表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/37



煌びやかな光が会場を照らし、キラキラと参加者の装飾品やドレスに反射して眩しい。

ガヤガヤとする会場内の人間から聞こえる声のほとんどは入学を祝う言葉たちだ。

三年前から社交界に顔を出す私だが、何かにつけてパーティーをしたがるお金持ちの感覚は未だに理解できない。

ジュースを片手に思わずため息をもらした私を、隣にいたグレイがくすくすと笑う。


「お疲れかな、僕のお姫様は」

「お兄様……。未だにこういう場所に慣れなくて、お恥ずかしい限りです」


聖セントラル学園の祝賀パーティーの招待状には「一人だけ身内から同伴者を連れてきていい」という旨が記載されており、私はグレイを誘ったのだが二つ返事で了承してくれた。身内で一緒にパーティーに行ってくれるような人はグレイしかいない私にとって感謝しかない。


「恥じることはないよ、僕もあまり得意じゃないしね。それはそうと、さっきハンナを見たんだけど、彼女は女学院に進学するんじゃなかったっけ?」

「え、ハンナが?」


驚いて聞き返すと、兄は会場の後ろを指さした。

指さす方を見ると、そこには綺麗なブロンドの髪を緩く巻いている可愛らしい女の子が男性と親し気に話しているのが見える。

すぐにこちらの視線に気づいた女の子は、男性と別れてこちらに向かってきた。


「ルーナ!」

「ハンナ! どうしてここに?」


歩いてきた勢いそのままに抱き着いてきた彼女はハンナ・コリンズ。王宮お抱え医師の一人娘で、公爵兄弟同様にパーティーで知り合ってから仲良くしている友人の一人だ。

先ほどグレイが言っていたように、彼女は以前国立の女学院に入学すると言っていたはずだが。


「実は、どうしてもルーナと一緒の学校に行きたくてお父様に頼み込んだの。そうしたらなんとか許可をもらえて」

「そ、れは……大丈夫なの?」

「えぇ、問題ないわ。それに医者になるには環境が整っているセントラルの方が色々と都合が利くし」


ふふ、と嬉しそうに笑いながら体を離したハンナは私の両手を包み込んだ。彼女は医者である父親を尊敬し、自分もその道へ進むことを決めている。セントラル学園には沢山の学科が存在し、生徒の進路先は多岐にわたる。その中には勿論、医科も存在し、彼女はそこの科に所属予定なのだろう。

ハンナは暫く私を見てにこにこと微笑み、そこで初めて私の後ろに立っているグレイに気づいた様子だった。


「あら、グレイ様ご機嫌よう」

「やぁ、ハンナ。相変わらず元気そうだね」


ハンナのグレイに対する態度が素っ気ないのは会った時からだ。公爵兄弟とも面識はあるが、彼らに対しても彼女の態度は変わらない。私はそんなハンナを心底尊敬していた。生まれたときから一緒の兄でさえ見つめられると五秒も耐えられる自信がない。


「ハンナがいてくれるならルーナの学園生活もより楽しくなるね」

「えぇ、嬉しいです」


と、そこでアルグレードがグレイの背後から現れる。

彼も勿論、ダンの同伴者としてこのパーティーに出席していた。彼ら兄弟は本当に仲が良く、知り合った当初はほとんど彼らが二人一緒にいないところを見ないほどだ。


「お嬢様方、ご歓談中失礼いたします。グレイをお借りしてもよろしいですか?」


胸に手を当てて、軽く頭を下げたアルグレードは私たちを上目遣いで見つめた。


「アル、あなたがやると本当に様になるんだからやめてくださる? 周りのご令嬢があなたを見つめる視線に、まさか気づいていないなんて言わないでしょう?」


眉間にしわを寄せて心底迷惑そうにするハンナに、アルは眉を下げる。ハンナは特に同世代の男性に対してはこういう姿勢を崩さなかった。そういうところも私は好きなのだけれど、私に対してドライな対応をしたことは一度もない。


