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ロナルドの二つの恋の結末

作者: 瀬崎遊

お久しぶりです。

本当に久しぶりに結末まで書くことができました。

自信のない現れでしょうか。

二つの結末を書いてしまいました。

途中までは同じ進行ですが、途中からは全く違う結末へと向かっていきます。


楽しんでいただけたらいいなと思います。


10月14日 18:40 3000文字以上加筆しました。

 十三歳は学園に入学する年。


 まだ早いと誰もが思う十二歳で私、エバリー・マラッカムと十三歳のロナルド・ゴーカストが婚約した。


 学年は同じ年だけれどロナルドの誕生日が早かっただけ。



「婚約は学園の卒業間際でいいのではないか?」


 と言った父にゴーカスト伯爵の答えはそれを否定するものだった。


「ロナルドもエバリー嬢を気に入ったと言っているし、学園で他の誰かに取られてはかなわないからな」


 と楽しそうに笑っていた。


 子爵家の我が家ではゴーカスト伯爵の申し出を断りきれず、私とロナルドの婚約は成立した。



 領地が離れていることもあって学園に入るまでは一月(ひとつき)に一度、互いの屋敷へと(おとな)うことになり、今月はロナルドが私の屋敷へと来てくれることになっていた。


 来るときにはいつもささやかではあるけれど心のこもった贈り物と花を、薄らと赤く染まった頬で手渡してくれる。

 その度に自分が特別な女の子になったような気がしてとても嬉しかった。


 ロナルドの誕生日は婚約以前に終わってしまっていて誕生日プレゼントを渡せなかったのだけれど、私の誕生日にはロナルドの瞳の色をしたブルーダイヤのついたネックレスが贈られ、こんな大人っぽいプレゼントをされたのが初めてで感激のあまり涙をこぼしたほどだった。



 私とロナルドの関係はとても良いものだった。


 私は覚えていないのだけれどどこかのお茶会でロナルドと会っているらしかった。


 婚約自体に政略的意味はあまりなく、ただただロナルドに気に入られたから婚約したのとロナルドが示してくれる態度で愛されて婚約してこの先結婚するのだと実感できていた。


 ロナルドのことをなんとも思っていなかったけれど、愛されていると何度も実感すればするほど心はロナルドに傾き学園に入学前に「好きだよ」と言われて「私も⋯⋯」と答えるようになっていた。





 入学のために私もロナルドも王都のタウンハウスで暮らすことになり、互いのタウンハウスの距離は馬車で15分ほどの距離だった。


 ロナルドは入学式に行くためにわざわざ屋敷まで迎えに来てくれて私の制服姿を見て頬染め嬉しそうに笑って「可愛い」と褒めてくれた。


 私もロナルドの制服姿を見てドキドキしたので馬車の中で「ロナルド様も制服がお似合いでドキドキしてしまいました」と告げると私の頬に触れるキスをしてくれた。


 それから学園に着くまでは互いに言葉を交わすことなくただ指を絡めて手を繋いでいた。



 入学式が終わりクラス分けでロナルドと同じクラスになれて二人して喜びあった。


 クラス仲が良く男女関係なくクラス全員が友達で試験前には教室に残ってみんなで勉強を教えあった。

 

 そのおかげかクラスの平均点は高く、担任からも褒めてもらえるほどだった。


 ロナルドとの仲も変わりなく楽しい毎日を過ごしていた。




 二年に上がりクラス替えがあり残念なことにロナルドとは離れてしまったけれど「ランチは一緒に食べよう」と約束をして、行きと帰りの送迎も欠かさずにしてくれていた。


 二年生の半分がすぎる頃、ロナルドの態度が変化したような気がした。


 いつものように微笑んでくれているのに、心の中心に私がいない。そんな感じを受けた。


 ロナルドの瞳の中に今までのように温かいものがなかった。


 戸惑っている間に微笑んでくれていた筈が微笑みが消えていて、馬車の中では隙間なく腰掛けていたのにロナルドの位置は私とは反対の壁にピッタリとくっついていた。


「ロナルド⋯⋯私、ロナルドの機嫌が悪くなるようななにかをしたかしら?」


 ロナルドの態度が変わって一週間ほどした時に思い切って尋ねてみた。


「いや、別に」


 私の方を向かず視線は窓の外を見ながら短く答えて会話はそれっきりになった。



 一年のとき同じクラスで二年ではロナルドと同じクラスになったシュシュ・コールドが私を尋ねてきてくれた。


 クラスが変わると中々会えないねなんて話しているとシュシュが私の耳元で「私たちの教室に来て」と囁いた。


 私は首を傾げて一つ頷くとシュシュは口に人差し指を一本立てて「静かにね」と告げた。


 そっと扉から中を覗くと一人だけ違う制服を着たピンク色の髪をした女性の腰に手を回しているロナルドが楽しそうに笑っていた。


 その目には私が映っていないのに愛おしくて仕方ないとロナルドは全身で訴えていた。


 その笑顔はつい最近まで私に向けられていたものだった。


「うそ⋯⋯」


 ロナルドに駆け寄ろうとした私をシュシュが止め、扉から私を引き離した。



「交換留学に来たアーナリー・ミッドナイトっていう子。留学期間は短くて今学期だけだからエバリーは何もなかったように振る舞ったほうがいいわ」


「でもっ!!」


「ここで騒いだら大事になってしまうわよ。知らせるべきかどうか悩んだの。でも知らせずに誰かから聞いて話が大きくなると婚約自体見直すようなハメになるわよ。

 婚約解消なんかしたら傷つくのは女の方なんだから。

 ここは大人になって黙って時が過ぎていくのを待ちなさい」


「でも⋯⋯ロナルドは私のことをもう好きではないのでしょう?」


「それは解らないわ。でも、アーナリーは今学期だけで居なくなるのよ。自国に婚約者がいるっていう話だし、エバリーはロナルドを愛しているのでしょう?」


「愛しているわ!! でも!! ⋯⋯どうすればいいのかわからないわ⋯⋯」


「どうすればいいのか解らないのなら解るまでは何もなかったふりをしていなさい。

 心が決まったらその時は行動していいから、混乱している今は口を閉じていなさい」


 私はシュシュに言われた通り心が決まるまで黙っていることを選んだ。いえ、それしか選べなかった。


 ロナルドに愛されて幸せだった日々を思い出しては涙が流れた。


 こんなに辛い思いをするくらいならロナルドと婚約するんじゃなかったと何度も考えた。




 毎日あった送迎は週の半分になり、ランチは別々に取るようになった。


 それから数日で私の両親にも体裁を保つ必要がなくなったのか、週の半分に減った送迎も完全になくなった。


 両親にいぶかしがられたけれど「ロナルドも忙しくなってきたのよ」と笑顔で誤魔化した。


 

