V
やばい。
私は焦っていた。
いっこうに知ってる場所に出られない。ここ、どの辺だろう。昼間だったら知ってる場所だったりするのかな。
行けども行けども、似たような風情の家ばっかり。傾斜地にあるから道路の角度は変わるけど、逆に言えば変わるのはそれだけだ。
この町田を知ってまだ、たったの半年。自慢じゃないけど番地情報を見てもどの辺かまるで見当つかないし、地図を見ても混乱するだけだもん。そもそもこの市、市域の形からすでにおかしいし。
さすがに不安になってくる。このまま私、道に迷って帰れなくなったらどうしよう。『二十代女性、夫婦ゲンカが原因で迷子』とか報道されたら私、羞恥心で軽く死ねる。死んでやる。その時は諒平も道連れだ。
と。
闇夜に眩しい看板が見えてきた。
「あ!」
私はすぐにそれが何だか分かった。スーパーだ。私と諒平が頻繁に買い物をしている、丘のふもとにあるスーパーマーケット。
良かった、ここまで来ればもう安心だ。私は緩い坂を駆け降りて、建物の前に立った。このスーパーからなら帰る道が分かる。さっきまでの不安が嘘のように、曇っていた未来が見えてきた。
外は寒いな、中に入ろう。眩しい店内の照明を見ないように俯きながら、私は入店した。自動ドアをくぐったその先は目論見通りの暖かさで、ひとまず落ち着くことができそうだった。
ベンチに腰かけたまま、何分かが無為に過ぎてゆく。
このあと、どうしよう。素直にこのまま、帰途につこうか。
いや、でもそれは癪だ。私が諒平に降参したのと同じになる。そんなの嫌だ。
そうだ、電話しようかな。最低限、居場所くらいは伝えておかなきゃまずいでしょ。伝えたところで諒平が追いかけてくるとも思えないし、そのくらいのヒントは与えてやってもいい。
かじかんだ手で私はスマホをつけようとして。
……やっぱり、やめた。
反応が怖かった。無視とかされたら、つらいなって思った。
悪いのは全面的にアイツだけど、結果的に発端を作ってしまったのは私なわけだし。まだ早いや、もう少し焦らしてからにしよう。
スマホをまたしまうと、私はスーパーの大きな窓から外を見ていた。
オレンジや白の街灯のコントラストは、冷たさの中に疎らな温かさも含んでる。業務的な冷たさと、住宅的な温かさ──例えるとしたらそんな感じかなと思った。
今の私は、そのどちらの下にもいない。
もしくは、いられない。