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パーティから一夜明け、王宮は大きな混乱に包まれていた。
伯爵令嬢の誘拐という事実は王宮を混乱に陥れるだけの用意がある。加えて王国主催のパーティでの事件とくれば王国の威信にかかわる出来事だ。騎士団が警備をしていたにも関わらずこのような事態になったことには、国王も頭を抱えていた。
「調査はどうなっている」
ルーナ・ヒュート捜索部隊の拠点とされる王宮の一室を、多くの人間が出入りしている。国王は部屋の前まで来ると、一人の騎士を呼び止めた。
「未だ有力な手掛かりは掴めず、不審な人物を目撃したとの情報や、ルーナ・ヒュート様の目撃情報も上がってきておりません」
「手詰まり、という事か……」
国王は部屋の中に視線をやった。
部屋の中心には騎士団長、そして、ルーナの兄であるグレイの姿もあった。傍らには公爵家の長男、アルグレードが彼を支えるようにして立っている。
「グレイは、どうだ」
「……ご自身を、大分責めておいででした。自分が目を離さなければ、と」
「そうか……」
拳を強く握りしめ、悲痛な面持ちを浮かべるグレイを見て、国王はその場を後にした。
調査に進展が見られたのはそれから数時間後の事だった。
当時警備にあたっていた人間を洗っていたギルデンツは、知らない人物が紛れ込んでいることに気付いた。すぐさま騎士団長である父に報告し、不審人物二人を拘束することに成功した。騎士団でもまだ見習の身分であった者まで管理が行き届いていなかった、王国側の非でもあったのだ。騎士団長は認識の甘さを悔いた。
グレイとアルグレード、それから捜索隊に加わっていたダンは騎士からその報告を聞いてすぐさまギルデンツの元へ向かった。
尋問は一人ずつ別室で行われているらしく、ギルデンツはそのうち一人の尋問を隣の部屋で聞いていた。というのも、尋問部屋と隣室とを隔てている壁の上方には小さな穴があり、隣室にいれば中の会話が聞こえるようになっているのだ。
三人が駆け付けたとき、ギルデンツは目を瞑り静かに会話を聞いていた。
「ギル」
「……」
アルグレードが声をかけると、ギルデンツはゆっくりと目を開けて三人を見た。
そしてグレイに歩み寄ると、深く頭を下げる。
「すまなかった、では済まされないことになってしまった。俺たち王国騎士団の認識の甘さが招いた事態だ」
頭を下げたまま、硬い口調でそう口にしたギルデンツを、グレイは見下ろした。
ギルデンツの手は強く握られ、赤い血がぽたりと地面に滴り落ちる。
隣からは騎士が男を問い詰める声が聞こえていた。
「顔を上げて、ギル」
ギルデンツは少し躊躇ったが、大人しく顔を上げた。
悔しさや怒りが混ざり合った彼の表情を見れば、誰も責めたてるものはいない。
「絶対、ルーナを見つけ出そう」
グレイは彼が欲しい言葉が「許し」ではないことは分かっていた。何より彼は彼自身が許せないのだ。それを他人がどう許せるだろう。
ギルデンツがグレイの言葉に頷いた時、隣の部屋から一際大きい騎士の声が聞こえてくる。
「お前の仲間は自供を始めたそうだ。このまま喋らなくてもいいが、お前の仲間はお前よりも罪が軽くなるだろうな」
「なっ!? あいつ、裏切りやがって!」
単純な心理的誘導だ。本当は自供などしていないのだろうが、男は簡単に引っかかったらしい。尋問で精神的に追い詰められ、正常な判断が出来なくなっているのだろう。
グレイたちは静かに耳を傾けた。
「……俺たちは、ただあいつに頼まれたんだ。ある女がガキを連れてくるから指定の場所まで連れて来いってな」
「あいつ? 女? 誰の事だ」
「知らねぇよ。俺達を雇った男はフード被ってて顔は見えなかったし。金払いが良かったから加担しただけだっての」
「女の顔は? 見たのか」
騎士の追及が聞こえる。
「そりゃあ見たさ。何せ王国主催のパーティ会場だ、顔なんて隠せない」
男の声が段々と挑発的なものになっていく。分かっていないこちらの事を馬鹿にしているのだ。
ガタッと何かが倒れる音がして、騎士の怒号が聞こえた。
「誰だ! 誰がルーナ・ヒュート様を連れてきた!?」
グレイたちは無意識に唾をごくりと飲み込んだ。
「ガキの母親、だよ」
……____
「あ、その顔は思い出してくれた!? ひどいよ__。俺の事を覚えてないなんて、あんなに愛し合っていたのに」
体に力が入らない。その場に座り込んだ。
震える体を抱きしめる。冷たい指先で自分の腕を掴んだ。爪が食い込んでも痛みはなかった。
恐怖で何も感じない、考えられない、考えたくない。
「この世界で初めて君を、ルーナ・ヒュートを見たときはすぐに分かったよ、『君』だってね。……あの入学祝賀パーティで、僕は今世に生きる糧を見つけたんだ」
興奮した様子で語り始めたレーリンを見ることは、私には出来なかった。唯々彼の独白が耳を通り過ぎていく。
「君を見つけるまでは本当に退屈だったんだ。俺が転生している時点で君もこの世界にいるんじゃないかとずっと探していたんだけど、君は貴族だったんだ。庶民の僕がいくら探しても見つからないわけだよね」
「でも、神様は僕に微笑んでくれた! 君の担任になって毎日君を眺めていられる。また前みたいに君と僕の生活が始まったんだ! ……すぐに君をこうして僕のもとに置きたかったんだけど、確証はなかったんだ。君が以前の君だっていう確証がね。でも、あの日リリス・テンドと話している声が聞こえたんだ」
「そこで初めて確信した、やっぱり君だって。僕の目に狂いはなかったんだ! あぁ、君が僕を頼って一緒に勉強した時は楽しかったよ。君も嬉しそうに僕に報告してきただろう?」
口元を歪めて私の顔を覗き込んでくるレーリンに、私は顔を逸らす。この時だけは檻という隔たりがあることに感謝した。
あんな男を頼っていた自分に嫌悪感を覚える。
「君たちの話を聞いてここが恋愛シミュレーションゲームだってことには驚いたけど、僕たちには関係ないよね。大丈夫、今回は殺したりなんかしない。僕とずっと、ここで暮らそうね」
私はその言葉に、ただ体を震わせることしか出来なかった。




