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……____
カーテンの隙間からオレンジ色の光が漏れている。
一日何もすることがなかった私は、どうにか鉄格子の隙間から出ようと試みたり、鍵をなんとかして壊せないかと弄ってみたが、どれも上手くはいかなかった。
食事は鉄格子の隙間から差し込まれる水とパン、そして少しのお菓子。食事を届けに来たのは今朝レーリンに伴われてきた男とは別の男だったので、仲間は複数いるとみてよさそうだ。
と言っても、特に何か策がある訳でもないのだが。
と、部屋の外から話声が聞こえる。
私は出来るだけ入口の方に近づき、耳をそばだてた。
「……だろ?」
「あぁ、……るらしい」
「……あの子供……だ」
「俺がやる。お前らは外を……」
「分かった」
近づいてくる声と足音は、部屋の前で立ち止まる。
入ってきた男は、食事を持ってきた男だ。朝見た男よりも小さく、ひょろっとしている。
下卑た笑みを浮かべながら、男は檻の鍵をちらつかせた。
「俺達の雇い主からの言伝で、日暮れまでに帰ってこなかったらお前を殺せとのことでよ」
ひゅっと喉が鳴る。ある程度、いつかはそうなるのではないかと覚悟もしていたつもりだったが、いざとなると頭が一瞬で真っ白になった。
私のことなんてお構いなしに、男は檻の鍵を開けて中に入ってくる。
日は暮れ、夜の帳が降りていた。
「悪いが、ここで死んでもらう」
男は後手に腰に差していたナイフを取り出した。
廊下から漏れた光が、ナイフを妖しく光らせる。
一歩、また一歩と男が近づいてくる。それに合わせて、私は一歩、また一歩と後ずさる。
何か、何かこの状況を打破できるもの。私は必死で頭を回転させる。
トン、背中が壁に当たった。
男は笑みを深める。
恐怖でどうにかなってしまいそうだ。ドレスをぎゅっと掴む。
その時、ポケットに入っている香水瓶の硬い感触が手に伝わる。
私は咄嗟にポケットに手を突っ込み片手で瓶の蓋を開けた。
「さらばだ、嬢ちゃ____ぐああ!」
ナイフを振りかぶる男の顔目掛けて勢いよく香水瓶を投げつける。
香水が目に入ったらしく、男は目を押さえて叫び声をあげた。
私はすかさず檻の外においてあった椅子で男の頭を殴りつけると、男は昏倒して動かなくなった。
「はぁ、はぁ……。やった……」
動かない男を見下ろし、私は急いで部屋から出ようとした。
しかし、物音を聞きつけたのか誰かが近づいてくる足音が聞こえる。
まずい、と思う間もなく、今朝レーリンの傍にいた大男が部屋に入ってきて、倒れている男を見るや否や私の首を掴んで壁に貼り付けた。
「お転婆が過ぎるぜ、お嬢さん。悪いが大人しく死んでもらおうか」
「……っは」
気道を塞がれ息ができない。
首をへし折らせそうなほどに強く力が籠められる。
首を絞めている男の手を殴るが、びくともしない。
____死んでたまるか。また、死んであんな男に付きまとわれるなんて、そんなのごめんだ。私は生きて、私の人生を楽しむ。
飛びそうになる意識を必死になって引き留め、力を振り絞り男の股を勢いよく蹴り上げた。
「なっ……」
男が痛みに股を押さえ、首から手が離れる。
勢いよく入ってくる酸素に咳き込みながらも、私は部屋を出た。
落ち着け。さっき部屋の外から聞こえてきた会話では一人の男が『お前ら』と言っていた。つまり三人以上は仲間がいるとみて間違いない。
それに、日暮れまでに帰ってこなかったら私を殺すという約束をしていたという事は、レーリンは捕まったとみてまず間違いないだろう。誰かが私の香水作戦に気づいてくれたのだ。
廊下に出るとすぐに階段があり、一階に続いている。他の仲間が一階にいるかもしれないが、大男もいつ再起して私を追ってくるか分からない。
一か八か、静かに下に降りて__
「子供が逃げたぞ!」
背後から大男の苦し気な大声が家中に響いた。
まずい。
階段を誰かが上ってくる音が聞こえる。
私は咄嗟に手近な部屋に入り、鍵をかけた。そばにあった大きな棚を動かしドアの前に持ってくるが、こんなのはその場しのぎでしかない。すぐにでも破られてしまうだろう。
どうする。
ばっと部屋を見回す。
クローゼットに隠れるか、いや、殺される未来しか見えない。
天井裏か、それもダメだ。そこからの逃げ道がない。
となると……、窓にちらりと視線を向ける。
どん、とけたたましい音が響きドアに視線を向けると、ドアが音に合わせて揺れていた。
ドアの向こうから男たちの怒号も聞こえる。
