他の星系の衛星軌道上に浮かぶ図書館(1)
僕とキララは衛星軌道上に建設された図書館(太陽系ではなく他の星系にあるが)のソファで本を読んでいた。
しばらくぱらりと本をめくる音だけが聞こえる。
たまに、本から目を離して前や図書館。そしてキララのほうを見る。
キララも熱心に本を読んでいるところ。
キララも本から目を離して僕のほうを見る。
本は2人とも3分の1ぐらいまでしか読み進めていない。キララは結構早いペースで本をめくっている。
僕は再び、本に目を落として読み始める。
☆☆☆
はあ。僕は持ってきた本を読み終わってしまった。途中わからなかったところは読みかえしてしまった。ライトノベルという分類の本なので、海外SFみたいに字がびっしり書いてはいないので読みやすい。
キララのほうを見た。キララが読んでいる本のページ数をみると、まだ半分ぐらいだ。でも結構読み進めるペースは速い。
「ねえ。キララ。僕は違う本を持ってくるから…」
キララは本から目を離して僕の方を見た。「うん。いってらっしゃい」
キララはまた本に目を落として本を読み進める。
えーと今度は何にしよう。『タイムトラベル小説。いろいろ』で音声検索させてみる。すると、SFマガジンにタイムトラベル小説傑作集というのがあったので持っていくことにした。
内容は「クロノス・ジョウンターの伝説 - 吹原和彦の軌跡 / 鈴谷樹里の軌跡」があり、小説の中に登場する小説「たんぽぽ娘」も収録されている。そしてジャック・フィニィの「愛の手紙」やボブ・ショウの「去りにし日々の光」(スローガラスというものがある)などなど。その他宇宙ものの「たったひとつの冴えたやりかた」や「銀河ヒッチハイク・ガイド」(短編に要約)が載っている。銀河ハイウェイ建設工事の立ち退き期限が過ぎたため、地球が破壊されてしまうというもの。建設工事のため地球が危機にさらされるというのは経験済みなんだけど、面白そうだったので持ってくことにした。
僕はキララのいる場所へ戻る。そうだ。ついでに何か飲み物とか食べ物がないかな。と思った。デバイスに音声で聞いてみる。飲食禁止かなと思ったが、飲み物は可だった。自動販売機があり、飲み物の料金は無料だった。キララのために2つ分の飲み物を手に入れてキララの元へと移動する。
「はい。これ。自動販売機で飲み物を持ってきた」僕はキララに手渡す。
「ありがとう。ちょうど飲み物がほしいと思っていた所なんだよ…
ところで本は見つかった?」
「うん。タイムトラベル小説傑作集というのがあって、いろいろな作者の本が記載されているよ」
「そうなんだ。あとで読ませてくれるかな? 今読んでいるのは残り3分の1に近づいてきたからね」
キララはまた、本に目線を戻した。
僕は、飲み物のストローに口をつけて飲む。程よく冷えている。
飲み物はストローがついていて、万が一倒しても中の液体はこぼれないようになっている。
それに保温機能(冷たいものは冷たいまま、温かいものは温かいまま)のある容器により温度が保たれるようになっていることが自動販売機の表示からわかった。容器は所定の所に捨てる必要がある。未来の地球では、飲み物を飲み終わって空になった容器が空中に溶けて消えてなくなるのを見たことがあるが、今現在ではまだ実現していないらしい。飲料を作っているメーカーには見覚えがあった。
☆☆☆
2時間から3時間ほど過ぎたとき…「あー面白かった」キララは本を読み終わり、本を閉じた。
「海外SFの本。読み終わったんだ… どう面白かった?」
「うん。いいね。いろいろあって、最後に幸せになるっていうの」
「僕もずっと前に読んだことがあるんだけど、また読みたくなるよね… 忘れたころに…
僕の借りた本。もうちょっとで読み終わるから…」
僕は『銀河ヒッチハイク・ガイド』を読んでいる途中だった。
「そうだ。私は本を返してきてから、宇宙の観光ガイドブックを借りてくるよ」
とキララは立ち上がり、僕に向かって言う。
「うん。行ってらっしゃい…」僕はソファで座ったまま、キララを見送った。
他の星系の衛星軌道上に浮かぶ図書館で、古典SFとかの本を読むのもなかなかいいなあと思った。
宇宙物の本とかを読んでいると、作家ごとにさまざまな宇宙の描写があり、実体験に迫ってリアルなものと、そうではないものがあるのに気が付いた。
高速に近いスピードで飛ぶ宇宙船やワープ。ワープは現実世界では空間をつなぐ自動ドアのようなものに近いんだけど、光速で移動する宇宙船から見た星の見え方など、実際の見え方とは違いがあることに気が付いた。これも宇宙旅行を実体験した後だからわかることなんだけど…