 嫌でも学園の所々でロナルドとアーナリーが二人でいるのが目に入る。

 二人の距離は私との距離よりも近かった。


 面白おかしく私に「ロナルド様とアーナリー様が裏庭で二人っきりでお話ししていたわよ」とか「手を繋いでらしたわよ」と教えてくれる人たちがいて、それらに対応するのに平気な顔をするのはとても苦労した。


 廊下で、食堂で、時折ロナルドと視線が合うけれどすっと逸らされアーナリーに微笑みかけてしまう。

 まるで二人が婚約者のようだった。



 ロナルドの心が完全に私から離れたことが解った。


 私は両親にロナルドとアーナリーのことを告げた。


 父は「一過性のものだろうから黙って見守ってやれ」と言い、母は「婚約破棄してしまいなさい!!」と怒った。


 私の心は決まらないけれど婚約は解消すべきだと考えている時、アーナリーは自国へと帰って行った。


 後から聞いた話でロナルドはアーナリーが自国に帰った後、声を出して友人たちの前で泣いたそうだ。


 それを聞いた私もまた泣いた。


 二年の最終学期が始まってもロナルドは迎えに来てくれなかった。

 ランチも別々のままだった。



 一年のとき同じクラスでロナルドと仲の良かったオズメルト・コントローは「ロナルドも辛いんだ。しばらく目を瞑ってやっていてくれ」と私に言いに来た。


 私はいつまで目を瞑ればいいのだろう?

 ロナルドの心はもう私にはないのに。


 もし私に心が戻ってきたとき私は何もなかったかのように振る舞うことはできるのだろうか?

 

 それよりも私はロナルドを愛しているの?


 その答えは出ないまま三年になり、三年の始業式の日、ロナルドは何もなかったような顔をして私を迎えに来た。


 その時に私はロナルドを愛していないとはっきり気がついた。




 馬車の中で会話は一言もなかった。


 いや、実際には何度か話しかけられたけれど私が返事しなかったのだ。


 馬車から降りる間際に「ランチを一緒に」と言われたので反射的に「嫌だ」と断った。


 ()しくも三年はロナルドと同じクラスになってしまった。


 ロナルドが腰を下ろした席から一番遠い席を選んで腰を下ろした。


 ロナルドは毎日送迎してきたがほとんど会話らしい会話はないままだった。


 ランチは別々のまま。一緒に食事をするような気持ちになれない。


 たまに「次の休みに出かけないか?」と言われたけれどそれを受け入れる気にはなれなくて何度か断っているうちに誘われることも無くなった。


 送迎も必要ないと言って断ったのだけれどロナルドは毎日迎えに来て、私を送って帰っていった。



 そんな状態が続いている三年の半ばに両家が集まって結婚式の話をすることになった。


 話し合いをすると聞かされた翌日、初めてロナルドに私から話しかけた。


「婚約解消しなくてよろしいのですか?」と。


 ロナルドは驚いた顔をして「婚約解消なんてしない!!」と言った。


 どうして? と思ったけれど私はそれを口にしなかった。


 その代わり両親にロナルドとの婚約は解消したいと告げた。


 ロナルドの心が私に戻ることがないことはもう解っていた。

 そして私の心もロナルドに戻ることはないことも解っていた。


 父は「ゴーカスト伯爵と話してみる」と言ってくれて私は心からホッとした。




 どんな話し合いがあったのかはわからないけれど、私とロナルドの婚約は解消されなかった。


 両家が集まり結婚式の日取りが決まりドレスを二人の母親が選び、招待客が決められていった。


 両家の両親とロナルドの五人ですべて決まっていく。


「お友達は誰を呼ぶの?」とロナルドの母親が聞いてきたので「呼ぶ人はいません」と答えた。





────────────────────────

 (ここからAパートとBパートに別れます)




 ロナルドとほとんど会話がないまま学園を卒業し、結婚式まで顔を合わせることはなかった。


 何度かお誘いの手紙は届いたけれどそのどれにも返事はしなかった。


 一通だけ私から短い手紙を書いた。


『婚約解消して欲しい』と。


 それ以降ロナルドから手紙が届くことはなかった。


 


 結婚式当日になり、父に連れられて式場に入ると一年の時のクラスメイトが全員揃っていて、女子は私の招待客の席に座っていた。


 二年生のときの友達は誰も呼ばれていなかった。


 ロナルドには私の二年生の時の友人が解らなかったのだろう。


 三年生の友人は二人いた。


 私は誰一人招待していなかったにも関わらずだ。



 式が終わり、みんなにおめでとうと言われて私は返事どころか笑顔を浮かべることすらできなかった。


 めでたくなんてない。


 これから私もロナルドもただただ不幸になるだけだ。



 お披露目会は盛り上がることなく淡々と時間が過ぎてみんな帰っていった。


 母は私のそばから離れたがらなかったけれど父に叱られて仕方なく帰っていった。



 やはり会話もないままただただ苦痛な初夜を終え、互いに背を向けて私はただひたすら涙が止まらなくてしゃくりあげて泣いていた。


 ロナルドは私の泣き声を子守唄代わりにしたのか夢現(ゆめうつつ)に『アーナリー⋯⋯』と寝言を何度か言った。


 いっそう涙が止まらなくて、朝になって侍女が扉をノックしても私は泣き続けていた。


 瞼が腫れ目も開けれない状態になっている私を見て侍女は驚いて押していたワゴンをその場に置いたまま私に駆け寄ってくれたが私は何も答えられないし、ロナルドも何も言わなかった。


 私が落ち着いたのはロナルドが部屋から出て行ってからだった。


 腫れ物に触るように侍女たちは私を気遣いながらもするべきことをすべて終わらせて、きれいに整えられたベッドへと私を戻した。


 私はロナルドがいないことで安心したのか意識を失うかのように眠りについた。



 ハッと目が覚めたのは物音がしたからなのか、それともロナルドの気配を感じたからだろうか?


