婚約破棄された悪役令嬢に後からざまぁされそうなヒロインですが、それどころではなくなりました。
「ルチアーナ・ブレンディー!お前の悪行はこれ以上見逃しておけない!今日、この場で正式に婚約を破棄する!」
「悪行とは?私は誓って恥ずべき行いはしておりません!」
「言い逃れをするつもりか!」
「証拠も無しにそのような事…。」
「証拠は無いが証言はある!お前がニーナを虐めているという証言が!」
「一体誰がその様な事を…。」
「教えたらお前はまたその生徒を追い詰めるつもりなんだろう!」
「そのような事は致しません!」
……状況を整理しよう。まず、私はこのやり取りを野次馬している傍観者では無い。しかし、今のところ、この会話に混ざっている訳でもない。…が修羅場には参加(強制)している。
ここでクエスチョン。私は誰でしょう?
……正解は悪役令嬢を断罪している原作ヒロインのニーナちゃんでした!
…………。
アァァァァアァァ!ヤバイ!確かにルチアーナは私を虐めてたよ!言い逃れ出来ないレベルで誤解のしようもなくガッツリ直接手も足も出ていた!
ルチアーナの婚約者であるアデル殿下が私に一目惚れしたとか言ってぐいぐい来るから、ルチアーナも負けじと私の髪をぐいぐい引っ張って罵倒していた!
いずれはこの国の王となる殿下を私ごときが邪険に出来る筈もなく、のらりくらりさり気なく逃げていたけど、そんなのお構い無しに嫉妬を惜しげもなく向けられたのだ。
でもこの展開は宜しくない!
「あの…誤解「俺はお前と婚約破棄し、ニーナを妃に迎える!」
「まぁ、妃になる為の教育を受けていない者がこの国を背負っていけると思っていますの⁉︎」
「いや…その通りだと「出来る!ニーナは素晴らしい女性なのだから!」
遮んな!出来ねーよ。無理だよ。政治とか詳しくないのにいきなり王妃なんてどんな無茶振りだよ。
「もう、二度と俺たちの前に姿を現わすな!兵よ!この女を追い出せ!」
「そんな!お待ちになって!アデル!」
「気安く名を呼ぶな!」
追い出されるルチアーナを唖然と見つめる事しか出来ない。止めようとした声は2人の声に掻き消された。殿下は私に向き直って笑顔を向ける。
「これでもう安心だ、ニーナ。俺達の邪魔をする者はいなくなった。」
その微笑みに言葉が出ない。周りの野次馬貴族達は口々に私達を祝福するような言葉を投げ掛け、拍手を繰り出す。
辞めてよ。おめでたくないんだよ。
私の言葉は届かない。
ーーーー
私には生まれた時から前世の記憶があった。
そしてここは前世でやり込んだ乙女ゲームの世界で、私はヒロインのポジションに成り代わっている事にも、早い段階から気が付いていた。
男爵家に生まれ育った私は、不自由なく暮らせてはいたものの、幼い頃から将来、同じ年に学園に入学する殿下に取り入るよう教育されていた。
「お前を生んだのは、我が家の繁栄の為にそれが必要だったからだ。権力に取り入れ。それが生まれてきた意味だと理解しろ。」
温かみのない、家族と呼んでいいかも分からない親に、常にそう言われながら育ってきた。
まぁ、原作のヒロインも同じ境遇だったから、それが悲しい訳では無かったし、私の親は前世の親だけだと思っていれば、気が楽だった。
そもそも、この人は身の丈に合わない権力に固執し、手に入れる手段を自分の娘に丸投げするようなクズだったので、言うことを聞く気は微塵も無かった。しかし反抗して問題になるのも面倒だった為、何か言われる度に
「はい、お父様。」
しか言わない私は、あの人には、さぞ都合の良いお人形さんにみえた事だろう。
程なくして私は学園に入学する。イベントをなるべく回避しようとした私だったが、好感度やフラグなどすっ飛ばし、廊下ですれ違った私に一目惚れしたという殿下にアタックされ、それを聞き付けたルチアーナに虐められ、怒涛の学園生活を余儀なくされた。
全て、止められ無かった。
今日の卒業パーティでのルチアーナ断罪まで、修正する事も出来ずにここまで来てしまった。
そして、婚約破棄は成立した。
