25
次の日、ヒュート家を訪ねてきたリリスを家に招き入れると、パーラーではなく自室に通すことにした。
流石にアンやロイにも聞かせられない話なので、誰も自室には通さないようにアンにお願いしてから私とリリスで自室に籠る。
事前に用意してもらった紅茶を淹れ、リリスに渡す。
「推しが注いだ紅茶……」とかなんとか言っていたが、聞こえてない聞こえてない。
「さて、改めて色々話していきたいんだけど……今日はリリスの話が聞きたいかな」
「わ、わかりました」
「……その敬語、やめない? 同い年なんだから」
「えぇ!? 推しにタメ口なんてハードルが高い……」
手を横に振って否定するリリスにため息を吐く。
本当にやりづらいな……。
「いや、推しに対してタメ口は確かにハードル高いけど、相手は私なんだし。それに、この世界では私の方が身分が低いんだから本来は私が敬語を」
「それこそ本当にやめてください!」
「じゃあリリスも敬語はやめて。……私、普段あんな口調だし、気軽に話せる相手って貴重なの。お願い」
お嬢様口調もすっかり板についているけれど、やはり普通に話せる相手がいるのは嬉しい。
「んんっ、可愛い……。わかり、わかった」
リリスは咳ばらいをした後紅茶をすすり、自分の頬をパシパシと叩いて話し始めた。
「私も、ルーナ……と同じでオタクやってて、年齢的には大学生だった気がする。この世界のゲームはしっかりプレイ済みだった。全ルートの全エンド周回済みだし、スチルも全回収。それで、確かバイトの帰り道に信号無視した車に轢かれて死んで、気がついたらリリスになってた、っていう……」
簡単に説明するとこんな感じです、と肩を竦めたリリス。
女子大生なんて一番楽しい時に亡くなったのか。
何でもないように話すリリスだが、何せ一度死んだのだ。前世を思い出した時にはかなり辛い思いもしただろう。
「話してくれてありがとう。ということは、この世界についても殆どのことは分かってるってことだ」
「うん。でも私たち『イレギュラー』がいるせいか、かなり原作からかけ離れてるみたいだしあんまり意味ないかも」
「……やっぱり、原作と結構違う?」
「かなりね。でも、その通りに生きなきゃいけないなんて決まりはないし、私だって好きなように生きたいし。あまり気にしなくていいんじゃないかな」
それに関しては私も大いに賛成だ。と言っても、私はそもそもの物語を知らないわけで、原作通りに進ませようと思っても無理な話なのだが。
「リリスは、生まれたときから前世の記憶があったの?」
「ううん。気づいたのは村から連れ出された日。王様から『お前は王族の子だ』って言われたときにびりりっときた。ルーナは?」
「私は……ちょっと複雑で。前世を思い出したのは、うちの階段から落ちたときなの」
リリスが真っ青な顔をして勢いよく立ち上がる。
「え、階段から落ちた!? だ、大丈夫なんですか!?」
敬語に戻っているリリスはうろうろと私の前を動きまわった。
「う、うん。頭を何針か縫ったけど平気」
「頭を、何針か……」
呆然としているリリスに、話を続ける。
「そ、それでね。その時は、前世を思い出して、なんとなくここがゲームか何かの世界だってことは分かったんだけど、何の世界なのかまでは分からなかったの。でも、入学式の日にはっきりここが乙女ゲームの世界だって思い出して」
「……そうだったんだ。学園での物語だから、それがきっかけになったんだろうね」
「でも昨日言ったように、私プレイ前に死んじゃったの。だから薄っすらとした、自分の立ち位置と攻略対象たちくらいしか知らないじゃない? 詳しい展開とか分からないから、どうしたらいいのか分かんなくて。勿論、原作がどうであれその通りに生きるつもりはないよ? だけど悪役令嬢って確率で死ぬ場合とかあるから、できるだけヒロインである貴女と関わらないようにって思ってて……」
リリスは納得したように何度か頷いた後、私に話の続きを促した。
「攻略対象である彼らとも関わりたくなかったんだけど、一人はお兄様だし、他も気づいたら友達になってるし……。みんないい人たちだったから、今更関わらないようにするなんてできなくて。もう私には破滅エンドしかないのか、って一時期すっごく悩んだ」
「あー、確かにルーナは死亡ルートある」
リリスは空を見ながら、思い出したように呟いた。その言葉に私は彼女に詰め寄る。
「や、やっぱり!? 誰!? 誰ルートで!?」
