42 放課後
「俺さ、変態なんだ。外でやってるやつとか好きで、ああいうので興奮すんだよね。今ここで下着だけ脱いでさ。壁に手ついて後ろ向いてくれる? 立ったまま後ろからやるからさ」
言いながら薄く笑った。ミキは俺の目を見つめたまま、まばたき一つしなかった。
「……って俺が言ったら、どうするつもり?」
彼女の瞳がまばたいて、金縛りが解けたかのように黒目が動く。
ミキは止まっていた息を吐き出すようにして言った。
「……今ちょっと、びっくりした」
「いや、冗談じゃなくてマジかもよ? わからねえよ? 本気じゃないって断言できる?」
ミキが息を呑む気配がする。ふたたび空気が張り詰めた。
俺は黙ったまま、彼女をじっと見下ろした。今度は目が合わなかった。ミキはまるでずっと遠くの景色を見ているようだった。
雨が落ちる音だけが、背後を流れていく。雨脚が強くなってきた。視界の端は雨で白く塗りつぶされ、まるで俺たちは閉ざされた空間にいるようだった。
ミキはゆっくりと視線を落とした。
「それでも、いいよ。星くんが、したいなら……」
そう言うと俺に背を向けて、壁に両手をついた。
わずかに腰を突き出しながら首を振り向け、何かにすがるような目を向けてくる。
俺は腕を伸ばし、曲線を描いて張り出している部分に触れた。スカートは雨に濡れたのか少し湿っていた。
下から手を潜り込ませると、起伏のない滑らかな手触りがした。ユキと同じように、スパッツのようなものを穿いていた。
ゆるい楕円形をなぞりつつ、表面を撫でる。力を込めると、手のひらに柔らかい弾力が返ってくる。かすかに肩を震わせたミキは、じっと俺の顔を見ていた。嫌がっている気配はない。まるで人の機嫌を伺っているようだ。
スカートから手を引き抜くと、腕を腰から回して前に持っていく。下から持ち上げるように、膨らみに触れる。手のひら全体で覆って、軽く揺らすように動かす。指先をめり込ませていく。
雨音に混じって、声にならない吐息がかすかに聞こえた。
こんなところを取り巻き連中に見られたらきっと殺されるだろう。
その前に腕を振り払われて、顔面にビンタでもなんでも飛んでくると思っていた。そう仕向けた。
けれど抵抗はなかった。拒もうとする気配さえなかった。彼女はときおり鋭く息を吐きながら、声を漏らさないよう耐えている。
後ろから抱きついて体を密着させた。細いまっすぐな髪を鼻先でよりわけていく。土と雨の匂いが彼女の匂いに飲まれて消えた。俺は耳元でささやいた。
「ゴム持ってないけどいい?」
「うん」
「初めてなんじゃないの?」
「うん」
ミキは機械のようにうなずくだけだった。
それどころか後ろ手を伸ばして、下腹部に手を触れてきた。まるで形を確かめるように、指を這わせてくる。
一気に頭に血が上った。俺はミキの手をはらいのけた。
「頭おかしいんじゃねーの。付き合ってらんねえよ」
突き放すように体を離した。
ミキは壁から手を離して、俺を振り向いた。呆然とした表情だった。
「あ……お、怒ってる?」
「怒ってねーよ」
口ではそう言ったが、苛ついていた。なかば怒りに任せての行動だった。
仮に青春とか恋愛ものなら、落ち込んでいる彼女にかっこいいこと言って、優しい言葉をかけて慰めて、説得して……助けるために立ち上がる。そういう場面だ。
けど俺は他人に説教できるほど人間できてない。すぐキレるし嘘だってつく。
ミキのことだって、何もかもわかってるわけじゃない。
彼女の口にしたことがすべて本心だなんて保証もない。また後出しでなにか出してくるかもしれない。俺は超能力者じゃないから彼女の考えなんてわからない。
そもそも自分のことすらよくわかってない未熟なクソガキに、言えることなんてない。
「……わかった。自分で、何とかするから……」
彼女の声は、なにかを諦めたような響きだった。
向こうにしたらなんでお前が怒ってるんだって、意味わからね―だろうな。
俺だってわからない。今さらなんだって言うんだろう。ずっと嫌いだったやつがいなくなってせいせいして、それで終わりの話のはずなのに。
「嫌いに、ならないで」
ミキは今にも泣き出しそうな顔でいった。
俺は目をそらすと、何も言わずに身を翻した。
雨に濡れるのも構わず、大股に花壇を突っ切る。振り返ることなく中庭をあとにした。




