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パシッ____


乾いた音が響いた。


大男のナイフを持つ手は何者かの手に掴まれて、振り下ろされることはなかった。

男の背後から伸ばされたその手の主の姿は私には見えない。


「なっ、んだてめぇ!」

「邪魔すんじゃ、っがは!」


突如現れた謎の人物は、素早い動きで男二人をいとも簡単に沈めると、私に駆け寄った。


「もう大丈夫」


私の右頬を優しく撫でたその人物の金色の髪が、月明かりの優しい光に照らされて白く光っている。


「……お、にぃ…さま…?」

「うん、遅くなってごめん」


グレイは苦しそうな顔で微笑むと、私の手を縛っていたベルトを外した。

力の入らない足で無理に立たされていた体が自由になり、その場に崩れ落ちる私をグレイが力強く支えてくれる。


「もう何も心配はいらないよ。安心して」


優しく私の頭を撫でる手が温かくて、気づけば頬に涙が伝った。

グレイは私の膝裏に腕を回し横抱きにすると、出来るだけ体を揺らさないように立ち上がった。


「眠っていていい。僕がちゃんと、ついているから」


グレイの優しい声が耳元で聞こえる。

何も考えられず朦朧とする意識の中、ただ「もう大丈夫だ」という事に安堵して、私はグレイに身を預けた。










左手が、温かい何かに包まれている。

足や左頬が、私が意識を持った途端に痛みを訴え始め、存在を主張し始めた。


目を開くと、見知らぬ天井が私の視界に広がる。

まだ働いていない頭でしばらく天井を見つめて、徐々に脳が仕事をし始めるのを待った。

その間にも足裏と右足首、左頬の痛みは増していく。

ここは、どこだろう。

確か、追っ手に捕まって、殺されそうになって、それで。

頭を左側に動かすと私の手を握ったままベッドに突っ伏しているグレイの寝顔が目に留まる。

目元には色濃い隈が残っていた。

少し視線をずらすと、部屋の出入り口の傍にある椅子に座っているロイも、頭をこくんと揺らしながら眠っている。

いつかも、こんな景色を見たことがある。

いつだったかな、とゆっくりと記憶の糸を辿る。

私が前世を思い出した日だ。あの日も頭を打って、意識を取り戻した時にこうやって二人がいてくれたんだ。



自然と笑みが零れるが、ガーゼで覆われている左頬に痛みが走り顔を歪めたときだった。部屋をノックして入ってきたアンと目が合ったと思うと、アンは驚きに目を見開いた。

持っていた花瓶をカーペットの上に落とし、割れることはなかったが鈍い音を立てる。

今度はその音に身体を震わせたロイとグレイと目が合い、二人は立ち上がって私に駆け寄った。


「ルーナ……!」

「お嬢様!」


三人が並んで私の顔を見つめる。


「すぐにお医者様を呼んでまいります!」


アンは泣きそうな顔をしながら部屋を出て行った。


「み、ずを」


長いこと眠っていたのか、喉が渇いて声が出ない。

ロイは私の掠れた声を聞き取ると、すぐに水差しを差し出してくれた。

一気に水を飲み干し、二人の顔を順に見つめる。


「わ、たし、どれくらい眠っていたのですか?」

「丸二日、くらいかな」


二日……。

どうりで頭が働かないわけだ。

ロイとグレイの補助を借りて身体を起こす。


「ストレスやけがの影響で高熱を出していたんだ。医者が来たら熱も測りなおしてもらおう」

「足裏の怪我は最低でも一か月。右足首は骨が折れていた上にかなり負担がかかっていたようで三ヶ月ほどかかるようです」

「……そう。でも、命があるだけましね」


心配してくれる二人を安心させるように笑う。相変わらず左頬は痛い。

グレイは割れ物に触るように、優しく私を抱きしめた。


「……ほんとうに、無事でよかった」


涙交じりの声は震えている。

たくさん、心配をかけてしまった。罪悪感がこみ上げる。

まるで何かに怯えるように震えるグレイの背中に腕を回し、強く抱きしめた。


「お兄様、私を見つけてくださってありがとうございます。私は、ここにいます」

「……っ!」


ぎゅうっと強く抱きしめ返される。あまりに力が強くて息がしづらいが、今はこの苦しさも幸せに感じた。


アンが連れてきた医者によると、熱も大分下がっているらしい。足裏の怪我が治るまでは、ベッド生活は免れないとのことだった。


「そういえば、ここは一体……?」


診察が終わり医者が出ていくと、私は首を傾げた。ヒュート家とは明らかに雰囲気が違うし、煌びやかな家具は明かに私の趣味ではない。


「あぁ、ここは王宮の一室だよ」

「王宮の……お、王宮!?」


こともなげに言われ流されそうになったが、王宮という言葉に思わず声を上げてしまう。


「うん。今回の事は……騎士団や国の威信にかかわる出来事だ。怪しい人物を雇っていた学園にも責任能力が問われている。治療費や身の回りの事はすべて国が面倒を見てくれるんだって。……ルーナの体調を見ながら事情聴取もしたいらしい」