 ベッドから起き上がろうとするとそのまま押し倒された。

 声もなくまた涙がこぼれる。

 

 酷く痛くて辛い。

 

 心も体も悲鳴を上げている。


 触れられる場所が腐っていくような気持ちになる。


 私の中に吐き出した後「話がしたい」とロナルドが言ったが私は返事もできずにただ涙をこぼしていた。


「なぁ! 私を見てくれ! エバリーが嫌でも、もう結婚したんだ! 寄り添っていくしかないんだ!!」


 私はちゃんと婚約解消したいって伝えた。


 こんな結婚幸せになれるはずがないのだ。


「エバリーには本当に感謝している。二年生の二学期から今まで大騒ぎせずそばにいてくれたことに本当に感謝している」


 居たくていたんじゃない。


「自分勝手なのは解っているけれどほんの短い間、(うつ)ろっただけだ。ずっとエバリーが好きだったし仲も良かったじゃないか。あの二年生の夏の短い時間のことを忘れてくれないか?」


 私は涙をこぼしながら声を上げて笑った。


「ふっふふふふっ……あっはははははっ!!」


 あまりにもおかしくて笑いが止められない。


「エバリー⋯⋯」


「昨夜私が泣いている時にあなたは夢を見ていたわアーナリー様の。何度も何度もアーナリーと呼んでいらしたわ。今夜も眠るとまたアーナリーと呼ぶのでしょう」


 ロナルドは目を見開いて口元を押さえた。


「今頃押さえても無駄だわ。もう名を呼んだ後だもの。どうして私と婚約解消しなかったのです?

 私と婚約解消してアーナリー様と婚約し直せばよろしかったのに」


「アーナリーには自国に婚約者がいる」


「誰も幸せになれない結婚をしたんですね。⋯⋯ああ、そうか。アーナリー様は婚約者様と仲睦まじげに暮らしていらっしゃるのね。きっと⋯⋯」



 いつの間にか涙は流れなくなり会話はないまま夜だけ一緒に過ごすようになった。

 結婚して一ヶ月もするとロナルドの母に「この屋敷のことは任せます」と言われて義父母(ぎふぼ)は領地へと旅立った。


 義父母がいなくなると屋敷の中は火が消えたかのように静かになった。


 戸惑いながらもなんとか家政のことを熟しているとある日、ロナルド宛の手紙が届いた。


 送り主はアーナリーだった。


 手紙の中身が気になることもなかった。


 ただ単純に手紙のやり取りをしているんだと思っただけだった。


 ロナルドの執務机にアーナリーからの手紙を置き知らぬ顔をした。



 毎晩私のベッドに入ってくるのにこの日、ロナルドはやってこなかった。


 翌日泣いたことが解るほど目を充血させ瞼を腫らせたロナルドが何事もなかったかのように朝食の席についた。


 ロナルドが仕事に向かい私はいつものように昼食と夕食を決め、自分宛に届いた手紙に目を通し、お茶会のお誘いの返事を書いた。


 ロナルドのサインが必要な書類があったのでロナルドの執務室に行き、執務机に書類を置くとゴミ箱の横にクシャクシャに丸めた手紙が落ちていた。


 それは昨日届いたアーナリーからの手紙らしかった。


 シワになっていてちらりと見えたのは『私は◯◯◯幸せに〇〇してい◯す』と目についた。


 ちょっと興味が湧いて丸められた手紙のシワを伸ばして広げて目を通した。


 そこには留学時期の恋愛ごっこは楽しかった。ロナルドはエバリー様と結婚して幸せに暮らしていますか? 婚約者と先日結婚して私はとても幸せに暮らしています。と書かれていた。


 その他にも近状が書かれていてアーナリーが本当に幸せなことが読み取れた。


 私は綺麗にシワを伸ばして机の上に広げたまま置いてあげた。




 今夜も訪れはないと思っていたのにロナルドは私を訪れ、私の上で涙を流しながら何度もアーナリーと呼びながら私の中に吐き出した。


 私は途中から笑いが止められなくてロナルドが吐き出したときには声を上げて「あーっははははははっ!!」と笑っていた。



 この時の子なのかどうかは解らないけれど翌月、月のものはこなかった。


 私は妊娠した。


 妊娠したにも関わらずロナルドが私を訪れたので追い返した。

 

