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修復

作者: 千脇隆夫
掲載日:2026/03/27

「調査の状況はどうだ」

「はい。調査はほぼ完了で問題ないのですが別件で、問題が発生しています」

「ああ。例の件だな。そちらはどうだ」

「今、対策を検討中ですが、メドは立っていますので、対策がまとまり次第、ご報告いたします」

「わかった。よろしく頼む」


 しまった。不覚にも寝入ってしまった。

私は慌てて辺りを見回した。大丈夫だ。まだバスは来ていない。仕事にありつこうと集まって来た男たちが静かに待っている。まだ早朝だというのに体が重くてだるい。

時計を見ると、六時五十分。バスの到着予定まであと少しだ。大通りの方を見ると、トラックや乗用車、バイクがひっきりなしに通り過ぎる。ビルの電光掲示板には、昨日、松本総理が選任されたというテロップが流れていた。

先日、行きつけの飲み屋で聞いた話だ。朝この路地で待っていれば、高額な日当の仕事にありつけるというのだ。ただ、どんな仕事になるのかは当日、現場に着いてみないとわからない。作業場所は、大方、海沿いの工業地帯とのことだった。

マイクロバスが突然路地に入ってきた。男たちは一斉に腰を上げ、路地の中央に集まりだす。マイクロバスが停車すると、髪を短く刈り上げた中年の男と背の高い若い男が降りてきた。中年の男が、男たちに近づき、バスの前扉を指さし乗るように促す。私も後に続きバスに乗り込んだ。

ざっと数えると二十名ほどだ。若い男が運転席につき中年の男が一番前の席に座った。エンジンがすぐにかかりバスが動き出した。路地を抜け、信号待ちで何度か止まった後、海沿いの国道を左に曲がり工業地帯に向かった。男たちは何も言わず静かに座っている。三十分程たっただろうかバスは信号を右に曲がり、工場や倉庫が立ち並ぶ広大な敷地に入っていった。

カラカラに乾いた地面からは、ちょっと風が吹くと細かな砂が舞い上がる。バスは敷地の奥へ奥へと入っていき、銀色の大きな建物の前で止まった。バスのドアが開き、中年の男が降りると、運転をしていた若い男が大きな声で降りるように呼びかけた。男たちはゆっくりと立ち上がりバスから降りだした。私も男たちとともに、バスから降りた。中年の男が銀色の建物を指さし、あちらに進むように言った。

建物の前には黒いゴム枠がついた水中眼鏡のようなものが山となって積まれていた。そこに、ベージュの作業着を着た小柄な男が待っていた。皆が、水中眼鏡の山を取り囲むように集まった。中年の男は、待っていた小柄な男の横に立ち

「それでは皆さん、今日の作業について責任者の方から説明をしてもらいます。わからないことがあれば、待たずにすぐに聞いてください。ではよろしくお願いいたします」

作業着を着た小柄な男が説明をはじめた。

「みなさん、おはようございます。

今日、お願いする作業について説明いたします。本日の作業を一言で言いますと、この建物の中にあるドラムの清掃になります。ドラムの中には糠のようなカスがたくさん溜まっています。そのカスを集めて袋に詰め込んでください。カスをどのように袋に詰めるかですが、皆さんには、箒とスコップをお渡しします。箒でカスを集め、スコップでカスをすくい、袋の中に詰め込んでください。ドラムの中の清掃が終わりましたら、私が確認しますので声をかけてください。ここまででご質問はありますか?」

男たちは無言だった。小柄な男はしばし間をおき、説明を続けた。

「作業を行うにあたりひとつお願いがあります。カスは結構匂いがきつく、弱いですが毒素もありますので、ドラムに入る時には、こちらのガスマスクを付けて作業をお願いします」

小柄な男はそう言いながら山積みにされているガスマスクを手に取り、皆に見せた。ガスマスクは顔全体を覆う本格的なもので口の辺りに、円柱形で網目のついた筒状のものがついていた。

「ガスマスクがはずれて、息を吸ったら死ぬのか?」

男たちの一人が大きな声で聴いた。

「そんなことはまったくありません。ガスマスクを付けずに息を吸っても健康にほとんど影響はありません。ただ、長い間そのまま吸い続けると、手足のしびれや気分が悪くなる場合がありますので、必ずガスマスクを付けてください」

