさい。ありがとうね」
「ううん、ルーナが大丈夫なら良かった!」
「……ところで、ルーナはなんでグレイと手を繋いでいるのかな?」
「あー! ホントだ! グレイずりぃ!」
微笑んだまま私とグレイの手元をに視線を落とした。
「あ……えっと、これはお兄様が……」
「……グレイ?」
「僕はルーナのお兄ちゃんだからねぇ」
冷気を放つアルグレードの笑顔に気づいているのかいないのか、グレイは呑気にそう言って私の手を一層強く握った。
え、何。まさかそこがデキてるの? アルグレードとグレイか。妹としては複雑だけど、兄が幸せなら私はそれでもいいけど……。
「……まぁ、それくらいなら許してあげるよ」
しょうがないとでも言いたげにため息を吐いたアルグレードを横目に、「じゃあ俺はこっちの手」とダンが私の空いている方の手を握ろうと手を伸ばしたが、その手は私の背後から現れたハンナによって叩き落されてしまった。
「残念でしたわね、ダン。お生憎、ルーナの左手は私の為に空いてましてよ」
得意げに笑ったハンナは私の手を握るとダンに見せつけるように繋いだ手を掲げる。
前世では来る前に死んでしまったモテ期が私にも遂に……!?
「おい、ハンナ! 横取りすんなよ!」
「お黙り。ルーナと手を繋ぐのは同じクラスの私の役目なの。あぁ、確かダンは違うクラスなんでしたっけ? っは、お可哀想に」
ハンナは片眉を吊り上げてダンを嘲笑った。
……あれ、ハンナ私よりも悪役感出てない?
「ぐっ、人が折角気にしないようにしてたのに傷を抉りやがって! ……俺だって、ルーナと一緒のクラスが良かった」
悔しそうにハンナを睨んだダンは私に視線を移すと、しょんぼりと眉を下げる。
くそ、なんだこの可愛い生き物は!
「休憩時間もお昼休みも、放課後だって会えるじゃない」
ハンナと繋いでいた手を離す。ダンの頭は俯いていても私より高い位置にあったが、手を伸ばせば届く距離だ。硬い、チクチクとした髪の毛を撫でると、ダンは不満そうに尖らせていた口をゆるゆると緩めた。
「……そうだな。毎日会いに行くから、覚悟しとけよ!」
「えぇ。楽しみにしてる」
へへ、と照れくさそうに笑ったダンに、ハンナは舌打ちをしていた気がするが多分気のせいだろう。多分。
校舎に入ると、より一層この学園にお金がかかっていることを感じられた。無駄に広い廊下には煌びやかなシャンデリアが一定の間隔で吊るされていて、至る所に高そうな壺や絵画が飾られている。階段を上れば手すりは金の装飾が施されており床はすべて大理石という、もうどこから突っ込めばいいのやらといった具合だ。
学年ごとに校舎や階数が分かれていて、東棟は三階建てで一階から順に一年、二年、三年。西棟は二階建てで一階に四年、二階に五年といった構造だ。そして東棟と西棟を繋ぐ本棟には職員室や、音楽室や美術室などの特別教室が配置されている。
グレイとアルグレードと別れ、さらに二つ隣のクラスであるダンとも別れた私とハンナは教室に向かっていた。
「そういえばこの間のパーティーでルーナが庇った子、本当に王族の方だったみたいよ」
「そ、うだったの」
突然振られたリリスの話題に、慌てて平静を装う。
「でも、変なのよ。何回も父に付いて王宮に行っているのに、私あんな子見たことないの」
どうしてかしら、と不思議そうにする彼女だが、無理もないことだ。何せ彼女は生まれてからずっと国の外れにある小さな村で育っているのだから。どういう経緯で王族の人間だと分かったのかは知らないが、最近になって王宮に住むようになったのは確かだ。
「……たまたま、会わなかっただけじゃない? 病にかかったことがないくらい健康でおられるのよ、きっと」
「そうかしら……。あ、お父様から聞いたのだけれど、その子、リリス様って私たちと同じクラスらしいわよ」
「え」
思わず足を止めた私を気にも留めずに、ハンナは繋いでいた私の手を引っ張って教室に入った。