1 記憶のない青年
本編開始です
料理人要素はまだまだ先です。
※主人公は転生の際、魂を少し浄化されててぶっきらぼうだけど素直な性格になっています、徐々に精神が安定してくる予定です。
――女神の次は天使か?
ペシペシと言う音とともに、顔に微妙な痛みが走る。
目を開けると其処には天使……じゃない、少女が二人。一人は俺の顔を覗き込んでいて、もう一人は俺の顔を一生懸命ペシペシと叩いていた。それはもう、一生懸命にペシペシと……。
最初は俺が目を覚まさないので叩いてくれてたのだと思う。だけど今は目的を見失ったまま、ただ叩くのが楽しいのだろう。目が覚めたのに気がついても、一心不乱に俺の顔を叩いている。
「ぱぱ~、おねぇちゃ~ん、目を覚ましたよ~」
目があった瞬間、二人の少女は逃げるように走っていった。なんかショックだ。
身を起こそうとして手足が縛られている事に気がつく。
結構きつく縛られてるな、簡単には解けそうにない……ん? なんか俺の手が細くて白くなってる?
もしかして若返ってる? 女神様が転生させてくれるって言ってたのは夢じゃなかったのか。
うわ、なんか自分の手が自分の手じゃないみたいだ。
「お目覚めでしょうか」
縛られたままの手足を使い身を起こして声のする方に向き直ると、其処には五人の美少女が此方を見ていた。
メイドに、幼女二人と、クレリックに、姫騎士?
つるっつるの灰色の脳細胞を持つ俺は理解した。
転生直後にいきなりハーレムで、縛られたままのコスプレご奉仕プレイなのだと。
おいおい、待ってくれ。俺はこんな高度なプレイはした事が無い。俺は縛られるより縛る方が好きなんだ。俺はこれからどんなプレイを要求されてしまうんだ?
そうか! 女神様が叶えてくれるっていう本当の願いはこの事だったか!
「倒れていた所を介抱したのですが、失礼ながら素性が解らない為、この様な措置をさせていただきました」
違ったね。駄目じゃん俺の灰色の脳細胞。もうちょっとシワを刻めよ!
なるほど、この状況じゃたしかに俺は怪しいわな、納得した。
メイドが背中を押すと、少女がおずおずとしながら前に出てくる。ほら、がんばって下さいませ、なんて声が聞こえて来る。なんか微笑ましい。
「はじめまして、ニーナ・レーヴェン・ヴァルシュタッドと申します」
スカートの裾を軽くつまみ、ペコリと可愛らしく挨拶をしてきたのは、先程俺の顔をずっと覗き込んでいた幼い少女だ。金髪碧眼のロングヘアーでサイドで少しだけ髪を束ねている、整った顔立ちをしており、白いワンピースの服を着ていた、育ちの良さが仕草から伺える。
素材が凄く良い、将来絶対美女になるの間違いなしだ。
「はじめまして、ほーりぃーべる・しゃーりぃーです」
先程の少女に習い、同じように挨拶したのは更に一回り幼い少女だった。紺と白の小さなエプロンドレスに身を包んだブラウンのショートヘアで、可愛らしい後れ毛と、頭の上にピンっと主張するアホ毛が特徴的な、可愛らしいミニメイドの様な姿をしていた。ちなみに、先程俺の顔をペシペシと一生懸命叩いていた少女だ。
二人は挨拶を終えるとメイドのところまで急いで戻っていく。よくできましたと、メイドが二人の少女を撫でて褒めている。
「はじめまして、マリアベル・シャーリィと申します。ヴァルシュタッド家の侍女をしております」
そう名乗るメイドは、ブラウンの癖の強いロングヘアーが大人びた印象を与えるが、15歳ぐらいだろうか? ホーリーベルと名乗った少女とおそろいのエプロンドレスのメイドの姿をしていた。ちなみにアホ毛までおそろいだ。
おそらくは姉妹なのかな?