でも、作家によっては字による描画がリアルであるものがあり、すごいなあと思った。かなり昔だから宇宙旅行も一般的ではないし、実際に見たことがないものを書くのは大変なことだと思った。
空想科学というものなんだから、現実のものと違うのはしょうがないが…
まあ、宇宙は広いってことが良くわかった。普通に移動していたらいくら時間があっても足りない。空間をとばしたり、ワープと通常空間を交互に移動して、見かけ上の移動速度を光速以上にして移動しないといけないぐらい宇宙は広い。一気に移動すると、移動した実感がないし。
僕は本を開いて、残りを読むことにした。
☆☆☆
はあ。僕は本を閉じた。字の海から出て、現実世界へと戻ってくる。僕は集中すると周りの音が聞こえなくなり、現実世界を忘れて本に没頭することができる。
顔を上げると、キララが『宇宙の観光ガイドブック』をぱらり、ぱらりとめくっているのが見えた。
「読んじゃった」僕はキララに向かって言った。
「そう。面白かった?」キララは、ガイドブックを見ていたが本を閉じた。
「うん。いろいろな話が入っていて面白かったよ。タイムトラベルものの特集だからいろいろあったよ」
「そう…私たちはTMRがあるから、タイムトラベルは空想のものではなくなっているんだけどね。
時間の理論やタイムパラドックスの考え方にもいろいろあって、その中のどれかが正解で、どれかが不正解なんだけど… まだわかっていないことも多いんだよ。TMRは人類が開発したものではないというのもあるし動作原理はわからないんだよ… 空間と空間をつなぐ自動ドアの原理やTSI。カザー星系にある異世界を行き来することができる機械とかもなんだけど…
でも、わかっていることは過去改変をすると、未来が変わる場合と変わらない場合があるということだよね…」
「うん。そうそう。あと過去や未来の自分自身と会っても宇宙が壊れるとかはないし… 自分で過去の自分を殺しても、今の自分が消えることはないし…」
「そうだね。でも、昔の人が書いたタイムトラベルの話も、僕。いや私が読んでも面白いと思うよ。
共感できるところがあるし…」
僕はキララに『タイムトラベル小説傑作集』を渡した。
そして、キララから「宇宙ガイドブック」を受け取り、その中に書いてある観光地をいくつかピックアップすることにした。キララはすでにいくつかの場所をメモしていた。
えーと。有名な観光地。デートスポット。あ。『夫婦の月』も載っている。イータカリーナ星雲や、アンドロメダ銀河。大マゼラン銀河。小マゼラン銀河。マトラ星系の癒しのスポットや、廃棄されたカザー星系の人口衛星(最大規模)なども載っていた。
さらに『宇宙の果てへの旅』という特集もあった。これには興味があった。
えーと。宇宙の中心から722億光年先に宇宙の端があるが、宇宙はまだ広がっているため端にたどり着くためには苦労するだろうということが書いてあった。ワープしながら、宇宙の端を進めば膨張する宇宙の端を見ながら宇宙旅行ができるが、それはあまりお勧めできないと書いてあった。
宇宙の端では時空間が不安定で、自動ドアによる空間移動も不安定になるためである。
比較的安全な離れた距離からなら、宇宙の端の旅行をすることができ、そこは星がまだ生まれていない地域であるため、真っ暗であるということだった。
真っ暗なためあまり見るものもないのであるが、宇宙の端であり、宇宙が出来ていないところから宇宙が出来始めるところを観測するのが好きな研究者におすすめとあった。
まあ、普通なら別の星系や星雲が綺麗なところに行くのがいいだろう。それに別のページに美しい惑星100選というのがあった。
あ。これいいなあと思った。別の惑星に降りるのも宇宙旅行であると、キララが言っていたし。
僕はぱらり、ぱらりとガイドブックをめくる。
惑星すべてが水で覆われている水の惑星。
惑星と衛星の距離が近く、月が綺麗に見える惑星。
近くに太陽の連星がある惑星。
銀河の密集地が見え、夜空が綺麗な惑星。
変わった惑星として、衛星の衝突により、大きなくぼみがある惑星(それでも生命は生存している)や、高さ1000メートルを超える植物が育っている惑星。
砂金の砂浜。
宝石にも使われる鉱石が砕けた砂でできた3000メートルの砂浜。
遠い昔に、文明が栄えたが、知的生命体が惑星を捨て廃棄された惑星の美しい廃墟。
