47 放課後
俺は笑いながら言った。
相手の顔はまるで刃物を握った通り魔でも見たかのように引きつった。
「なっ、なにが悪者だよ? なんだこいつ、頭おかしいんじゃねーか!」
頭のおかしい俺は、目の前の小うるさい悪者の顔面を殴りつけた。
倒れ込んだところに飛び乗って、さらに一発、二発。
「あ、ひっ、や、やめっ……」
何事か懇願しながら、グローブで顔を覆ってミノムシのように丸まってしまった。はやくも戦意を喪失したらしい。情けない野郎だ。金子のほうがまだずっと耐えていた。
あっけない。こんなんじゃ全然足りない。なんの証明にもならない。
「オラかかってこいよ悪人ども、最強の騎士様が全員ぶっ倒してやるよ!」
立ち上がった俺は、リングの外に向かって叫んだ。
その声で場内は一瞬、静まり返った。しかしすぐに、あちこちで怒号やら叫び声が上がる。
その中でも短気そうなボウズ頭が、一目散にリングに駆け上がってきた。
飛び蹴りをかわして迎え撃つ。小手先のテクニックは使わなかった。ただ右を振り回していく。それでも面白いように当たる。
二人目にフックが直撃したタイミングで、横合いから別のやつが蹴りを入れてきた。
初めて一発もらう。逆にエンジンがかかってきて、気分が上がってくる。すぐにやり返す。楽しくなってきた。
また一人、二人となだれこんでくる。
タックルとつかみを警戒して動いていたが、途中でどうでもよくなってきた。さっさとぶん殴ったほうが早い。多人数とタカをくくっているせいでひとりひとり肝が座ってない。殴られそうになると逃げていくやつもいた。「もうやめとけやめとけ!」と止めに入ってきたやつもいたが、邪魔だったからそいつも殴った。
「ちょっと血出てる! 血!」
女子の甲高い叫び声で場が一瞬静まった。といってもただの鼻血だろう。
しかしその一声で、襲いくる波は止まった。何人かが顔や体を手で抑えながら、リングをおりていく。血、というワードに腰が引けたらしい。
俺も何発かもらったようだが、アドレナリンが出まくって痛みを感じない。
「おい、前座でごちゃごちゃやってんじゃね―よ」
人がはけていくリングの上に、でかい図体が上がってきた。いつぞやのミキとやりたいゴリラだった。続けてもう一体上がってくる。こいつもどこぞでバトっていたデカブツ野郎だ。どうやらこの二人の戦いが今日のメインだったらしい。
「おりろよチビ。殺されてーのか」
のしのしと近づいてきて、見下ろしながら凄んでくる。
俺はチビではない。平均はある。こいつらがでかい。
ここにきてボスの登場だ。タッパも体重も一回り上。しかも二体。一部始終を見ていたようだが、まったくビビっている様子はない。
かたや俺はというと、だいぶ疲労がたまっていた。すっかり息も上がっている。 ブランクありすぎ。なにより体力落ちすぎ。
この二人を同時に相手するのは、万全の状態ですら怪しい。掴まれたら終わりだろう。やはりものをいうのはウエイト差。突っ込んでも間違いなく玉砕する。
けれど仮に俺が主人公で、こいつらを悪役とするならば。
ここで主人公はヒロインを守るために、自分を奮い立たせて立ち向かう。たとえかなわない相手だとしても、決して屈しない。殴られても殴られても、立ち上がっていく。
ボロボロになって自分を犠牲にして、ヒロインを守る。ヒロインはその姿に心打たれる。
そして俺が力尽きる寸前でミキが現れて、「私は彼を選びます!」みたいなこといって、周りを黙らせてハッピーエンド。
試合に負けて、勝負に勝つ。
青春モノって言ったらこれだ。ふつうの筋書きならこんな感じ。
でもそんな泥臭いのはいらない。最強の騎士に敗北は許されない。
それどころか、1ミリたりとも苦戦してはいけない。
ムカつくやつを楽勝でワンパンで捻り潰して、あれ? こんなんで勝っちゃうの? と余裕ぶる。
だからもちろん最後はヒロインに助けてもらうなんて結末はもってのほか。
そんな終わりかたをしたら興ざめだ。親父なら本をゴミ箱に投げ捨てて駄作呼ばわりするだろう。
それに実際はそんな都合よくなんてない。
仮にミキが現れたとして、こいつらの前に出ていくとかそんなことしないって。きっと全部バックレて逃げたんだろう。そっちのほうがビビリで怖がりのミキらしい。変にかっこつけるよりずっとかわいげがある。
ユキもあれだけ意味不明に突き放したら、いい加減愛想も尽きただろう。僕ちょっと落ち込んでますアピールしつつ、付き合ってもいないのにキスだの体触ったりだの、たちが悪い。
それで俺はなにをやってるのかって? もとは身勝手なふるまいがたたって、リンチをうけていたバカを助けた。意味わかんね。
どうするか迷ってたが、決めた。こうなったらついでだ。ここは最強の騎士らしく、姫のことも引き受ける。このままじゃきっとクソ親父に、「女一人も守れねーのか」って煽られる。おめーが言うなってやつ。
