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深い眠りにつくことも出来ず、うつらうつらしているとあっという間に日が昇り始める。カーテン越しにも光が差し始め部屋の中も明るくなり始めたころ、部屋のドアが開き、レーリンが欠伸をしながらっ入ってきた。


「おはよう、ルーナ。よく眠れた?」

「この状況で眠れると思う?」


ベッドに腰かけたまま睨み上げると、彼は可笑しそうに笑う。


「そのうち慣れるから大丈夫だよ。……さて、一日中君といたいところだけど、残念ながら今日は夕方まで帰れないんだ。いい子で待ってるんだよ」


レーリンは鉄格子を撫でて名残惜しそうに私を見つめた後、踵を返して私に背を向けた。


「待って」


部屋を出ようとした背中を引き留める。


「お手洗いに行きたいのだけれど」

「あぁ、そう。ちょっと待ってて」


レーリンが部屋を出るのを確認すると、すぐさまポケットから香水瓶を取り出した。

瓶から数滴香水を手のひらに垂らして、それを軽く伸ばす。

前世での香水と違ってかなり匂いがきついので、数滴垂らしただけで辺りにむわっと香りが広がる。

足音が聞こえ、急いで瓶をポケットにしまう。レーリンは体格のいい大男を一人連れて戻ってきた。


「うわ、何この匂い」


レーリンと連れの男はそろって顔を顰めた。

少しきつすぎたらしい。


「香水を付けたの。女にとって風呂に入れないのは辛いんだからこれくらい許して」


冷や汗をかいているのがばれていないだろうか。声は震えていないだろうか。

いろんな不安を、得意のポーカーフェイスでなんとか隠す。


「にしても、きつすぎない? 僕は別に気にしないけど」

「私が気にするの」

「まぁいいけど。それより、ほら。鍵を外して、トイレまで連れて行ってあげて。あ、その前に僕のお見送りしてよ」

「……」


レーリンが男に鍵を渡し、それを受け取った男は檻につけられている南京錠を外した。

檻の外に出るとレーリンにぐっと抱き込まれる。

抵抗しようともがくと、耳元で低い声が響いた。


「動かないで。忘れているようだけど、君の命は僕が握っているんだから。殺そうと思えばいつでも殺せるんだよ?」


私はぴたりともがく身体を止めた。

今私を支配しているのは、こいつなのだ。こいつは今でも人を殺すことに抵抗を持っていない。恐怖が再び私を巣食う。


「いい子いい子。はら、僕に腕を回して」


私は震える手でレーリンの体に腕を回した。

ぎゅっと、強く、強く、彼の服を握りしめた。


「君とこうしてまた愛し合える日が来るなんて夢みたいだ。行ってくるよ、ルーナ」

「……」


体を離して嬉しそうに部屋を出て行ったレーリンを、私は呆然と見つめた。


「おい、行くぞ」


大男が部屋の外で私が出てくるのを待っている。

総毛立つ体に鞭打って、私は足を動かした。今は恐怖心に身を預けている場合じゃない。

トイレに入り一人になると、私は自分の両手を見つめた。先ほどレーリンの服を握りしめた、両手。




「……誰か、気づいて」




……____



ギルデンツは納得のいかない様子で本棟廊下を歩いていた。ルーナの一大事だと言うのに、父から登校するよう言いつけられたのだ。

勿論抗議した。ルーナが危ない目に合っているのに呑気に登校なんてしていられるか、と。

しかし、「まだ見習いという身分のお前に出来ることは少ないし、今回の事は俺の責任だ。学校が終わったら捜索に参加していいから今は学校を優先しろ」と言われ渋々学校に来ていた。

今すぐにでも学校を抜け出して、彼女を探しに行きたい。


「くそ……」


ただならぬ雰囲気のギルデンツに、誰一人彼に話しかけようとはしない。

ダンやアルグレードも、同じく登校しているらしいが、それはギルデンツにとってなんの慰めにもならなかった。

せめて仮病で早退でもして早めに学校を切り上げようと、医務室に向かっている時だった。

ふわりと爽やかな香りが鼻腔を擽った。

力強く踏み出していた足を無意識のうちに止め、その場に静止する。

____覚えのある匂い。それもつい最近だ。どこで。


『いい香り』


嬉しそうに、微笑んだ彼女。友人に囲まれ、花が綻んだような可愛いあの子だ。

ギルデンツは瞬時に振り向き、すれ違った男を壁に押さえつけた。

突然の出来事に驚いた周囲の人間から悲鳴が上がる。


「いっ、きゅ、急に何ですか!? 離してください!」


男はずり落ちた眼鏡を上げることも出来ず、怯えた声を上げた。

ギルデンツが男を睨む目は怒りに満ち満ちている。


「何故お前からルーナの香水の匂いがするんだ」


食いしばった歯の奥から息が漏れる。

ギルデンツは男を押さえつける腕に力を込めた。男は、レーリンは戸惑いの表情を浮かべてギルデンツを見つめた。


「ルーナ? ルーナ・ヒュートさんですか? 一体何のことを」

「とぼけるな!」

「ぐっ」


ギルデンツは怒声を浴びせ、レーリンの体を強かに壁に打ち付ける。普段から鍛えているギルデンツと細い体のレーリンとでは力の差は歴然だ。


「お前から、ルーナがつけていた香水のにおいがする」

「た、たまたま同じ香水を付けているだけじゃないんですか? それより体を……__」

「それはないわ」


凛とした声が廊下に響く。レーリンは声のする方へ顔を向けた。

いつの間にかできている人だかりの中から、ハンナとリリスが険しい顔をして歩み出た。


「ルーナの香水はローミルが調香師に頼んだ特注品。一つとして同じものはないはずよ」


レーリンはその言葉に、体の力を抜いて俯いた。ギルデンツは油断することなくレーリンの体を押さえつける手を緩めない。









「バレちゃった」

「……!」


口元を歪めて笑いだすその男の異常さ。周囲は状況を飲み込めないまま、事の成り行きを見守った。

騒ぎを聞いて駆け付けたアルグレードとダンが、人混みの中から顔を出す。


「残念。折角ルーナと二人きりの人生を歩めると思っていたのに。また来世、かなぁ」


カシャン、と音を立てて眼鏡が床に落ちる。


「……ルーナはどこだ」

「教えると思う?」


挑発的な笑みを浮かべるレーリンに、ギルデンツは腕を離して目いっぱいの力で殴りつけた。

ギルデンツはフーッ、フーッと荒く呼吸を繰り返している。怒りの行き場がどこにもないのだ。

アルグレードもダンも、それは同じだった。


「何されたって僕は吐かないよ。どうせ僕は死刑だ。仲間には僕が日暮れまでに帰らなかったら彼女を殺すように言ってある。……そうしたら、僕らはまた来世で巡り合うんだ」

「お前……!」


うっとりと虚空を見つめるレーリンの言葉に、ダンは耐えきれないとばかりにレーリンの胸倉を掴んだ。


「彼女のいない世界に何の価値もない。それなら僕は死んでまた来世で彼女と愛し合うことにするよ」


長い前髪の隙間からダンを見つめる瞳は、まるで深淵を覗き込んでいるようにどこまでも暗い。

ダンは手を離してレーリンを突き飛ばした。


「くそがっ……!」





タイムリミットである日暮れは、もうそこまで迫っていた。


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