など。いろいろガイドブックに載っていた。
ちなみに、砂金の砂浜の『砂金』は持ち出し禁止だ。
30メートルを超える巨大生物が生息する惑星。
ふと、ガイドブックから目をそらして、キララのほうを見る。キララは夢中で僕が手渡した本を読んでいる。キララの尻尾を見ると、たまに動く。ぴくっと動くときもあれば、ぱさっという感じに動くとき、ちょっと毛並みが太くなるときがあった。キララのしっぽさわりたい。今は離れて座っているし、本を読んでいる途中だから邪魔はしたくない。
さてと。行きたいところ。3000メートルの砂浜。廃棄された惑星の廃墟。30メートルを超える巨大生物が生息する惑星をピックアップした。
キララはまだ、本を読んでいる。どうしようかな。ちょっとこの建物を見てこようかな。
「ねえ。キララ。あとどのぐらいで読み終わりそう? ちょっとこの図書館のデザインとか見学してこようかなと思って…」
「ん? あ。それなら図書館の建築デザインの本があって、この建物のことも載っている本があると思うよ… 検索してみたら?」
「そうなの? じゃあ探してみて、その本を参照しながらまわってみるよ…」
「私も一緒に見てまわりたいんだけど、まだ途中だからね。ちょうどいいところなんだよ…」
キララは本のいいところを読んでいる最中なので、僕は一人で本を探して、建物を見てまわることにした。
まずはどこに行こう。えーと。僕は本のページをめくる。
エントランス。入り口のほうへと戻り、階段を上る。
3階分ぐらいの高さを上がってから、自動ドアを開いて入ってきたあたりを見る。
最初に入ってきたときには気が付かなかったが、本を参照すると、壁の裏があるらしい。
自動ドアで空間をつなげるためには、壁が必要だ。その壁の裏側に、この図書館の建築に関わったデザイナーが手掛けた他の図書館や建物についての記載があった。
目立たないところに、こういうものを作っておくデザイナーが多いみたいだ。
太陽系にも宇宙の衛星軌道上に浮かぶ図書館がある。地球の赤道付近。火星の赤道付近。
近隣の星系では、ケンタウルス座のリギル・ケンタウルス(3重連星)の第4惑星のそば。
ロス248恒星系。地球からかなた45光年先にあるアルセ・マジョリス星系。アルタイル星系。アンドロメダ座のアルフェラッツ星系。などが記載されていた。
僕は壁の裏から外側を見た。エントランスから外側を見ると、何もないように見える。つまり、そのまま外の宇宙空間や惑星表面が見える。でも、自動ドア用の壁の裏側から、外を見ると何も見えない。3メートルぐらい向こうには壁があり外は見えない。
どうなっているんだろう。
僕は自動ドア用の壁にそって歩き、エントランスのほうへと下がる。すると、1メートルほど下がると、外側の壁が透明になっていき、外の宇宙空間が見えるようになった。どうやらこの図書館にも壁は存在し、近づくと壁が見える。少し離れたところへ移動すると、壁が透明になり、外が見える構造らしい。
どうなっているんだろう。映像で壁に何かを映し出しているというのでもないし…
本を読んでも、その壁のことは書いていなかった。未来では当たり前の技術らしい。
まあ、ビルの壁はどうなっているのか、コンクリートの作り方とか、建物の構造について、いちいち書いていないのと同じだ。
自動ドアを映し出すために使用する壁は、オーソドックスに白い色の壁だ。高さは5メートルはある。
模様とかはない。壁の両脇にあたるところには、高さ1メートルぐらいのと、70センチぐらいのと、2メートルぐらいの高さの観葉植物が交互に置いてある。
床は、石畳のような感じの模様がある。
僕はエントランスの突き当り、階下に見える図書館のところまで歩いて行く。本によるとエントランスの奥行は20メートル、横幅は32.36メートル。これは長方形の縦横比が黄金比になっている。そして階下に見える図書館も細長い長方形の形だ。1つの長方形は短い辺が75メートル。長い辺が247.725メートルあり、長方形の構造物が9個マスの目に並んでいる。それぞれの長方形は渡り廊下で連結されている。さらにそのセットが9個同じように並んでいる。つまり図書館自体の短い辺は75メートル×3×3の大きさがある。長い辺は247.725×3×3の大きさがある。かなり大きい。図書館の床全体が1つの長方形で出来ていないのは、強度上の理由やゆがみが生じても壊れないように、連結の構造として作ってあるということが書いてあった。