俺は右手のグローブを外して放り投げた。
すると巨体二人は、少しだけ警戒する素振りをした。俺が光り物か何かを取り出すとでも思ったのか。
けど俺は凶器のたぐいを持っているわけではない。まあ、ある種凶器かもしれないが。
ズボンのポケットからスマホを取り出す。
うわこれ画面ヒビ入ってる最悪だわ。そこまで頭回ってなかった。
俺はスマホを操作しながら言う。
「実は俺さ、ミキとデキてんだよね。あいつ俺にぞっこんでさ。自分から腰突き出して、もう外でもところ構わずしてほしいって」
だいぶ誇張はあるがまったくの嘘ではない。
学園の姫様だとかなんとかって、変に持ち上げるのはもうやめさせたらいい。そしたらどいつもこいつも目が覚めるだろう。本人もやりたくてやってるわけじゃなさそうだし。
「この前もノリノリで手錠プレイ始まっちゃってさ」
「はあ? あのミキがそんなことするわけねーだろ!」
俺もそう思いたかったが、決して嘘は言ってない。
多分こいつらが想像している絵とは違うかもしれないが。
「ほらこれ、証拠」
写真を表示し、スマホを前にかざす。
画面には下着姿のミキが写っていた。やや引きの全身像。手には外したばかりの手錠をぶら下げている。やたらいい笑顔。
これはマジのモノホンだ。あのときはずいぶんご満悦だったので、あとで冷静になったときに突きつけてやろうと隠し撮りした。やられっぱなしじゃ済まさない。最強の騎士はそのへんも抜かりない。それがこんな形で役に立つことになるとは。
巨体二人が、食い入るように小さいスマホの画面を見つめる。ちょっと笑ってしまうこの構図。よほど真偽のほどが気になるのか、ゴリラは写真から目を離さずに声を荒らげた。
「く、くだらねえ加工写真作ってんじゃね―よ!」
「いやこれガチだから。じゃあ一枚五千円でどう?」
「あ、ああっ!? お前それ、本当に本物か?」
「嘘だよやらねえよバーカ。もうお前らが入り込む隙間なんかねえんだよ」
まるでブチっと何かが切れる音が聞こえるようだった。
ゴリラが同時に横目で合図をする。
「おい、まずこのガキぶちのめすぞ」
「おう」
いがみ合っていた二体のゴリラに謎の友情が芽生えてしまった。
共通の敵を倒すためにタッグを組むのは、この前も見たばかりのパターン。ショックで崩れ落ちるとかそういうのを期待していたが、そうはならないらしい。いきなり雲行きが怪しくなる。
「うおおおおおお!」
そのとき謎の奇声がゴリラたちの背後から上がった。片方が前によろめく。何事かと思えば、その背中に何者かがしがみついていた。
「なんだぁ、てめえ!?」
「今だ! やれええええナイトぉぉおお!」
誰かと思ったらスマ彦だった。そういえばいたんだっけ。
いきなりなにやってんだあいつ。変なテンションでバカみたいに暑苦しい。
スマ彦は何事かわめきながら組み付いていたが、もう片方のゴリラにあっさり振りほどかれ、そのままリングに投げられ叩きつけられた。見事なワンパン。たぶんあのゴリラは軽く柔道かなんかやってやがる。
せっかく男を見せたとこ悪いけど、違うんだよスマ彦。
仲間と力を合わせてからくも勝利、とかそういうんじゃねえ。まあ見とけって。
ゴリラたちの注意がスマ彦にそれたすきに、俺はすばやくリングをおりた。
そのまま走って、飛ぶように階段を降りていく。すぐに背後から怒声がして、ドンドンと荒い足音が追ってくる。
一階に降りると、体育館壁際の赤い目印に向かってまっすぐ走っていく。
その途中、床に並ぶ長方形の物体に気づいて慌てて身をかわした。
「おわ、あぶねっ!」
今気づいたが体育館の一角にはドミノが積まれていた。文化祭の催しものらしい。
すぐに背後で悲鳴が上がった。どうやら俺を追ってきたゴリラたちが、ドミノを踏みつけたっぽい。なんという悪者。
「まてやごらぁ!!」
しかしそれすらものともせず、怒声をあげながら追ってくる。本気だ。
ミキ寝どられ写真が相当効いたらしい。いや別に寝取ったわけではないけど。
ドミノ地帯を抜け目的の場所に到達した俺は、足を止めて振り返る。バーサクモードに入ったトロル二体は、もはや物理攻撃では手に負えない。
物理がダメなら魔法だ。
俺は騎士でありながら、魔法が使える。
それも邪悪な敵を聖なる光でつつんで消し去る、最強の光魔法。
こいつを使うのは三度めだ。
いつだったかの訓練で一回。雑魚を蹴散らすのに一回。
おかげで熟練度が上がって、スキルレベルはマックス。詠唱も一瞬だ。
俺は壁にかかった魔法の触媒を手に取った。リミッターを解除する。手にした先端を向けて、ターゲットに狙いを定める。
そしてレバーを握りしめると、襲い来る魔物の群れに向かって、三度目の光魔法を放った。