「他に質問ありませんか?」

男たちの数人が首を左右にふった。

「ないようでしたらガスマスクの装着確認をお願いします」

男たちはガスマスクを手に取った。私も手に取り装着した。驚いたのは呼吸が思いのほか樂で装着感もない。

これなら長時間付けていても気にならない。

中年の男がしゃべり始めた。

「それでは、三名一組でドラムの清掃をやってもらいます。一人が箒を使ってカスを集め一人がカスをスコップですくい、袋に入れ、もう一人は、袋が倒れないように支えてください。いっぱいになったら袋を閉じてドラムの外に出した後、新たな袋を使ってカスを入れてください。何か質問はありますか?」

男たちの数人が首を横に振った。

「先ほど、責任者の方からお話がありましたが、必ずガスマスを付けて作業をお願いします」

責任者の小柄な男が、建物の頑丈そうな扉を両手で押すと、ゆっくりと扉が開いた。責任者の男が先頭に立ち中に入った。男たちがぞろぞろと後に続いた。

中は薄暗かった。窓がないため外の光はまったく入らず、光源は天井に規則正しく並んだ青白い電灯だけだった。中央は幅の広い通路になっていて、両側にコインランドリーのような巨大なドラムがいくつも並んでいた。ドラムとドラムの間には直径五十センチ程のチューブのようなものがあり繋がっていた。

全員が建物の中に入ると責任者の男が近くのドラムの前に立ち、男たちに集まるように言った。横置きになっているドラムは、直径が三メートル程あり奥行は、四、五メートルはありそうだ。ドラムの傍には長い箒とプラスチック製のスコップそして、麻袋が積まれている。責任者の男がドラムの扉の取っ手を掴み、ぐいっと引くと、ギーという音とともに扉が外側に開いた。

古い油に酢が混ざったようなツーンとした匂いが辺りにひろがった。責任者の男はガスマスクを付け、箒とスコップを手に取りドラムの中に入った。そしてスコップで床に溜まっているカスをすくい上げた。

「このカスを袋に詰め込んで下さい」

そう言ったあと、すくい上げたカスをまた床に戻した。

ドラム内の側面には水車のような板が五十センチ程の間隔をあけ規則的についていた。男が板の上を箒で掃くとカスがザザザと音をたて床に落ちた。

「このように脇にあるカスも箒で床に落としスコップですくってください」

説明を終えた責任者の男がドラムから出てくると中年の男が、三名一組の組み合わせを端から次々に決めていき、決まった三人組を責任者の男が、どのドラムの清掃をするか指示を出していった。

私は眼鏡をかけた学生風の男と白髪頭の中年男のグループに入った。年から見ると、私はちょうど真ん中だろうか。

学生風の若い男が、箒を手に取った。私はスコップを手に取った。それを見た白髪頭の男は麻袋を手に取った。

私たちは、ガスマスクを付けて、ドラムの扉を開け中に入った。ガスマスクは快適だった。吸い込む空気は澄んでいて、ガラスの窓は曇ることなく良く見える。私はスコップを持ち、床に溜まったカスをすくいあげ、白髪頭の男が支えている麻袋にざっと流し込む。学生風の若い男が、板の上のカスを箒で床に落とし、私はまたスコップですくい上げ、袋の中に流し込む。

カスがどんどん袋に溜まっていく。床には、十センチ程のカスが溜まっている。何度すくってもなかなか減らない。それにしてもこれは何のカスなのだろうか。米糠のようだがそれよりはちょっと粗い。パン粉のようだが、パン粉よりは水分がずっと多い。

スコップでカスをすくい上げ、袋に流し込む作業を、黙々と続けていく。やがて袋の中のカスがいっぱいになり、頃合いを見て白髪頭の男が袋の口を縛り上げ、扉の外に投げ飛ばす。白髪頭の男が、未使用の袋を開けると、私はカスでいっぱいになるまで、スコップで流し込む。やがてドラムの扉の前にはカスを詰め込んだ袋でいっぱいになってきた。

ドラムの外に出ると他の三人組も同じようにドラムの外に袋を出していた。

床にあったカスが少なくなると、ドラムの内側に規則的に並んでいる板の上のカスを箒で床に落としていく。

板のような物と思っていたがそれは網目の付いた鉄のような素材でできていた。板の幅は五十センチ位あり板の数は左右合わせて十枚ある。ドラムの上の方にある板には箒が届かないため、若者は、板を二段、三段と登り左手で身体を支え、箒を右手に持ちカスを床に落とした

スコップでカスをすくっては、袋に入れる単純作業を、何度も何度も繰り返す。一つのドラムのカスを全部すくうには、概ね三十袋を必要とした。一つのドラムが終わると次のドラムの清掃を始めた。