「ボクはアーシア、今はヴァルシュタッド家の護衛の依頼を受けていて同行している。」
アーシアと名乗る姫騎士風の女性は金髪蒼眼で緩やかなウェーブのロングヘアーで女らしく丸みを帯びた肉体は、誰から見ても美しいと思える少女の姿をしていた……胸が無いのが残念だけど。
くっ……殺せ! 捕まってるのは何で俺? 逆ですよ姫騎士さん?
「私はセレスティアと申します。同じくヴァルシュタッド家の護衛をしております」
のんびりとした話し方をするセレスティアさんは、黒目黒髪で膝まで届きそうな髪を、先の方で少しだけ束ねていた。
背が高く、スレンダーな肉体と程よく膨らんだ胸は素晴らしい曲線美を表していて艶やかな黒髪が色気を出している。
完璧だ! 完璧な聖女が居る!
何で神官服なんだ?! この世界に巫女服はないのか?!
あの艶のある美しい黒髪には巫女服が似合うだろう!
ぜひとも入団して内部から改革したいと野望に燃えそうだ。
「それで、君の事を聞きたいんだけど」
ここで皆が揃ってこちらを見る、自己紹介をしろという事なんだろうな
あれ? 俺はこの場合誰なんだ? 前世の名前を言ってもおかしいし、此方の世界の、この肉体の身分や名前を知らない。
俺は素直に思った事を口にする。
「あのぉ、此処は何処で?俺は誰なんだ?」
一瞬の沈黙、5人の美少女達は、顔を見合わせた後……
「「「「「えええええええええええ」」」」」
驚きの後、俺を見る目が、疑いの目から可哀想なものを見る目に変わっていた。
――――――――――――――――――
とりあえず、縄は解いてくれた。脅威の対象ではないと解ってくれたのだろうが、あの可愛そうなものを見る目が居た堪れない。
近くに川が流れていたので其処に向かう、顔を洗うためだ。
水面を覗き込んで愕然とする!
水面に映し出されたのは見慣れた姿ではなかった。
いや、ある意味見慣れた姿なのだけども……
黒髪黒目の革鎧を着た姿をしていた。顔が幼く少年に見えるが十六歳ぐらいだろうか? 水面には少年とも青年とも呼べる姿で映し出されていた。
これ、『ブラス』だよな?
『ブラス』とは『フェアリーテイル~三人の女神~』で生産向けの育て方をしていた俺のメインキャラだ。
名前の由来は『ブラックスミス』を略して『ブラス』だ。
なるほど、どうやら俺はあのゲームの世界……じゃないな。
あのゲームは『女神の管理する世界をモチーフにした』って言ってたはずだ。
ゲームに良く似た女神様の管理世界で生まれ変わった事になる。
どこまでゲームの能力が使えるんだろう?
検証するために色々試してみる事にした。
「ステータスオープン!」
何も起きなかった。
「鑑定!」
「スキル!」
「コール!」
他にも色々発音してみたり念じてみたりするが何も出なかった。
ゲームとは違うようだ。
良くある転生物の小説だと、ステータスが表示されたり、物凄いスキルが使えて無双したりするんだが、こんなリアリティーは誰も望んでない、と言うより俺が望んでないんだが……
顔洗って戻ると、より一層可哀想なものを見る目で見られていた。
「君、大丈夫かい?」
「うーん、ちょっと、頭がすっきりしないと言うか、ぼんやりした感じだけど大丈夫……かな?」
「やっぱり、川辺で変な事叫んでたしさ……」
「頭を打ったのね……」
セレスティアさんは、涙まで流して、かわいそうにとか言っている。
あれ、さっきの見られてた?
────
「まずはボク達の依頼主の所に案内するよ、君の処遇はそれから決める」
そう言って俺は馬車の所まで案内された。
「アルベルト様、先程の青年が目を覚ましました。どうも記憶を失っている様子なんですけど……」
アーシアがそう言うと、馬車からマッチョな髭のおっさんと、可愛らしい巨乳の美少女が出てきた。
「吾輩がアルベルト・レーヴェン・ヴァルシュタッド・ハインリーヴなのである! 隣に居るのが吾輩の妻、リサなのである!」
は? 今妻と言ったか?