 不思議なことに悪阻はなくただお腹が大きくて動き辛いという程度の妊娠期間だった。


 出産は()も言われぬ痛みと苦痛だった。


 二度とゴメンだと思いながら産まれてきた子供は女の子で、心底がっかりした。


 男の子を産むまでまたロナルドの訪れを断ることができない。

 ため息を吐きながら赤子に乳を飲ませた。


 不思議と産んだ赤子のことを可愛いとも憎たらしいとも思わなかった。


 この子は両親と縁の薄い子供として育つのだろうなと不憫に思った。




 そう思っていたのにロナルドは殊の外この子を可愛がった。


 一年ほどの期間を開けて妊娠してまた女の子で、また一年ほどの期間を開けて三人目でようやく男の子が生まれた。



「男の子を産んだらもう私には用がないでしょう? 離婚しましょう」


「一人では何があるかわからないから離婚はしない」


 そう言われてまた一年ほどの期間を開けて四人目はまた女の子で、また一年の期間を開けて五人目は男の子だった。


「男の子を二人産んだわ。もういいでしょう? 離婚してくださいませ」


「何があっても離婚しない。君は子どもたちが可愛くないのか?」


「ええ。可愛いとも憎たらしいとも思ったことはないわ。何も思わないの。不思議でしょう。生まれてきた子のことは(おぞ)ましいだろうって思っていたのですけれど」


「なあ、もう許してくれ。エバリー。君を愛しているんだ」


「私は愛していませんわ。一日でも早く離婚したいですわ」


「エバリー⋯⋯何があっても離婚はしない」






 本当に離婚してもらえませんでした。


 私は子どもたちのことを可愛がったりしなかったのだけれど、子どもたちは普通に懐いてくれて育っていき、子どもたちが全員結婚して孫ができて、長男が家督を継いだ。


 もう何十回目か解らない離婚を申し込んで離婚はしないと言われて仕方なく長男の嫁に家政を任せて私とロナルドは領地で暮らすことになった。


 義父母はまだ健在で、私とロナルドが暮らすための小さな屋敷を建てて私たちが来るのを待っていてくれた。


 子どもたちがいる生活とは違い物静かだったけれど、義母や義父と時折お茶を飲んだり食事をしたりしてまるで顔を合わせるのは少ないけれど、普通の夫婦のようにロナルドと暮らした。


 子供を作らないのに夜の訪れは定期的にあった。


 拒否しているのだけれど「妻の義務」と言われると激しく抵抗することができなかった。


 けれど月に一度は必ず離婚の申込みをしている。


 その逆にロナルドからは毎月花束を贈られ「愛している」と言われている。


 本当に私を愛しているのだとロナルドの瞳が訴えかけてくる。


 幸せだった頃の私を見つめるあの瞳だ。


 それに気がつくとロナルドは全身で私を愛していると訴えかけていた。



 思い出せば何時からだったのかロナルドがアーナリーと口にしなくなったのは。







 義父が亡くなり追いかけるように義母も亡くなった。

 私の両親ももうすでに鬼籍に入っている。


 離婚しても私の行くところはどこにもない。


 それでもやっぱり私は離婚して欲しいと今月も言い、ロナルドに「愛している」と言われる。





 時が流れ、また今月も離婚して欲しいと訴えた。


 まだそれほど年を取っていないはずなのにロナルドはベッドの住人になってしまっていた。


「離婚はしないよ。エバリー。今まで本当にありがとう。我慢と辛い思いをさせて悪かった。それでもやっぱり私はエバリーを愛してるよ」


 そう言い残してロナルドは息を引き取った。


 ロナルドの葬儀が終わって落ち着いた頃、長男夫妻が領地で暮らすことになった。


 私は一人で義父母が建ててくれた小さな屋敷に一人で暮らした。


 時折長男夫妻とお茶を飲んだり食事をしてロナルドが亡くなってから十九年とちょっと長生きして子供夫妻と孫と曾孫に囲まれて逝った。




     Aパート終わり
















────────────────────────

Bパートの始まり (結婚式のための話し合いのところからです)





 だって不幸になるための結婚なんですもの。

 友人たちに祝われたくなんてない。


 結婚式の話には興味が持てなかったので私は「すべておまかせするので勝手に決めてください」と告げて先に帰ることにした。


 その夜、父に「自分の結婚式のことなのに先に帰るとはどういうことだ!!」と酷く叱られた。





 それから結婚式までロナルドに一度も会うことなく結婚式当日になった。


 父に連れられてバージーンロードを歩く。


 この先に待つのは惨めでただただ不幸になるだけの人生だ。


 父がロナルドに私を手渡そうとした時、一瞬だけ父の手を引き止めた。


 嫁ぎたくない。今ならまだやり直せる。お願い。お父様!!


 父は空いている方の手で私の手を外しロナルドへと嫁ぐことを後押しした。


 私はただ諦めるしかなかった。


 涙が一筋こぼれ落ちた。



 その後は滞りなく式は進み、列席している皆から祝いの言葉を掛けられながらお披露目会へと進んだ。

 

 祝いの言葉をかけられても貴族としての対応すら取れなかった。


 祝われば祝われるほどふとした時に涙がこぼれ落ちる。




 時間は誰にも平等に進み、私は夫婦の寝室で立ち尽くしていた。


 ロナルドがなにか話しかけてくるけれどそれに対して反応できない。


 苛立ったロナルドが乱暴に私をベッドに押し倒してひどい痛みと苦痛に苛まれる、短いのか長いのかよく解らない時間が過ぎていった。


 そのさなかロナルドは無意識なのだろう何度か「アーナリー」と口にした。


 これほどの屈辱があっていいのかと怒りに我を失いそうになった。


 あまりの屈辱に私は酷く痛む体に気がつくこともなく気力で立ち上がりガウンを羽織って自室へとつながるドアを開け、扉が開かないように鍵をかけ、その場にズルズルと体が崩れ落ちた。


