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順調に練習は進んでいった。フレンチトーストのほかにもパンケーキやサンドイッチ、飲み物は紅茶にコーヒーなど色々とバリエーションを増やした。得意不得意があり、特にリリスは苦戦していたが周りのサポートもありみんなかなり上達した。男子や先生、料理人の方にも試食や試飲もしてもらって味の保証もばっちりだ。


私としては嬉しいことがもう一つ。クラスメイトとの距離を縮められたことだ。

最初は、私が伯爵令嬢ということもありどこかよそよそしく、恐縮されていたのが、私が教える立場にあることでコミュニケーションが増え、今では大分打ち解けることができたのだ。

前は「ヒュートさん」「ヒュート様」なんて呼ばれていたのが、「ルーナさん」になったの!凄い進歩じゃない!?


そして男子の剣舞も見させてもらったが、来てくれている剣舞の先生のご指導もあり、とても美しくかっこいい仕上がりになっていた。男子は、女子に見てもらって照れくさそうにしつつもどこか誇らしげであった。



……リリスとは、あれから少しだけだが話をするようになった。と言っても、世間話をするような仲ではなく、料理が苦手な彼女に私が教える分だけ自然と話すようになったというだけだ。しかし、練習が始まる前と比べると会話の頻度はとても増えたように思う。

もしかすると、私が思っているよりもリリスと仲良くすることを危惧するようなものではないのかもしれない。彼女がクラスメイトと楽し気に話しているのをよく見かけるし、グレイやアルグレード、ダンからもリリスの話題が出たことはない。


物語が始まっていることには違いないが、ここは現実。私というイレギュラーがいることによって物語が変わったのか、他の何かが起因しているのかは分からない。

けれど、確実に変わっているということだけはプレイをしていない私でも分かる。あれだけ私の破滅エンドを忌避していた私が言うのもなんだが、気にしすぎただけということだろう。あるいは元から悪役令嬢が悲惨な最期を遂げるルートがないかだ。


どちらにしても、あまり気にせずに今は目の前のことだけに集中しよう。






文化発表会まで、あと五日。

いよいよ準備も大詰めだ。うちのクラスでは、女子は接客の仕方を教えたり提供する料理の細かい味つけ、男子は本番の舞台となるお立ち台の上で最終調整をしたりと、仕上げに入っていた。

毎日の授業に加えて、主導で動いている私とハンナはかなり疲労が溜まっていた。


「最近、かなり疲れているみたいだけれど、大丈夫?」


夕食の席で、グレイは眉を下げて私の顔を見つめた。

そんなに疲れた顔を晒していただろうか、と少し申し訳ない気持ちになる。


「ご心配をおかけして、ごめんなさい。少し疲れていますが、平気です」

「……ルーナが倒れちゃったら、きっとクラスの子たちも悲しい思いをすると思うよ。僕もとても悲しい。最近文化発表会のことで夜更かししているとアンから聞いた。無理をしちゃだめだよ」


真剣な面持ちで諭すような口調でそう話すグレイに、私は頷く他なかった。


「ありがとうございます、お兄様。今日は、早く寝ようと思います」

「うん、それがいい」


私の言葉に満足したのか、グレイはコロッと表情を変えてご機嫌な様子でデザートに手を付けた。


「お兄様、もう私は十三ですよ。自室にくらい一人で行けます」

「何歳になっても僕の妹なんだから、歳は関係ないよ。それに、心配するのは兄の勤めだからね」

「もう、子ども扱いもいいかげん、に……」


二人で夕食を食べ終え、明日の夜行われるヒュート家主催のパーティーの打ち合わせをしている為にこの場にいないロイとアンに代わり私を部屋に送っていくと言って聞かないグレイとダイニングを出ようとした時だった。



「……お母様」


グレイは表情を硬くしてそう呟いた。

お風呂上りなのか髪を濡らしたままの彼女、エレナは私を視界に入れるなり眉間にしわを寄せた。


「ご機嫌麗しゅう、エレナ様」


何かお小言を言われる前に挨拶だけでも、と着ていた服の裾を掴んで頭を下げる。

隣でグレイも頭を下げている。


「どうも」


他人行儀な挨拶をしたエレナに、私は驚いて顔を上げる。

あのエレナさんが挨拶を返した……だと……!?

たまーに会ったときに挨拶しても鼻を鳴らすか無視しかしない彼女が、「どうも」って言った、のか?

今日は機嫌でもいいのかな。なんか……逆に怖い。


「来週、文化発表会なんでしょ」

「、はい」


突然振られた話題に、ワンテンポ遅れて返事を返す。

本当に今日はなんなんだ、と戸惑いながらもエレナを見上げた。


「あなた、カフェを開いて給仕の真似事をするんですってね」


小ばかにしたような口調で続けられた言葉に、やっと彼女の真意が掴める。


「……そうですけれど」

「伯爵家の令嬢が使用人の真似だなんて、みっともない」


彼女の明かに見下した言い方に、思わずムッとする。


「その言い方だと、使用人の方々を貶しているように聞こえます」

「あら、貶しているつもりなんてないわ。ただ、私たち貴族がすることではないでしょうと言っているのよ」


悪びれた様子は一切なく、素直にそう思っている。そういう言い方だ。

隣でグレイが口を開く音が聞こえたが、それよりも先に私が言葉を発する。


「私は、私たち貴族の生まれは一生彼らの大変さや辛さを知らずに生きていきます。それがこの世界の普通なんです。でも、私は少しでも理解したいと思います。今回のことで、完全に彼らのことを分かったなんて思っていませんが、理解したいという気持ちは大切にしたいんです。それに、料理をすることは大変なだけじゃなくて、誰かに食べてもらうことで幸せな気持ちになることを知りました。少なくとも私は、彼らのことをみっともないなんて思いません」

「……ルーナ」


そこまで言って、私はハッと我に返った。



…………や、やっちまったー! いや、使用人の方々のことを悪く言われるの癪だったから思わず言い返しちゃったけど、これ、完全に怒ったよねエレナさん!?

反省はしているが後悔はしていない。

面食らったように私を見つめるエレナの顔は、段々と赤くなっていく。

何か言われる前にさっさと退散しようと、と彼女の横を通り過ぎる____ことはかなわなかった。



ドン、と強い力で左半身に衝撃を受ける。

その衝撃をそのままに、私の身体は右に傾いていく。

突然のことに何も反応が出来ず、抵抗する間もなく今度は右半身に何かがぶつかる。

けたたましい音が辺りに響き渡ると同時に、私の身体は床に倒れた。

何とか床についた右手に、いくつもの鋭い痛みが走った。


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