____迷っている暇はない。
窓を開け、縁を掴んで身を乗り出した。
下には舗装されていない土でできた道。石じゃないだけまだましだ。ここは二階。落ちても死ぬことはない。大丈夫、私ならやれる、と必死に自分に言い聞かせる。
足を踏み出し、飛び降りる。
びりびりとした衝撃が足から伝わったがなんとか着地には成功し、何処に行くかも考えないまま駆けだした。
どれくらい走っただろう。真っ暗闇の中をひたすら走り、息も絶え絶えになりかけた私はとある家と家の陰に身を潜めて息を整えた。
どうやらこのあたりは王国の外れにある廃村らしく、辺りは不気味なほど静まり返っている。
そして、先ほどは気づかなかったが、二階から飛び降りたときに足を捻ったのか、左足首が大きく腫れている。裸足で走っていたせいで足裏も血だらけだ。
アドレナリンが出ているのかあまり痛みは感じないが、足首は最悪折れている可能性もある。
痛みを感じないうちに、どうにか人がいる場所までたどり付ければいいが、と風に吹かれて飛んできた紙に書いてある文字が目に留まった。
「ペーニャ村 シュン」という単語が目に入る。
ペーニャ村。
確か十年以上前に隣町に吸収され、村人は移住したのだったか。
ここがどこか分かったことだけでも有難い。ペーニャ村は王国の東に位置し、一キロほど道なりに沿って歩けば町に着くはずだ。
……まさかここでレーリンに教わった国学が役に立つとは、皮肉なものだ。
「……せ!」
「わか……! ……?」
もう近くまで追ってきたのか。
私は急いでその場を離れ、町の方角に向かって歩みを進めた。
大通りに出ないように出来るだけ路地裏を使い、なんとか廃村の入口に着いた。ここからは森が続き、その森を抜けると町まで一直線だ。
舗装された道は追っ手に見つかる可能性が高いが、草木をかき分けて進んだところで音が目だって余計に気付かれてしまうだろう。
今のところ周りに追っ手の姿はないが、すぐに追いついてくるだろう。
正直重いドレスを身にまとっているせいでかなり体力を消耗している。
私は意を決してドレスを脱いで近くの物陰に隠した。
コルセットとパニエというかなり恥ずかしい格好だが、命には代えられない。
冷たい空気が容赦なく肌を刺す。真冬には辛すぎる格好だ。
最後の力を振り絞り、必死で足を動かす。もう自分が今何をしているのかも分からなくなってきた。
ひたすら足を動かし続け、町の明かりが遠くに見えてきた。
あと少し____。
「あっ」
足が縺れ、べしゃっとその場に倒れ込む。
足元を見れば、私が走ってきた道に沿って血が点々と続いていた。
足裏は皮膚が抉れ、見られるような状態ではない。
駄目だ。ここで立ち止まったら、あいつらが、
「手こずらせてくれたな、ガキ」
____ここまで、なのだろうか。
「わざわざ跡を残してくれるとは親切だな、感謝するよ」
「おかげで探す手間が省けた」
暗闇から現れた二人の男はナイフを手に、怒りと笑顔が入り混じった表情でゆっくりと近づいてくる。
もう使い物にならない足を引きずり、腕の力だけで砂利道を這いずる。
男たちの下品な笑い声が辺りに響いた。
髪の毛を引っ張られ、顔を上げさせられる。
強い男の力にはやはり敵わず、どれだけ男の体を叩いてもびくともしない。
「一思いに殺してやるよ」
冷たいナイフの面で顔を叩かれ、私は躍起になって地面の砂を思い切り男の顔にかけた。
「いっ……! クソガキが!! おい! そこの木に縛り付けろ!」
「っ……!」
大男は私の頬を張ると、自分の目を押さえた。
ジンジンと左頬が痛む。
大男に指示された細身の男は私を立たせると、近くの木に私の腕を後ろに回させた。
そして自分のズボンに通っていたベルトを外して私の手首を縛った。
男たちは私の前に立ち、顔を見合わせると、大男が俯いていた私の顎を掴んだ。
怒りに満ちた男の顔が視界に現れる。
「お貴族様だか何だか知らないが、折角の俺の厚意を無駄にしやがって……嬲り殺してやる」
月明かりに照らされたナイフが振りかぶられる。
また、殺されるのか。
また殺されて、また生まれ変わって、またあいつに捕まるのだろうか。
最初はゲームの中だとどこか一歩引いていたけれど、これは現実で、お兄様も、ロイもアルグレードもダンもギルデンツも、ハンナもローミルも、そしてリリスも、ちゃんとそこに、実在していて、それぞれの人生を生きている。
友達もたくさんできて、学校も楽しかったのになぁ。
振り下ろされるナイフをぼんやりと見つめる。
ナイフが、私に、