 体は思うようにならなかったけれど心だけは怒りに打ち震えていきりたっていた。


 翌日もそのまた翌日もロナルドは私の体を求め「アーナリー」と呟く。


 夢の中では私ではなくアーナリーを手に抱いているのか幸せそうな笑顔を浮かべて『アーナリー』と呼んでいる。


 屈辱と怒りに苛まれ私が壊れてしまうのではないかと思うほどだった。





 ベッドの上でもそれ以外でも言葉を交わすこと無く結婚して三ヶ月ほどした時、私が妊娠した。


 執事を通して妊娠を伝えたにも関わらず夫婦の寝室に来るようにと執事に伝えられて、私は即座に断った。


 妊娠しているのに閨事の相手をする必要などないと私は思っていたのだけれど、ロナルドは違うようだった。


 その日の夜、私の私室のドアが叩かれた。


「夜、寝室に来るように伝えただろう」


「はっきりお断りしました。妊娠したのに欲望のはけ口になるつもりはありません」


「欲望のはけ口なんかじゃない! エバリー、君を愛しているんだ」


「あっははははっ!! 笑えない御冗談をっ!!」


「冗談なんかじゃない。私は本気でエバリーとやり直したいんだ!!」


「ご都合のよろしいことで。私を愛しているというならなぜ欲望を吐き出しながら『アーナリー』と呼ぶのです?」


「えっ?」


「夢の中では二年生に戻っているのでしょうか? それともアーナリー様と結婚されたのかしら? 幸せそうな顔をして『アーナリー』と呼んでいらっしゃいますわよ」


「いや、そんなはずは⋯⋯」


「ふっふふ。そこまでアーナリー様を求めているのならどうして私と婚約を解消してアーナリー様と婚約しなかったのです?」


「今私が愛しているのはエバリーだ⋯⋯。アーナリーの名を呼んだりしていない!!」


「毎晩呼んでいらっしゃいますよ。私は心からあなたに嫁ぎたくなかったわ! でも誰も許してくれなかったっ!!」


「⋯⋯アーナリーには自国に婚約者がいたんだ⋯⋯それに私にはエバリー(婚約者)が居たから⋯⋯」


「皆が皆不幸になる形を選ばれたのですね。最悪ですわ。あなたも私も幸せになっていないじゃないですか!


 ああ。でもアーナリー様は幸せに暮らしているのかもしれませんね。旅の恥はかき捨てと言いますものね」


「アーナリーはそんな人間ではないっ!」


「では幸せに暮らしているだろうかとお手紙でも送られていかがです? どんな返事が返ってくるのか楽しみですわね」


 その日の夜は結婚して初めてロナルドの欲望のはけ口にならずに済んだ。




 それから二週間ほど経ったある日アーナリーからの手紙がロナルド宛に届いた。


 アーナリーの苗字が変わっていたので結婚したのだろう。

 

 手紙からほのかに甘い香水の香りがする。


 この香りを嗅いで自分を思い出せとでもいいたいのかしら?


 いやらしいことをする人だと思わず笑ってしまった。


 なにかあったときのことを考えて裏に書かれている住所を書き写しておく。


 ロナルドの執務机の上にアーナリーからの手紙を目立つように置いてあげた。




 その日の夜、酷く酔ったロナルドが乱暴に私の私室の扉を叩いた。


「誰も彼も私を馬鹿にしやがって! エバリー!! ドアを開けろ!! 妻の義務を果たせ!!」


 と暴れていた。執事やロナルドの侍従がやって来て「奥様は妊娠されていますからそのように酔っている時にお相手はできません」と言っているのが聞こえ、しばらくすると静かになった。


 客室のベッドにでも放り込んだのだろう。


 翌日昼頃に目を覚ましたロナルドは慌てて仕事へと出かけて行った。


 執事が「旦那様が出かけられました」と伝えに来たので鍵を開けて部屋からやっと出ることができた。


 遅れた仕事を手早く熟しロナルドのサインが必要な書類があったため、誰かにロナルドの執務室に持っていってもらおうと思ったのだけれど生憎そばには誰も居なかったため自分で届けるしかなかった。


 アーナリーからの手紙は私の手ずから持って行ってあげたいと思ったけれど、この屋敷に関する書類をいちいち持っていくのは面倒だと思いながらロナルドの執務室のドアを開け昨日と同じように机の上に置いた。


 さっさとこの部屋から出ようと振り返った時丸めた何かがゴミ箱の横に落ちているのが目についたので、なんの気なしに拾い上げた。


 ふっふふ。


 アーナリーからの手紙だった。


 机の上でシワを広げて目を通していく。


 アーナリーは自国で新婚生活を堪能しているようだ。書かれている言葉の端々から幸せな様子がうかがえる。


 ロナルドも新婚で幸せなのでしょうねと書かれていて二年生のあの短い期間に燃え上がる恋は本当に楽しかった。過去のことだから言えることだけれど。と。


 今も楽しい。幸せだ。と何度も何度も書かれていた。


 ほらね。不幸せなのは私たちだけ。


 アーナリーはこの国でも自国でもいいとこばかり味わっているのよ。


 アーナリー一人幸せだなんてずるいわ。


 あなたも落ちればいいのに⋯⋯。





 私の執務室に戻り一番上等な便箋と封筒を用意した。


 私のようにアーナリーが先に手紙を見る場合もあるので送り主の名は偽名を書いた。


 宛名の横には『親展』と書き添えた。


 はじめに偽名で手紙を送ったことの謝罪を書いた。


 そして長い時間を掛けてこの国でアーナリーが私の婚約者としてきたことを書き綴った。


 二人が如何に愛し合っていたか。


 そして私たちの婚約を如何に駄目にしたか。

 

 書かれていることが嘘だと思うならほんの少しでいいので調べてみて欲しい。


 学園に在籍していた全員が知っているから。と。


 そして最後にアーナリーは本当に処女でしたか?と書いた。


 住所と氏名を書いて、二度読み直して封をした。


 少し厚い手紙になってしまったけれど、この手紙がアーナリーの夫の手に渡ることを願った。




∥∥∥∥∥∥



「旦那様。国境を越えた親書が届きました」


「誰からだ?」


 手紙を受け取りその厚さに少し驚く。送り主の名前に心当たりがなくて封を開けるのに数瞬躊躇した。


 毒や刃物を敬遠したため、手袋をしてペーパーナイフで封を開け中の手紙を取り出した。


 封書と同じ流麗な文字で妻のアーナリーが見る可能性があるため偽名で手紙を送ったことが書かれていた。


 そこには妻が留学先の学園でどのように振る舞ってきたかが書かれていた。


 (にわか)には信じられなくて途中で読むのをやめようとした辺りで『嘘だと思うなら少しだけ調べてみてください」と書かれていて続きが気になって読み進めてしまった。


 最後に『アーナリーは本当に処女でしたか?』と書かれていてそれについては私自身疑っていたこともあって、手紙の内容を信じてしまった。



 執事にエバリー・ゴーカストという女からの手紙を読むように渡した。


 執事は最後まで読むと目を見開いて驚いている。


「そこに書かれていることが事実かどうか調べてくれ」


「よろしいのですか?」


「ああ。少し一人になりたい」


 黙って出ていく執事に背を向けて窓の外の空を見上げた。




 書かれていた手紙を読んでいろいろなことが腑に落ちた。


 妻も時折寝言で『ロナルド』と呼んで幸せそうに笑うことがある。


 勿論私の名を呼ぶときもある。


 この国の私たちの周辺に『ロナルド』は居なかったので留学先のクラスメイトだろうとは思っていた。


 まさか夏の学期の短い留学で恋をして処女を失って帰ってくるなんて考えもしなかった。


 留学から帰ってきた日、涙を流して「会いたかったわ。一年はとても長かったわ」と泣いていたのは何だったのか?


