第十四話:意外な援軍
静寂の焚火跡。
そこに残る、わずかな擦れ痕と灰色の影。
一見、何もないように見えるその地面には――
確かに、“叫び”が刻まれていた。
それを拾ったのは、プレイヤーではなく、ゲームの“外”にいる者たちだった。
そしてそれが、思わぬかたちで――
世界の「内」と「外」を、つなごうとしていた。
* * *
『はぁ~、きょうも素材ばっかりだよぉ~^^;もうそろそろボス戦したいなぁ☆彡』
いつもと変わらぬ調子で、みるちんの声が跳ねていた。
言葉とは裏腹に彼女の操作キャラは楽しそうに移動し、リカの操作キャラクター――ダイは、表情ひとつ変えず、それについていく。
先ほど焚火の横に、俺が描いたモールス信号は――
彼女たちの注意を引くことなく、地面のかすれた影に溶け込み、消えていった。
(……やはり、この二人はモールス信号なんて知らないか)
とはいえ、他に運営側に悟られないようにメッセージを送る手段は思いつかず、休憩時の焚火のそばにSOSのモールスを残す行動を繰り返していた。
点と線だけでは注意をひかない可能性を考慮し、もうひとつ、こっそりと他の暗号も追加した。
「L」――棒を縦に下ろして、つま先でわずかに横に。
「O」――手首だけ使って回し、火をつつく動作にみえるように。
無意味に見えるが、さりげなく“L.O.”という形になっている。
異常ログとして感知されないよう、細心の注意を払った。
――Low Profile(目立つな)。
情報活動やスパイ用語として一部で使われる隠語。
**「敵に察知されるな」「沈黙を保て」**という意味を持つ。
このメッセージを見抜けるのは、ほんの一握りの目だけだ。
モールスすら知らないリカやみるちんでは意味がわからないだろうが、点と線だけよりは違和感を覚えるはずだ。
――しかし、この二人は全く違和感を覚えることはなかった。
* * *
《Legion=Ark実況☆みるちんちゃんねる!》
平均視聴者数50人前後の、小規模な配信チャンネルだ。
もともとはFPSゲームの実況をメインにしていたが、腕前はお世辞にも上手いとは言えず、敵の視界に入るやいなや撃たれて即リスポーン……ということもしょっちゅう。
あまりの撃たれっぷりに、「トロール(意図的に足を引っ張るプレイヤー)」と誤解されることもあった。
だが、それでもチャンネルは細々と続き、今では一定の視聴者を抱えるまでになっている。
理由はただ一つ――
配信者・みるちんの人柄だった。
天然で憎めない喋り、どんなにやられてもめげないポジティブさ、そして本人はいたって真剣なところ。
上手くないけど一生懸命で、なんだか放っておけない。
そんな彼女を応援する純粋な“みるちんファン”たちが、いまの視聴者層を形作っていた。
そしてその夜も、そんな小さなコミュニティの中で――
異変が、静かに起ころうとしていた。
ハンドルネーム《弾道計算くん》。
元自衛官らしい、ミリタリーオタクの視聴者。過去にも、挙動解析や銃火器のマニアックな解説をして注目されたことがある。
《おい今の見たか!?SOSじゃね!》
〈なにそれwネタ?〉
〈あーまた弾道計算お得意のミリオタ考察かー〉
ざわつくコメント欄。
だが弾道計算くんは引かなかった。
《いやマジ。前回の休憩時にも同じようなのを見かけておかしいと思っていたんだが……そこの焚火横みてみ。》
《ダイのキャラが地面に描いた動き、どう見ても・ ・ ・ ― ― ― ・ ・ ・〉
《これはモールス信号でSOS。んでな……》
彼は一拍おいて、さらにコメントを打ち込む。
《あと、直後に“L”と“O”っぽい線もある。意図的なパターンにしか見えない》
《これ、スパイ用語の“L.O.”――Low Profile(目立つな)って意味かも……うわ、震えるわ》
《つまり、メッセージはこうだ:SOS、だが“静かに扱え”》
コメント欄の雰囲気が変わる。
一部の視聴者がざわつき、数人が動画を確認し始めた。
〈……マジだ。すげぇ、わざとにしか見えない〉
〈やば、これ運営に問い合わせてみたら?〉
そして弾道計算くんが、決定的な一言を打ち込む。
《このSOS、ガチで“助けてほしい”ってメッセージかもしれない。俺たちで、慎重に調べるべきだ》
《何かわからないけど、誰かが本当に“助けを求めている”なら、俺たちが無神経に晒したらアウト》
みるちんちゃんねるでは、見たことのない勢いでコメントが流れる。
* * *
『うわ、やば……^^;って、ま、まって、これほんとにヤバいやつじゃないの……?』
みるちんは配信画面を見ながら、慌ててコメント欄をスクロールする。
『リカリカー!ちょ、お願い!うちの配信みてみて!やばいコメ来てるかも☆彡』
リカは最初こそ困惑していたが、みるちんちゃんねるのコメント欄をみてただならぬ気配を感じる。
アーカイブを見直し、問題の箇所を凝視した。
「……これは……っ」
SOSの線。
その直後に、地面にくねるように残された“英字らしき痕跡”。
言われてみれば……LとOに見えなくも……ない、かも……
(……え、本当に、ダイが“助けを求めている”サインってこと……?)
それだけではない。
このメッセージには、“慎重に動け”という警告が込められているらしい。
「あなたは…助けを求めているの?」小さな声で画面に問いかけるりか。
ダイは静かに、しかし確かに、うなずくエモーションを返してきた。




