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……____
グレイは騎士を数人引き連れて屋敷に帰ってきた。父親であるディノンは今朝から元々入っていた隣国との会談に出かけている。娘の一大事と言えど、他国との貴重な交流の場である会談を今更断ることはできない。
グレイは今朝父親を見送った時の複雑そうな顔を思い出した。
「あいつを頼む」そう言われたとき、本当に不器用な人だと父を憐れんだ。素直になれない父は、きっと本人の前でもその気持ちを伝えることはないのだろう。
グレイは険しい表情のまま、エレナの自室に向かう。事前に話を聞いていたロイもまた、彼の後ろを付いて行った。
母親の自室までたどり着くと、グレイは騎士たちを振り返る。
「ロイ以外、ここで待っていてくれるかな。母とは……僕が話す」
「……かしこまりました」
グレイはロイと顔を見合わせると扉を開けた。
ベッドわきの椅子に腰かけたまま、ぼんやりと外を眺めていたエレナがゆっくりと振り返る。
「お話があります、お母さま」
「……」
エレナは目を伏せた。グレイはエレナに近づき膝をついて、座っている彼女に視線を合わせた。
「僕が聞きたいこと、分かっていますよね」
「…………日に日に、姉さんに似ていくあの子が憎かった」
エレナは窓の外を眺めたまま、ぽつりぽつりと零し始めた。
「姉さんは昔から優しくて、美人で、誰にでも愛される。私も勿論家族には愛されていたし、友人もいたわ。でも、どうしても姉さんのことを好きにはなれなかった。最初から私は姉さんと相容れない運命だったの。だから、私も割り切ってたつもりだった。……それが」
視線が棚の上に飾られている写真に移る。ディノンと、エレナの写真だ。どちらも仏頂面で、幸せそうとは言えない。
「姉さんが結婚した、私の好きな人と。それから、姉さんのことが憎くて、大っ嫌いになった。幸せそうな二人を見るたびに自分が惨めに思えて、子供が生まれて、あの子が成長すればするほど、姉さんと重なった。……それから姉さんが死んで、私はディノンと結婚した。好きな人と一緒になれて嬉しいはずなのに、全然心は満たされない。ディノンはずっと姉さんを愛してる。そのことが耐えられなかった」
「……」
エレナの目から、一筋の涙が零れた。
グレイは何も言わなかった。言えなかった。
エレナは涙を拭うことなく、グレイの瞳をまっすぐに見つめる。
姉に対するコンプレックスが、こういう形になってしまった。しかし、計画に加担している時点で到底許されるものではない。それは紛れもない事実だ。
「パーティが行われる一週間ほど前、ある人が私を訪ねてきて私に今回の計画を話した。私はそれに乗った。それだけよ」
「誰が、」
「残念だけれど、私からその人の名前を言うつもりはないわ。私を拘束するなり牢獄に入れるなり、好きにして」
エレナは最初からこうなることを分かっていたかのように冷静だった。
事実覚悟していたのだろう。そうまでして、この計画に便乗したのだ。彼女がルーナに、姉に抱いていた感情はもはや誰にも推し量れるものではない。
「……お母様、僕は貴方を許せません。大切なルーナを危険な目に合わせるような貴女を、僕は一生許せない」
強い口調でエレナを見つめ返すグレイに、エレナは自嘲気味に微笑んだ。
「もう、母親でも何でもないわ」
……____
私は檻の隅に座り込み、思い出した記憶に向き合おうとしていた。
レーリンが部屋を出ていき数時間は経過しただろうが、未だに小刻みに震える体。思い出したくないが、嫌な記憶程勝手に頭を飛び回る。
会社帰りの私の後を付いてくる足音、度々郵便物に紛れ込んでいる手紙、見覚えのない番号からの電話。
そう。前世で私にストーカー行為を繰り返していた人物こそ、今世のレーリンだ。
