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「さて、これからどうしよう」


取り敢えず見たいものは見られたし、あまり他のクラスの出し物を知らないので特別行きたいクラスもない。

あとは適当に歩いて面白そうなものがあったらそれを見ようか、と宛もなく歩いている時だった。


どこからか子供の泣き声が聞こえ、それは歩みを進める毎にどんどん近づいている。

見ると、そこには小さな男の子が泣きじゃくりながら男の人の服を掴んでいた。服を掴まれている男の人はというと、

「泣くな。手を離せ」と、手を彷徨わせながらわたわたと慌てている。

見覚えのあるその男の人に、私は近寄って声をかけた。


「ステイル様?」


ダンの紹介で一度だけ会ったことがあるギルデンツ・ステイルだ。四年生であるギルデンツとはそもそも棟が違うため学園でも一度も会う事はなかった。こういうイベントでもない限り会うことはなさそうだとは思っていたが、本当に会うことになるとは。


私の顔を見るなり、彼は気まずそうに顔を逸らした。

より一層大きな声で泣き始めた男の子に、ギルデンツは再び慌てだす。

どうやら小さい子との接し方が分からないらしいその様子に、私はあることを思い出して制服のポケットを探った。

目当てのモノを手で握ると、男の子の前にしゃがんで視線を合わせる。


「はい、これ」

「……__、これなに?」


嗚咽を繰り返しながらも泣くことを止め、まん丸の瞳で私が差し出した小さな包みを受け取った少年は不思議そうにそれを見つめた。


「元気になる魔法のお菓子よ」


できるだけ優しい口調を心がけてそう言うと、少年は包みを開けた。


「……キャラメル」

「そう、食べると元気になるわ」


カフェで使ったキャラメルの余りをもらっておいて良かった。

おずおずとキャラメルを口に運んだ少年に、私は尋ねる。


「お名前、言える?」

「…………ジェイ」

「ジェイね。私はルーナよ、よろしく。……それで、ジェイはどうして泣いていたの?」

「…………お母様と、はぐれちゃって」


また泣き出しそうになるジェイの頭を撫で、ギルデンツの服を握っていないほうの手に触れた。小さくて温かい、可愛らしい手だ。


「そう。それじゃあ私たちと一緒に探しましょうか。きっとお母様もご心配なさっているわ」


そう言うと、ジェイはこくんと頷いて私に抱き着いてきた。

な、ななななんて可愛い生き物なんだ。

思わず天を仰ぎそうになった時、黙って私たちを見つめていたギルデンツとジェイの肩越に目が合った。


「ステイル様、もしこの後予定がなければご協力頂いてもよろしいですか?」

「……あぁ」


未だ戸惑いを見せているギルデンツにジェイを抱き上げるようにお願いし、母親の情報を聞き出す。


「お母様とはどこらへんではぐれてしまったの?」

「……わかんない」


ギルデンツの片腕に乗せられたジェイは、落ち込んだ様子で答えた。

出来るだけ歩く速度を落とし、ジェイが客の顔を見られるようにする。ジェイを元気づけながら話を引き出していくもあまり手掛かりは得られなかった。ここの生徒の弟であればその生徒を尋ねられたのだがそうではないらしく、どうにか聞き出せたのは講堂で行われているオーケストラの演奏を聞いた後に逸れたようだということ。

ギルデンツは私がジェイと話している間はやはり何もしゃべらず、じっと私たちの様子を見ているだけだった。



講堂の入り口に着く。演奏が終わったばかりで、出てくる人でごった返していた。


「ここにいれば、ジェイのお母様に会えるかもしれないわ」

「本当?」

「ジェイの話を聞くに、この辺りではぐれたはずだから戻ってくる可能性は高いから」


しかしそんな期待とは裏腹に、それから数十分が経過してもジェイの母親は現れなかった。あらゆる手でジェイの気を紛らわせたが、ジェイの気分は落ち込む一方。恐らく他の場所を探しているのだろうとは思うが……。


「もしかしたら、お母さまはもう僕と会いたくないかもしれない」


人混みもすいてきた時、ジェイはぽつりとそう零した。俯いて、服の裾をぎゅっと握りしめている。


「……どうして、そう思うの?」

「僕が悪い子だから……」


より一層強く握り込んだその小さな手に、私は自分の手を添えて言葉の続きを待った。


「僕、妹がいるんだ」

「うん」

「まだ赤ちゃんで、なんにもできないけど、とっても可愛いんだ」

「うん」

「……でも、みんな妹の事ばかりで、僕の事ちっとも見てくれなくなった。だから……だから、ちょっと困らせてみようって、僕がお母さんの手を離したんだ、」


ぽろぽろと玉のような涙がジェイの瞳から零れ落ちる。ぎゅっと目を瞑ってもなお、それは止まらなかった。


「だから、っ僕、」

「大丈夫」


私は白くなるまで握りしめられたジェイの手を両手で優しく包み、涙を指で拭った。


「大丈夫よ。あのね、あなたが生まれた時も、きっとご両親は貴方のことに付きっきりだったと思う。今妹がそうであるようにね」


涙に濡れた頬に手を添えて、まろい頬を指で撫ぜる。


「でもそれは、貴方から妹に愛情が移ったわけじゃないの。貴方への愛情とは別に、妹にも同じ分だけ愛情が注がれているのよ。……ご両親は、あなたが苦しんでいるのに気づいてないのね。寂しい思いをしたわね、ジェイ」

「っ、」

「でもね、ジェイ。今日は私たちが助けてあげられたけれど、この世界にはいい人ばかりじゃないわ。危ない人だってたくさんいるし、貴方に悪いことをしようとする人だっている。もうお母さんの手を離してはダメよ」


ジェイが迷子になったのが学園内だからまだ良かったものの、もし街中だったら町のゴロツキにでも攫われていた可能性だってある。その危険性を、彼は知らなければならない。


「……うん」

「可愛い妹が将来そういう悪い人たちに連れていかれないように、貴方がナイトになって妹を守らなきゃ」

「僕が、守る?」


驚いた様子で私を見つめるジェイ。キョトンと大きな瞳がさらに大きく開かれた。しゃくりあげてはいるが、その瞳からはもう涙は溢れていなかった。

私の言葉が予想外だったのだろう。


「えぇ。妹に『かっこいいお兄ちゃん』って思われたくない?」

「! 思われたい!」


途端に目を輝かせたジェイは、頬を赤くさせてぱっと後ろに立っていたギルデンツを振り返った。


「僕もお兄ちゃんみたいにかっこよくなれる?」

「……え」


まさか話の矛先が自分に向けられると思っていなかったのか、面食らった顔をした後、助けを求めるように私を見た。

思わず笑いそうになるのをなんとか抑え、戸惑うギルデンツの代わりに答えを返す。


「どうかしらね。ステイル様はとてもお強い方だから。でも、ジェイが本当にステイル様みたいになりたいと願ったのなら、きっとなれるわ」


すっかり涙が止まったジェイの頭を撫で、ポケットに入っていたハンカチでジェイの目元を拭いた。


「さ、涙を拭いて、お母さまを待ちましょう」


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