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「あれ、お嬢様。どうしたんですかこんなところで」


背後からかけられた声に振り向くと、お茶会の後片付けを済ませたロイがこちらを不思議そうに見つめていた。


「ロイ……。いえ、何でもないわ。それより後片付けありがとう。これから厨房の方に向かうの?」

「えぇ、そうですよ」

「私も一緒に行ってもいい? シェフにお礼と感想を伝えに行きたくて」


言い終えるが先か、ロイが眩しいくらいの笑みを浮かべている。見えるはずのない尻尾がぶんぶんと振られているように見えたが瞬きと共に消え、幻覚だったことを知る。


「もちろんです! ご一緒に参りましょう!」


ご機嫌なロイの隣に並び立ち、廊下を歩き始める。今にも鼻歌を歌いだしそうなロイに、前世を思い出す前の私は一目惚れしたっけな、と記憶を辿る。

今思えば、「兄より年上のかっこいいお兄さん」という存在に恋をしていたのだろうなと冷静に分析できる。周りに兄以外に年の近い異性がいなかったから、ロイの存在が私の心に大きく印象付けられたのだろう。

今となっては私の中での彼は「年上ワンコ系執事にその上ドジっ子という属性盛りすぎな感の否めないイケメン」というよく分からないポジションだが。


「そういえばロイ、最近学校はどうなの?無事に進級できそう?」


余計なことを考えないように、と適当な話題を出す。


「順調ですよ。そこそこに楽しいですし、学べることも多いです。進級も問題なさそうですね!」


この国では十三歳になると入学できる学校がいくつかある。その中でもロイが入学したのは聖セントラル学園という国内最大規模を誇る学校だ。五年制の学校で、十八歳で卒業。身分に関係なくどんな人間でも等しく学べるようにと奨学金制度もあるようで、敷地は分けられているものの、貴族も庶民も等しく学べるようになっているらしい。

それをロイから昔聞いた時はとてもいい制度だと思った。

勿論身分関係なく学べるところもそうだが、敷地を分けるのはいい案だ。貴族と庶民では学ぶ内容やベクトルも違うし、両者間の心象的にも諍いを避けるためにも、分けていたほうが無難だ。


閑話休題。

大抵の貴族の子は良くも悪くも未来が決められているわけだが、ロイも例に漏れず執事としての未来が決まっている身だ。学校へ通うのは強制ではないし執事の仕事を覚えながら学校に通うのは大変だろうからと、彼の父であるピーターさんは強くは薦めなかったという。しかし、ロイは一人前の執事となるために知識と教養を身に着けたい、と学校に通うことを望んだのだ。


「それなら良かった。たまにこうしてお茶会を開いて、ロイの息抜きになればと思ったんだけど……。仕事を増やしてしまったわね」


結局、こうして後片付けをするのはロイだし、手伝おうにも私が給仕なんかしていたら咎められるのもロイだ。


「何を仰います! 私はこうしてお茶会を度々開いてくださるのを本当に楽しみにしているのですよ。一介の使用人である私の為にお二方はこんなにもよくしてくださっているのですから」


立ち止まって私に向き直ると少し怒ったような口調でそう話す彼に、私も負けじと口を開く。


「使用人である前に、私はロイの友人よ。お兄様だってそう思ってる。お茶会だって、友人として貴方を招待したんだもの。……でも、そういう風に思ってくれていて嬉しい。私も毎回とても楽しみなの。だから、またこうしてお茶会をしましょう」

「……! はい!」


そんな話をしながら歩いているとあっという間に厨房についた。世のお嬢様方は決してこんなところに来ないのだと言われたことがある。確かにこちらの方向には厨房やリネン室など、「お嬢様」が来るような場所ではないのかもしれないが、中身がド庶民の私には関係ない。

死ぬほど美味しい料理を作って貰ったら「美味しかった」と伝えたくなるし、食べ物を零したりしてテーブルクロスを汚してしまったら謝りに行く。染み一つない真っ白なテーブルクロスを汚してしまったときは物凄い罪悪感に襲われたが、洗濯をしてくれるメイドさんに謝りに行ったときは逆に恐縮されてしまったっけ。


「お嬢様、少しここで待っていてください。ローガン様を呼んでまいります」

「お願いします」


厨房の扉の前に立っていると、数人の使用人とすれ違う。昔は、私がここにいることにひどく慌てられたが、会釈してくれる人、すっかり慣れたのか「こんにちは、お嬢様。今日はどういったご用件でこちらに?」と話しかけてくれる人もいる。

私もすっかりここの人たちと仲良くなっちゃったもんね。

ふふん、と一人鼻を高くしていると、ロイがローガンさんを伴って厨房から出てきた。


「ローガンさん、今夜のパーティーの準備でお忙しい時にごめんなさい。どうしても先ほど頂いたお菓子のお礼が言いたくて」

「いえ、滅相もない! こちらこそ、わざわざご足労いただきありがとうございます。……ケーキたちはお気に召していただけましたか?」

「えぇ、とっても美味しかったわ! チョコレートケーキはほろ苦いビターな味がして美味しかったし、ムースケーキはくちどけ滑らかで最高でした! 他のどのケーキも本当に美味しくて。ローガンさんがヒュート家のシェフで良かった。ありがとうございました」


軽く頭を下げると、ローガンさんは嬉しそうに笑った。白髪交じりの眉を下げて目元にくしゃっと皺が寄るその笑い方は、前世での祖父と重なる。

優しくて、あったかい人だ。


「お嬢様にそう言っていただけると、本当にここに来て良かったと思えます」


今でこそこうしてローガンさんとも仲良く話せているが、初めて彼に食事の感想を伝えにここを訪れた時はそれはもう顔を真っ青にして厨房から出てきた。今までこうして厨房を訪れることなどなかった私が突然来たことで、何か粗相をしでかしたと思ったらしかった。

笑顔で会話できるようになるには数日かかったが、今では社交界デビューもしていないせいもあり友人が少ない私の数少ない話し相手である。


「それじゃあ、今夜のパーティーの準備頑張ってください!」

「はい、ありがとうございます」


あまり引き留めても迷惑だし、と早めに切り上げることにする。


「ロイも、また夕食のときに……____」

「いえ、お部屋までお供いたします」

「……じゃあお願いしよう、かな」

「はい」


ロイも仕事があるだろうしここで別れよう、と思ったら有無を言わさない笑顔で半ば強制的に頷かされた。


忘れていたが、半年前の私が前世を思い出すきっかけとなった階段滑り落ち事件から、周りの人間がとても過保護になった。

何処に行くにも誰かしらが付いてきて、私が怪我をしないように見張るような役が作られたのだ。

階段から落ちた時に私は頭から血を流して倒れていたそうで、頭を数針縫う羽目になった。幸い後遺症は残らなかったが、今でもその傷跡は残っている上、そんな大怪我をして三日間も目が覚めなかったことがトラウマになったらしく、元から過保護だったロイや兄に拍車がかかってしまったのだった。

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