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学園の姫を助けたつもりが病んだ双子の妹に責任を取らされるはめになった  作者: 荒三水


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39 朝 学校

 週明けの天気はぐずついていた。

 どんよりと重い雲がかかる空の下を、今日も俺はひとりチャリを押していく。

 

 学校の敷地を歩く登校中の生徒たちは、ちらほら傘を手にしている。今日は雨が降るらしい。

 俺は天気のことなど微塵も気にかけていなかった。

 連休明けということもあってか異様に体がだるい。昨日は柄にもなく遅くまで読書などしてしまって、寝不足だった。

 雨具のたぐいは何も用意していない。かっぱなど着たくないので、雨の日は毎度ダッシュで濡れて帰る。今までそれでなんとかなっている。

 

「あら? あらら?」


 すぐ近くで声がした。

 視線を向けると、失敗したツーブロック頭が俺をのぞきこんでいた。


「なんだお前かよ。うざいわ朝から」

「いやひどすぎだろ。親友が声かけてやったんだろ」


 スマ彦が渋い顔をする。こいつと朝から会うのは珍しい。

 無視してチャリを転がしていると、スマ彦は握りしめたスマホをかざしながら、


「せっかくとっておきの動画見せてやろうと思ったんだけどな~。どう? 見たいか?」

「見たくない」

「なんだよ朝っぱらからご機嫌斜めかよ。いいからこれ、見てみろよ」


 スマ彦が見せてきたのは動画だった。

 動画と言っても投稿サイトにあるような作り込まれたものではなく、誰かが適当にスマホで撮っただけの映像。

 動画ではどこかのリングらしき場所で、グローブをはめた二人が殴り合いをしている。


「なにこれ?」

「プリンセスバトルロワイヤル。略して姫ロワ」

「はあ?」

「優勝者は姫と一緒に今度の文化祭を回れるっていう」

「はあ?」


 文化祭が来月の頭に控えている。例によってハブられ気味の俺に、特にこれといったお役目はない。俺たちのクラスは催し物で輪投げをやるらしいが、クソつまらなさそうで正気かと思った。

 話がそれたが、今はそのせいで学校全体がやや浮ついた雰囲気になりつつある。


「姫界隈が今激アツなんよ。なんか姫にコクろうとしたやつと取り巻きが揉めて、いろいろあった流れで、こうなったらしい」

「なんでそうなるんだよ、話が飛びすぎだろ」

「いやオレも知らんよ、聞いただけだから」


 話がふわふわしていて要領を得ない。又聞きで詳しくは知らないそうだ。そもそもバトルロワイヤルの意味わかってるのか。

  

「どこでやってんのこれ?」

「体育館の二階のとこ」

「は? うちの学校?」


 こんな場所あったかと首を傾げる。

 そういえば体育館の二階に薄汚いボクシングのリングがあったのを思い出す。

 

 もとはそこそこ強い選手がいたらしいが、まともに指導できる顧問がいなくなり廃部寸前になって、今は幽霊部員しかいないとか。一部の連中のたまり場になっているという噂を聞いたことがある。

 

「どういうルールよこれ? キック? 総合?」

「え、なに? 知らね。なんかつべの動画とかでケンカファイトするやつあんじゃん。あんなノリだよ」


 簡単に言うが危険極まりない。

 よくよく動画を見れば、片方が片方を一方的に殴っているだけだ。勝負になってない。殴っている方も素人丸出しのヘロヘロパンチ。そのくせ野次だかガヤが飛んでいて、やたら盛り上がっている。

 

「いろいろひでえな……これ、お前が撮ったの?」

「いやいやオレは違うよ。とある鍵垢があってさ、そこにこれが上がってんの。それ見れる人から流してもらったんよ」

「てかそれって、バカなやつらが勝手にやってるだけだろ? しょーもな」

「いや姫公認だって」

「は?」


 ミキ本人が噛んでるとなると話が変わってくる。

 俺はそんな話、ミキからはいっさい聞いてない。


「これいつの話?」

「わからんけど、先週? なんだかんだいってお前も興味津々じゃん。これさ、いま参加者募集中なんだってさ。オレも誰かいねえかって言われてて」

「俺に見せたのって、そういうこと?」

「さすが察しがいいじゃん。お前、なんか格闘技やってたんだろ? ワンチャンできたな」

「くっだらねえ、マジでどーでもいいな」

「なんだよ? あんだけ姫姫言ってたじゃん」


 姫というかあれは外見と外面がいいだけのちょっとメンタル弱め女子だ。

 ユキの言葉を借りるとオタク、陰キャ、むっつりスケベだそうだが。いずれにせよそんないかれた遊びに付き合う気はない。教師に見つかったら停学じゃすまないだろう。

 

