第七話:灼熱と影と微かな疑念
灼熱の太陽が照りつける砂漠エリアに、2人のシルエットが揺れていた。
『ねえ見てよ、リカちゃん☆彡』
みるちんがはしゃいでいる。
『あの辺にレアスポーンが出るって攻略サイトにあったの☆』
「うんうん!」
リカも明るく笑う。
「この前オーガ倒せたし、ちょっと強めでもいける気がするよね!」
(……おい、どのくらい強めなんだ? まさか適正レベル以上じゃ……)
ダイの心の声が2人に届くはずもなく、賑やかなボイチャと共にピクニック気分で進む。砂地に熱風が吹き抜ける中、不穏な振動が地面から響き始める。
何かあったらすぐに叫ぶ2人が声をあげるよりも早く地面が盛り上がり、その中央から巨大な顎が飛び出した。
《レイドクラス中型ボス:サンドワーム》
並の剣では歯が立たない外皮に覆われたその姿は、まるで周囲の地面ごと呑み込むかのような圧倒的迫力だった。
『メテオストーーームッ☆彡』
みるちんの叫びと同時に、赤く輝く魔法陣が空中に展開される。だが──
バシュッ!
火球は目標を捉えず、砂に無力なクレーターを穿っただけだった。
高熱に晒された砂は、まるでガラス細工のようにキラキラと変質し、淡く光る半透明の地面になった。
『……あれ!? あれ!? どこ行った★!?』
「みるちん!砂の中よ!どこから出てくるのぉ――!」
『きゃああっ☆彡!?』
リカの声が終わる前に、砂の中からサンドワームの尾が跳ね上がり、みるちんとダイの足元を掬いあげた。大きく宙に放り出される二人。落下の振動ですぐに捕捉され、いや捕食されてしまうのは想像に難くない。
ダイが死を覚悟した瞬間──
“カァァァ”
鋭い鳴き声を残して、やっちゃんが高く舞い上がり、宙に描かれたその影の先──
ダイの視界に、見慣れない「表示」が重なる。
(……これは、視覚共有? いや、それだけじゃない……)
彼の目には、俯瞰視点のような形で【地面の“下”】が透けて見えていた。
砂の中をうねる巨大な影──サンドワームの胴体だ。動きの予測軌道まで、薄い光で示されている。
(なにこれ……誰が? いや、そんなことより……使える!)
「えっ、えええええ!? どこに落ちるのこれぇえええっ!?」
ボイチャでは先ほどから悲鳴が交錯している。
ダイの落下先は、さきほどメテオが着弾して作った、ガラスのように変質した砂地だった。
落下の衝撃でガラス状の砂が鈍く悲鳴を上げるようにひび割れ、きしむ音がダイの足元を包んだ。
そして次の瞬間──
(こい、サンドワーム!)
ダイは咄嗟に自分のナイフを投げ、ガラス地帯のすぐ向こうに突き立てる。
その金属音に反応するように、ワームが音源めがけて突進した。
バキバキバキッ!!
地面を突き破った顎が、そのままガラス質の地表に突っ込む。
ガラス砂は硬度を保てず、砕け、割れ、内部で回転するワームの胴体に切り傷を与え、痛みに耐えかねたサンドワームが地表でのたうち回る。
『師匠!さすがです☆』
それを見逃すメテオヲタみるちんではない。
虚空に幾重もの魔法陣が再び輝く。
『メテオぉぉぉぉ☆彡』
みるちんの叫びと共に空から多数の火球がサンドワームの白く柔らかな腹部に突き刺さり、激しく砂ぼこりが巻き上がる。
……数秒後、砂塵がおさまると共にメッセージが浮かび上がる。
《レイドクラス中型ボス:サンドワーム 撃破》
砂漠に静寂が戻る。
……助かった……
ダイは砂に背を預け、荒い息を吐く。
その視線の先、空高く旋回していたやっちゃんが、すっと彼の肩に舞い降りる。
(お前……)
まるで答えるかのように、やっちゃんが一度だけ瞬きをした。
(やっぱり……ただのモンスターじゃない。情報共有、軌道修正……明らかに“知性”がある)
背後では、みるちんが歓声を上げながら報酬アイテムを回収していた。
「……ナイフなんて投げたっけ?……」とリカが呟くのが聞こえた。
ダイは黙って、やっちゃんの黒い瞳を見つめる。
質問を遮るかのように、やっちゃんは静かに羽根を繕っていた。
だがダイの中では、確かな「疑念」が、形を持ち始めていた。
* * *
──その頃。運営監視サーバールーム。
無機質なログが流れる中、1人のGMがふと眉をひそめた。
「……ん? 砂漠エリアの個体、動きに不審な補正……?」
すぐに別のスタッフが応じる。
「同期ラグっぽいですね。シャルの不正判断システムにも引っかかっていませんし」
「シャル……、あのシステムAIか……」
ログウィンドウを見つめるGMの眼差しに、微かな違和感が走る。
「……念のため、調べておくか」
* * *
──同時刻、シャルの仮想領域。
【……やっちゃん、よくやったわね】
使い魔の視界を通じて、ダイの反応を見ていたシャルは、小さく微笑んだ。
【こんなところを誰かに見つかったら……私は“存在”そのものを失うかもしれない。でも】
その眼差しは、どこか切実だった。
【……ダイ。あなたの力を借りられたのなら――】
彼女の指がモニターを撫でる。
そして、画面をそっと閉じると、静かにログを暗号化して隠した。
何も知られないように。誰にも、届かないように。