Ⅱ.死のダイアリー(1)
死ぬ日時なんて誰にも予想なんか出来ない。
朝の5時23分に目が覚める。
何故か右の耳だけ耳鳴りがしていた。
それは意識しなければ聞き取れない程の微かな電子音。
鳴っては途切れ。鳴っては途切れ。
まるで鼓動がリズムを刻む様に鳴り続ける。
とても五月蝿い。
まだ寝足りない私にとってそれは不快でしかなかった。
発生源を突き止めようにも、瞼の方が重い。
しかし、その音に耳が持っていかれる……。
30分くらいか経った頃か
次第にリズムの間隔が短くなっているのに気が付く。
ピーー、ピー、ピッ、ッ、……。
二度寝を妨げていた音は、静かに、そして儚く消えた。
これでやっと再び寝られると安堵し寝る体勢を整えるが、何故か頭の中がざわついて寝られない。
すると〝ドタドタドタ〟という足音と共に自室の扉と私の安眠が破られる。
起床命令にはまだ早いよぉ……と思いつつも普段と何か違う違和感に耳だけを傾けた。
すると泣きじゃくった声で
「――が死んだ」と、告げられる。
私は目が覚めるより先にベッドから飛び降り、
そして彼の部屋があるニ階へと駆け上がった。
――そこには手と足が真っ直ぐに伸びきり、横たわる彼がいた。
半分虚ろに開いた瞳には光は映っていなかった。
近づき声をかけるも反応は無い。
体に触れた瞬間その硬さに驚き、胸が握りつぶされる。
かつて柔らかかった体は、触れる指先の侵入を拒んだ。
伸びきった手足はまるで棒の様で、私の震えている手では曲げる事が出来ない。
しかし不思議と硬くなった体にはまだ血潮の温もりを帯びていたのだ。
それを感じ取った私は淡い期待を持った。
……だがしかし、それは本当に淡い期待であった。
揺すっても、抓っても、叫んでも、叩いても、もう反応は無い。
横で泣きじゃくる弟。
15歳と6ヶ月。
死因、寿命による老衰。
私はまでこの状況が理解できていなかったのか〝哀しい〟という感情は無かった。
それ故に生き物が死んだ後どうなっていくのか、という探究心の方が勝り
私はその硬くなっていく体を無意識に触っていた。
まるで検死を行うかの如く、鼻先から尻尾の先まで、全てを触る。
死者への冒涜とも思える程に無慈悲に、そして無感情に、触り続ける。
曲げることの出来ない手足。
ゴムの様に張ったお腹。
やせ細り触れることの出来る背骨の刺さる感触。
乾いてカサカサな鼻。
閉じることの出来ない瞼。
引っ張ることの叶わないほっぺた。
起きない……。
硬い肉の感触だけが私の手に残る。
――最後に頭を触る。
『 あ……死んだんだ 』
頭を触り彼が死んだことを
私はようやく理解する。
それは何千何万と触ってきた感触と違っていた。
まるで人形を撫でているかのように
硬く、冷たく、動かない。
撫でれば撫でるほど、胸が締め付けられ呼吸が出来なくなる。
あぁ、非情のままでいられたのならどんなに楽だったか。
私は弟に泣く顔を見られまいと涙を堪え
自分の中にあった人間味を憎んだ。