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 あっはっはっはっは、という笑い声が阿呆っぽく聞こえるのは言葉の問題なのか声を発する人物の問題なのか定かでないが空を飛ぶ雲より軽薄な笑い声がタオナの勤める接待飲食店に響く。薄暗くした効果なのだろうか、確かに、人間は暗がりで匿名的な時のほうが素を見せる。

「それでさ」と今やミール王国で伝説の人と呼ぶべきソソロカメラマンが己の話を始める。「スリヨエにはさ、ガリバス統治の象徴みたいな、大きな薔薇園があるわけよ。ほら、薔薇ってガリバスの国旗でしょ? だからみんな守ろうとするわけよ。そしたらどうなったと思う?」

「分かった! 砲弾が飛んできたんでしょ、どっかーんって!」なんて答えてしまうウェラはやはり阿呆だ、そこは全然分からないというふりで、え、どうなったの、とでも訊くのがこういうタイプの好みなのに。

 やはりと言うべきか、間違いを指摘された子供のような顔をソソロは一瞬見せて、しかし話を続ける様は相変わらず楽しげで安心する。

「そうなんだよ、ロンダリ軍が撃った砲弾が薔薇園の中心辺りに着弾してさ、ものすごい音だったよ。それで土とかレンガとかがどっしゃーって吹っ飛んでさ、ここしかないって俺立ち上がってカメラ構えて走ったの。二発目来たら死んでたねきっと。それで、爆心地の、えぐれて剥き出しの地面と、焼け焦げた薔薇を写真に収めたわけ。なんせ薔薇はガリバスの象徴なんだからさ、まさにガリバスが負けた瞬間だよ」

「? なんで焼け焦げた薔薇がガリバスの象徴なの?」と阿呆な質問をしたウェラに新聞記者のナレヴィが「国旗だよ」と答える。ウェラは本当に分かっているのかと危ぶんでしまうような声で「ああー」と言って「すごーい」と感嘆するのはいつもの手口だ、何でもすごーいと言っておけば相手が調子づくと短絡的に考えているのだ。

「スリヨエは、あっさり陥落したんですか」とビレアが問う。ホステスとしては少し歳を食いすぎているが高い鼻と広めの額がもたらす知的な雰囲気がタオナは好きだ。出稼ぎのボンダミ人は意外にも優秀な人が多く、少なくともウェラのような阿呆の子でなく思慮深いから助かる。

「それがね、ガリバス軍だってそんなに簡単にやられてたまるかっていう気概があってね」語り出すソソロの声は一段と大きくなっている。「彼ら魔法使うだろ? びっくりしたよ、ライターか何かのように矢の先端に火が灯ってね、ほんと、もう手品みたいなもんだったよ、それも写真に撮ったんだけど派手派手しくって、ま、何より絵になったね」

「見たことあるー」、と合いの手を入れたのに「そういえば!」とウェラが口を挟む。「ビレアはボンダミ出身でしょう? ってことは魔法使えるんじゃないの? え、火とか出せないの?」

 変に馴れ馴れしい、悪く言えば低く見ている彼女の質問を、ビレアは柳に風のごとく華麗に「ガリバスとボンダミでは魔法の系統が違うので、よく分からないわ」とかわし、「でも、圧巻だったでしょうね、火の矢を放つなんて。それで、ガリバス軍は徹底抗戦したんですよね?」と、あらぬ方向に向きかけた話題をソソロ方面に軌道修正する。やはり分かっている。

「もうそりゃ、撤退なんてあり得ない、スリヨエを放棄するぐらいなら全滅するって勢いで吶喊の突撃さ」ソソロが手ぶり大きく話に戻る。「本気かよって思ったね、実際。やべえ、死んじまうって、でも、ここを逃したらカメラマンの名折れ、いきなり始まった戦闘とはいえ逃げ出すわけにはいかない、てか、いっそ死のうともフィルムにゃ記録が残るんだから、勇気出して突撃だよ。隣のガリバス兵はロンダリの兵に撃たれて死んだよ。俺だってその場で射殺されててもおかしくない、ってか射殺されなかったのが不思議なくらいさ、カメラ持ってるのと魔法使わないのとで許してもらえたのかね? まあなんにせよ、決死の突撃で今を得たわけよ」

「いやー、流石ですね」とナレヴィが腕組みして唸る。「ソソロさんの勇気には感服しますよ」嬉しそうに笑うソソロにナレヴィは笑いかけ、「いやあ、我が社にとっても最高の写真が得られましたからねえ、記事書くほうは楽でしたよ、あれだけ臨場感のある写真載せれば、読者が食いつかないはずないですもん」