 昇降口を素通りして駐輪所に向かう。

 スマ彦は歩きだ。まっすぐ教室に向かえばいいのにくっついてくる。

 途中すれ違った教員にも、「おはよざっす~」なんて愛想よく挨拶をしている。向こうもまさかこんな物騒な話をしているとは思わないだろう。

 

「そんでさぁ、実はオレも呼ばれてんだよ」

「なに? 参加すんの?」

「違う違う、おもしれーから次はお前も見にこいよって先輩に誘われてて」

「こんなの見ておもしれーか?」

「それがさ、かのミキ姫も見に来るらしいぜ」

「はあ? ほんとかよ」


 らしいとかみたいとか、こいつの話は基本的に伝聞情報でしかない。本人に聞いたほうが早そうだ。まったく違う返答が返ってくるかもしれない。

 仮にこんな話があるなら、俺がタチバナ宅に行ったときにいくらでも話すタイミングはあったはずだ。その前の電話でだって。けれど話題にも上がらなかった。

 やはりただのガセか。もしくはミキが俺には関係ない話だって言うなら、俺がどうこう口出しすることでもない。 


「参加しなくてもいいからさ、お前も見に来いよ、一緒に行こうぜ」

「一人で行くのビビってるってこと? 俺はそういうめんどくさそうなのは、もう首突っ込みたくねえの」

 

 バトロワだかなんだかしらないが人を巻き込まないでほしい。

 もうこいつとも縁を切るか。クラスに話し相手がいなくなるけども、隅っこにいるガリ勉くんたちと仲良くなればいいか。

 

 自転車をおいて、昇降口へ。下駄箱で靴を履き替える。その間もスマ彦のおしゃべりは止まらない。

 俺は教室に向かう階段を上がる前に、通路を横に折れた。すかさず呼び止められる。

 

「おい、どこ行くんだよ」

「便所だよ」

 

 先に教室行け、という意味を込めて手を小さく払うが、通じなかったのかスマ彦はまたもひっついてくる。

 朝っぱらからうんざりしつつも、俺はトイレのドアを開けた。

 するとその瞬間。


「あああぁタチバナミキとやりてえええええ!!」

「ぎゃはははは!」


 非常に耳障りな声が聞こえてくる。俺は便所ではなく動物園に迷い込んだらしい。

 ゴリラ一体とサルが数匹、奥で戯れていた。

 俺たちが入っていくなり、サルのうちの一匹がスマ彦に向かって手を上げた。

 

「おう、桂じゃん」

「あっ、お、おはよざっす」


 こいつ知り合いかよ。もうまじで引くわ。どういうとこに首突っ込んでんだか。

 

「お前も今度、見に来るんだろ?」

「あ、はい。い、行かせてもらいます」


 スマ彦は先ほどとは別人のように高い声を出した。溢れ出る小物臭。

 近づいてきたゴリラがスマ彦の肩を叩きながら、野太い声を震わせた。


「しかし、これで晴れてミキちゃんと乳繰りあえるとなるとたまらんなぁ。どうだ羨ましいだろ、もやしの一年くん」 

「え、あれ? あの~……文化祭一緒に回れる、みたいな話じゃなかったでしたっけ?」

「はぁ? 何いってんだよ、それは実質そういうことじゃねーかよ」

「いやどういうことだよ、文化祭中に襲う気かよ、ふははは!」


 すかさずサル連中が金切り声を上げる。

 ゴリラが得意げな笑みを作って、

  

「俺の見立てだとあの女はMだね間違いない。ちょっと強引にいったらやれるぜきっと」

「そうは言うけど、実際目の前にするとそうはいかんだろ」

「いやぜってーイケるって、強気で行けば」

「うわ目がマジだよヤバいだろこいつ~。そのうち捕まりそう」


 けらけらと笑い声が止まらない。

 動物たちが鳴き声を上げている間、一瞥もすることなく用を足した俺は、一言も発することなく手を洗って便所を出た。


 スマ彦もとい桂くん(ただのクラスメイト)のことはそのまま置き去りにした。

 ああいうのはたまに檻の外から観察するぐらいならいいけど、一緒に生活するとなると大変だ。自分から檻に入っていくやつの気持ちは、ちょっと理解できない。


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