序章
夕暮れに染まる湖の光景は何時にも増して美しかった。
もう何度もこの道を走っている二人だったが、これ程見事に赤く染まった姿を見たのはこの日が初めてだ。
琵琶湖
日本一大きな湖として広く知られており、その湖岸をぐるりと周る道路はサイクリスト、いわゆる自転車愛好者達のメッカとされている。
そんな、ある種の憧れともされる風光明媚な道を2台の自転車、2人の女性が走っていた。
スポーツとして公道を走る為の自転車、いわゆるロードバイクと呼ばれる物だ。2人と2台はそれぞれがジャージもバイクもカラーリングやデザイン、メーカーも異なり、けっして統一されているという訳ではない。そんなバラバラの2人だったが、夕日はそんな事をお構いなしに何もかもを赤く染め上げ、まるで揃いのジャージと機材を揃えたチームメイトのようにすら見えた。
前を引く、すなわち先導して風よけとなりペースを作っているのは少し大きめの丸眼鏡をかけていて、小柄な人物で、成長期こそ過ぎているものの、未だ少女のあどけなさを残していた。
イノさんとお揃いみたい。
後続の姿を視界の端に捉え、夕陽色になったお互いを確認すると、ペダルをリズミカルに回したまま、丸眼鏡の彼女はそっとほくそ笑む。
それなりの速度で走行しているはずだが、安定した脚の運びと楽しげな顔色からは、それを感じさせない。後続の君を想う表情は、逢瀬の時を思わせるほどに慈愛と憧憬に満ちていた。
その後に続くのは妙齢の女性。まだあどけない先導の彼女と違い、サイクルジャージにヘルメットという出で立ちをもって尚、大人の女性としての美しさが見て取れる。ヘルメットの中で纏められていた髪が少しだけ溢れて風になびいていた。
どうしてだろう、ルコちゃんの後ろだと凄く安心する。
頼もしい相棒の背中を追いながら、走るその仕草はまだ少しぎこちない。バイクにまだ慣れていないのか、ペダリングはややスムーズさに欠け、下死点で回転が僅かに淀む。それでもより技術の高い先導者に付いて走れているのは、そもそもの身体のポテンシャルの高さによるものだろう。
お互いが尊敬し合う相棒であり、そんな相手とこうして愛すべき琵琶湖ルートを最高のロケーションで楽しんでいる。その事実は他には代えがたいものだ。
あぁ、いつまでもこうして走っていたい。
言葉は交わさず、前後に並んでいて目すら合わせない。それでも二人の想いは一つだった。
このお話は、自転車と湖が結び合わせた、こんな二人の物語。