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いよいよ文化発表会に向けての本格的な練習が始まった。

各クラスからは賑やかな声が聞こえている。特に一年生は初めてのことで、緊張や興奮が強いのだろう。


斯く言う私もその一人だった。言い出しっぺの法則から私とハンナ主導で動くことになっているし、私はカフェで出す軽食の作り方や紅茶の淹れ方を他の女子生徒に教えることになっていた。前世ではそんな風に誰かにものを教える立場になったことなんて殆どない私が、うまく教えられるのかとても不安だ。


「で、ではまず簡単なフレンチトーストから作りましょう」


私のクラスの女子生徒は全員、学園の厨房に移動していた。金持ち学校に家庭科室なんてあるはずもなく、厨房の一角を借りることにしたのだ。


材料が並んだテーブルを物珍しそうに見つめる彼女たちは私を囲むように立っている。

私が材料を手に取ると、食い入るように私の手元を見つめた。

緊張するな、これ……。


「今日は、このバゲットを使います。これを適当な大きさにカットしておきます。そして、卵を一個と砂糖、牛乳は百ミリリットルほどをこのボールで混ぜ合わせます」


説明しながら卵を割ると、「わぁぁ……」と感嘆の声が上がる。

お嬢様だから調理過程を見たことないのは当たり前だけど、やり辛いことこの上ない。


「混ぜ合わせたら、これをバットに移して……その上に先ほどカットしたバケットを置きます。本当は少し染み込ませるために暫く置いておきたいのですけれど、今日は時間もないので簡単に裏表ギュッと押して染み込ませたものにします」


ビニール手袋をしている手でぎゅぎゅっとバケットを押さえる。ひっくり返すと白いバゲットが黄色く染まっていて、とても綺麗な色だ。


「フライパンを火にかけて、バターを入れて溶かしたら、バゲットを焼いていきます」

「バターのいい香りがしますわ……!」


溶けたバターの香りが辺り一帯に広がって、私たちの鼻を擽った。この匂いだけでお腹がすいてくる。

バゲットをフライパンに乗せるとジューっと音が鳴り、鼻に続いて耳までも、もうこのフレンチトーストの虜だ。


「少し蓋をしておくのもいいかもしれません。暫くそのまま置いておいて、フライ返しで焼き具合を見つつひっくり返して両面を焼いていきます」

「とってもいい色ですわ!」


黄色いバゲットにいい具合に焦げ目がついていて、とても美味しそうだ。

火を止めてお皿に移すと、彼女たちは私の顔を見つめた。


「これで、完成ですの?」

「この上に、粉糖やはちみつ、メープルシロップや生クリームなどをトッピングするんです。トッピングはお客様に選んでもらえば、多少メニューの幅も出るかなと思っていますわ」

「結構簡単そうね」


答えながら私は粉糖とはちみつを取り出し、フレンチトーストの上から適量を掛けた。みんなの唾を飲み込む音が聞こえる。


「……召し上がられます?」

「! よ、よろしいのですか!?」

「えぇ。私が作ったもので良ければ」

「私も食べたいわ!」

「どうぞ」


目の前に立っていた一人の女の子が物欲しそうに見つめていたので勧めると、恥ずかしそうにしながらも置いてあったフォークとナイフを手に取った。ハンナも手を挙げて私にアピールすると、同じようにフレンチトーストを口に運んだ。周囲はそれを固唾を呑んで見守っている。

そんな物々しい雰囲気出さなくても毒とか入ってないからね?


