18
「ルーナ!? その怪我は一体……!?」
翌朝、私たち兄妹をいつものように門の前で待っていたハンナと公爵兄弟は、私を見るなり驚愕の表情を浮かべる。
「あー、ちょっと転んじゃって」
我ながら苦しい言い訳だと思うが、わざわざ本当の事を言っても変な雰囲気になるのは目に見えている。
「大丈夫なのかよ……?」
「うん、鎮痛薬も飲んで今は痛くないから」
見た目ほど大きな怪我じゃないと言いかけるが、寸でのところで言葉を飲み込んだ。
暫く包帯は取れないし、嘘はいずれバレる。
「本当に、転んだだけ?」
アルグレードは真剣な眼差しで私をまっすぐに見つめた。ハンナたちも私の様子を窺うように視線を投げかけている。
その視線から逃げたくなる気持ちを抑え、必死にアルグレードの目を見つめ返した。
「えぇ、そうなんです」
「……そう。気をつけてね」
「ありがとうございます。……それじゃあ行きましょう」
ハンナの腕を取り歩き出した私をグレイが複雑そうに見つめていることに、私自身気づくはずもなかった。
そして、そんなグレイをアルグレードが見ていることに。
教室に行くと案の定クラスメイト、特に女子は私に駆け寄って傷の具合を聞かれた。そして勿論、差し迫っている問題として文化発表会のことが話題になるのも当然のこと。
「じゃ、じゃあルーナさんは当日接客が主になるのですね……」
「このお怪我じゃ、調理するのは難しそうだし……」
「ルーナさんなしで、調理場は回るかしら」
当日私が調理の方に回れそうにないという事が分かると、一気にお通夜のような雰囲気になってしまった。
正直そこまで頼りにされていたなんて思ってなかったから、あの、めちゃくちゃ嬉しいっす。
いや、軽口叩いてる場合じゃなくて。
「大丈夫よ。私も当日は接客だけじゃなくて調理場のサポートにもまわるわ。というか、心配しなくてもみんなもう十分上手いじゃない。私抜きでも全然平気よ」
「ルーナさん……」
最初は卵を割ることさえできなかった彼女たちだが、今ではフレンチトーストなんて朝飯前なのだ。急成長にもほどがある。
「そうよ。ルーナがいなくたって、私たちだけでも出来るんだってところをルーナに見せつけてやりましょう!」
鼓舞するように声を上げたハンナの言葉に、みんなが顔を見合わせる。
「そうよね、ハンナさんの言う通りだわ!」
「私たちが成長したところを、ルーナさんにお見せしましょう!」
手を取り合い、うんうんと頷く彼女たちを見ていると、なんだか子供の成長を見守る親の気持ちが分かる気がする。
やっぱり女の子って可愛いなぁ。
……____
「ルーナの怪我、転んだだけじゃないんだろう?」
アルグレードは、神妙な面持ちでグレイに尋ねた。
それぞれの教室に向かわず、階段の踊り場で自然と足を止めた二人の間には暫く沈黙が流れたが、こういう時に話の口火を切るのは決まってアルグレードだった。
「……うん」
「また、『お母様』かな」
「アルには何でもお見通しだねぇ」
乾いた笑みを零したグレイに、アルグレードは眉間にしわを寄せる。
アルグレードは、幾度となくグレイから家族関係について相談を持ち掛けられていたのである程度ヒュート家の事情は知っていた。母親のルーナに対する態度や、父親の家庭を顧みない冷淡さ。聞かされる内容はどれもあまりいいものではない。
「お母様が、ルーナのクラスの出し物を聞いたらしくてね。ルーナたちや、使用人という身分を見下すような言い方をしたからルーナがそれに反論したんだ。……そうしたら、お母様がルーナを突き飛ばして、近くを通っていた使用人にぶつかって。たまたま食器類を運んでいたところだったから、ナイフやら食器の破片やらの上に倒れこんでしまった」
グレイは話しながら、自分の拳を強く握り込んだ。
アルグレードは言いようのない感情を覚えた。怒りや、苛立ちがないまぜになったような。
ふーっと、吐く息に感情を混ぜて何とか逃がそうとする。
いろんな感情がぐちゃぐちゃと体の中で暴れまわり、二人は暫く黙り込んだ。
「…………今回は、流石に見逃せないんじゃない?」
グレイの顔を軽く睨みながら、アルグレードはそう問いかけた。グレイに対して怒っているわけではない。感情のはけ口がないだけなのだ。
「うん、わかってる。……分かってるんだ」
グレイは強く目をつむった。決して妹の前では見せないその弱々しい表情は、アルグレードにだけ彼が見せる姿だった。
「……グレイ。君が何を迷っているのかは大抵想像がつく。だけど、彼女のために。そして話し合うべきだ。母親とも、ルーナとも、父親ともね」
「……」
目を瞑ったまま黙りこくるグレイに、さらに追い打ちをかけるように核心に迫る。
「自分のことが、ルーナにバレてしまうことが気がかりなんだろう?……______本当の兄妹ではない、ということが」