誘拐が行われたパーティは王国主催で、騎士団が警備にあたっていた。これは国にとってはかなりの大事件だろう。


「レーリンは、どうなりましたか」


私の言葉に、ピリッとした緊張感が部屋に走った。

グレイは眉間にしわを寄せて重たい口を開く。


「監獄に収容されているよ。本人が死刑を望んでいるけれど、国は終身刑に処するそうだよ」

「……そうですか」


私はその処遇にどこか安心した。

自分だけ死んで逃げる、なんてあの男が望みそうなことだ。

グレイは複雑そうな表情で私を見つめた。


「お母様のことだけど」


そう切り出したグレイに、私は生唾を飲んだ。


「……はい」

「国の西にある小さな村の修道院に送られることになったんだ」


私はそれを他人事のように聞いていた。

この世界では珍しいことではないし、実行こそしていないものの誘拐を幇助したのだからそれくらいが妥当なのだろう。


「……会うかい?」


「会ってほしくない」、グレイの顔にはそう書いてあった。しかし、出来る限り私の気持ちを優先させてくれているのだろう。

私は苦笑いを浮かべて顔を振った。


「……きっとエレナ様も会いたくないだろうから。私たちはいつまでも相容れないんだと思うんです。決して交わることはない。だから、これでいいんです」


笑ってそう言った私に、三人は目を伏せた。


「……ただ、これだけ伝えておいてほしいんです」


「『私は貴女にとって娘にはなれなかったけど、私にとっての母親は貴女でした』と」


きっとエレナ様は嫌な顔をするでしょうけれど。私が苦々しく笑うと、グレイは私に微笑んだ。


「分かった、必ず伝えるよ」





それから私の、長い療養生活が始まった。

目を覚ました夜に父が見舞いに来てくれた時は目が飛び出るかと思うくらい驚いた。部屋の明かりを消して、もう目を瞑っていたため思わず寝たふりをしてしまったが、おずおずと頭を撫でられた時は、思わずにやけてしまわないようにするのが大変だった。あれが父なりの労りだったのだろう。


毎日かわるがわるいろんな人がお見舞いに来てくれた。

ハンナやリリス、アルグレードやダン。そしてギルデンツは父親と共に部屋を訪れるや否や二人そろって頭を下げて謝罪の言葉を口にした。

私は二人のせいだとは思っていなかった。遅かれ早かれレーリンは事を起こしていただろし、それがたまたまあのパーティだっただけ。

私はギルデンツがレーリンが犯人だと最初に気づいてくれたことを聞かされていたし、騎士団総出で私を探してくれていたことも知っていた。むしろこちらが頭を下げる方だと言うと、謝り倒していた二人はおとなしく引き下がってくれた。私が軽口をたたいていると、シュンとしていたギルデンツの調子も戻り、最後には私に抱き着いて離れなかった。


そして父親に引きずられる形で部屋を出て行ったギルデンツと入れ替わりで入ってきたのはリリスだった。

前にハンナと二人で来てくれた時は鼻水と涙でぐちゃぐちゃの顔をしていて、とても王族の人間とは思えない顔にハンナと二人で笑い合ったものだ。


「来てくれたんだ、ありがとう」


口調を崩しリリスに微笑みかけると、リリスは恥ずかしそうに私から目を逸らした。


「この間は、その、お見苦しいところをお見せしちゃって……」

「いいよ。私を心配してくれてたのが伝わったし、ありがとうね」


うぅ、と居心地悪そうにするリリスの両手には一口サイズの果物がたくさん盛られた皿があり、リリスは片方を私に差し出す。


「一緒に食べながら少しお話ししましょう」

「ありがとう」


皿を受け取り、リンゴを一つ口に運ぶ。

シャクシャクとした食感と、リンゴの爽やかな甘さが口に広がる。


「聞いても、いい?」


おずおずと口を開いたリリスに、私は口のものを飲み込みながら頷く。


「その、レーリン先生が気になることを言っていたの。来世が、どうとか。それって、つまり……」

「……うん。彼も転生者だったの。それも私を前世で殺したストーカー」

「え、」


リリスは弄んでいた手を止めて私を穴が開くほど見つめた。

その反応は最もだ、と思わず笑みが零れた。


「まさか死んでまで私を付けてくるなんてね」

「え、いや笑ってる場合じゃ……!」

「……うん。でも、本当にもういいの。レーリンは捕まったし、私は生きてる。それで十分」

「……」


納得のいかない顔で俯くリリスに、優しい子だなと彼女の手を握った。


「私はこれから、あの男に邪魔されない人生を生きるの。リリスやお兄さまと一緒にね。ゲームの中だからとか、そんなの関係なく、私の、『ルーナ・ヒュート』の人生を、『私』が生きる。私の思うように選択をして、行動する。そこにあの男はいない」


リリスの目には涙が溜まっていた。

泣き虫だなぁ、まったく。


「一緒に、この世界を楽しもうね、リリス」


そう言って笑いかけると、リリスはごしごしと乱暴に涙を拭いて私に抱き着いてきた。


「わっ、ちょっとリリス! 急に抱き着いたら私お皿持ってるのにっ」

「ルーナさんが悪いんです!」

「えー、私のせい?」

「そうですよ。あ、そういえばルーナさんが復活する頃にある舞踏会って……__」



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