どう見ても、小学生か中学生ぐらいだぞ? ロリ巨乳と言う奴だ! この世界は幼女とでも結婚出来るのだろうか?
「あらまぁ、記憶喪失って大丈夫なのかしら? 何か覚えている事は有るのかしら?」
「えーっと、名前は思い出しました。ブラスって言います」
「どこから来たのか覚えているのであるか?」
「えぇっと、解らないな」
「親とかはどうしているの?」
「親は……病で亡くなった……」
ふと前世での親が亡くなった事を思い出して俯いてしまった。
悪い事を聞いたとでも思ったのだろう、気まずい雰囲気が流れてしまった。
「他に憶えている事は無いのであるか?」
「いや、後はもう……」
覚えているも何もこの世界の事が解らない
俺は何も言えないでいた。
「うむ、吾輩は今、ハインリーヴと言う街に向かっている途中なのである、其処までで良ければ一緒に送ってやるのであるが、どうするのである?」
「あ、はい、お願いします」
とりあえず街に行ければ何とかなるだろう、俺はそう思い、アルベルトのおっさんの好意に甘える事にした。
────
馬車をゆっくりと走らせる
俺と、アーシアと、ティアの三人は徒歩なのでその速度に合わせている為だ。
「色々質問して良いか?」
無言で旅をするのも空気が重いので、どうせなら色々聞いてみる事にした。
「うむ、話をしていれば何かを思い出すのかもしれないであるな」
どうも俺の事を記憶喪失と勘違いしている様なので、その設定に乗っかる事にした。
「いいよ、何聞きたいんだい?」
「色々、この辺の国や街の事とか、どんな生活してるかとか……」
「あぁ、記憶喪失ってそんな事まで忘れてしまうものなのかな?」
「相当強く頭を打ったのかもしれないわね……」
「じゃぁ、まずはこの国の事から教えてあげるよ」
アーシアとティアが話してくれた事を要約するとこうだ、
四百年もの間世界を脅かしていた魔王が居て、何人もの勇者が挑んだが誰も勝てなくて世界は絶望していた事。
三十年程前にこの国で大きな儀式を行い、二万人もの命を犠牲にして勇者召喚の儀式を行ったそうだ。
異世界から呼び出した勇者によってついに魔王は倒され平和になった事。
その勇者は仲間の女性達の全てと結婚し、平等に愛して幸せに暮らした事などだ。
良く読むチーレム物のラノベがそんな感じだったよね。
その勇者が結婚した女性は十人、それぞれ三人~四人ぐらいの子供を産んだそうだが、その全ての子供に女神の恩恵が受け継がれたそうだ。
女神の恩恵というのは、特殊な異能の様なもので、一人一人違うらしい。
勇者の子供は子勇者と呼ばれ、世界中の凶悪な魔物を倒したり、ダンジョンを攻略して人類に平和と富をもたらした事で、世界は子勇者を讃えたらしい。
そして、その子勇者がまた子を生み、また女神の恩恵が引き継がれた、その勇者は孫勇者と呼ばれる事になった。
「つまり、アーシアは孫勇者って事か」
「うん、そうだね」
「それで、アーシアはどんな恩恵を受け継いだんだ?」
そう質問をすると、アーシアからさっきまでの笑顔は消えていた。
「……ない」
「ん?」
「無いんだ」
「あ、いや、胸の話ではなく……」
「胸が何だって? おかしいな、ボクは女神の恩恵の話をしてたはずなんだけど?」
笑顔で剣をスラリと抜くアーシア、笑顔なんだけど顔が笑ってないよ
「恩恵だよね? 勿論その話をしてたさ」
「どうだか……それにボクにだって少しはあるんだからね」
ん? 何が? 勿論声に出して言わない
「普通は、十歳になるまでには何かの能力が発現するんだ、でもボクにはそれが無かった、ボクの事を『無能の勇者』なんて呼ぶ人もい居るけどね……」
どうやらそれがコンプレックスのようだ。
悪い事を聞いてしまった、なんとか励ましてあげたい所だ。
「そう悲観する事も無いんじゃないか? 皆それぞれ得手不得手は有るもんだ、出来る事をすれば良いんだよ」
「ブラス……」
「うむ、そうであるな、ブラス君の言うとおりであるな
」
アルベルトのおっさんが会話に乗っかってきた。
おっさんもアーシアの事は気にかけているらしいな
「それでも……そうだとしても、ボクは勇者になりたいんだ……でも、努力が足りなかったからボクだけが勇者になれなかった……」
しかしその話を聞いて疑問に思う。
一人だけ恩恵を授からないとか、そういう事が有るものなんだろうか?