 私が恋しかったのか、それともロナルドが恋しくて泣いたのか?





 それから調査が終わるまでは妻とは一定の距離を保った。

 

 不満げにしていたが忙しいの一言で遠ざけた。



「旦那様、残念なことにあの手紙に書かれていたことは本当でした。

 ロナルド・ゴーカーストという男は伯爵家の一人息子で、十三歳の時にロナルド自身が望んで手紙の女性エバリー・マラッカムと婚約したそうです。それはそれは仲睦まじい関係だったようです。

 

 それが二年生の二学期になり奥様が留学した途端、奥様とロナルドは誰はばかること無く手紙に書かれていた通りのことをしてきたようです。

 二人が深い関係になったのは二学期が始まって経った二週間ほどのことのようです。

 

 一度越えた一線は簡単に越えることができたようでほぼ毎日のように連れ込み宿や学園の片隅で交わっていたそうです。

 何人かの目撃者も見つかりました」


「そう、か……信じたくないと思っていたが、やはりなと思うほうが勝ってしまうな」


「どうされるのですか?」


「アーナリーは妊娠していないのか?」


「妊娠しておられません」


「そうか。⋯⋯アーナリーのせいでここまで不幸な夫婦を作ってしまったんだ。

 アーナリーにも責任を取らせねばならないだろう」


「旦那様はよろしいのですか?」


 拳を握りしめて机に振り下ろした。


 ドン!! と大きな音が鳴る。


「私は裏切られるのは好かない。アーナリーをここに呼べ」




「あなた。お呼びだと伺いましたが?」


「アーナリー、君は今幸せかい?」


「ええ。とても幸せだわ」


「そうか。でもその幸せも今この瞬間までだな」


「え?」


 エバリー・ゴーカーストからの手紙を机の上に置いた。


「読みなさい」


 アーナリーは首を傾げて手紙を読み進めると体をガタガタと震わせた。


「あなた! この手紙は嘘です! わたくしのことを信じてくださいますよね?」


「とりあえず最後まで読んだらどうだ?」


「読む必要などありません!! こんな誰か解らない女のいうことを信じるのですか?!」


「いいから最後まで読みなさい」


 アーナリーが視線を落として手紙を読み進めていく。


 最後まで読んで「違います! これは嘘です!!」とプルプルと首を振る。


 涙をこぼしてさも自分は被害者だと言っている。


「こんな手紙を信じないでください!! 私たちの幸せを壊そうとしている狂人なんかの言う事を⋯⋯」


 私は調査報告書をアーナリーの前にパサリと置いた。


「これにも目を通しなさい」


 アーナリーの手はブルブルと震えている。


 何度か掴みそこねるが視線は文字を読み進めている。


「うそっ⋯⋯!」


 子供がイヤイヤをするように首を横に振る。


「違うの。愛しているのはあなただけなの」と言った。


 私は声を出して笑いが漏れた。


「馬鹿にするなよ。初夜の瞬間からおかしいと思っていたんだ。

 お前の体は処女ではありえない敏感さだった

 出血の状態もおかしかった。

 私には纏わりつかずシーツだけにあれほどの量の出血するはずがないと思っていた。

 ただ確証がなかったから口を噤んでいただけだ」


「違うの! ほんの一時の気の迷いなの!! 愛しているのはあなただけなの!! 信じて?!」


「この結婚の最初から嘘ばかりなのに何を信じろと?


 とりあえず荷物を纏めさせている。荷物が積み終わったら出ていけ!!

