ーはじまりー
「丁度良かった!ひとり旅はつまらないと思ってたんだ!どうせ死ぬなら、俺の逃避行に付き合ってくれ!」
黒髪ロングで強面の、ガタイのいいスーツを着た2mくらいの男は、謎の空飛ぶバイクに跨り、自殺しようとした私を空中で捕まえ、そのまま連れ去った。どうしてこんなことになってしまったのか…私は今朝の行動を思いだしていた。
空を見上げると、天気が良かった。昭和の終わりにでも建てられたのであろう、セキュリティの甘いオフィスビルの屋上に昇って空を見上げると、まばらな白い雲に、どこまでも青空が広がっていて。死ぬには丁度いい天気だと思った。
私には、全てが少し、足りなかった。皆が当たり前にできていることが、私には1.2倍時間がかかったし、皆がすぐに立ち直れることに関して、1.5倍立ち直るのに時間がかかった。なぜか常に、他の人の1.8倍運が悪かった。客観的に見れば原因がわかるのかもしれなかったが、自分にはわからなかった。
だから、少しずつ、少しずつ人生が詰んでいった。そして、もう、首が回らなくなった。短期離職を繰り返し、職歴は汚れ、貯金も無くなり、借金をし、借金が返せず、信用情報に傷がついた。
リトライを繰り返す度に人生は堕ちていき、もう、上がれない。やり直せる年でもなくなってしまった。屋上のフェンスをよじ登り、屋上のへりに立つ。20階建てのビルの屋上はかなり高く、落ちたら助からないことだけはわかった。
下を見る。かなりの恐怖が襲ってくる。落ちたら確実に自分の命を終えられる高さ。生き物としての恐怖が、足をすくませる。
ぐずぐずしていると一般市民に見つかり通報されそうだ。こんな明るい時間に飛び降りを決行しようとしている時点で、通報して止められること狙いだろうと思われてしまうかもしれないが、そんなことはなくて。ただ、最後に見る景色は、明るい世界が良かった。
だから、通報される前に、地面を蹴っ…
「ぷおー!ー!ーーーーーー!!!!!!!」
いきなり、少し離れたところから、クラクションのような爆音が鳴り、驚いた私は、咄嗟に身を屈めてしまい、バランスを崩し…結果として、ビルから落ちた。
こんな、こんなはずじゃ!もっと覚悟を決めて、飛ぶはずだったのに!…まあ、良いか。結果としては変わらない。最後の最後までシャンとしないのも、ある意味自分らしいかもしれない。そう思って、私は目を瞑った。
…ボフッ。
体は何かにぶつかり、自由落下をやめた。
何…?地面に落ちたにしては早すぎるし、何の痛みもなさすぎる。いくらショック死する可能性があるからと言って、もう少し衝撃や痛みがあるはずでは…?
恐る恐る目を開けると、地面は遠く、まだ自分がかなりの高さにいることはわかるが、その距離が縮まらない。というより、誰かの肩に、死体のように抱えられている…?
「悪い!俺のクラクションのせいで落としたと思って救っちまった!死ぬとこだったか!?」
お尻の辺りからの声がする。ハキハキした渋めの、少し声がでかい。
「いえ…まあ…そうですね。死ぬところでした。だからこのまま落としてもらって良いですよ」
一度冷静になった頭でもう一度死を覚悟するのは怖いが、もう後戻りするような人生でもなかった。
「まあじゃあ拾った命は俺のものということで」
そういうの声の主は、私を担ぎなおし、膝の上に座らせた。黒髪ロン毛の強面が目に入る。三白眼で、人を殺す目つきをしている。
「丁度良かった!ひとり旅はつまらないと思ってたんだ!どうせ死ぬなら、俺の逃避行に付き合ってくれ!」
「逃避行…?」
「そう、逃避行!」
男はそういうと、エンジンをふかし、スピードを上げた。