第三十七話:突然の別れ
21億5千万。
SNSで騒がれているその数字を見た瞬間、GMオギノケイは目を細めた。
「……なるほど。符号付き32bit整数の理論上限──およそ21億4748万を僅かに超えているか。正常に処理されているとは考えにくいな。何らかのオーバーフローが発生している可能性が高い」
セイン=レギアの耐久値は7億5千万。
運営が用意した「特別仕様のカウントダウンレイド」として、火力インフレ気味な今のユーザー層を前提に設計したつもりだった。
だが、実際にはその約3倍のダメージが、叩き込まれた記録があった。
「想定の範囲外すぎる……火力計算式は壊れてないか?」
すぐさま戦闘ログを遡る。
まず異常を起こしたのはセイン側の演算モジュールだった。
ダメージログの突入とほぼ同時に、AIの応答処理が一時停止。
「オーバーフロー……か。こりゃ、いったんシャルに演算代行が入ったな」
AIシャルが自律判断で演算の肩代わりをしていた痕跡も確認できた。
そこには問題はなかった。実際、すぐにセインは復旧し、その後の戦闘も正常に継続されていた。
──問題は、「なぜ」それほどの火力が瞬時に叩き出されたか、だ。
SNSの話によれば、該当の一斉射撃はプレイヤー主導のイベント、「火力ちーむ杯」なる即興コンテンツだったらしい。
「火力ちーむ、ね……。まあ、見ればわかるが、どうせPvE特化の脳筋連中だろ」
運営に無許可で開催されているユーザーイベントなど、基本的には放置対象だ。
が、参加者リストをスクロールしたオギノの指が、不意に止まる。
「……ダイ?」
ほんの一瞬だけ、眉が動く。
──ログ欠損事件。
あの不可解な戦闘記録の消失。AIの応答遅延。そして、異様に運のいい、ラック極振りのキャラクター。
「偶然……か?」
だが、オギノの直感がそれを否定していた。
「気になるな……もう少し深く調べるか」
手元の端末に指が走る。過去のログ、消えた痕跡、特異な行動パターン。
そして何より、「シャルが演算代行に入った」という一点が、彼の中で警鐘を鳴らしていた。
オギノはシャルが演算代行を始めた、わずか数分間のログに絞り込み、解析ツールで徹底的に精査を始めた。
膨大なデータを追いながらも、彼の視線は冷静かつ鋭く動く。
だが、原因は依然として掴めなかった。
ただひとつ、確実に言えることがあった。
──その瞬間、セインのデータ総量が微増している。
かつて、レギオンの防壁データ総量に同様の微増が観測されたことがある。
あの時は謎の異常として処理され、バグか、あるいは外部からの干渉とされた。
だが今回もまた、増加の「痕跡」だけが残り、内部で何が起きていたのかは完全に闇の中だった。
オギノの頭の中で思考が巡る。
──何かを隠している。
──だが、それが何かは見えない。
──目的も、犯人も、証拠も、ない。
だが結論は、既に心に定まっていた。
「疑わしきは罰する──」
彼は決断した。
AIシャルと、ラック極振りの異端キャラ「ダイ」を、データごと抹消することを。
「こんな不確定要素を放置するわけにはいかない……」
数分後、AIシャルは完全に初期化され、
ダイのキャラクターはゲーム内から跡形もなく削除され、
プレイヤー・リカは永久BANされた。
BANに対する運営からの説明は一切なく、
リカたちは突然の事態に抗議文を送ったが、運営サイドから返答はなかった。
小規模配信「みるちんちゃんねる」の影響力では世論を動かすことなどできるわけもなく……
────意志を持ったシャルとダイは、消えてしまった。