電話や手紙、メールの内容は、いつも私の事を愛しているだの、今日誰々と話していたね、だのというものばかり。
警察に相談したものの犯人が捕まることはなく、自分ができる最大限で警戒するしか方法がなかったのだ。
そして、ある日会社から一人アパートに帰っていると突然後ろから口を塞がれ、そのまま車に連れ込まれた。座席を倒した車内で男に組み敷かれ、振り上げられる包丁に恐怖で声も出ず、私は____。
「……」
膝を抱え、顔をうずめると、胸の奥から笑いがこみ上げてきた。
とんだ人生である。前世からストーカーされて次の人生までストーカーをされたのだ。ツイていない、では片づけられない。
自分でもこんな状況で笑うなんて可笑しいとは分かっているが、自然とでてくるものは仕方ない。
恐怖で頭がおかしくなってしまったのだろか。きっとそうに違いない。
顔を上げて部屋の入口を見る。ドアは閉められていて、下の隙間から微かに光が漏れている。
先ほどのレーリンの態度からして、余程捕まらない自信でもあるのだろう。私を捜索してくれているであろう人たちが彼につながる手がかりを見つけている可能性は低い。
私もどうにかここから逃げ出したいが、まずこの檻から出られるとは思えなかった。
段々自分の頭が冷静に物事を考え始めていていることに気付く。私も相当肝が据わっているということだ。
私は立ち上がり、部屋の中をもう一度見回す。
ふと、棚の上に何かが置いてあることに気付いた。薄暗くてよく見えない。
もっと近くで見ようと鉄格子の近くまで行こうと足を踏み出した時、部屋の外の廊下を足音が近づいてくる。
咄嗟に後ろに下がり、じっとドアを見つめた。
入ってきたのはレーリンだった。
彼は部屋の明かりをつけると、楽しそうな顔を私に向けた。
「騎士団総出で君の事を探しているみたいだよ。僕のことがバレていないところを見ると、どうやらエレナは僕の事を漏らしていないらしい」
「……王国騎士団は優秀よ。すぐにここも突き止められるわ」
レーリンは私の言葉にスッと笑みを消し、鋭い視線でこちらを睨みつける。
「……君の口から誰かを褒める言葉なんて聞きたくないな」
「……」
「まぁいいや。明日、僕は少し出かけてくるけど、何か欲しいものはある? なんでも買ってきてあげるよ」
「要りません」
一瞬、棚の上を見た私の視線を見逃さなかったレーリンは、それを手に取って私に見せた。
「これ、君のポケットに入っていたから一応取っておいたんだ。香水だろ」
「……そうよ」
ローミルからもらった香水をパーティに行く前につけようとした時にアンに呼ばれたから、あとで付けようとそのままポケットに突っ込んだのだ。
「それ、返してもらえる? お風呂にもどうせ入れないんなら、せめて香水くらい許してほしいんだけど」
レーリンは私に視線を向けた後しげしげと香水瓶を見つめて、私に視線を戻した。
「はい、どうぞ」
レーリンは自分の目の前に香水瓶を置いた。わざわざ檻の外の私が手を伸ばさないと届かないところだ。
彼を睨みつけるも、レーリンはにこにこと笑っている。ゆっくりと鉄格子に近づいて、レーリンの挙動を伺いながら手を伸ばす。
「わっ!」
「……!」
突然声を上げたレーリンに、私は思わず手を引っ込めた。
驚いた私を、レーリンは腹を抱えて笑う。
性格悪、と内心悪態をついて香水瓶を手に取る。
「あー、おっかしい。それじゃあ僕は明日早いからもう寝るよ。本当はもっと君といたいんだけど、ほら、明日は登校日だろう。僕もお仕事しなくちゃならないから」
それじゃ、とレーリンは意外とあっさり明かりを消して部屋を出て行ってしまった。
残された私は、暫く香水瓶を見つめる。
明日は年明け前に一度学校に顔を出す登校日だ。レーリンは普通通り出勤するらしい。学校にはハンナやグレイもいる。
……一か八か、やるしかない。
暗い部屋の中、私は瓶を強く握りしめた。




