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ぴくり、グレイの肩が震えたのを見て、アルグレードは図星かと微笑を零す。


「大丈夫。ルーナはブラコンだから、どんなことがあっても嫌ったりなんかしないよ。悔しいけど、多分誰も『兄である』グレイには敵わないだろうからね」


アルグレードの言い方にグレイはむすっと頬を膨らませた。


「それ、嫌味?」

「さあね。でも、少なくともお兄様よりは勝ち目があるのかも」

「今『敵わない』って言ったばかりなのに、矛盾してない?」

「細かいことは気にしない主義なんだよ、僕は」


アルグレードはグレイの顔を見つめた。その表情は、先ほどよりも幾らか明るくなっている。


「……ありがとう、アル。話して、ちょっと勇気が出たよ」

「そう。なら良かった」


それじゃあ教室に行こうか、と階段を上りだしたアルグレードをグレイは微笑みながら見つめ、その背を追った。








練習の日々はあっという間に過ぎ去り、ついに文化発表会も明日に迫っていた。みんなの顔には緊張の色が伺える。

最後のリハーサルや最終調整を行っているが、皆そわそわと落ち着かない様子だ。


そんな誰もかれも練習に身が入らない様子に私がどうしたものかと手をこまねいていると、先生に呼び出されていたハンナが興奮を隠し切れない様子で戻ってきた。

後ろには大きな箱を二つ抱えて、よたよたと危なげな足取りのレーリン先生。


「みんな、明日の制服が届いたわ! 男子の分も届いていたみたいだからみんなで試着してみましょう」


ハンナの言葉に、一気に雰囲気がぱっと明るくなる。

特に女子はこの制服を着たくて頑張っていたようなところがあるので、ハンナの言葉でかなり気分が晴れているようだ。

女子と男子でそれぞれの更衣室でわかれ、着替え終わったらお互いの衣装を見せ合うことになった。



レーリン先生が更衣室の真ん中にある机の上にどさっと箱を置くと、女子たちは押し合いへし合い箱の周りに集まる。

おかげでポーンとはじき出されてしまった先生はべしゃっと地面に顔から倒れ込んだ。


「ぐぇっ!」

「だ、大丈夫ですか、先生」


先生に手を貸して助け起こすと、ずり落ちた眼鏡を直しながら赤くなった鼻を摩っていた。

痛そうだ。


「いたた……。あ、ありがとうございます。それでは僕は男子の方に行ってきますね」

「はい、ありがとうございました」


そそくさと出ていく先生の背中を見送り、私も箱の周りに集まっているみんなに加わる。


「……開けますわよ」


ハンナが箱に手を掛けると、周りはまるで宝箱を開けるような緊張感で見つめた。その様子に思わず笑ってしまいそうになるが、そんな空気でもないので下唇を噛んでこらえる。

誰もがごくりと唾をのんだ。

かぽ、と空気の抜ける音と共に箱が開き、中身が見える。


「わぁぁ……!」


ハンナは一番上にあった服を一枚取り出した。

全体的にローズピンクでまとめられた、制服というよりカジュアルドレスのような服。丸襟や袖の部分などに差し色として使われているクリーム色がアクセントになっている。スカートの裾は段がついているアシンメトリースカートで、前が短く後ろが長いタイプだ。


「とっても素敵!」

「可愛い!」


次々に手を伸ばす生徒たちのお陰でバーゲンセールのように一気に箱から服がなくなり、私の分の制服だけが箱に残った。

各々が制服を手に取り頬を赤くして見惚れて、先ほどの不安げな表情はどこかへ行ってしまったようだ。

タイミングが良いローミルに感謝である。後でお礼の品を送らなければ。

私も制服を手に取りじっくり見ようとするが、箱の底に二枚ほどの紙が落ちていることに気付く。

なんだろうかと手に取ってみると、どうやら一枚はこの制服の着方、もう一枚は手紙のようだ。手紙の方を手に取り紙を裏返すと「愛しのルーナへ ローミルより」とあり、なんとキスマークが施されている。

あ、相変わらずだな……あの人も。

表に返し、文章を読む。



『制服できたからお届けしたわ。絶対気に入ると思う。当日は可愛い可愛い私のルーナちゃんをちゃんと見に行くから、とーーーっても楽しみにしているわ。P.S.またモデルをお願いしたいから、今度は私がルーナちゃんのお家にお邪魔させていただくわね。』