ところで私は前世、悪役令嬢モノのネット小説も大好きだった。調子に乗ったヒロインが悪役令嬢を婚約破棄に追い込み、その場で、または後から成長した悪役令嬢にやり返される…。
今の状況は、まさしくそれではないだろうか。
「良くやった!ニーナ!他人を蹴落とし地位を得る…流石俺の娘だ!」
今世の親が歓喜する。
欲に濡れた気持ち悪い目で私に期待を寄せる。
いつの間にか、殿下との婚約は済んだことになっており、結婚式の日程も決まってしまった。
誰も私の話なんて聞かない。世間では障害を乗り越えた末に結ばれた、幸せな恋人が私と殿下だった。
ーーーー
「逃げようかな…。」
現実逃避だって分かっている。
でもこのままでは待っているのはこの身の破滅だ。
ルチアーナは実家に戻されたらしい。
テンプレ通りにいくなら力を付けて仕返しに来る日も近いだろう。
それでなくても、王族と男爵令嬢という身分の違いに良くない顔をする貴族達、王妃になるには知識や経験のない私、殿下と結婚したらデカイ顔をするだろう親族。問題は山積みなのだ。
重いため息が口を吐く。
憂鬱な気分に思考が沈む。
「どこか、遠い所に行きたい。」
出来ない事を分かっていて呟いた。学園での3年間も修正出来なかったのだから、きっとこれからも私は原作の流れに身を任せるしかないと、諦めの気持ちが浮かんでいる。
破滅するまで流される。
それが今世の運命なんだろう。
「連れて行ってやろうか?」
「…!だれ⁉︎」
バッと振り返る。しかし誰もいない室内に、ついに幻聴が聞こえるようになったのかと脱力しそうになった。
「お前は面白いな。不幸な魂なのに、みーんながお前を幸せだと決め付けてる。何がそんなに辛い?幸福になったらどの様に変化する?」
しかし、そうではない。
私の影から手が伸びてきて、私の足を掴んで引きずり込んだ。
ーー意識が暗転するーー
………。
目覚めた時、1番最初に目に入ったのは紅い目。
私は知らない男の膝の上で眠っていた。
悲鳴を上げて飛び起きようとする私を抑えつける男に見覚えはない。
「いきなり飛び起きるな。もう少し寝ていろ。」
黒い髪に紅い目。
やけに似合うマントに黒い羽。
耳には銀のピアス。
動く口から覗く八重歯
そして、今すぐ逃げ出したくなるような、悪魔の様に美しい顔。
私の頭を押さえつけた手は、私を影の中に引きずり込んだ物と同じだった。
「は、離してぇ!いやぁぁ!」
ガタガダと身体が震える。
男は手を離さない。
「あ、悪魔!いやぁ!食べないで!いや!」
「寝起き早々失礼だな。俺は悪魔じゃない。」
暴れる私を起こし、逃げようとするのもお構い無しに膝の上に引きずり戻して抱きしめた男は、わざとらしく耳元で囁く。
「精霊だ。」
脳を溶かすような掠れた声。
身体から力が抜ける。
一気に思考を奪われた。
嘘だ、こんな精霊がいる訳がない。
嘘つき、私は騙されない。
「何をそんなに怯える必要がある?俺は人間を傷つける存在じゃあない。むしろ愛してるんだぜ。みーんな可愛くて…。」
食べてしまいたいくらい
やめて、食べないで。そんな目で私を見ないで。
思いは声にならない。いつもそうだ。
私は大切な事を伝えられない。
「でも、お前は一際可愛いな。思わず持って来ちまった。…まぁ、責任持って面倒見てやるよ。良かったな。世界で一番幸福な女になれるぜ。」
その、妖艶で美しい笑みを直視したくは無かったけれど、向かい合わせに膝に座らされ、頰を掴まれては目を逸らせなかった。
一筋、涙が頰を伝う。
悪魔はそれを舐め取り、また微笑んだ。
「闇の精霊に愛されるのだから。」
ーーーー
これが闇の精霊、リオンとの出会い。
私はこの後、攫われた何処かも分からない城で、リオンの宣言通り愛され、人よりも故意に伸ばされた生涯を終える事になる。
城を出入りする使用人が、ルチアーナが修道院で聖女に上り詰め、アデル殿下を王座から引き摺り下ろしたと噂していた。
ルチアーナは自分を辱めた私を探し続けているらしいが、城から出られない私には、もう関係の無い話だった。
ーーその長い生涯で、私に幸福が訪れたのかどうかはご想像にお任せしようーー