「楽って、ちゃんと記事書きなさいよ」とソソロが声を大にして笑う。いっひっひ、とナレヴィも笑い声を上げる。きゃはは、と笑ったウェラは分かったうえで笑っているのか。この隙に手元の発砲酒をかき混ぜて炭酸を抜き飲みやすくする。ビレアは気づいたが見て見ぬふりをしてくれた。

「君の仕事は書くことなんだから、ソソロ君みたいに戦場に行ってカメラ撮る、なんてできないんだから、ちゃんと書きなさいよまったく」と資本家のミンジャが腹を揺すぶるように笑う。「私がソソロ君に投資したお金はばんばん返してもらわないといけない。そのためにはソソロ君自身の頑張りは当然として、写真を使う側にも影響力をふるってもらわなきゃならないんだから」

 そう言って、何が面白いのか唐突にミンジャが笑い出すのでタオナも乗って大笑して見せる。ビレアも手を叩いて笑い、ウェラも流れで笑っている。ナレヴィの様子を横目で窺うとへつらっているように頭を掻きながら、特段不快そうに見えないので安心する。男同士は混ぜるとすぐプライドの見せつけ合いが始まって実に面倒だがこの組は穏便だ。

「俺がいくらいい写真撮っても使われなきゃ子供の落書きと同じなんだから、ほんと、新聞社様には頭が上がらない」ソソロが笑いながら形だけで畏まるとナレヴィもそんなーだか謙遜して二人でにやにや笑っている。にやにや笑いながら、ソソロの自尊心が自分で言っておきながら傷ついたのか少し卑屈な笑みになっている。ビレアと目が合い、新たな話題を振ろうと思った矢先にウェラが訊く。

「ソソロさんは、次の撮影とかはどうされるんですか」

 微妙な質問だと思った。が、ソソロは乗り気で前傾姿勢になり、「次はね」と言う。「スリヨエで撮るよ。ロンダリ支配下になって一か月、スリヨエがどうなってるか、事細かに写したいんだ。絶対面白いものになるよ」

「その写真は是非我が社で」冗談めかしてナレヴィが言うが反応が速いのは本気の証拠、記者の習性という奴だろう。

「頼むよ、次も大きいの、二人とも頼むよ」と煽るように言って、なっはっは、と大笑するのがミンジャで実に気楽なもんだ、わたしもお金を作って資本家の立場になろうとタオナは思う。

「もう戦場では撮らないんですか」

 とウェラが考えなしに言った言葉に勇気がないとそしられていると感じたのだろう、ソソロが即座に「行くよ、戦場があるならすぐ行くよ」と応じる。

「今ガリバスとロンダリは、国境で睨み合ってますけど、事実上休戦状態ですからね、ロンダリが攻め込む気配もなければガリバスがスリヨエを取り返す動きもない。だから戦場というものが今現在存在しないんですよ」

 きょとん、とした様子のウェラにナレヴィが解説するのだがどこか幼児を相手にしたお稽古の先生染みて、ウェラのことはあまり好きでないが少し反発を覚える。

「戦場があればすぐにでも、カメラ片手にすっ飛んでいくよ。生活写すなんかより絶対面白いもん」ソソロの言い分にさっきの絶対面白いよはなんだったんだと思うがとりあえず肯定的な笑顔で興味深そうに聞く。

「そこら辺どうなの、ナレヴィ君」とミンジャが酒を手に訊く。

「まあ、ロンダリが『ロンダリによる平和』を掲げ続ける限り、いつかは仕掛けるでしょうけどね。スリヨエを足掛かりにクスピーノやニカスを攻めるでしょう、そこに戦場が生まれるでしょう。ガリバスは、どれだけ根性があるかしらないけど、スリヨエを奪還するだけの力はないでしょう、だから仕掛けない、でも、やられてばっかりかというとそうでもなくて、バックにはスヴェミがいますからね、総力戦で当たって領土を死守するでしょうよ」

「バックにスヴェミがいる、って?」と、いい方向でウェラの無教養が発揮され、

「ガリバスはスヴェミと軍事同盟を結んでますからね、ガリバスの危機にはスヴェミ軍が駆けつける、というのが通常です」

 へー、とウェラが話を切ろうとするところ急いで「通常、って?」とタオナが訊くと、ナレヴィはよくぞ聞いてくださいましたとでも言いたげな、少年が釣り上げた魚を見せつけるような顔になる。

「通常の、あるいは良心的な同盟の場合は、と言ってもいいでしょう、通常の場合はガリバス軍とスヴェミ軍が共闘しロンダリ軍に対します。でも」と間を置く。「スヴェミの人たちは、ガリバスが滅ぼされたなら次は領土を接地しているスヴェミが攻められるだろうと気づいていながら、もしくはあんまり身近に感じていない人も多いかもしれません、まあ、いずれにせよ、彼らはガリバスと共に戦うのに抵抗があります、軍を出したくない、という思いがある、それで、ではどうするか。スヴェミは軍事物資、例えば銃や大砲といった武器のみを輸出します。ここポイントですね、輸出なんでガリバスからお金を取ります、取った上で人は出さずに物だけ出します」