 離婚についての話はお前の父とする!!」


「ごめんなさい! 許してっ!! 愛しているの!! 離婚だなんて言わないでっ!!」


 私が一つ手を振ると執事と侍従がアーナリーを部屋から連れ出し、そして屋敷からも連れ出した。


 義父との話し合いは簡単に終わった。

 三日も掛からなかったほどだ。


 慰謝料の請求は私とエバリー・ゴーカーストの連名で行った。

 普通では考えられないほどの金額を請求したが、義父は金をかき集めてきて支払った。


「よくこれだけ金がありましたね」


「あちこちからの借金とアーナリーを娼館に売った」


「そうですか。自分のしたことの責任は自分で取らなければなりませんね」


 そう言い残して私はアーナリーの実家を後にした。





 私は慰謝料の半分を持ってエバリー・ゴーカーストの元へと向かった。 



 現れたのは少し(やつ)れているけれどアーナリーと比べても可愛らしい女性だった。


 名を名乗ると手を口元に当て声を呑み込んでいるようだった。


 応接室に案内されてアーナリーとの結末を話した。



「離婚されたのですね」


「はい。結婚前の不貞は許せるものではないので」


「そうですよね⋯⋯」


 いろいろなものを諦めている風情(ふぜい)で気の毒に思った。


 婚約解消を望んでも認められず、離婚を望んでもそれも認められず一番の被害者はこの女性だろう。


 慰謝料と報告書を渡してそれで帰るつもりだったのに、つい口に出てしまった。


「私と一緒に逃げますか?」


 目を見開いて喜び、そして諦めたのか「ご迷惑をかけてしまいます」と言った。


「離婚できないなら物理的に距離を開けるしかないでしょう。私の家に来ればいい」


「本当に、いいんですか?」


 私は力強く頷いて手を差し伸べた。


 エバリーという女性は震える手で私の手を取った。





 エバリーは着替え一つ持たず客を送り出す仕草で私の馬車に乗り込んだ。


「子供は連れて行かなくていいのですか?」


「悲しいことに愛せないんです。愛しいと思えない!! 自分が産んだ子供なのに!!」


 私はエバリーの横に座り抱きしめて胸を貸した。


 長い時間声を出して泣いてからエバリーは顔を上げた。


 私の胸元を見て「ごめんなさい。涙で汚してしまいました」と謝ってからは「ふっふふふ」と笑った。


 エバリーは私の屋敷に着いたときにはこぼれるような笑顔を浮かべていた。





 エバリーを連れて帰ると家の者たちは驚いていたが、エバリーにそれを気付かせるようなことはなかった。と思いたい。


 執務室に入るなり執事の表情が一気に曇る。


「何をお考えなのですか?」


「すまん⋯⋯。衝動的に連れ帰ってしまった。実は何も考えていない」


「旦那様⋯⋯」


「いや、エバリー夫人があまりにも哀れだったんだ。寄る辺ない子供のようで何もかも諦めた顔をしていて⋯⋯」


「旦那様。使用人であるわたくしに言い訳をする必要はありません。この先起こるであることを考え対処することを考えていただきたいと思います」


「ああ。そうだな。 

 こちらが集めた報告書やアーナリーがどうなったかなどの書類はあちらのテーブルの上においてきたから私が連れ帰ったことはすぐに解るだろう。

 さて、ロナルド・ゴーカーストはどうするかな?


 ま、とりあえず溜まった仕事を片付けるか。


 エバリー夫人のことはタリアに任せる。

 身一つで逃げてきたからな、着替えなんかも準備してやってくれ」


「かしこまりました」


 

 溜まった仕事を片付けて余裕が出てきたころ一通の手紙届いた。


 ロナルド・ゴーカーストからで、私の名を知らないのか、書きたくなかったのか家名しか書かれていない手紙だった。


 想像通り妻を返せというものだった。


 エバリー夫人にその手紙を見せてどうしたいか聞くと「とにかく離婚したいです」と答えた。


 それにいつまでも私に世話になるわけには行かないので私にできそうな仕事を紹介して欲しいと頼まれたが、あまり体調が良くないとタリアから聞いていたので、今はまだ体を戻すことだけ考えてゆっくりするようにと伝えた。


 ロナルド・ゴーカーストからの手紙は私はとりあえず無視した。


 そのうち本人がやってくるだろう。




 エバリー夫人は国から離婚届を取り寄せて自分の欄はすべて記載して、ロナルド・ゴーカーストに離婚してほしい旨を書いた手紙を出したそうだ。


 それに対して離婚はしないと速達扱いで手紙が届いた。

 

 それから週に一度哀れな男の手紙がエバリー夫人の手元に届くようになった。


 エバリー夫人の実家からも手紙が届く。


 ご両親は最初こそゴーカーストに帰るようにと言ってきていたが、今はもう好きにしなさいと一度書いてきてからは体調や離婚の後押しをするから帰っておいでと書いてくるようになったが、エバリー夫人はロナルド・ゴーカーストの近くに帰りたくないと言ってこの国に残ることを選んだ。


 ロナルド・ゴーカーストからの手紙の内容はいつも一緒だ。


 まるで脅すように『赤子が可愛くないのか?』 とか『愛しているんだ』というようなことがつらつらと書かれているだけのくだらない手紙だ。




 エバリー夫人と時折一緒に食事をしているが、今はもうすっかり体調も戻ったようで初めて会った頃に比べるとふっくらしている。


 それでもまだ標準よりも痩せているが。


 


 子爵令嬢が伯爵夫人になったエバリー。


 後少しで二十歳の女性にどんな仕事を世話すればいいものか。悩ましいところではある。


 子供の世話を紹介するのは酷というものだろう。家庭教師は駄目だな。


 離婚が成立していれば後妻の紹介ならできるのだが、それはできない。


 執事や侍従たちは「エバリー様とご結婚されればいいのでは?」などと簡単に言ってくるが、エバリー夫人に「離婚が成立したら私と結婚するかい?」って聞いたところ「今は離婚もできていないので考えられません」とお断りされてしまった。


 エバリー夫人と再婚かぁ⋯⋯。





 エバリー夫人を屋敷に連れ帰ってから一年と三ヶ月が経った。


 やっと私の目の前にロナルド・ゴーカーストが座っている。


 エバリー夫人が産んだ子供を連れて。


 こんな小さな子供を連れて長旅をするなんて浅はかすぎる。


 

「エバリーに会わせてくれ!!」


 今頃来てなにがしたいんだと思ってしまうな。本当にエバリーを愛しているならもっと早くに来ていただろうに。


 私なら取るものも取りあえず迎えに行くわ。


 一年は間を空け過ぎだろう。



「今頃何をしにきたんです?」


「すぐに帰ってくると思ったんだ!!」


「帰らないでしょう。あなた、何をしたか理解しています?」


「⋯⋯婚約者がいたって心が移ろうことなど誰にもあることだろう?!」


「ええ。確かに。でもそれを上手に隠すものではないですか? 婚約者がいるんだから。でもあなたは堂々とそれをエバリーに見せつけていたんでしょう?」


「人の妻を呼び捨てにするなっ!!」


「エバリーとは友人になりましたからね。

 何もしなくてもいいと言ったんですが、何もせずに世話になれないというので今では私の仕事を手伝ってもらっていますよ」


「エバリーに手を出したのか!!」


「誰も彼もが自分と同じ低俗な人間と思わないでいただきたい」


「私が低俗だというのか!!」


「ええ。

 とりあえずエバリーから離婚届を預かっています。サインしてもらえますか?」


「離婚はしないと言っている!!」


「でもエバリーは貴方の下には帰らないですよ?」


「エバリーはエシャロットにも会いたくないというのかっ?!」


「ええ。その子はゴーカーストの子であって私の子供ではないと」


「そんな⋯⋯」


「正直ね。貴方たちはね、結婚すべきではなかったんですよ。それくらいは理解しているでしょう? なのになぜ結婚したんです? 結婚する時エバリーのことを愛してなどいなかったでしょう?」


「子供の頃から結婚はエバリーとするものだと思っていたんだ! それにアーナリーは居なかったし⋯⋯」


「なんだろう。話にならないとしか思えない。もうお引き取りいただいてもいいですかね?」


「エバリーに会わせてくれ!!」


「またそこからですか⋯⋯。

 一度会って話をしたほうがいいのではないかとは言ったのだけどね、顔も見たくないそうです」


「うそだ⋯⋯」


「私がそんな嘘を言って何になるんです?