皆黙々と作業を続ける。この作業を行う理由が何なのか、そもそもこのドラムは何なのか、まったく分からない。

 十二時ちょうどに昼食となった。作業は一旦中断しスコップや箒をドラムの中の床に放り投げた。建物から出ると、責任者の男が待っていた。

あちらで昼食をどうぞと言って、建物横のプレハブの小屋を指さした。私はガスマスクを外した。外の空気は埃っぽくまずかった。私を含めた三人は小屋に向かった。他の男たちもぞろぞろと小屋の方に向かった。小屋の入り口の前に水道の蛇口が三つ並んでいた。私はガスマスクを傍に置き、手をじゃぶじゃぶと洗い、うがいをした。

 小屋に入ると長机が縦に二つあり、パイプ椅子が並んでいた。長机には、仕出しの弁当と割り箸、緑茶が注がれた湯飲み茶わんが、置かれていた。既に半分ほど席は埋まっていて食事を始めている。私は、空いている近くの席に着いた。他の二人は、反対側の席についた。

弁当箱はプラスチックできていたが使い捨てではなく、しっかりしたものだった。蓋を開けると食欲をそそるカレーの香りがした。弁当箱の半分は白米で、残りのスペースは4つに仕切られ、一つにカレー、となりの仕切りに小さなコロッケが二つ、その隣にはマカロニサラダ、その隣にはキャベツの千切りの上に豚肉の生姜焼きが二切れのせてあった。私は割り箸を袋から取り出すと早速食べ始めた。弁当はまだ暖かく、カレーも生姜焼きもおいしくかった。

昼食を終えて、午後一時から作業を再開した。私を含めた3人はまたドラムに入り、散らばっていたスコップと箒を手にとり、カスを除く作業をはじめた。誰も口をきかず、たんたんと作業を進めた。スコップですくいあげたカスを袋に流し込む。ザザザという音とともに黄土色のカスが落ちていく。袋がカスでいっぱいになると袋を閉じて未使用の袋にカスを入れていく。やがて、ドームの中のカスが無くなり外に出ると、責任者の男が通路に立っており、次に清掃するドームを指示された。

次のドラムも同じようにカスが積もっていた。相変わらず澄んだ空気がガスマスクに入ってくる。ドラムの中には細かいゴミが宙を舞っているが呼吸はまったく問題がない。ただただスコップでカスをすくい上げ、内側の板に積もったカスを落とし、それをまたスコップですくい上げ、袋に放り込む。その作業をひたすら続けていく。十五時から休憩だという責任者の呼び声で、作業を止め、外に出た。昼食と同じプレハブの小屋に向かった。ガスマスクを外し、埃っぽい空気を肺に入れる。小屋の中には飲み物があり皆、好きな飲み物を手に取っていた。私は缶コーヒーを手に取り席につき、ごくりと飲み込む。責任者の男が大きな声で終了は十七時の予定です。よろしくお願いしますと言っている。

休憩を終え、また、ガスマスクをつけ作業に戻った。ドラムの清掃はまだ残っていたが十七時過ぎにその日の作業は終了となった。


「修復の状況はどうだ」

「予定どおり進んでいます。あと一サイクルで完了できます」

「わかった。出発の準備は?」

「併行して進めております」

「了解した」


 しまった。不覚にも寝入ってしまった。

私は慌てて回りを見回した。大丈夫だ。まだバスは来ていない。仕事にありつこうと集まって来た男たちが静かに待っている。まだ早朝だというのに体が重くてだるい。

時計を見ると、六時五十分。バスの到着予定まであと少しだ。大通りの方を見ると、トラックや乗用車、バイクがひっきりなしに通り過ぎる。ビルの電光掲示板には、昨日、上田総理が選任されたというテロップが流れていた。


 深夜。工業地帯の一角から銀色の建物が音もなくゆっくりと上昇した。後には掘り起こしたような空き地が残った。空域監視システムが不可解な飛行物体を捉えたが、数秒後、あり得ない速度で、宇宙空間に飛び去ってしまったため、それ以上の情報収集はできなかった。


「故障の原因はわかったのか」

「恐らくですが、大気中の想定外の物質が、大量の不純物の発生を招き、推進装置が稼働不可となったもようです」

「なるほど。とにかく復旧できたことがなによりだ。復旧作業をこの惑星の生物にやらせたことは良いアイデアだった。我々が船外に出ると、大きなリスクになるからな」

「おっしゃるとおりです」

「気になるのはタイムループによる時空間のの歪みに伴う事象への影響だが」

「大丈夫です。多少影響がでそうですが、大きな問題にはなりません」

 

 地表から猛烈な速度で飛び立った飛行物体は、青い地球を背に受け、銀河系の中心部に向けワープ航法を開始した。

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