38 帰りの電車
下りの電車はやたら混雑していた。
ちょうど連休の最終日。伯父の家に線香を上げに行った帰りだった。乗客の顔ぶれは老若男女入り混じり、統一感がなかった。
電車が大きな駅に停まって、人の乗り降りがあった。
どやどやと家族連れが乗り込んできて、ボックス席の端に座っていた俺を取り囲んだ。
どこぞの遊園地かテーマパークに出かけた帰りのようだ。絵柄の付いた袋をいくつか手に下げている。
女性と子供二人が席につき、父親と思しき男性がそばに立った。
俺は荷物を持って席を立ち上がった。男性に「どうぞ」とだけ言って、別の車両に移動した。
ドア付近に寄りかかって、窓から流れていく景色を眺めた。
小さいときに一度だけ、家族で遊園地に行ったことを思い出していた。伯父の娘たちと一緒に連れて行ってもらったときのことだ。
せっかくみんなで遊園地に来たのに、親父はずっと一人でゲーセンのスロットを回していた。母親も伯父も、呆れた顔をしていた。
みんなで一通り回ったあと様子を見に戻ると、親父は大量のコインが入ったカゴを俺に渡してきた。さも得意げな顔で。
今ならバカじゃねーのこいつって思う。でもそのときの俺は、「すげえ!」って言った。あのときは本当に、そう思った。
親父は車にはねられて死んだ。
車には老齢のドライバーが乗っていて、運転中に意識をうしなったという。
ブレーキをかけないまま、横断歩道を歩く子供の列に突っ込んだ。親父はそこに飛び出して、子供たちを守ろうとしたそうだ。
めちゃくちゃうそくせー話だと思った。そんなベタなことってあるのか。
ああいうクズは、なんだかんだでしぶとく長生きするんだと思っていた。
というか俺はまだその話を信じてない。だいたいドラマなら助けられた子供が、親と一緒に線香の一つでも上げに来るもんだろう。
葬式は身内だけで済ませたという。
俺が家に行ったときも、誰も線香を上げに来る様子はなかった。唯一やってきたのが、親父の職場先の上司だという人。仕事の一環で仕方なく来た、という感じだった。
親父の勤務態度は悪くなかったという。酒もやめていた。心を入れ換えて、真面目に働いていたらしい、という話を伯父づてに聞いた。
もう何もかもおせーけど。
途中でいくつか電車を乗り換えて、実家に立ち寄った。
三連休のうち、どこかで帰ってこいという話を祖父からされていた。家には盆に2日ぐらい戻ったきりだ。
このタイミングでそんなことを言ってくるのに違和感があった。俺が帰ったところで、特になにかすることがあるわけでもない。
けど帰ってみて、すぐに理由がわかった。
居間のテーブルには、やたら豪勢な飯が用意されていた。
祖父と祖母と、母親と、見覚えのない男性が一人座っていた。
腰を落ち着けるなり、母親から紹介を受けた。
その男性とはネットで知り合って、交際をはじめたのだという。優しくてとてもいい人なのだと。
祖父も祖母もすっかり歓迎モードだった。俺もそれにならって、場をもり立てた。ここで俺が愛想悪くするわけにはいかない。
といっても別に文句も何もない。中肉中背の、メガネをかけた温和そうな人だ。
二回り近く年下である俺にも、丁寧に敬語で接してきた。態度も物腰も、まともな大人だと思った。
まあ一つ言うとすれば、ずいぶん極端だなと。そして思ったより早かったな、と。
一通り話が落ち着くと、母親が涙ぐみながら謝ってきた。
俺を追い出すような真似をして悪かったと。そのあたりの話も、祖父としたらしい。
望むならうちに戻ったら、というようなことを言われたが、今さらだ。ここからでも学校まで通えなくもないが、今となっては一人暮らしの方が圧倒的にいい。
親父のことはいっさい話題に上がらなかった。誰も亡くなったことを知らないようだった。当然俺も口にしなかった。
離婚の際に親の家同士でも、だいぶもめたのを知っている。向こうの家とは完全に交わりを断ったと聞かされていた。
伯父さんが連絡をよこしてきたのは俺だけだった。それもどうするか迷ったと言っていた。
そりゃそうか。俺は親父親父と言ってるけども、もうずっと前から親父でもなんでもない。戸籍だってそうなってる。
その日は祖父も珍しく酒を飲んでいた。
新しい彼氏とやらにも酒を勧めて、うまいうまいと言って寿司を頬張っていた。
俺も一緒になって酒を勧めた。
そのうちに彼氏さんは、酔いつぶれて眠ってしまった。
どっかの馬鹿みたいに、酒を飲んだら口調が荒れて暴れだすようなことはなかった。安心だ。
今度はきっと、大丈夫だろう。もうあんなのは、一回きりにしてほしい。




