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レーリンとのマンツーマン授業が数日続いたある日。レーリンが職員会議で勉強を見られないということで、私は久々にいつものメンバーと下校していた。
「ルーナさん、どうですか? 国学の勉強は」
ダンを挟んで隣を歩いていたリリスが私にそう尋ねる。リリスは、私が隣を歩こうとすると必ず誰かの隣に移動するのだ。不思議に思って本人に尋ねると、
「推しの隣を歩く!? そんな、私にはとてもじゃないけど無理……」だそうだ。
相変わらずの接しにくさだ。
「あのレーリン先生だから不安だけど、大丈夫なの?」
ハンナが苦笑を浮かべながらリリスの言葉に乗っかる。
私も勉強会が始まるまではかなり不安だったので、その気持ちはよくわかる。
「それが、レーリン先生とても教え上手なの。なんで先生が国学担当教師じゃないのか不思議なくらい」
「あの先生が? 人って見かけによらないものなのね」
肩を竦めてリリスとハンナは顔を見合わせた。
「でも良かったじゃない! 教えてくれる人がいて」
「うん。この調子なら合格できそう」
そしてその言葉通り、私は三週間後の試験に見事全教科において合格した。あの壊滅的だった国学も合格したし、なんなら平均点よりも上だったのだ。
国学の授業で返却された答案用紙を手に、早速レーリン先生に報告しようと職員室を外から覗いて先生を探す。
「確か先生の机は……____」
いた。
レーリンは机に噛り付いて必死に何かを読み込んでいた。
今は話しかけないほうが、と彼の様子を窺っていた時だった。
冷たい何かが背中を走った。
いつもの、顔に覆いかぶさるようにして伸びている前髪の隙間。丸眼鏡の奥。
深い闇を覗いているような真っ黒い瞳が、忙しなく行ったり来たりして、それが、急に止まる。
ゆっくりと、真っ黒い双眸が、私の方を、見て、
「あぁ、ヒュートさん。どうかなさいましたか?」
「__あ、えと」
いつもの調子で声をかけ、私のほうに歩いてきたレーリンは途中自分の足に躓き顔面から転んでしまった。
いつもの、レーリンだ。
「ったた……。何かご用件でも?」
転んだ拍子にぶつけて赤くなった鼻をさすっている。
「国学の試験、無事に合格したので、ご報告に」
たどたどしくそう話す私に、彼は嬉しそうに、安心したように笑った。
「合格したのですか! それは良かった。ヒュートさんの努力の賜物ですね」
「いえ、先生のお陰です。本当にありがとうございました」
「そんな、僕は何も。……あ、すみません。それじゃあ僕はこれで。わざわざありがとうございました」
後ろから他のクラスの先生がレーリンを呼んでいる。レーリンは私に軽く会釈すると、踵を返して去っていった。
私も、教室に戻るために職員室に背を向けてゆっくりと歩き出す。振り返ると、レーリンは他の先生に何か注意されているようで、ぺこぺこと頭を下げている。その表情はやはり口元だけしか分からない。
先ほど感じた、彼への言い知れぬ恐怖。
初めて見る彼の瞳は底なし沼のようで、どこまでも深く闇が続いていた。
____私は、その恐怖に心当たりがあった。
あの日。あの入学祝賀パーティで感じたものだ。
だが何故レーリンが? あの時はまだレーリンとは知り合ってもいなかった。何か恨みを買うようなことをした覚えもない。
じゃあ、あの時視線は私に向けられていなかったとか?
いや、でもあれは確かに……____。
「ルーナさん?」
その声に視線を上げると、そこにはリリスがいて私の顔を怪訝そうに覗き込んでいた。
「どうしたんですか? そんな怖い顔して。……まぁそんなルーナさんも可愛い__」
「ねぇリリス。レーリン先生って主要キャラだったりする?」
彼女の言葉を遮って尋ねると、リリスは不思議そうな顔をしながらもそう答えた。
「え? レーリン先生? いえ、それこそ名前すら忘れちゃうくらいモブキャラでしたよ。私も入学してから『あーそんな人いたな』って思ったくらい」
「……そう」
リリスは何も聞いてこなかった。彼女の気遣いに感謝しながらも、頭の中はレーリンでいっぱいだった。
あの人には、あまり近づかないほうがいいのかもしれない。
「長期休暇だー!!」
「ダン、落ち着いて」
こぶしを突き上げて叫んだダンを宥めるように、アルグレードはダンの肩に手を置いた。
いつもの光景に私たちは微笑む。
試験も終わり何事もなく一ヶ月を過ごしたら、あっという間に年末だ。今日で一度学校生活が終わり冬の長期休暇が始まる。
「俺、長期休暇中にギルに剣術の稽古たくさんつけてもらうんだ!」
「ダンは寝ても覚めても剣の事ばっかりね」
「おう! ありがとな、ハンナ!」
「いや、褒めてないわよ」
ハンナとダンの掛け合いにリリスと顔を見合わせて笑い合う。こうしてリリスと仲良く笑えるようになったは本当に嬉しい誤算だった。
「ルーナに暫く会えないなら長期休暇なんていらない」
隣を歩いていたギルデンツが私の手をギュッと握りしめて、不服そうに眉を顰めた。
文化発表会からギルデンツはずっとこの調子で、休み時間のたびに私の教室に来ては私が試験勉強をする姿を見つめて、満足そうに帰っていく日々。最初はじっと向けられる視線が気になって集中できなかったが、最後の方には大きな弟ができたみたいに思えてきて気にならなくなっていた。
「ちょ、ギル! 俺との約束どうすんだよ! つーかルーナの手握るな!」
「はい、ギルは離れて」
「っ、離せ」
ダンとアルグレードに回収され、代わりにグレイが私の隣に立つ。
「でも、年末年始はいろいろと忙しいからなぁ」
「俺たちでやるクリスマスパーティは唯一の楽しみだな」
一ヶ月ほどの休暇。どの世界でも年末年始が忙しいのは同じのようで、休暇中には王国主催クリスマスパーティと一日だけ登校日がある以外にも、それぞれの家の予定が詰まっていた。
何の楽しみもない長期休暇はつまらないということで、私たちは私たちだけで集まってクリスマスパーティをしようという事になったのだ。
このメンバーでそういう風に遊んだことはまだないので、私はかなり楽しみにしている。
パーティで何をするか話し合い、プレゼント交換をすることが決まった時はその日の内にプレゼントを買いに行くくらいには楽しみだ。
「楽しみだね、ルーナ」
「はい、とっても」
私のわくわくが伝わったのか、グレイは私の手を引いて優しく笑った。




