第一章:朝日が昇ってきた
まだ高校とゆう揺り篭にいた僕。天気は晴れても僕の心に日差しは届かなかった。
日差しを知らない僕にはあなたが眩し過ぎたんだ。
けれど日は沈んで、また夜が来るのだろう。僕は怯えていただけじゃないか。
*
毎日は暑くて、勉強にも身が入らずに居る今年の夏。季節は8月の半ばで、夏期講習が無ければ海に行ってる季節だ。やっぱり無駄な時間が多くて、熱中症なんて極自然な受験生。
今年はちょうど入学二年目で、兄貴は祝ってくれた。僕の学校で同級生、同クラスの兄貴は帰宅部で、満更でも無い顔で女性と歩いてたのを僕は知っていた。
最近は兄貴と歩いてた女性を意識するようになった。
残念ながら僕の兄貴はなかなかの美男子だ、弟の僕は失敗作のようなもんだけど。
「僕って何だっけ?」
この体を魂の器や、血と肉の塊だって言うけど……実際考えたってどうでもいいんだ。
本当は身体が自由に動かせる理由が欲しいだけなんだと思う。
実は僕も身体は器なんだと思ってる、ただ自分は生きているってことを示したいから。ただ動いてるんじゃなくて、魂が動かしてるって信じたいから。
そんなときは落ち着いてみると物事が良く分かる。現実の姿が露になるから。
――あと一年で受験、卒業。
言葉にしてみると重いものだった、ひしひしと重圧を感じるようだ。
遠い未来のようで、近い現実。どこか時間を置いてきてしまいそうな心境。
古びてるように見えるほど、ほっとかれた机と椅子。
みんな此処に居て、皆が飛び立ったと思い出が語ってる。
今日からは半日授業で、各自で個々練習に明け暮れろとの指導だ。
するとクラスに一人は居る奇想天外な奴、三田村が話しかけてきた。
「なぁ黒糧、帰ってゲームしよう?」
黒糧、それは僕のこと。黒糧 匠……不器用な人間さ。今日はゲームなんて気分でもないし、普段から音楽鑑賞や読書しかしない僕には理解しがたいものなんだよな。
「わりぃ、今日は優太朗と図書館行くんだ」
優太郎とは僕の兄貴、似ても似つかぬ兄弟……いや、双子。
「兄貴〜、図書館行こうぜ」
「ん?ああ、わかった……」
空白の時間の後、用事があると言って立ち去った。
ついでに、先に行けと言われたから一人で図書館へ向かう。寂しくないが、少々静かすぎる館内。
ふざけた野郎が二人いる以外は誰も居ない、恋人なんて居たら良いムードなんだろう。
「さてと、何を読もうか?」
独り言を真に受ける奴なんざ、国の数ほどぐらいしか居ない。たまたま鉢合わせた隣の彼女は悩みを解決してくれた。ただ一つ言葉を言っただけで。
「趣味は知らないけど……夏の記憶、がお勧めよ」
夏の記憶、切なくて悲しい気持ちになる作品だと兄貴も言っていた小説だ。
あまり有名ではない本なのに、彼女が知っていることに疑問を抱く。
お礼を言いたくて彼女を見ると、本が取れなくて困っていた。
するとそこには、兄貴と歩いていた女性が居た。
普通は声で分かるのだが、息が乱れてたせいなのか気づかなかった。
「ど、どの本?」
「えっ?……ああ、一番上の赤い本が取りたかったの」
すかさずジャンプして取ろうとした、背が小さいからね。僕は運良く赤い本を取れた。
タイトルは……夏の記憶。彼女のお勧めだった本。
「これ…かい?」
「あ、うん、ありがとう」
本を渡した後に彼女が微笑んだ。その時、僕の時間は止まった。心臓の音が早くなっているのが自分でも分かって、胸が熱くなって、苦しい。
今は何も知らないのに、これが一目惚れだと何時気づくだろう?
「名前は、何てゆうの……」
「あたし?」
「うん、君の名前だけど」
「恭子…日野、恭子だよ」
それを聞いて、逃げ出すように離れた。いつの間にか目頭から涙が流れた。きっと嬉し涙だ、これは恋のせいだと決め付けた。
そういえば彼女に勧められた本を探さなきゃ。さっきの本棚にはもう無い、隣の棚にも無い。あーあ、ちょっとショック。
そんな時、兄貴が来た。ホントは覗いていたんじゃないかってほどタイミングがいい。
「おう、さっきのって日野か? 知り合いなのか」
「ただ、本を勧めてくれただけだよ」
嘘、買い被り、上辺を気取るだけ。
恋したなんていえない、兄貴の恋路はいつも良好だから言えない。
「お前、あいつ好きならさ……やめとけよ」
「なんで?」
「なんでも」
「教えてくれたっていいじゃないか」
「お前のためさ」
そう言った兄貴の顔は何処か寂しげで、何かを思い出しているように見えた。
「……大昔の恋さ……」
そう呟いたのを僕の耳は捉えた。
やっぱり感傷なのか、見えそうで見えない心が見えた。
そこまで鈍くない僕は知った、彼女が無理な訳。
兄貴だってそうだったんじゃないかよ。チクショウ、敗北感いっぱいだ。
冷え切った身体に火を灯すように走り出した。結局そう、諦め半分なのに、僕は想っていた。たかが一目惚れ、だけど想いは確か。
陽射しが少ないこの日々に、太陽がやってきたのは今日この頃。
僕は今きっと、失恋する片思いのさなかだ。