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第92話 商談

「何を驚かれているのですか?従家の人間如きが、コーガス侯爵家の当主夫妻を手にかけておいて……まさか自分の首だけで済むとお思いだったんですか?」


俺は大げさに溜息を吐いて見せる。

芝居がかった動きや、丁寧な言葉遣いは意図的だ。

そういった演技でもして自分を落ち着かせていないと、目の前の男をさっさと殺してしまいそうだから。


レガン・コーダンは貴族位に胡坐をかくしょうもない男だったが、このテライル・ジャッカーは長年大商会のトップを務めていた、いうなれば切れ者だ。

その情報網は馬鹿にできない。

なので、殺す前に何か役に立つ情報を引き出したいと言うのが本音である。


闇蠍の事や、30年前の一件の情報を引き出せれば万々歳なのだが……


「ぐ……わ、私はそんな真似はしていない!お前は大きな勘違いをしている!!」


「ああ、そういう申し開きは結構ですから。先程申し上げましたが、嘘は通じません。そもそも、こちらとしては実行するだけの証拠を得て動いてますので」


お前の主張は聞いていない。

そう相手の言葉をばっさり切り捨てる。


「しょ、証拠だと……そ、そんな物があるなら見せてみろ!ある筈がない!何故なら私は潔白だからだ!!」


テライルが必死の形相で唾を飛ばす。

堂々と潔白を叫ぶ当り、完璧に隠ぺいした自信でもあるのだろう。

実際、普通の方法だったら俺もたどり着けたか怪しいので、その自信には頷ける物があると言わざる得ない。


―—だが。


―—残念ながら。


―—此方はチート山盛り状態。


そう、ズルのてんこ盛りなのだ。

そんな相手から、普通の対象方法で逃げ延びられる訳もない。


「証拠など提示する必要はありません。今この場で重要なのは、貴方が此方の益になる情報を持っているかどうか。それが全てです。ああ、最初に言っておきますが……何をどう足掻いても、貴方は処分しますよ。侯爵家の人間に手を出したのですから、これはどうあっても動かせないゴールですのでご了承ください」


「……」


「ですが、私も鬼ではありません。なので、情報の内容次第で一族の方々は見逃して差し上げても構わない。もちろん、見逃すのは命だけで、この商会自体は潰しますが」


「弁明の余地は……一切なしか?」


それまで恐怖で半分パニック状態だったテライルが、進退極まった事を痛感してか落ち着きを取り戻す。

自らの死の確定で落ち着きを取り戻せる辺り、中々肝は据わっている様だ。


「ありませんね。減刑を勝ち取れるか、そうでないかが全てです」


「そうか、ならば認めよう。コーガス侯爵夫妻は……私が殺した。暗殺組織、闇蠍に依頼してな」


覚悟を決めたテライルが、あっさりと自身の罪を認める。

やはり闇蠍の仕業だったか。

という事は、レイミー達を狙ったのもコイツである可能性が高いな。


「残念ですが、それは分かっています。ですのでポイントにはなりえませんよ」


「分かっている。商人は交渉にあたる時、相手に出来るだけいい印象を持たせようとする物だ」


まあ商売の基本ではあるな。

相手にそれを話してしまっては、意味がない気もするが。

それとも、それすらも正直に話す事で、相手に誠意を見せようという作戦だのだろうか?

まあ俺には通用しないが。


「素直に自白する事で、私から好印象を引き出せるとでも?」


「なに。長年商人をやって来た身の、癖の様な物だ。気にしないでくれ。所で、たばこを吸っても構わんかね」


「どうぞ」


厚かましい奴だ。

そうイラっとしつつも、俺は許可を出す。

最後の晩餐ぐらい――ちょっと違うが――まあ許してやる。


「感謝する」


机の上にあった煙草を手に取り、テライルがそれに火をつける。

一瞬、首を跳ね飛ばしたくなる衝動に駆られるが、俺はそれをぐっと堪えた。


やれやれ……人間歳をとっても、中々怒りを抑えると言うのは難しい物だ。

まあ殺した直後なら回復魔法で蘇生も可能なので、いっそ手を出してガス抜きするのもあり……いや、やり過ぎて粉々にでもしたら、流石に蘇生できないから止めておこう。


「さて、それじゃあ……」


ゆっくりと煙草を吸い終えたテライルが、火を消して真っすぐに俺を見る。

そこに死への恐怖や怯えは見えない。


どうやら、完全に覚悟を決めた様だ。

守る物の為に。


「このテライル・ジャッカー、人生最後の商談に挑むとしよう。一族の命運をかけた商談に」


情報提供を商談と来たか。

まあ顧客満足度を上げて勝利を勝ち取ると言う意味では、確かに間違ってはいないのかもしれないが。


「では、お見せいただきましょうか。貴方の持つ情報(しょうひん)を」


テライルは自信ありげに見えるので、余程有用な情報を握っている自信があるのだろう。


さて……果たしてそれが此方の欲する情報かどうか、確認させて貰うとしようか。

拙作をお読みいただきありがとうございます。


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