36 タチバナ宅 夜
「わかった、じゃあユキとミキの二人で入ったらいいんじゃん?」
「「はあ?」」
二人の声がハモる。
何いってんだこいつという顔が振り向くのもほぼ同時。
「いやそんな顔しなくても……子供のときは一緒に入ってたんじゃないの?」
「一緒とかないから。ありえない」
「中学上がっても入ってたでしょ。ユキが一人だと怖いとかいって」
どうして二人で話が食い違うのか。ここはミキの言い分が本当っぽい。
「ならいいじゃん久しぶりに。仲直りしたついでに」
変な方向に行く前に先手を打っておく。我ながらいい案かもしれない。
しかしユキはなんとも言えない苦い顔。ミキにいたっては冷ややかな視線を向けてくる。
「へえ、星くんってそういう性癖なんだ」
「なに? どういうこと?」
「私は二次元の百合は好きだけど三次元はちょっと。TSも二次元ならまあ見れるって感じかな」
「えっと、なんの話してます?」
ドヤ顔で語られてもよくわからない。
ソファを回り込んだユキが、背後からミキの髪を手ですくってさらさらとやる。
「じゃあいいよ。久しぶりにミキがどれだけ成長したか見てやるかぁ」
「なによ、やる気?」
ミキは振り返ってにらみつけると立ち上がった。何をやる気なのか。
しかし今度のユキは真っ向からにらみ返すことはせず、なにやら不敵な笑みを作った。俺に耳打ちしてくる。
「あのね、ずっと前にお風呂でね、ミキがわたしに………」
とても過激な発言をされたので自主規制。
いや学園の姫はそんなことしない。きっとユキがふざけて言ってるだけだ。
急に焦りだしたミキがユキに詰め寄る。
「え、なに? なにいったの?」
「ほら、前にあったじゃん。ミキが急に……」
「は、はぁ!? それっ……な、なんで言うのバカっ!」
ミキが見たことのないレベルで顔を赤らめる。どうやら本当らしい。おかげで変な妄想が捗ってしまう。
ユキが慌てふためくミキの背中を押してリビングを出ていく。入口付近で振り返って、
「ナイトくんも入りたかったら入ってきてもいいよ?」
「はいはい。ふたり仲良くね」
「そんなに仲良くしてほしいんだ?」
「悪いよりはいいだろ」
「ふーん、仲良く、ねぇ……」
変に取られそうな発音だったが、もちろん他意はない。
二人が部屋からいなくなった。しばらくして通路の方から甲高い声が聞こえてくる。
「ちょ、ちょっとなにしてるのよユキ!」
「感じてるの? このムッツリ」
「なによ、前みたいにされたいの?」
わざとか知らないが、リビングのドアは開けっ放し。この感じだと脱衣所前の扉も開けっ放し。
俺は立ち上がってドアをゆっくり閉めた。ソファに戻ると、テレビの音量を大きくして横になった。
「でさぁ、やめてくんない? こういうの」
そしておよそ一時間後。
俺はソファの上で、再びふたりの間に体を挟まれていた。
ふたりともバスタオルを胸元から巻き付けただけの、風呂上がり姿。かすかな湯気とともに、あたり一帯にシャンプーの香りが漂う。
頭にもタオルを巻いていて、右も左も同じ顔、体格。こうなると本格的にどっちがどっちかわからなくなる。
「さて、どっちがどっちでしょう?」
両脇の二人が同時に笑いながらいった。頭の中を読まれたかと思った。どうやらこれがやりたかったらしい。
「いや、そういうのもいいから」
「あれ、ごまかして逃げようとしてる?」
「まさか間違えないよねぇ~?」
両側から圧が押し寄せてくる。言い当てるまで解放されなさそうだ。
ただ俺は二人を見分けるすべを知っている。というのは、ユキの左目にある小さいあざのことだ。簡単にはごまかせない。
……と思ったが、ふたりとも左目を手で覆っていた。読まれている。
「なんだよそれ、右目の視力検査かよ」
「そう視力検査。もし外したらどうなるかわかってるよね?」
俺の視力検査らしい。俺の視力は2.0だがここでは役に立たない。
俺は立ち上がって、ソファに座るふたりを見下ろした。
ふたりとも身じろぎもせず、姿勢よく腰掛けている。黙ったまま眉一つ動かさない。ちょい不気味。
判断材料を求め、視線は顔から体へ。露出した肩から下へ目を走らせる。
腕の細さ、肌の色は一緒。肌は天井のライトを反射して、白い光沢を放つ。膨れた胸の谷間は、しっとりと水気を含んでいた。大きさに差はない。目元を隠すために上げている肘から腋にかけてのラインが、やけに目を引く。
「うわおっぱいガン見してる~」
「腋見てない? ヘンタイ」
理不尽に罵倒される。
ふたりとも声は出さないつもりが、我慢できなくなったらしい。けれどおかげで確信した。
「こっちがユキ、そんでミキ」
俺は順番に顔を指差していった。間違いない。
しゃべると案外すぐわかる。口調と、細かい仕草の違い。これはわかるようになったというべきか。
ただ言葉を発せずにじっと固まられたら……正直自信はないかも。
「んー正解! おめでとうございます!」
勢いよく俺の顔を指さしたのはユキだ。その反対で、小さく拍手をしながらミキが聞いてくる。
「なんでわかったの?」
「いやまあ、そりゃわかるよ。俺ぐらいになると」
「へえ~?」
ミキはうれしそうに上目遣いをしてくる。角度的に胸の谷間がすごいことになっていて目をそらす。しかしその先でもユキの谷間が待っていた。
「あれでしょ、愛の力でわたしを見抜いて、あとは消去法でミキみたいな」
「なんでもいいけどさ、早く着替えてくれる?」
「その前に正解のご褒美あげるね」
そういうなりふたり同時に腰を上げて、俺の前に立ちはだかった。この呼吸のあった動きは、事前に示し合わせてのことらしい。すごく嫌な予感がする。
ユキとミキはお互いの胸元に手をやると、バスタオルの折り込みをほどいた。水分を吸った白い布は、抵抗もなくすとんと床の上に落ちた。