「本当にそうなのか?」
「え?」
「十歳まで能力が発現しなかったんじゃなく、すでに発現していたのかも知れないじゃないか」
「ブラス? 何を言って……」
「アーシア、君は胸が無いんじゃなく、10歳の頃から既に無くなっていたんじゃないのか? 君は『無能』何かじゃない! 『無乳』の勇……」
此処まで言って、笑ってない笑顔で肩をガシッと掴まれる。
痛い痛い! 力強すぎぃ!
「ブラス! ボク達は少し話し合う必要があると思うんだ?」
何故だ? 励まして何故怒られるのか、納得いかん
そんなやり取りをしていると悲鳴が聞こえてきた。
「きゃ~、助けてください~」
声はかなり遠くから聞こえる。
馬車の屋根からニーナがひょっこりと顔を出してきた。
「ぱぱ~、ベルがね、あっちの方で女の人が襲われてるって言ってるよ」
「む、女性を襲うとはけしからん奴であるな」
「ねぇ、相手とか人数とかわかるかな?」
「ベルわかる?」
目を凝らして見ると、確かに襲われている女性が二人、襲っているのは……
「ベルがね、襲っているのは一人で、襲われている人は二人だって~」
「野盗かな? ティアはどう思う?」
「判断は出来ないけど、此方も戦えるのはアーシアと私だけなのよ?」
「相手は一人みたいだし、野党ぐらいなら……」
「いや、あれは野盗じゃなくモンスターだな」
「ブラス! あなた見えるの?」
ティアが驚きの表情で此方を見る。
凄く良く見える、やっぱり若返った効果だろうか?
「ボクには良く見えないね……ブラス、どんなのか詳細わかる?」
「一人は結構大きいな、揺らしながら走っている、もう片方は発展途上って所か……」
「胸の事じゃないよ!」
なんだ、モンスターの事か、そうならそうだと言えばいいのに……解せぬ
「あれは『スケルトンウォーリア』だな」
ゲームで中級の狩り場とかで良く見かける奴だ。
「スケルトンウォーリア! 何でそんなのがこんな場所に……」
「アーシア! 理解ってると思うけど……」
「うん、理解ってるよ……無理はしない……だよね?」
迂回して逃げる事を考えているのだろう
助けを求める人を見捨てる考えにアーシアとティアは苦虫を潰したような顔をしている。
「ぱぱ、たすけないの?」
「うむ、勿論助けるのである!」
「ぱぱ、かっこいい~」
「吾輩は我儘であるからな」
フロントラットスプレッドのポーズでニカッと笑うアルベルトのおっさんの言葉にアーシアとティアは頭を抱えていた。
「仕方ないわね……」
「うん、ボクも覚悟決めたよ」
何かを諦めた様子だが、先程と違い戦う事を決めた二人の顔は晴れやかな顔をしていた。
初めての戦闘だけど、この世界の戦力ってどの程度なんだろう?
そうこうしている内に助けを求める女性とスケルトンウォーリアが此方に近づいて来た。
次話更新は2日後の予定です。
じっくりと進めて行きたいと思います。
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