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話し合いの日から二日後、授業を終えた私たちは早速ローミルを訪ねることになっていた。
昨晩そのことを夕食の席でグレイに話すと、
「女の子二人だけで街に出すのは不安だから自分が付いて行く」と言っていたのだが、今朝になって父からの呼び出しがかかり急遽ロイが同行することになった。
学校前で待ち合わせをして、ロイが運転する車に乗り込んだ私は、ローミルという人物についてハンナに尋ねた。
「ローミル様ってどんな方なの?」
「ローミル・ジュネといえば知らない人はいませんが、その人となりは聞いたことがありませんね」
「そうなの。まさかハンナが知り合いだったなんて」
運転しながら不思議そうにするロイに同調して、隣に座るハンナを見た。
眉間にしわを寄せて、口を尖らせるハンナはジト目で私を見つめ返す。
「……本当は、ルーナを会わせたくなかったんだけど」
「そればっかり言うんだから」
「お嬢様に会わせたくない? 一体どういう事ですか?」
ハンナは、私も彼女と一緒にローミルに会いに行くと決まってからはそれが口癖のようになってしまった。そのくせ私と会わせたくない理由を彼女は教えてくれない。私がローミルと仲良くしてハンナから取ってしまうとでも思っているのだろうか。
「会えば分かるわ」
ロイの問いかけにそう答えたきり、彼女はナビゲートをする以外は口を閉じてしまい憂鬱そうに車の外を眺めていた。
暫くロイが運転していると、車は王国の西にある小さな町に着いた。
城下町ほどではないが、広場は多少の賑わいを見せている。宝石店やスイーツショップなどの煌びやかな店よりは果物屋や特産品などの店が目立った。
町の人にも活気があり、とても雰囲気の良い町だ。
「こっちよ、ついてきて」
言われるがままハンナの後ろをついていく。
町の大通りを歩いていると、美味しそうな匂いがそこかしこから漂ってきて、私の胃袋を刺激した。
前世でもお祭りの出店とか好きだった私からしたら最高な町だな。
誘惑に必死に耐えながらハンナの後を追いかけると、一瞬人影に隠れたハンナが次の瞬間には目の前から消えていた。
「あれ、ハンナ?」
「おかしいですね、今までそこにいらっしゃったのに」
ロイと二人で周囲を見回すが、何処にも見当たらない。その時、私の頭に恐ろしい考えが過った。
「もしかして、人攫い……?」
「そんな……!」
「二人とも、何やってるの? こっちよ」
二人で顔を真っ青にして見合わせていると、背後からハンナの声が聞こえて振り返る。そこには、建物の間の狭い路地に立っているハンナがいた。
「ハンナ!」
「こんなところに路地なんてありましたっけ……?」
ロイは不思議そうに首を傾げた。
確かにその路地は、ハンナが立っていて初めてその存在に気付くくらい、普通にしていれば見逃してしまいそうな路地だ。
ハンナははぐれないようにと私の手を握った。まだ日は高いはずなのに、建物の陰で真っ暗な細い路地を進んでいく。後ろではロイがゴミ箱に足を引っかけて慌てている声が聞こえるが、ハンナは無視してどんどんと先へ進んだ。
「ここよ」
ハンナが立ち止まったのは、突き当りの小さな襤褸小屋の前だった。二階建てのそれは、外壁もところどころ剥がれ、鉄製のドアも下の方がへこんでいるし、錆も目立つ。ドアの上にある小さな雨宿り用の屋根には穴が開いていた。
「……本当に、ここなんですか?」
追いついてきたロイが苦笑いを浮かべながらハンナに尋ねる。
「えぇ、残念ながらね。さ、行きましょ」
建物の中は、外観に比べると比較的綺麗そうだ。埃っぽさもない。ちいさな窓が一つだけあるが、カーテンが閉め切られていて電気もついていないので薄暗い。かろうじて私たち三人互いの距離が分かるくらいだ。
ハンナはロイにカーテンを開けるように言うと、薄暗い中でも部屋にある物の配置が分かるのか、慣れたように移動して奥にある部屋に入っていった。
一方ロイは手探り状態で窓まで向かっているおかげで、「いたっ!」とか「ぐえ、」とか呻き声を上げている。
やっと窓までたどり着いたらしいロイがカーテンを開ける。
「____わ、ぁ」
カーテンが開いた瞬間、室内を日の光が満たす。
そこに現れたのはたくさんの服だった。
中央にはテーブルと椅子が四脚設置されていて、壁沿いにズラッと並べられたマネキンにはそれぞれ個性豊かな服が着せられている。ピンク、スカイブルー、ワインレッド、と沢山の色が目に飛び込んでくる。
どれもこの世界ではあまり馴染みのないデザインで、可愛らしいものから少しボーイッシュなものまで様々だ。
「凄いですね……」
「えぇ……本当に」
近くにあった深緑色のスカートをまじまじと見つめる。近くで見ると少し光沢がある生地で、肌触りも良さそうだ。スカートの横には少しスリットが入っていてとても可愛い。
暫く見て回っていると、何やら奥の部屋からドタバタと暴れているような音が聞こえてくる。
「大丈夫、なのかしら」
「……嫌な予感がします」
ロイは早足で私に駆け寄ると、これから来る何かから守るように私の前に立つ。
私の視界をロイの背中が遮ると同時に、バンと勢いよくドアが開く音が響いた。