「なんか少し、狡いですね」とビレアが言うとミンジャが「スヴェミ人なんて根性の腐った卑怯者さ!」と酒を呷る。

「当然ガリバスは不服です、不服ですけど、ロンダリが攻めてくるのをじゃあ知らないと投げ出したら占領されてしまうわけですから、単独でも抵抗しなければならない、スヴェミ製の武器を買って、少年兵まで動員してまさにここを先途と防衛しなければならないわけです。ま、魔法なんて特殊なものを主戦力に据えているガリバスだから、鉄が主流のスヴェミは組んでもうまく働けるか、という問題もありますが」

 要するにガリバスを盾に使ってるわけです、とナレヴィが楽しそうに語り終えた。

 語り終えられて、次にどんな話題を振るか、いや、相手が話題を切り出すのを待とう、と思ったそばからウェラが口を開いた。「そのぉ」自分が的外れなことを口にしていないか少し疑るような調子だ。「ミールは、心配ないんですよね?」

 微妙な質問に一同黙り込み、ウェラもまずったと考え「心配ないですよね、ないないない」と顔の前で手を振るがその甲高い声がやたらに空疎に響いてしまい余計いたたまれず、酒を飲んで、美味しいですね、どこ産のだろ、あたし持って帰ろうかなあ、などと、とにかく口を止めたら死ぬかのように喋るところを、顎に手を添えしかめ面だったミンジャが、ナレヴィに顔を向ける。

「そこのところどうなんだね、ナレヴィ君。ミールは安全安泰かね」と訊く。

「それは、どうでしょうねえ」とナレヴィは顔の皺をさらに深く刻み、「このまま行ったらガリバスはロンダリに食われるでしょう、なんせ遅れた国ですし、ロンダリが圧倒的大国だから生産力も人口も違う、少年兵をつぎ込んでるガリバスに未来はないでしょう、早くて二、三年、遅くとも十年以内にはほぼロンダリに征服されるでしょう。となると、スヴェミが本気で戦わなければならないわけですが」ごほんと咳払い、「やはりロンダリのほうが物資や何からで有利です。国の規模からしてスヴェミの五倍はありますから、となると正面切って戦っては勝てません、スヴェミも抵抗こそすれロンダリの前に屈服させられるでしょう」

 ちっちっ、とミンジャが舌打ちする。「スヴェミの根性なしめ」

「じゃ、スヴェミが落ちるとして、我々ミールはさらに拡大して力を付けたロンダリ相手に戦わなけりゃならないのかい? どう考えても負けるだろうよ」とソソロが、まるで不満げな少年のように唇を尖らす。

「……まあ、負けるでしょうね」ナレヴィは冷めた口調で言い、「となると」とコップに手をやるが持ち上げず握りこむだけで、眉間に皺が寄る。「ミール王国としては、スヴェミと組んでロンダリを迎撃しなければならないでしょうね、将来的に。それをいつやるか。なんならガリバスが無事なうちに三国で組んでロンダリを退ける、というのも一つの方法でしょう。ロンダリが共通の脅威なんだから――」

「ガリバスとスヴェミ絡みの政治的な発言をすると、干されるから注意しなよ」と少し眠そうな眼のミンジャが腹を揺らす。

「まあ、そうですね。我が国含めて三国、長い歴史でせめぎ合ってきましたから、不用意に発言しないよう気を付けてはいますよ、当然。新聞だって気を付けて書かないと民意が簡単に離れて、売り上げが落ちれば事だし、何より読まれない新聞ほど寂しいものはないですからね、我々も心得ていますよ」

 あ、この発言は余所で言っちゃだめですよ、とナレヴィがさほど重要そうな調子でもなくタオナたちに言う。

「そんな、政治的発言がどうこうでビビる必要なんてないんだよほんとは!」とソソロが酔人らしい大声を出し抜けに発する。「戦闘がばしばし起きて、そこで俺が写真ばしばし撮れば、世論だのなんだのは付いてくるんだよ! 政治的発言が怖くて写真家なんかやってらんないっての、俺の職業が政治そのものなんだから。ああ、早く戦場に行きてえ!」

 無茶苦茶だよソソロさん、と言いながらナレヴィは笑い、ミンジャも何がおかしいのか哄笑し、つられてウェラも笑いだしたのでタオナも形だけ笑う。横目で見たビレアも義理で笑っていた。笑い声とは時に癇に障るものだけれど、これほど無害な笑いもないんだろうな、と思いながら呷った酒はぬるくなっていた。


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