「これは手厳しいな。それじゃあ、グレイを借りても? 同じクラスの友達が来ていてね」

「えぇ、どうぞいくらでもお貸ししますわ」


肩を竦めてぞんざいに言い放った彼女は、ひらひらと手を振った。勝手知った仲だからこそ許されるその態度だが、本来だったらその失礼な態度から彼女の父はこの国にいないだろう。

えー、酷いなぁなんて笑いながらアルグレードに連れられて行く自分の兄を苦笑いで見送り、私はジュースを飲み干した。


「あら、ジュース無くなったの? 取ってくるわね」


ハンナは私の空になったグラスを取り上げた。


「え、そんな気にしないで、近くにボーイが来た時に交換するから」

「いいのよ、私も喉が渇いていたところだったの」


待ってて、と言い残して飲み物を取りに行ったハンナに、私は笑みを零した。

食べ物を取りに行っても良いなと豪華な食事が並ぶコーナーに足を向けるが、ハンナが帰ってきた時に私がここにいなかったら困るだろう。彼女が帰ってきたら一緒に取りに行けばいいかと踏み出しかけた足を止めた。


____ぴくり、体が固まる。

誰かが自分を見ている、視線が突き刺さる感覚があった。背中に刺さるそれは、痛みさえ覚えそうなほどに鋭い。一度刺さってしまえばなかなか抜けない棘のようだ。

これほどまでに強く視線を感じたのは初めてのことだった。勘が鋭い方でもないし、ましてや人の視線などこの大勢の人が集まるパーティ会場ではいくらでも感じそうなものだが、私に向けられた視線はそれほどまでに強烈だった。

勢いよく振り返る。しかしそこに私に視線を向けるものはいない。

確かに感じたはずなのに、一体……。


「持ってきたわ……よ、って、ルーナ? どうかしたの? とても怖い顔をしているわ」

「……いえ、なんでもない。飲み物、ありがとう」


ハンナは心配そうにしながらも、私にグラスを渡した。彼女が持ってきた冷たいジュースはすっかり乾いてしまった私の喉を潤してくれる。ビールを飲んだ後のような爽快感に思わず「ぷはー!」と言いたくなる気持ちを抑え、すっかり気疲れしてしまった私は近くにあった建物の支柱に寄り掛かった。


「本当に大丈夫なの?」

「少し疲れちゃっただけ、平気よ」


ありがとう、静かに微笑むと不満そうにしながらも引き下がってくれたハンナ。

「視線を感じたの」なんて言ったところで完全に「自意識過剰乙」って感じだし、黙っておこう。

それから彼女と学園のことや進路のこと、お互いの共通の趣味である本についてなど本当に他愛もない会話をしていると、一際大きな女性の笑い声が響いてくる。

ハンナと顔を見合わせ声のする方に行ってみると、そこにはロード伯爵夫人と子爵婦人二人が、一人の少女を前に高笑いしている場面だった。

周囲の人間も遠巻きに彼女たちを見守っている。


「あぁ、ロード伯爵のところのご婦人ね。あの人、人をコケにするのが趣味みたいなところあるから、あの子も何かしら突っかかられたんでしょうね。全く、いい歳して何をやっておられるのかしら…………ルーナ、聞いてる?」



隣で話しているはずのハンナの声が、とても遠くに感じられた。まるで、自分が薄い膜に覆われていているような、そんな感覚。何かを言っているのは分かるが、何を言っているのか理解するまでには至らない。

全神経が視覚に集まり、その他を鈍らせているのだ。

詰られている少女以外、全てが背景になる。ぼやけた世界で唯一彼女だけが、鮮やかに色づいて、私の目に鮮明に焼き付いた。


「彼女だ」


_______この世界の、中心。


ぽとり、落とした言葉は喧騒にかき消され、終ぞ誰にも拾われることはなかった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