読み終えた私の顔がどうなっていたのかは自分では分からないが、何か良くないことを察したハンナは私の持っていた紙をひったくり裏表にさっと目を走らせた。

無の境地に達したような表情をしたハンナに声をかける。


「……私、なんだかとても明日が不安になってきた」


と、私が言うが先か、ハンナはびりびりと手紙を破り始めた。


「私は何も見ていないわ。よって明日は何も起こらない」

「何その理論」

「さ、着替えてみましょう」







全員が着替え終わり、私たちはお互いの姿を見せあっていた。


「可愛い……!」

「サイズも丁度いいですね」


珍しく私の言葉に反応したのは嬉しそうにしたリリスだった。というのも、さっきまであんなに「可愛い」と連呼していた他の子たちが何故かとても静かなのだ。あのハンナでさえも、何故か俯いて黙りこくっている。

皆の様子を不思議に思っていると、一人の女の子がおずおずと口を開く。


「確かに、とても可愛らしいのですけど……」

「こうして着てみると……」

「ス、スカートが短い!」


プルプルとしながら勢いよく顔を上げたハンナは顔を真っ赤にして私にずいっと詰め寄った。

その反応に、私はあることを思い出した。この世界ではあまり肌を晒すことがない。

というか、肌を晒すことがはしたないと思われているのだ。だからこの学園の制服もスカートは膝丈くらいだが下にはタイツを穿いている。

だとしたら、彼女たちのこのモジモジした反応も頷ける。


「確かに膝上の丈だけど、とても可愛らしいじゃない」


恥ずかしそうにしているハンナに進言する。


「だけど、肌を出しすぎではなくて!?」

「例えばこの下にタイツを穿いてしまったら、アンバランスになってしまうんじゃないでしょうか。折角の可愛さも半減してしまうような……」

「ぐっ……」


リリスの言葉に、ハンナは口をつぐんだ。

そして、暫く目を瞑って深呼吸を繰り返した後、決心したようにかっと目を開いた。


「……分かったわ。出てやろうじゃないの。みんなも覚悟を決めるのよ」

「ハンナさん……!」


ハンナの言葉に衝撃を受ける女子たちだったが、最後には彼女たちも顔を赤くしながらもなんとか納得してくれたようだった。


更衣室を出ると、そこには既に着替えを終えた男子が私たちを待っていた。紋服に袴、白鉢巻をして刀のレプリカを差している。久々に和服を見たが、やはりかっこいい。


「あぁ、待って、た……」


私たちの姿を見た途端、口をパクパクさせて顔を赤くする彼ら。それにつられて覚悟を決めたはずのハンナたちまで再び顔を真っ赤にしていた。


「そ、その恰好……」

「本当に、その恰好でやるのか?」


なるべくこちらを見ないようにしたり、目を手で覆って指の隙間からこちらを見たりと、なんとも初心な反応だ。

精神年齢高めの私からするとかなり微笑ましい。


「えぇ」

「そ、そうなんだ」


そう言ってクラス全体を気まずい雰囲気が包む。女子も男子も、ちらちらとお互いの様子を窺ってはもじもじと服の裾を掴んだり離したり。

本当に可愛いな。少女漫画の世界みたいだ。


「……こういう時殿方に黙られたら、私たちかなり恥ずかしいのですけれど!」


ハンナは耐えられないと言わんばかりに声を上げた。

ビクッと肩を震わせた男子たちは、顔を見合わせた後精一杯の勇気を振り絞ってこちらを見つめた。

その顔は未だに火照っている。


「えっと、その、に…… 似合ってるよ、みんな」

「あぁ、可愛いん、じゃねぇか?」


ぼそぼそ、と聞き取りづらいくらいの小さな声で口々に誉め言葉を口にする男子たちに、女子は照れくさそうに微笑んだ。


「……ありがとうございます。男子も、その、お似合いですわ」

「とても、凛々しいお姿です」


と、女子の誉め言葉に今度は不意打ちで褒められた男子が顔を赤くする番だった。柔らかな雰囲気が周りを包み込み、私はそこから逃げるように部屋の隅に移動して開け放たれた窓から呼吸をした。

駄目だ……精神年齢が前世から計算すると四十代に差し掛かった私には純粋すぎる……。あの空間で息をしていい気がしない。


「何やってるの、ルーナ」

「私のライフが……いえ、なんでもないわ」

「そう……?」


怪訝な顔で壁に寄り掛かっている私を見つめるハンナに首を振ってみんなを振り返った。


「それより、いよいよ明日は本番。大分緊張しているようだったけど……大丈夫。きっと上手くいく、そんな気がする」


私は励ますように一人一人に視線を向け頷く。

明日のことを思い出したように緊張感に包まれるが、先ほどよりもその色は薄い。


「明日、今までの私たちの成果を皆に見せましょう。そして、一番大事なのは私たちが楽しむこと。皆さん、明日は楽しみましょう」

「はい!」


__ちなみに、この後レーリン先生が戻ってきて女子の服装に鼻血を出してしまうことになるのだった。


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