火葬行列
18.5%
――人体における炭素(C)の割合。
5000minute
――炭素生成にかかる時間。
0.5-1.0 mg / hour
――生成速度。
6-12 month
――HPHT(高音高圧)処理にかかる時間。
1 people
――1 carat の原料。
私はスクロールを止め、ウォッチ上の光学パネルを閉じた。
暗闇。照明オフの室内に、音が次々現れ出す。
ホワイトノイズ。
ピンクノイズ。
ブラウンノイズ。
ブルーノイズ。
音にも色がある。マニエリスムの波形群。
ああ、うるさくて眠れない。
“Refill.”
私は告げる。部屋の片隅。アール・ヌーヴォーの椅子に佇むオブジェに向けて。
銀の足。銀の首。
薔薇のように結い上げられた巻毛の輝き。
それは、死んだ女のよう。宇宙線に照らし出される月の地表の影のよう。
ブリリアントの瞳が再び閉じる。
そして、吐息が聞こえ出す。
“Diamond eyes look too dazzling.”
薄く開いた唇。不均一なブレスノイズ。
閉じた瞼。まつ毛が落とす頬の影。
暗闇を照り返す虹色の髪。
"So beautiful. So bury.”
蒼白のモチーフ。銀の頬は死んだ月。
Pipipipipi…
Pipipipipi…
Pipi.
“Hi.”
“Eleventh floor. Leni. Why did you take so long?”
“I’m in the library.”
“Got a job for you.”
“What kind?”
“Carrier.”
“What am I carrying?”
“A Jewel Girl.”
“What?”
“It’s a Jeweletta.”
レニは画面をタップし立ち上がる。ライブラリの空調は冷ややかだ。
「私1人?」
「できるだろう?」
あ、ばれてるな。
「報酬は?」
「3000レメク」
「8000」
「3500」
「7700」
「レニ。チップは前借りしてるだろう?」
「何のこと?」
「5000」
「オーケー」
口角が上がる。小さくガッツポーズ。
モリーは、没収されない。次の仕事の報酬は値切られたけど、5000レメクなら悪くない。
帰りに、スパークリングウォーターとパックの肉を買おう。モリーに、オシャレなジャズを歌ってもらって、本でも読んで過ごそうか。
ウォッチで依頼詳細をスクロールしつつ、鼻歌混じりにレニは予定を組み立てる。
Product Name: Diamond Girl
Flavor: Mild and clear
Polishing form: Soft
Emotion Content: 10%
Raw Ingredients: Silver and Diamond
Voice tone: Sigh
Category: Doze
Serving Suggestion:Room Temperature in the no sleep night
“Refill.”
The brilliant eyes are closed again.
The sigh is a little audible.
“Diamond eyes look too dazzling.
So bury.”
The silver cheek reflects the moon.
――お疲れ様です。ようこそ月へ。
“月面都市ムーンバレー”
人工知能KAGUYAによってコントロールされた生命空間。チップ未登録者はお申し出ください。
第3層全6区のエリアで構成されており、住民の移動範囲はチップの登録情報による。各区の構成は以下の通り。位置関係は支給されたマップでご確認ください。
第1層
第1区 マザーコンピュータKAGUYA、中央ターミナルが位置する中枢都市。政治、産業の中心。
第2区 医療機関、研究施設。
第2層
第3区 プラント、工業地帯。
第4区 居住区A~C。
第3層
第5区 観光エリア。
第6区 居住区D~Z。
・職務期間中の住まいは第6区D社宅となります。
・火災保険への加入をお願いしています。
・勤怠等は支給された法人ウォッチで取り行います。
・緊急時のコールは3回以内に応答してください。
・無断欠勤、業務未遂行にはペナルティがあります。ご自身の契約書でご確認ください。
合同会社Λ
代表者 Kerr
端のくたった派遣労働者用ポスター。ロッカーの扉を開き、レニは仕事の支度にかかる。
「トロッコ、本当に動くの?」
『問題ない。耳栓とマウスピースは必要か?』
「ジュエレッタ壊れない?ダイヤモンドなんでしょ?」
『君の梱包技術を信頼している。レニ』
「了解」
ピ。
「Bエリアね。面倒だな」
レニはこそりとぼやく。エリアを縦断しての運び屋仕事は割ときつい。
ピコン。
ネイビーブルーのボイラースーツに着替え終わり、装備品をチェックし届いた詳細を確認。
「ふうん。盗品なんだ」
Jeweletta製造元である宝石加工店 “Moonlight Stone”からの依頼。盗まれたのは”ダイヤモンド・ガール”製品情報をスクロール。
「5000モニカ? 一桁違わない?」
レニは指折りで0の数を確認する。いち、じゅう、ひゃく、せん、まん、じゅうまん、ひゃくまん、せんまん・・・。
「5億yen? すご」
モリーの買値の20倍。ダイヤモンドの生成コストは、資金も時間も桁外れだ。
その素材も。
「傷ひとつつけないように・・・。そもそもダイヤモンドを傷つけることはできないか」
モース硬度10。地球上で最も硬い物質。ちょっとやそっとで傷つかないが、へき開性のため衝撃には弱いのだ。
「あのトロッコに乗せる? 正気?」
レニの口元が左右非対称に歪む。開拓時代の異物であり、驚くべきことにレールの上を車輪が走行する。
「いいアトラクションね。5区のアミューズメント・パークに置いたら流行るかも?」
扉のスライド音。ゴム底靴がリノリウムの床を蹴る。
「あの向こうには、何があるのかな」
指の先には線路があった。
「採掘場だよ」
私は答えた。娘は大きな灰色の瞳を瞬かせ、次に頬を膨らませる。
「もう、冗談ばっかり。それは地球の話でしょ?ライブラリで読んだわ」
「勉強熱心だね」
「地球の話は面白いもの」
娘は枕木に降り立った。私は古い映画を思い出す。
「ねえ、この向こうには何があるの?」
娘は再び私に聞いた。
「死体があるのさ」
娘はふうんと頷いた。
「結局、同じものになるのね」
賢い子供だ。私は娘の手を引いた。
“Refill.”
