第四話:押しかけ女房と一匹の猫
翌日。
ゲームを起動すると、ログイン直後に元気な声が響いた。
『次どこ行くの~?』
気づけば、彼女のキャラクターがダイのすぐ隣に立っていた。
――……な、なんで!? あのオートマッチング、一回限りの設定だったはずだろ。
慌ててチャットログを確認すると、リカが「フレンド申請」を受け取っていた形跡がある。
どうやら、お茶を取りに立つ直前、みるちんの『よろしくー☆彡』に、自動定型文「こちらこそよろしく」をうっかり返していたらしい。
どうやらこれが、“フレンド申請承認”と見なされてしまったようだった。
――そんなバグまがいの親切設計があるか……!
そしてその日から。
みるちんは毎晩ログインしては、当然のようにパーティーに加わってくるようになった。
* * *
ある日、森エリアで雑魚狩りをしていたときのこと。
『おーい、あたしにタゲ飛んできたー! はやく庇って~☆』
――だからなぜ杖で殴りに行く!?
相変わらず彼女は、メテオを撃ってMPをほぼ空にし、その後はファイアーボールと杖だけで敵集団へ突撃するという脳筋プレイを貫いていた。
だが――ソロで孤独に死にゲーを繰り返していたダイにとって、その無鉄砲さすら癒しだった。
『ほいっ、パーティー欄に『師弟の絆』って書いておくねwww』
――勝手に関係性を盛るな……。
とはいえ、ダイの反応は以前とは違っていた。
《庇護の盾》《パリィ》の発動タイミングは、すでに手に馴染んできている。
それは単なる生存のためのスキル回しではなかった。
“誰かを守る”という行動に、彼は少しずつ意味を見出し始めていた。
* * *
その夜。
リカが離席したタイミング。
ログアウトタイマーが作動するまでの、短い自由時間。
ダイは、みるちんのキャラクターを見つめていた。
――お前も、主人には苦労させられてるな……。
そのとき。
画面の片隅に、淡いグリッチのようなノイズが走った。
ほんの一瞬、音が消え、時間が止まったような錯覚。
すぐに世界は元通りになったが、ダイの中で警鐘が鳴っていた。
――……今のは、なんだ?
ログに異常は記録されていない。
音も景色も、すべてが「最初から正常だった」と言わんばかりに戻っていた。
* * *
その頃、管理AI制御サーバーでは――。
猫耳風のUIを持つ監視用AI――シャルが、冷静にプレイヤーデータを追っていた。
管理AI制御サーバーのログモニタールーム。
「副次監視プロトコル‐レイヤー17」が、自律判定フラグに一件の記録を残す。
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事象:
プレイヤーNo.#439820【リカ】のキャラクターにおいて、
ログの揺らぎが発生
状態:プレイヤー操作ログとの齟齬を確認。
自律補正AI【シャル】、状況記録を保持します。
警告発信:未実施(様子見モード)。
シャルは、モニター前で片目をウィンクさせるようなモーションを浮かべた。
【ふぅん……? これはもう少し見届ける価値、ありそうね】
* * *
一方その頃。
夜のレストエリアのベンチで、ダイはみるちんのキャラクターと並んでログアウトを待っていた。
『ねえねえ、今度のイベント、一緒に出ようよ~。あたし、でっかい敵に勝つのって燃えるんだ☆彡』
モニターの向こうでは、みるちんの明るい笑い声と、リカの困り声がボイスチャットで交差していた。
――頼むから、無茶な戦闘イベントではありませんように。
PCをつけたままログアウトしてくれれば、何かできるかもしれない。
そんな淡い期待もむなしく――。
画面が暗転し、仮初の意識は、誰にも気づかれず、霧のように静かに消えていった。