「うへぇ推しの顔が……って、そうじゃなくて。それ聞かないほうがいいと思う。今後付き合いづらくなるよ」
「た、確かに……」
この世界をゲームとして認識していた前世はもはや別次元のこと。ありもしないことであの中の誰かと今後気まずい空気になるのは、その人にも失礼だ。
よほど私が不安そうな表情をしていたのか、リリスは私を慰めるように優しい微笑を浮かべた。
「でも、大丈夫だと思う。だってルーナ嫌がらせとかしないし、私も別に誰かと恋愛するつもりもないし」
「え、そうなの?」
折角ヒロインになったのに、と零すと、リリスは人差し指を立てて舌を三回鳴らした。
「私が乙女ゲームやってたのって、私が恋愛したいからじゃなくてあくまで『ヒロインが攻略対象と恋愛をしているところ』が見たいからなんだよね」
身に覚えのある言葉に、私は彼女が立てた人差し指を握った。
「……それは分かる。私はヒロインと攻略対象がいちゃいちゃしているのを見る壁、みたいな」
「そうそれ!」
強く頷いて私の手を握ったリリスに、私はとても親近感を覚えた。
こうして一度話始めると止まらないオタク二人は乙女ゲーム談議に花を咲かせ、あんなに避けあっていたとは思えないほど私たちはお互いの距離を縮めた。決して今世の身内には聞かせられないな。
「あー、私もプレイしたかったなぁ」
頬杖をついて窓の外を眺める。彼らをどう攻略していくのかプレイしてみたかったし、リリスと彼らのイチャイチャシーンを見てキュンキュンしたかった。
そんな私を見てくすりと笑ったリリスは、ふと思い出したように口を開いた。
「そういえば、ルーナの前世の死因って?」
「……え? 死因?」
「うん。……あ、言いたくなかったら言わなくてもいいんだけど」
申し訳なさそうに眉を下げるリリスに、私はぼんやりと頭を回転させ始めた。
そのことを考えてなかった、ことはなかった。
死因、しいん、私が死んだ原因。あれ、私は死んだのは、確か____
『俺と____』
「痛、」
ツキン、といつかの日みたいな痛みが頭に走る。まるで私が思い出すのを拒否しているみたいだ。
「え、ご、ごめんなさい! 余計なこと聞いて……」
「ううん、大丈夫。ただ、私、前世でなんで死んだのか分かんないんだよね。……思い出せないっていう方が正しいのかな」
記憶という絵の上から、誰かが黒いマジックで絵を塗りつぶしてしまったような、そんな感覚だ。
リリスは顎に手を当てて考える素振りを見せた後、複雑な顔をして口を開いた。
「……思い出したくないこと、なのかも。聞いた私が言うのもなんだけど、無理に思い出さなくてもいいんじゃない?」
「そう、かな。……うん、そうかも」
私は黒く塗りつぶされた絵を引き出しにしまって、言い知れない不安を紅茶と共に飲み下した。
…………____
「話したの?」
アルグレードは窓の外を眺めながら口を開いた。自室から見える中庭は緑色の中にぽつぽつといろんな色の薔薇が咲いている。来週あたりには満開を迎えるだろう。
毎年この時期になると見られる景色が、彼は好きだった。
「……ううん。あれから、お母様はすっかり部屋に引きこもってるんだ。だから当分は何も起こらないと思う」
そう話すグレイの表情は硬いが、そこに不安の色は見られない。
「随分悠長だけど、そんな様子じゃ僕が貰ってもいいのかな?」
アルグレードはそう言いながら背後から刺さる視線に苦笑した。
「睨むなよ。それに、僕じゃなくてもダンやロイだっている。グレイ、君の周りにライバルはたくさんいるんだってこと、分かってる?」
「……分かってる」
口を尖らせて拗ねているグレイに追い打ちをかけるようにアルグレードは言葉を続けた。
「それに、昨日見ただろう? あの女嫌いのギルまでルーナにべったりだった」
思い出されるのはルーナに抱き着いて離れなかったギルデンツ。彼とは、ダンの剣の稽古をしてくれているのでたまに話をする仲ではあったが、あんな表情を見たのは初めてだった。
他人に興味を全く示さず人との関りがあまりなかった彼が、緩み切った顔をする相手。
「……本当に、ルーナはなんであんなに人気者なんだろう。ルーナの良いところは僕だけが知っていれば良かったのになぁ」
「案外独占欲が強いんだな、グレイ。……まぁ、僕が君たちの問題に首を突っ込むわけにはいかないしね。僕は僕に出来ることをするよ」
グレイは楽しそうに笑っているアルグレードをじとりと睨むと、深くため息を吐いた。