私は白銀の手を取った。冷たく冴えて、滑らかに硬い。
閉じた瞼をじっと見る。
この瞳は炭素。
薔薇の蕾の形状に結い上げられた髪に触れる。
この髪も、炭素。
元素記号C
原子番号6
同素体多数
“In the end, it will be the same.”
私は手のひらよりも小さな紙箱を、胸ポケットから取り出した。
二酸化硫黄の香りと明滅。
月面都市で最も重い罪は殺人でも窃盗でもない。
有火罪。火の所有だ。
気圧。
重力。
酸素。
温度。
湿度。
水。
食料。
宇宙線と真空を遮るシェルターシールド内。人工的にコントロールされた生命維持環境において、大気の汚染は最も恐るべき事態の一つ。
エネルギーは太陽光と原子力に依存する。
かつて地球では、火は生活の一部だった。
月では違う。
照明。
調理。
暖房。
娯楽。
それらは全て電気エネルギーによる。
だから、月面都市において基本的に「火」という現象は存在しない。発火器具の所有は重罪である。
Fire crime.
マザーシスネム”KAGUYA” から登録を抹消され、コールドスリーブ権、リジョインを剥奪され、αケンタウリへの流刑が取り決められている。
火は厄災。それが24世紀月面人類の共通理解。
だから、今回の事件はセンセーショナルだった。月面都市開拓以後前代未聞の出来事と言っていい。
ムーンバレー第2層4区Bエリアの27宅が火事で全焼。
死者51名
重傷者15名
軽傷者89名
被害範囲2.30km
高熱炉の故障事故。発火源は1550℃を超えていた。
高熱炉の製造は違法。部品を外星から密輸し、技術者が製造したとみられている。
「モリー。ただいま」
薄暗い部屋。ウェザーシステムの不具合だ。どんよりとした光が6区を覆っていた。
「今日は疲れたよ。全部おじゃん」
レニはキャップをテーブルに置いた。モリーは椅子に座っている。レニの所作を、黒水晶の視線が追う。
がこん、と大きな音で冷蔵庫の扉が開く。どこもかしこも不具合だらけ。レニは冷えたウォーターを取り出し、キャップを捻って封を開けた。
ミントの香りが鼻を抜ける。喉が渇いていた。一気飲みをし、中身は半分くらいになった。
ボトルを右手に、自分の椅子にレニは座った。足を組み、ブーツの紐を引っ張り緩める。
「火って初めて見た。熱いんだね」
今日。第2層に着いたトローリーの電車の扉が開いた途端、すごい匂いに咳き込んだ。
本社に指示を仰ごうとしたが、異変でムーンバレーの通信網は機能不全に陥っていた。通信は不可能。
レニはとりあえず仕事に向かった。途中、これが火か、とようやく気づく。
現場は視界に映るもの全てがオレンジ色だった。ゆらめく色は多層的で複雑で、どんな光よりも凶暴で大きくて美しかった。
これが火だ。
スクリーンセーバーのように美しい光景だったが、煙と風が痛かった。
“Mission cannot be carried out.”
掲示板にそれだけ書き込み、レニは来た道を駆け戻った。トローリーは止まっていた。また道を引き返し、作戦地点の先にある作戦用トロッコへ向かった。
トロッコ乗り場で連絡があり、「退避しろ。報酬は3割渡す」との内容。
アトラクションのような移動で第3層へ。会社に寄って、シャワーと着替え、報酬を受け取り直帰した。ヘトヘトに疲れてしまったし、鼻の奥の焦げた匂いが気色悪くて買い物をする気分になれなかった。
「ダイヤモンドは燃えちゃったな。500モニカがパア」
レニはモリーの顔を眺めつつ呟く。
「宝石女は熱かったのかな」
返答はない。モリーは微笑みじっとしている。
ウォーターを飲む。冷たいミントが、体を流れて火の気配を消していく。
「結局、同じなんだよね。燃えちゃったらさ」
元素はC
ダイヤモンドも、人の体も。
500モニカのダイヤモンド・ガール。
How many carats?
How many corpses?
“Refill, モリー。明るい感じの葬送曲を”
Mory stands.
The copper hands layer like prayer.
“Okay. The song in the orange for you, Leni.”
Goin’Home.
月面都市通貨単位の日本円換算
【1モニカ】
約10万円
第1〜2層での物価表記単位。第3層では比喩的にも使われる。
【1 リベカ】
1000円
第1〜2層での物価表記単位
【1レメク】
10円
給与・報酬の主な表記単位
【1ルカ】
1円
第3層での生活物資に関する主な表記単位




