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それからほどなくして、ジェイの母親が無事に現れて彼を引き取っていった。
泣きながら現れた自分の母親に、心配されていることが分かったジェイは自分の気持ちを告白していた。
「妹ばかりに構っていて、寂しかった」という言葉に、母親は自分のことを顧みたのかもしれない。泣きながらジェイに謝り「僕の方こそごめんね」と今度はジェイが謝っていたが、その表情はどこか嬉しそうだった。
そうしてジェイと別れ、私もそろそろ教室に戻ろうかとギルデンツを振り返る。
「それではステイル様、私はこれで失礼しますね。お付き合いいただきありがとうございました」
頭を下げて踵を返そうとすると、突然後ろから腕を掴まれて思わず転びそうになった。
私の腕をつかんでいるギルデンツの手に触れ離してもらおうとするが、なかなかの手強さである。
「ステイル様? 手を離していただけると非常に助かるのですが」
「…………やだ」
「え?」
まるで子供がごねるような言い方をするギルデンツ。およそ彼から発せられる言葉とは思えず、私は戸惑いを隠せない。
ギルデンツは私の腕をつかんで離さないので抗議の念を込めた視線を向けて暫く見つめ合う。と、彼は花が咲いたように頬をぽっと赤くした。
「あの、ステイル様、一体」
「ギル」
「え?」
「ギルって呼んで」
照れくさそうにもじもじするギルデンツは、先日素っ気ない態度を見せた彼と同一人物とは思えないほどの変わりようだ。
一体私の知らない間に何があったんだ……。
「そんな、失礼ですわ」
「身分的には俺が下なんだから失礼じゃない」
「……それでは、ギル様、と」
「だめ。敬称なんかいらない。ダンには敬称なんてつけてないだろ」
むすっと頬を膨らませ、するりと自然な仕草で私の手を握ってくるギルデンツ。
いや、本当に何がどうなってこんなに友好的になってくれたんだ?
知らない間に親愛イベ的なものが発生してたのだろうか。
「じ、じゃあギル?」
「……うん」
嬉しそうに笑って私の手をぎゅっと強く握る彼に、未だ動揺を隠せない。
「あの、なんで手を……?」
「だめ?」
「いや、だめというか、なんというか」
まるで手を繋ぐことが当たり前とでも言うように首を傾げるギルデンツに、そういう問題じゃないだろと心の中で突っ込む。
好感度マイナスだった攻略対象がいきなり百二十パーセントになったらそりゃ誰だって戸惑うわ。
どうしたものかと手をこまねいていると、前方からいつもの顔ぶれが歩いてくるのが目に入る。
「お兄様!」
「あれ、ルーナ?」
「ギルもいるね」
「誰?」
近づいてきたアルグレード、ダン、グレイの三人。いいタイミングで来てくれた三人に、私は助けを求めるように声をかける。
「公演終わったのですか?」
「うん。もうあと少しで文化発表会終了時刻だしね。教室に戻ろうと思って」
「もうそんな時間なのですね! それでは私もそろそろ」
「やだ」
これ幸いとアルグレードの言葉に便乗するも、ギルデンツは私の手を離すと今度は後ろから抱きしめてきた。
解せぬ。
「……ギル、お前どうしたんだ?」
「ほら、ギル。ルーナも困ってるから腕を離そうか」
「誰だか知らないけど僕の妹から離れてくれない?」
アルグレードとグレイが私からギルデンツの体を引き離してくれる。何やら言い争いをしている三人から離れると、ダンが不思議そうに私の耳元に口を寄せた。
「なぁ、いつの間にギルと仲良くなったんだ?」
「さぁ……。私にもよく分からないの。というか、あれ以来会ったのは今日が初めてだしね」
私にもなにがなんだかと答えると、ダンは私の返答が不満だったのか面白くなさそうに「ふーん」と言ったきり、ギルデンツをぼんやりと見つめていた。
「それでは、文化発表会が無事大成功を収めたことを賞して、乾杯!」
乾杯、とハンナの音頭に続いてクラスメイトの声が室内に響いた。
あの後、ギルデンツを三人が回収してくれたお陰で教室に戻れた私は、クラスメイトから今夜打ち上げパーティをしようという話になったことを聞かされ、何処まで行ってもお金持ちはパーティ好きなのだなと改めて思った。
とあるレストランを貸し切り行われたこの立食パーティ。折角なら、と女子は全員今日のカフェの制服姿での参加だ。心なしか男子たちの視線は泳ぎ気味だ。まだ慣れていないらしい。
レーリンも参加しているのだが、早速お酒を飲んで酔っ払っているところを男子生徒数人に介抱されている。生徒に介抱される先生とは一体。
「ルーナ、無事終わって良かったわね」
壁に寄り掛かってみんなの様子を眺めていた私に、ハンナはデザートを持って現れた。
「本当にね。色々大変だったけど、でも、とても楽しかったわ」
「そうね。みんなもきっとそう思ってる」
「だといいけど」
クラスメイトは笑い合いながら今日の話で盛り上がっているようだった。一部の女子は出された食事についてどうやって調理されたのか話しているみたいだし、彼女たちの見ている世界に影響を与えられたようでなんだか嬉しい。
「ハンナさん!」
「はーい。……ちょっと行ってくる」
「行ってらっしゃい」
ハンナに手を振り、ふと飲み物を飲みすぎてせいかお手洗いに行きたくなり、ウェイターに場所を尋ねてお手洗いに向かった。
用を済ませて女子トイレから出ると、入れ違いで入ってきた女の人とぶつかりそうになり慌てて身を引く。
顔を見ると、リリス・テンドが少し驚いたような表情でこちらを見つめていた。
「ごめんなさい」
「……いえ、こちらこそ」
彼女が何か言いたげな表情をしていたので少しだけ言葉を待ったが、いつまでたっても何も言わないので彼女の横を通り過ぎてそのまま会場に戻ろうとした。
「……__待って!」
背後から呼び止められ、振り返ると複雑そうな顔をしたリリスが視線を逸らした。
「話を、しませんか」
テラスに移動した私たちは、少しの肌寒さに身を震わせた。昼間の温かさはどこかへ消えて夜風は冷たく、私たちの肌を刺す。
テラスの柵に寄り掛かり、私は景色を眺めながらリリスの言葉を待った。
こうして二人きりで話すなんて普通じゃまずありえない。少なくとも「私たちの普通」じゃ。
「私、ずっと疑問だったんです。どうして貴女が私を避けているのか」
漸く口を開いた彼女に、私は振り向いて向き合った。
「……それは、お互い様じゃなくて?」
私がリリスを避けているというのなら、逆もまた同じだ。理由は分からないが、彼女も私を避けていた。
「私にはあなたを避ける理由があった。でも、貴方が私を避ける理由が分からなかった。……だけどある時、一つの疑念が私の中に宿ったんです」
私はリリスの言葉の続きを待った。
「貴女と少しずつ関わっていくたびに、それは確信に変わっていった。私たちは同じ穴の狢だ、って」
「______ルーナさん。貴女、転生者じゃないですか?」




