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アミダは悲鳴と、怒声と、砲声と、耳元に跳ねる心臓の音を聞く。口の中がざらついているのは砂埃だろうか、一度唾を吐いてみるが口腔の不快感は収まらない。そこら中で瓦礫と化している民家、その周囲では住民たちが下敷きとなった人々を掘り出そうとしているがアミダは手を貸さない、ひたすらに走る。弓矢を手にした自分の仕事は、前線で敵と交戦することだ。
瓦礫と、出来事を理解できず立ち尽くす人をよけて大通りを行く。目指すは一番近くのアシノ橋、リヒア川で隔てられたクスピーノとスリヨエを繋ぐ橋の一つ。砲声の方角からしてもロンダリはそこから攻めてくる気だろう。と考えたそばから爆音がして大通り沿いの民家が一つ瓦解する。「クソが」呟くと同時に『アミダ!』と自分を呼ぶ声がした。
「ユーノ! 今どこだ!」
片耳を塞ぐ木片に意識を傾ける。ユーノの少し焦った声が聞こえてくる。
『アシノ橋だ! そっちは?』
「今街の大通りを走ってる! アシノ橋まで五分だ!」
『五分かよ! んな待てねえよクソ! ロンダリの奴ら、砲弾でこっちを滅茶苦茶にしてから一気の突撃で制圧するつもりらしい! 警備隊の奴らと今矢を射返してんだが人手が全然足りねえ、何より砲台が遠くて矢が届かねえし、近づくにはまず機関銃の奴らをやらないと、っておい! 聞こえてるか!』
「聞こえてらぁ!」と怒鳴り返すとすぐに木片から叙述不能の叫び声が聞こえる。「おい! 大丈夫か!」と訊いても返事がない。「クソ!」と舌打ちしてすぐ『クソがぁ!』というユーノの怒声が木片に聞こえる。『ロンダリの野郎ども、町だけじゃなくこっちにも砲弾打ち込んできやがった! サクタが動かねえ! あ? こういう時って救助に行ったほうがいいのか? でもオレ弓矢持ってるし……』
「攻撃に専念しろ!」転がっている石に蹴つまづきそうになりながらも足を送ってなんとかバランスを持ち直し、再び走りながらアミダはがなる。「お前どうせ治療法とか分かんねえだろ! 居眠りばっかだし学校で!」
『んあ? あ、そっか、確かに治療法なんて……』
頭を掻いて苦笑するユーノの姿が思い浮かび、「だからちゃんと勉強しとけっつったろが!」と叱りつけながらも腹立ちの中に微かなおかしみを感じる。微笑してしまう自分がいる。
『わ、分かった。よし』と、一転、妙に落ち着いた声になったユーノが『とにかく砲手を殺ればいいんだな? そのためにはもう少し接近しねえと』と呟き、『合ってるよな?』と訊くので「知らねえよ」と怒鳴り返す。「そんなの戦場に立ってるお前のほうが分かるだろが!」
『そりゃそうだ。オレ頭悪いからよ』と笑い、ユーノが黙る。あいつは昔からだめだな、筋金入りの馬鹿野郎だな、と小さく笑ってアミダは、大通りから細い路地に入る。こちらから行ったほうがアシノ橋には近道だ、さっき聞いた限りは明らかにこちらの不利、早く駆け付けないと。それまで死ぬんじゃねえぞ、ユーノ。と考えた瞬間。
閃光。
雷のような光が空に明滅し、すぐに今までの砲声と異質な、轟くような大音響がする。すぅっと背筋が冷えるのを感じ、「おい! 何があった!」とユーノに尋ねる。返事がない。心臓が跳ねるのは走りどおしのせいもあるが、それにしても今の異音はなんだ、敵がまた新しい武器でも持ち込んだのか。嫌な予感がする。もう一度「おい!」とユーノを呼ぶと『アミダ、ちょっとうるさい』と平板な声が聞こえた。この声は……
「……ミサか?」
『アミダ、今どこ?』
『すげえぜ!』とユーノが割り込む。『ミサの野郎、あの距離から敵の砲台ごとやっちまいやがった! 人間業じゃねえぜあの野郎!』
そうだった。その可能性だって十分あった。雷と見まがう閃光を発生させられる大砲なんて実在しない、となれば魔法、それも強大な魔力の持ち主が駆使する魔法以外になく、であるならば当然、国で見ても最高クラスに位置するミサの攻撃魔法が引き起こした閃光である可能性は、高かったのだ。
『そんなに声を張らなくても聞こえてるよユーノ』ミサの、相変わらず感情の籠らない声。『大砲がまだ五門ある。それを全部壊せばいいんだろ、アミダ』
「俺に訊かれてもな」アミダは苦笑する。「戦場にいるお前の判断のほうが正確だろ」
『オレもあんまり学校の成績は良くないからな』ミサがくすりともせず言う。
また街に砲弾が降り、建物の破壊される音を聞く。アミダは荒くなってきた呼吸に、弓をひっしと握り込み、路地から石畳の通りに走り出る。住民は退避したのだろう、通りにも宅地にも人気はなく、小さいが喊声が聞こえてくる。
「もうすぐそっちに着く。ミサ」と言う。「大砲が五門、っつったな」
『ん? 言ったけど?』
「俺が着くまでに五門、全部ぶっ潰せ。木っ端微塵にしてやれ」
『了解』
『全部潰せたら晩飯アミダのおごりな!』
ユーノの言葉に「知らねえよそんなの」と返す。と同時に、薄曇りの空に閃光が映り、轟音が轟いた。続いてどこからか歓声のような声も聞こえてくる。アミダは荒くなった息を暴れ馬を押さえつけるように一度飲み込み、そして言った。
「その調子でじゃんじゃんやっちまえ! ミサ!」