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自室に入り一人になると、私は文机の一番上の引き出しから数枚の束ねられた紙を取り出した。リストである。

現在名前が挙がっているのは三人。兄であるグレイ・ヒュート、執事のロイ・ウィリック、そして________私、ルーナ・ヒュート。


そう疑った点はいくつかあるが、一番大きいのは他二人と同じで顔面の良さ。

姿見の前に立ち、自分の顔を見つめる。

可愛く結ってもらった髪を下ろすと、黒く、傷みを知らない艶やかな髪は肩の下までまっすぐ伸び、白く透き通るような肌を際立たせている。ぱっちりとした目を縁取る長い睫毛に、まだ幼さを強調している少しふっくらとした頬。

要するに、美少女であった。

前世を思いだした後、初めて鏡で自分の顔を見たとき思わず「え、私超可愛い」と呟いてしまったほどだ。あの時周りに誰もいなくて良かった。



さて、私の推測通りだとすれば、リストに上がっている人間が三人いる時点でこの世界の中心に近い場所にいるとみてほぼほぼ間違いはないだろう。勿論、この世界が「何らかの舞台になっている」という大前提を仮定すればの話だが。この前提が崩れた時点で、私はただの伯爵令嬢Aという立ち位置になる。そうならそうで、私は別にどうという事はない。

だが、私はこの世界は乙女ゲームの世界なのではないかと睨んでいる。どうもグレイとロイを知っている気がするのだ。しかもアニメではなくゲーム画面で。私がプレイするゲームと言えば乙女ゲームしかない。だけど私がプレイしたゲームの登場人物だとしたら思い出せるはず。一体どこで……。


と、そこで私は一つの可能性を想定した。一番最悪な想定を。

もし私のこの既視感が正しくて、ここが乙女ゲームの世界だったら。そしてその中でもバッドエンド盛りだくさんの内容のタイトルだったとしたら。私はこの世界がどういう世界で、自分がどういう立ち位置なのかを明確に理解しなければならない。

自分が主人公ならまだ救いはあるが、乙女ゲームにはほとんどの場合悪役が登場する。主人公ですら選択肢によっては死ぬルートがあるゲームがあるのに、万に一つでも悪役令嬢だった時のことを考えてみろ、最悪どう足掻いても死ぬ可能性がある。そう判明した時には速攻で家を出て国外逃亡でもするしかない。


とまぁ、可能性の話をいくらしてもキリがないのは目に見えているので深く考えないようにしよう。

この世界のことについて知らないことは山ほどあるが、なんとか生き残る道を模索して、できれば楽しく生き抜いていこう、それが私にできる精一杯のことだ。



コンコン、と控えめなノックの音に瞼を開く。どうやら眠っていたらしい。


「どうぞ」

「お嬢様、ご夕食のお時間です」


侍女のアンがドアを開けて入ってくる。


「今行くわ」


少しぼんやりする頭を起こし、姿見の前に立ち少し乱れた髪を手櫛で整える。指通りのいい髪はすぐにさらさらと元通りになり、アンを伴って部屋を出た。

今日の夕食は何かしら、なんてアンと楽しく話していると前方から歩いてくる女性に気づく。

それが誰なのかを認識した瞬間、あぁしまったと思うが、立ち止まって女性が近づいてくるのを待った。数歩後ろを歩いていたアンが息を呑む気配がする。

コツコツ、とヒールの音だけが廊下に響く。それ以外の音が世界から消えてしまったように、その音以外の雑音は私の耳から消え失せた。視線を落とし、ぴりっとした緊張感が全身に張り付いていく感覚に襲われるのを受け入れる。

____ぴたり、私の数歩先で音が止まる。

沈黙が辺りを包んだ。


「その年にもなって挨拶すらまともにできないのかしら」


冷たい声が頭上から降り注ぐ。そこで初めて、私はその人の顔を見上げた。


「申し訳ありません。ご機嫌麗しゅう、エレナ様」

「麗しいと思っているのならあなたの目は節穴ね」


ふんと鼻を鳴らして私を見下ろす彼女こそ今世の私の「母親」である。

挨拶しろっていったのは誰だよ、と口に出さなかったことを誰か褒めてほしい。

この態度から分かるように、この人____エレナ・ヒュートは私のことを、とても嫌っていた。親の仇とでも言いたげな眼で今も私を睨み続ける彼女は、私とグレイの実の母親ではない。


私たちの母親であるエレナの姉のミーナは父のディノンと結婚して、私を産んだ二年後に流行り病でこの世を去ったらしい。だから私は実の母親を写真の中でしか見たことがないが、とても美しく、優しそうな女性だった。そして後妻として娶られたのが目の前の彼女、エレナだった。エレナは元々ミーナに対してあまりいい感情を持っていなかったらしく、娘の私に対しても厭味ったらしい態度を取っている。

「お母さま」と呼ぶことすら厭われているのだから、相当なものだ。


私自身は、会うたびに私に強く当たる彼女に対して酷い人だなぁと思うことはあれど、この人を憎むなんてことはなかった。それにグレイやロイ、使用人までもが私とこの人をなるべく会わせないように根回ししてくれているので、逆に周囲に気を遣わせてしまっていることを申し訳なく思っていた。


「エレナ様はご夕食を済まされたのですか? もしよかったら今からご一緒に、」

「お生憎、もう済ませたところなの。まぁ罷り間違っても貴女と食事をとる日なんて来ないでしょうけど」

「……そうですか。それでは私は、失礼します」


こっちだって社交辞令で言ってんだよ! と内心で悪態をつく。

食事の時間はエレナとは勿論ずらして取っている。兄であるグレイのことは特に嫌っている様子はないが、グレイは一人で食事をとる私を気遣って一緒に時間をずらしてくれたので、いつも一緒に食べている。正直ぼっち飯は精神的に来るものがあるのでありがたいが。

軽く頭を下げて彼女の横を通り過ぎる。

背後に突き刺さる視線を感じながら、私はその場を後にした。


廊下の角を曲がると、アンが今にも泣きそうな顔で私の名前を呼んだ。


「お嬢様、その……」

「大丈夫よ、もう慣れっこだもの。それにこの屋敷にいる限り、エレナ様に会わないなんて無理な話だわ」


それでも尚心配そうな顔をするアン。

まぁ、十歳そこらの女の子があんな扱いを受けていたら誰だって心配するよなぁ。


「アンがそんな顔をする必要はないわ。それよりも聞いて、今日のお茶会でお兄様がね……」


こういう重たい空気は苦手だし、とお茶会の話に切り替えると、察してくれたアンは話に乗ってくれた。

問題はいろいろとあるが、一つひとつ解決していくしかない。

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