「美味しい……!」

「美味しい! ヒュート様、とても美味しいですわ!」

「良かった」


彼女の言葉を皮切りに、次々にフォークに手を伸ばし始めた彼女たちは、口々に美味しいと言ってくれた。

私は胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。


誰かに自分の作ったものを食べてもらって、それを美味しいと言ってもらえるのって本当に嬉しいことだ。貴族の家に生まれると、その喜びを一生知ることはない。しかし、少なくともここにいる十三人にはそれを知ってもらいたい。そしていかに料理を作ることが大変か。普段の使用人や料理人の大変さの一端でも知ってもらえれば、彼女たちに少しでもいい影響になるのではないだろうか。

なんて、少し偉そうな事を思う。


「とりあえず、今日は初日なのでフレンチトーストだけ作ってみましょう」


口をもぐもぐと動かしている彼女たちに声をかけると、幸せそうな顔が一変、不安と緊張が彼女たちの顔を覆う。


「とりあえず、自分がどれくらい出来るか知るところからです。いっしょに頑張りましょう」






それから二人ずつに分かれて調理実習のごとく作業を開始したのだが、一番苦戦したのは卵を割る作業だった。

予想はしていたが、やはり綺麗に割ることが出来た人はいなかった。卵を割る練習をしたいという話を学園の料理長に通しておいたので、卵をたくさん割っても学園の料理に使ってくれることになっている。無駄がなくて良い。

失敗して中に殻が入ってしまった分は、殻を取り出して使う。料理の基本は「食べ物を粗末にしないこと」だ。


中々上手くできない人には私が背後から腕を回して一緒に卵を割ってあげる。何故か顔を赤くされてこちらを見てくれない子が多かったが、何回か割っていくうちにみんな大分上達した。

……しかしその中でも、特に不器用な人が一人いた。


「リリスさん……少し、力が強いかもしれないわ」

「え?」


バキャ、と音を立てて無残な姿になる卵を手に私を見つめるリリス。


相変わらず私とリリスの関係はかなり微妙だった。お互いに話しかけないし、話したとしても事務的なものだけ。彼女とどう接するのが正解なのか分からない私にとっては彼女が話しかけてこないのは幸運なことだったが、どうして彼女の方も私を避けているのかは疑問だった。彼女が私を避ける理由は分からないが、それに甘んじているのも事実だ。お互いに干渉しないのが私たちの正解なのだろう、と私は勝手に思っている。



……しかし、だ。彼女のテーブルはあまりに悲惨だった。卵の殻は飛び散り、オレンジ色のペイント弾でも投げつけられたのではと思わせるテーブル。

遠目から見ても卵が可哀想な状態だったので思わず声をかけてしまった。


「そんなに叩きつけなくても、少しノックするくらいな感じてやってみるといいかもしれません」

「……なるほど。こうですか……あ」

「さっきと何も変わっていませんわ」


先ほどと何も変わらない威力で卵をテーブルに叩きつけるリリスに思わず突っ込みを入れる。

しまった、つい突っ込んでしまった……。


彼女は不思議そうに割れた卵を見つめている。

いやなんでそんな「どうして?」みたいな顔してるの? 明らかに力加減がおかしかったよね? 向かいで見てたペアの子も苦笑いしてるじゃん。

というか彼女こんなんだったっけ。公式サイトでヒロインの紹介文「料理やお菓子作りが趣味」とか書いてなかった? バグか、バグなのか?


「いいですか? 卵はこう持って……」


リリスの背後に回り、他の子と同じようにリリスの手の上から自分の手を重ねる。ぴくっと彼女の手が微かに震えたが、気にせずに卵を握る。私は何もやましいことはしません! 無実です裁判長!


「これくらいの力で、卵にひびが入るくらいでいいんです。そうしたら、両手の親指を入れ込んで……ぱかっと左右に……」

「……できた!」


ボウルに綺麗な卵が初めて入った。

嬉しそうな声を上げた彼女がぱっと振り返ると、背後から腕を回した状態だったため至近距離にリリスの顔が迫る。

お互いハッとした表情を浮かべ、慌てて身体を離した。


「……あの、ありがとうございました」

「い、いえ。お役に立てて良かったですわ」


気まずそうに、恥ずかしそうにする彼女につられて私まで複雑な気持ちになりながら、次のペアのもとに向かった。

その後、なんとか全員無事にフレンチトーストを完成させることが出来た。多少焦げが目立つ人もいたが、美味しいと言いながら食べているところを見ると、教えた甲斐があったなと嬉しくなった。


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