その他には、図書館の階層図が書いてあった。床には、本棚や本を読むためのスペース。歩くスペースなどがある。
床の下側には、飲食ができるスペースや、買い物ができるスペース。あと、宿泊施設があった。この建物も宇宙に浮かんでいる建物に良くあるように、地下方向に伸びるビルのような感じで階層が作られていた。床の直下には共用スペース。その下にはvip用の広い宿泊スペース。下になるにつれて、小さいスペースの宿泊施設となっていた。一番下の階層には日本円で5000円ぐらいに相当する1人用~3人用の宿泊スペースがあった。
図書館の壁の装飾は、シンプルな白色の壁を基調として、ところどころに青や緑のアクセントの線や模様が描かれている。本棚の通路には小さい小川や、鉢に入れられた観葉植物が置いてある。
やっぱり、水や緑は宇宙空間に浮かぶ建物にも必要に思える。あるとなごむし、故郷の惑星を思い出すからだ。
エントランスにいると、誰かが入ってきた。2人組。3メートルはある身長とキリンのようなつのが頭にある。服の色も黄色と茶色や黒を基調としたもので、キリンのように見える。
どん。
ぶつかってしまった。僕は立ち止まっていたんだけど、大きい人から見て、僕が小さすぎるから、僕が立っていることに気が付かなかったみたいだ。
「あら。ごめんなさい。大丈夫?」
キリンのように大きい2足歩行の人が声をかけてくる。
「うん。大丈夫」
大きい人達だから、ぶつかったら吹っ飛ぶのかと思ったが、そうでもなかった。
キリンのように大きい人達は、エントランスの端にある柱のそばまで歩いて行く。そして、柱の2.5メートルぐらいの高さの位置に付けられているボタンを押した。
ボタンを押すと、キリンのように大きい2人組が乗っている床が、階下のほうへと下がり始めた。
エレベーターのようだ。作動させるためのボタンは高い位置にあるので、人間では押せない。
そういえば、僕たちが使った階段の端にはスロープがあったことを思い出した。
僕は階下の図書館スペースに降りることにした。僕が階段を降り始めると、また別の人達が後から、ついてくるのが見えた。その人達は僕よりも身長が低く、僕たちが使っている階段の高さでは高すぎて、降りられないようだった。そこで階段の端にあるスロープを使って下へと降りているところだった。
キリンのように背が高い人達には、この階段は小さすぎ、僕より小さい人にはこの階段は大きすぎる。だから、それぞれの人達に合わせたものを作ってあるし、エントランスの天井も高く作ってあるのだ。
僕は階下へと降りる。さっきのキリンのような人達の後をつけていくことにした。
そばにある。本棚から本を取る。僕たちのように1メートルぐらいの高さの棚から、本は取らず、2.5メートルぐらいの高さの棚から本を取っている。本棚にセンサーか何か、それとも重量センサーか何かがあって、使用する種族の大きさを検出しているんだろうか。
キリンのような姿をした人達は、本を手に取ると、本を読むためのスペースに歩いて行く。柱の上のほうにあるボタンを押すと、ソファやテーブルの高さが高くなり、ちょうどいい位置に調整される。
小さい人達も本棚から本を手にとって、本を読むためのスペースに行く、椅子の下にボタンがあり、ボタンを押すと、椅子の高さとテーブルの高さが少し低くなるのが見えた。
いろいろな種族に使ってもらうために、内装の大きさを変化させることができるようになっていた。
ボタンの位置は、高い位置や、人間から見て低い位置にあるので、気が付かなかったが、いろいろ考えられているようだ。
さて、もうそろそろ戻ろうかな。僕はデバイスを使って板を出して乗る。そしてキララのところへと音声で伝えて、移動させることにした。
☆☆☆
キララは本を読みながら、うつらうつらとしていた。
「あ。寝てる…」僕はそっとキララのそばへと寄って、隣に座る。
僕が隣に座ると、キララの頭は僕の肩へともたれかかる。
キララの狐耳が、僕の顔にあたる。僕は腕でそっと抱きしめた。
キララの尻尾は僕の体とは逆の方向にだらんと垂れて、ソファの上に置いてあった。
キララの背中の方から手をまわして、尻尾をキララの膝の上と僕の膝の上までのばして、置いた。
キララの狐しっぽは、結構大きい。長さは1メートルまではいかないけど、近いぐらいの長さがある。
ふかふかだ。キララを起こさないようにそっとしっぽをさわる。
キララが寄りかかってきているので、キララの体温があったかい。僕も寝ちゃいそう。
僕は目を閉じてみた。




