21
その後午前の部は無事に終了し、お昼休憩を挟んで午後の部が始まった。
今のところ大きなトラブルは無いが、ローミルさんが来たときはちょっとした騒動になった。特徴的な赤髪を帽子の中に隠していたためローミル・ジュネであることはバレなかったのだが、どうやら気に入られているらしい私の姿を見留めた途端に彼女の「ヘンタイスイッチ」が入るものだから警備の人が不審者だと思ってしまったのだ。
ハンナは「半分不審者のようなものなんだから捕まえて貰えばいいんじゃないかしら?」なんて言っていたがそんなわけにもいかず、今度ローミルの前で制服をもう一度着ることを条件に大人しくしてもらった。
そして、思った以上にお客が入ったことで、なんと材料が足りないため早めに会場を閉めることになった。忙しかった分あまり休みがなかったので、余った時間は他のクラスを見て回る時間に回せる。
最後の剣舞が終わり、会場が拍手に包まれた。
ステージに上がっていた男子全員が達成感に満ちた清々しい顔で一礼した。
ひとり、また一人と会場を出ていく客に全員で頭を下げ、最後の一人が退場しドアを閉じた。
静寂が会場を包む。
「…………終わった」
「終わった、のよね……」
どこかぼうっとした様子でぽつりと呟かれた言葉に、私は自分に言い聞かせながら答えた。
「終わった……、終わったわ。皆さん、お疲れ様!」
徐々にみんなの顔に喜びが満ちていくと、歓喜の声が上がり、お互いに抱き合い、その興奮を分かち合った。中には涙を流す人もいて、つい私まで泣きそうになってしまう。
クラスメイト達の中からハンナが駆け寄ってきて、私を抱きしめた。
「大成功だったわね、ルーナ」
「ありがとう。ハンナのお陰よ」
「何言ってるの。今回の功労者は間違いなくあなたよ」
身体を離して互いの顔を見つめ合うと、私たちはどちらからともなく笑い合った。
簡単に会場を片付け終えて学校の制服に着替えると、私たちはそれぞれ自由行動の時間になった。ハンナは妹が来ているらしく、彼女とは別行動をとることになった。私は丁度グレイの公演の時間が迫っていることに気づき、急いで講堂へ向かう。
ぎりぎりで滑り込んだ講堂の客席は満席で、どうやらとても人気らしい。
公演前のアナウンスの後、ゆっくりと幕が上がる。
始まってしばらくして、主人公ハムレットを演じているグレイが現れて居住まいを正した。
従臣から父の亡霊が夜な夜なエルシノアの城壁に現れるという話を聞き、確かめに行くハムレット。父の亡霊から、父の弟であるクローディアスが父を暗殺したことを知る。
小説で読んだことある内容のはずなのに、感じるものは全然違う。
普段はぼんやりしている兄が、今は舞台の上で復讐を果たすべく狂気を装うハムレットを演じている。
見たことのない兄の表情に、私は釘付けになっていた。
「____ホレイショー、天と地の間にはお前の哲学では思いもよらぬことがあるぞ」
物語が進むにつれ、どんどん舞台に引き込まれていく。
グレイではなく別人が演じているのではと思うほどに、彼の演技はハムレットそのものだった。
終盤、剣に塗られた毒によって倒れるハムレットがホレイショーに最期の言葉を残す。それを受けたホレイショーの言葉で、幕は閉じた。
はたと気付けば、私の瞳から涙が伝っていた。会場中が立ち上がって舞台に称賛を送っていて、私も慌てて立ち上がり拍手を送る。
カーテンコールに出て来たグレイは既にハムレットの仮面を取りいつも通りの柔らかな表情に戻っていて、どこか安心した。
公演終了後、講堂を出て生徒控室に向かうと、衣装のままのグレイが笑顔で出迎えてくれた。
「ルーナ、見に来てくれたの?」
「はい。先ほどの公演、とても言葉では言い表せない程に、素敵でした」
素直な感想を伝えると、グレイは不思議そうな顔で私の頬に触れた。
「泣いたの?」
涙の跡でも残っていたのだろう。恥ずかしいところを突かれてしまった。
「その……とても感動して」
「……そっか。そんなに感動して貰えたのなら、主人公を引き受けた甲斐があったなぁ」
優しく笑うグレイには微塵も先ほどのハムレットの雰囲気は感じられない。
「私もお兄様の今日の姿が見られて良かったです」
あまり長居もできないのでそれから二、三言葉を交わして控室を後にした。
事前に貰っていたダンとアルグレードのクラスの剣劇のタイムスケジュールと今の時間を照らし合わせると、丁度次の公演の時間が近かったのでこのまま向かうことにする。
公演が行われる多目的ホールに向かうと、こちらも大人気のようで客席はほぼ満員だ。空いている席を見つけるのも一苦労だ。
暫く会場内を歩き回ってようやく見つけた空席に腰を下ろすと、隣に座っていた女の子の会話が耳に入る。
「アル様の弟君のダン様と共演なさるんでしょ? 兄弟共演なんて素敵ね……!」
「しかも今回は剣劇、とっても楽しみだわ!」
きゃっきゃと楽しそうな声を上げる女の子たち。
やっぱあの二人人気なんだなー。まあそうだろうな。最近忙しくて忘れてたけどなんてったって攻略対象だもん、そりゃあ人気だよな。
それから暫くの間、前から後ろからと聞こえてくる「ダン派? アル派?」という女の子の話題に耳を傾けながら静かに開演を待った。
舞台の前に並んでいる女子オーケストラによるファンファーレが響き渡り、観客は一瞬にして静まり返った。
こういうところは、金持ちなだけあってマナーを破る人はいない。
幕が開き、まるで王国騎士団さながらの服装で出てくる一人の男の子。ダンだ。
「この物語は、とある国の騎士たちによる物語である。而して刮目せよ」
観客を射抜くような眼差しで見まわしたダンは、マントを翻して捌けていく。その語りから始まった劇は完全オリジナルだと聞いている。
なんでもアルグレードのクラスに有名な劇作家の息子がいるとかで、彼が制作を手掛けたらしい。
物語は国の騎士たちの友情や裏切りを描いたもので、戦いのシーンがふんだんに盛り込まれていた。
剣を振るうダンは普段の何倍も生き生きとした表情で、アルグレードも剣を握った姿が様になっている。
物語も佳境に入り、騎士たちが酒を酌み交わしながら宴をするシーンで幕が下りた。とても学生の演劇とは思えない仕上がりに、私は胸の奥が熱くなるのを感じた。周りが立ち上がって拍手を送っているのに自分も倣う。
カーテンコールも終えて、グレイの時と同じようにクラスの控室に向かうと、二人は椅子に座って楽しそうに話しながら掻いた汗をぬぐっていた。
「二人とも、お疲れ様です」
「あ、ルーナ!」
「見に来てくれたんだね」
それから二人に劇の感想を熱心に伝えると、嬉しそうにして二人そろって私の頭を撫でた。この後またすぐに次の公演が迫っているというので、私は早々に二人に別れを告げて部屋を出た。