 結婚してしまったなら貴族なら我慢すべきかもしれないですが、過去に愛し合っていただけに裏切りは許せないこともあるんだと思いますよ。

 それにエバリーを抱きならがらアーナリーの名を呼んでいたんでしょう? 堪えられないでしょう?

 仮にエバリーを抱いている時にエバリーが私の名を呼んでいたら貴方、堪えられますか?」


「⋯⋯⋯⋯」



 長い時間返事がない。少しは理解できたのか。


「離婚届にサインを」


 また長い時間離婚届を眺めていたロナルド・ゴーカーストは子供が泣き出したことで大きな息を吐き出してペンを手にした。


 そこからまた長い時間躊躇して、泣き止まない子供に背を押されるかのように離婚届にサインして子供を抱き上げた。


「離婚届はこちらで対処しますのでこのままお帰りください」


「エバリーには会えないのか?」


「会っても仕方ないでしょう?」


「そう⋯⋯だな。愛していると伝えてくれないか? 何時でも帰ってきていいと」


「伝えておきましょう」


 伝えることはないだろうなと思った。


「なぁ、アーナリーは本当に娼館に売られたのか?」


「私には関係無いことなので確認は取っていませんが、そちらのお屋敷にアーナリーを売った領収書があったでしょう? なので多分売られたのだと思いますよ」


「アーナリーを許せなかったのか?」


「ええ。私もアーナリーを愛していましたからね」


「愛していたら許すものじゃないのか?」


「結婚前から婚約者以外と関係を持つ女に跡取りを産ませることはできません」


「⋯⋯そうだな」


 この男は結局誰を愛していたんだろう?




 ロナルド・ゴーカーストが抱いても泣き止まない子供はエバリーを連れ帰るための道具でしかないのだろうか?


 あの子供はロナルド・ゴーカーストに愛されているのだろうか?


 私が気にしても仕方のないことだと思い、エバリーの代わりにあの子のことを覚えていていてあげたいと思った。







 エバリーと話し合った結果、エバリーは屋敷に残ることになった。


 離婚届は実家に郵送で送って対処してくれるという。



 離婚が成立したと連絡があったのはロナルド・ゴーカースト来た日から一ヶ月ほど経ってからだった。


 その半年後、私とエバリーは婚約した。


 半年ほどの期間を開けて二人だけで式を挙げて、お披露目会は盛大にすることにした。


 ふたりとも再婚だしな。


 この屋敷に来た頃のエバリーとは違って今は楽しそうだ。


 何もかも諦めたような顔はもうしていない。


 その事が嬉しい。




∥∥∥∥∥∥



 エバリーとの離婚届にサインした日の夜、私はアーナリーが売られた娼館の領収書を握りしてめていた。


 ここまで来たのだからひと目会いたい。


 エシャロットを乳母に任せて娼館を訪ねた。


 そこには私が愛したアーナリーは居なかった。


「あんな気位が高いばかりの女は客に嫌われるんですよ。いやね、最初は貴族女を抱けるってね人気があったんですが、やってる最中に泣いたり『こんな筈じゃなかったのに』と恨み言ばかりを言うんで他の店に売ったんですよ」


「その店を教えてもらえるか?」


「やめといたほうがいいんじゃないですかね」


「なぜだ?」


「うちは病気対策や妊娠対策に力入れてますが、他の店は⋯⋯。ねぇ⋯⋯」


「とりあえず教えてくれ」



 そんな会話を三件ほど繰り返して辿り着いた店は最下層の店だった。


 アーナリーと言っても誰も解らず元貴族の女だと言って現れた女は確かにアーナリーだったけれど、見る影もなかった。


 私に気がついて「迎えに来てくれたのね!!」と抱きついてきて、許しもしていないのに口付けてきた。


 体からは異臭がして口から吐く息は鉄錆た匂いがした。


 慌てて引き剥がして背を向けて走り逃げるしかなかった。


 アーナリーが私の名を呼んで泣き喚いていたけれど恐ろしくて振り返ることはできなかった。





 アーナリーに会いに行くんじゃなかった。


 やっぱり私にはエバリーしかいなかったんだ。


 二年生の時、アーナリーが留学さえしてこなければ、私は今頃エバリーと一緒にエシャロットを可愛がっていたはずなのに⋯⋯。


 今夜も一人のベッドで後悔ばかりしている。






     Bパート終わり







 

最後まで殺すか?(殺害)殺すのか? と悩み続けた二つの結末です。

殺害する話は何本か書いているので殺す以外でこの話を終わらせる結末が二つ浮かびました。

どちらも選べなくて二つとも書いてしまいました。

文才⋯⋯だけではないですね。アイデアの無さにもう何十度目かの肩が落ちました。

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― 新着の感想 ―
ロナルドの愛ってのは自己愛ですかね 自分さえよければそれでいい、俺が幸せなんだからお前も幸せだろ不満なんて言うな なんていうか結婚なんてするべきじゃない人間ですね
もやもやしたの心の中で展開されたAパートの裏側: 隣国に女子学生の短期留学ができるような世の中だ。隣国に親戚のいる貴族だってよくいる。 これが庶民が通う学校なら、アーナリーのひと夏の恋は発覚しなかった…
Bパートをもう少し先まで見てみたかったです!(笑)。 本作→感想→画面戻る→「!!」→今ココです。 驚いたのは本作と感想読後の題名を改めて見た時、「あぁ…“ロナルド”が主人公だったんや」と感じたから…
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