第三話:地雷級火力女子、降臨☆彡
ダイは、薄暗い湿地帯に立っていた。
ぬかるんだ地面からは湿った土の匂いが漂い、遠くの水辺ではカエルが鳴いている。虫の羽音が風に乗ってかすかに耳へ届き、枯れ枝が草むらで擦れる音が不規則に響いた。薄明かりの空を渡る風が、草葉を静かに揺らしている。
レベル帯的には、ここは適正狩場。ソロでも狩れなくはない。
ただ――敵の湧き速度がえぐい。
(……やっぱり、誰かとパーティーを組んだほうが安定するはずなんだけど)
これまでリカは、一度も他のプレイヤーとパーティーを組んだことがなかった。
ソロこそ正義、という主義らしい。「自分のペースでやりたい」と言っていたが、要するにコミュ障だ。
だが今日は珍しく、オートマッチングをオンにしていた。
(え、えっ、マジで? パーティー申請通った!?)
数秒後、画面左上にパーティーウィンドウが表示される。
――[P] みるちん(Lv.18 ソーサレス)
自分と同レベル帯。職業的にも相性は良さそうだった。
久々に、希望の光が差し込んだ気がする。
だが数十秒後――
『いくよ! 私の最強スキルみせてあげる☆』
突撃しようとした瞬間、横で味方のみるちんが詠唱を始めた。
『メテオ! メテオ! メテオぉおおお☆彡』
(お、おお……って、え?)
呪文:《メテオ(詠唱時間:15秒)》ターゲット:ランダム範囲型、火属性
みるちんの上空に多数の赤い魔法陣が描かれる。
あたりに異常な魔力が立ち込め、敵もざわめき、足を止める。
(いや、ここでメテオはまずい! 敵が近すぎる……!)
バシュウウウウン!!
巨大な火球が天から降り注ぎ、敵と――ダイ自身を燃やした。
ダイ:HP87% → 12%
視界が赤く染まり、『HP残量:危険』の表示が点滅する。
(し、死ぬ……!)
その瞬間、《女神の治癒符》が自動発動。かろうじて持ちこたえた。
(おいおいおい、近距離メテオとかありえんだろ……!)
そのとき、みるちんの声がボイスチャットに響く。
『あれ? 味方巻き込むんだっけこのスキル★』
『まぁええかwww MPカツカツ^^;』
『うち、MP切れたらスライム以下☆ あとは任せた♪』
(任せられるかぁーーッ!!)
それでも、ダイは諦めなかった。
地面を転がりながら敵のヘイトを取り、ソーサレスの護衛に回る。
戦況が多少落ち着いたころ、ダイはみるちんの立ち回りを冷静に観察した。
(基礎魔法以外はバクチ要素の高いメテオしか使わない……詠唱後は肉弾戦??……ステータス……ん?)
気になって、みるちんの公開プロフィールを確認すると、見慣れた配分が目に入った。
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筋力:5
敏捷:5
知力:63
体力:5
ラック:5
《アピールコメント:メテオ全振り☆彡》
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(うわああああああ! ここにもいた!!)
相変わらずみるちんがマシンガントークを繰り広げている。
『てかさーw あんたのキャラ、顔かっこいいねw』
『うちのも見た目重視で選んだよーw』
――理解した。このプレイヤーも、“残念な子”だったのだ。
休憩中、ダイのキャラはその場で棒立ちしていた。
みるちんの天然っぷりは止まらない。
装備しているグレートソードを見て、
『やっぱ太くて長いのがいいよね☆彡』
などと意味不明な下ネタをぶちかましている。
コミュ障のリカも反応に困り、「ちょ、ちょっとお茶をとってくるね」と席を立った。
――このチャンスを、見逃す俺ではない。
先ほどのレベルアップで得られたスキルポイント+2。
ダイは自分の内部ウィンドウを開いた。あと30秒ほどなら、操作が可能だ。
(みるちん……いや、君のキャラが悪いんじゃない。苦労してるのは、俺だけじゃなかったんだな)
静かにスキルツリーを開く。
味方をかばうスキル《庇護の盾》に1。低確率で敵の物理ダメージを無効化する《パリィ》にも1。
戦場では、自分だけでなく“誰か”を守らなければいけない。
それがMMOだ。
「ただいまー!」というリカの声が響いた直後、みるちんは早速、次の範囲型スキルをぶっぱなした。
(まじかよ!!)
ダイは《庇護の盾》で即座にみるちんの前へ出て、《パリィ》により奇跡的にダメージを受け流すことに成功した。
『え、神回避!? うっまwww』
『もしかしてこのゲームやり込んでる? 師匠ってよぶね☆彡』
(……どうか、君の中の人が、そのチャットのノリのまま、画面の向こうで幸せに笑ってますように)
その時、ダイの横に立つみるちんのキャラクターが、ほんのりウインクしたように見えたのは――気のせいだろうか。